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第4部 魔王と勇者、家族のために戦う

第9話 魔王と勇者と、そして……

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 ケルベロスに残っていたのは1本の首と、1本の尻尾。
 首だけならば、きっと勇美は……勇者は勝っていただろう。
 だが、最後の首に襲いかかった勇美を、『この時を待っていた』とばかりに蛇の尻尾が吐き出した炎が襲う!

「グアァァっ!」

 勇美は悲鳴を上げて炎に焼かれながら俺の近くまで吹き飛ばされた。
 俺は力を振り絞って勇美の元へと走った。
 ケルベロスの炎は強力だった。
 服はボロボロになり、勇美は全身に火傷を負っていた。
 はっきりいって重傷……いや、瀕死の状態かもしれない。
 今すぐ病院に運んでも助かるかどうか。
 そして、俺の遺された体力と、目の前のモンスターのことを考えればそれすら不可能だ。

「『回復魔法ヒーリング』!」

 俺は自分に使おうと考えて、密かに唱えていた呪文を、勇美に使った。
 勇美の火傷が癒えていく。
 だけど。

「ありがとう、影陽」

 勇美はゆっくりと立ち上がった。

「無理をするな! こんな初級魔法では気休めにしかならない」

 神谷影陽の魔力では、初級の回復魔法を使うのがやっとだ。
ライティング』も使ってしまったし、俺に遺された魔力では、もう使える魔法は……

「それでも、あいつは倒さねば……」

 勇美はナイフを握って構えた。
 ケルベロスは多少なりとも警戒しているのか、動こうとしない。
 だが、それも時間の問題だろう。

「だが、その体では……」
「あいつが街に出たらどれほどの被害になる!? 木島先生やひかりだけじゃない。みんな死ぬぞ!」

 勇美の言うとおりだ。
 ケルベロスは上級モンスター。
 今は沈黙している2本の頭もそのうち復活するだろう。
 この世界の人類が勝てない相手とは言わない。
 それこそ、自衛隊とか在日米軍とかが全力を挙げればなんとかなるかもしれない。

 だが、その前に大量の犠牲者が出る。
 それはひかりかもしれないし、あかりかもしれないし、あるいはそらたちクラスメートかもしれない。
 たしかに、ここで仕留めるしかない。
 だが、いまの勇美では……

「勇美、お前は回復魔法は使えないのか?」
「もう、この肉体に魔力は残っていないようだ。もともと、冒険の最中も回復魔法はエレオナールに頼ってあまり訓練していなかったしな」

 たしかに、彼女はすでに『察知魔法ビジヨン』を2回、『炎魔法フレム』を1回使っている。
 神谷勇美の肉体が持つ魔力が、神谷影陽と同じならば、魔力切れが起きて当然か。

「お前はどうなんだ?」
「俺ももう、魔力はほとんど残ってない。体力も限界だな。立ち上がることすら辛い」

 進退窮まったか。
 勇美にも、もはやケルベロスを倒す力は残っていまい。
 いまさら石ころを投げてどうにかなるわけがない!

 俺に、何ができる?
 すぐにも意識を失いそうな出血。
 残りわずかな魔力。

 残りわずかな魔力、か。
 その時、思いついてしまった。
 いや、最初から他に手は無かった。
 だから、俺は言った。

「勇美、今すぐ逃げろ」
「何を馬鹿なことを」
「ケルベロスは俺が倒す。だから、巻き込まれないように逃げろと言っている」
「この状況で、魔力も無く戦えるわけがなかろう」
「俺の魔力はまだほんの少しだけ残っている。回復魔法ヒーリング炎魔法フレムも使えないが、それでもやれることがある」
「そんなわずかな魔力で何ができると……いや、まさか、お前……」

 気がつかれてしまったようだな。

「言っただろ、あの魔法は勇者専用なんかじゃない。中級以上の魔法使いなら誰にでも覚えられる。当然、俺にもな」
「……『自己犠牲呪文バラス・エテンシヨン』か」

 そう。最大の威力を持ちながら、最小の魔力で使える魔法。
 あの魔法なら、ケルベロスごとき確実に倒せる。
 廃工場も吹き飛ばしてしまうだろうが、ケルベロスを野放しにするよりはマシだ。

「魔王、お前は……」
「他に方法がないだろう?」
「ふざけるなっ! さっき自分で言った言葉を忘れたのか!? 自殺など愚か者のすることだ。今の私ならそれがよく分る」
「このままでは俺もお前も無駄死にだ。いや、お前の言うとおりだ。俺たちだけじゃない。みんな死ぬぞ」
「だめだ! そんなことをゆるさん!」
「お前は……本当にこまったヤツだな……」
「心配するな、あいつは私が倒す。そのあと、お前を病院に連れて行く。こんどは迂闊に攻撃は喰らわん」
「そんな大やけどをした状態で……」

 そこまで言い争ったときだった。
 ケルベロスが吠えた。
 そして、遺された犬の首が勇美を襲った!

 勇美はナイフを構え叫んだ。

「ケモノがっ! 魔王がっ!! 私をっ! 勇者をなめるなぁぁ!!」

 勇美は襲いかかってきたケルベロスの口へとナイフを突っ込んだ。

「がっ」

 ケルベロスが悲鳴を上げた。
 いったい何を?
 ケルベロスの口から黒い血液が噴き出す。

「無駄に長い舌を持ったことがキサマの敗因だ」

 ケルベロスの舌を切ったのか!?
 勇美は叫ぶと同時に、もう一度炎を吐こうとしていた蛇の尻尾を踏みつけた。
 口をふさがれたことで、炎の行き場がなくなった。
 そうなれば、その熱量の大半はどこにいくか?
 その答えは……

 ケルベロスの胴体が赤く光った。
 蛇の尻尾が吐き出そうとした強力な炎が逆流し、やつの胴体にまで達したのだ。
 蛇の尻尾は炎に耐久があっても、胴体には無かったのだろう。
 ヤツの体が燃え上がった。

「ぐぉがぁぁぁっ!」

 自らの炎で燃え上がりながら、ケルベロスは勇美へと襲いかかった。

「勇美っ!!」

勇美の肉体が再び焼かれていく。
 ケルベロスの体もまた消し炭となっていく。

 残ったのは完全に炭となったケルベロスの死体。そして、全身大やけどの勇美だった。

「だから言っただろう? あんなヤツ、私の……勇者の……敵では……な……」

 最後まで言い切ることなく、勇美は倒れた。
 俺は這いつくばって勇美の側へと寄った。
 勇美はすでに意識がなかった。生きてはいるが『かろうじて』でしかない。
 ダメだ。
 こんなダメージ、この世界の病院でも治せるわけが……

 くそっ、くそっ、くそっ!
 ばかやろう。
 何が自殺は愚か者のすることだ!

「お前の行動こそ自己犠牲じゃないかっ。俺はなんとか立ち上がって、勇美を持ち上げようとした」

 待ってろ。
 今、病院に連れて行くから。
 木島先生と合流できれば、救急車を呼んでもらえるかもしれない。

 だが。
 俺の……神谷影陽の体力も、もう……

 勇美を抱えて、一歩を歩こうとするが、再び膝を突いてしまう。
 くそ、くそ、もう……

 その時、俺は気づいた。
 目の前の空間が再び割れ始めていることに。
 そして、そこからのぞくのはは3体のケルベロス。18個の目が、俺立ちに敵意を向けて今にも飛びださんとしていた。

 まだ、来るって言うのか!?
 3体のケルベロス。倒せるわけがない。
 1体倒せただけでも倒せたのは勇者の力が起こした奇跡のようなものだったのに。
 これじゃあ……仮に『自己犠牲呪文バラス・エテンシヨン』でこの3体を吹き飛ばしても、さらなる増援が来るかもしれない。それに、この状況で『自己犠牲呪文バラス・エテンシヨン』を使ったら勇美も巻き込んでしまうだろう。

 もう、どうしょうもないのか?
 そう思った途端、全身から力が抜け、俺はその場に倒れた。
 3体のケルベロスの、9つの首が、俺に襲いかからんとしていた。

 俺は死を覚悟して……
 ……だが、その時は訪れなかった。

 次の瞬間、もう一つ空間にヒビが入り、そこから別の存在が現れた。
 その姿は。現れた二人の男女は。人族の少女と、魔族の男は……

 それぞれが勇者の剣と魔王の剣を構えてケルベロスと対峙していた。

(ばかな……そんなばかなことが……)

 ケルベロスに向け剣を構えた二人の姿。
 見間違えようがない。

 それは……魔王ベネスと勇者シレーヌだった。
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