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第一章 離宮の住人
髪を切ったら
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シャキシャキと、小気味よい音が部屋に響く。
私は今、手が震えそうになるのを必死で堪え、殿下の髪にハサミを入れていた。
ふいに、彼の頭がふらりと揺れる。
「あっ、殿下、動かないでくださいってば!」
「だって、こそばゆいんだよ」
「そんなことを言って、先ほどは暇だからと、足をブラブラと動かしていたではありませんか」
「さっきはさっきだよ。今動いたのはこそばゆかったから!」
「もう、仕方ないですね。では、危ないので今度からは我慢していてくださいね」
「ふふ、うん。わかったよ」
そんなやりとりをしながら、丁寧に髪を整えていく。殿下の髪はサラサラで、とても触り心地がいい。ずっと触っていたいとさえ思ってしまうが、切りすぎてしまうわけにはいかない。
そんなことを考えながら、なんとか大きな失敗もなく、私は王族の散髪という大仕事をやり終えた。達成感と安堵で、ふぅと大きく息を吐く。
「い、いかがでしょうか?」
私は殿下につけていたケープを取りながらそう尋ねる。
殿下は鏡の前に立ち、すっかり雰囲気の変わった自身の姿を見つめた。
「うわぁ……」
肩まで伸びていた髪はすっきりと短く切られていて、前髪も目がハッキリ見える長さになっている。
私は髪を切ることに関して素人だが、充分な仕上がりだったようで、鏡を見つめる殿下の顔に笑みが浮かんだ。
……よかった、お気に召したみたいね。
本当に安心した。万が一にも失敗はできないとずいぶん緊張したけれど、なんとか、自分でも満足な仕上がりにすることができた。
……それにしても、髪を整えたら、さらに可愛らしくなられたわね。
髪が伸び放題の状態でも充分可愛いと思っていたが、今は長いまつげに縁取られた綺麗な目がよく見えて、可愛さに磨きがかかっている。雰囲気が明るくなり、快活さも感じられて、将来はとびきりの美男子になること間違いなしだと私は確信した。
思わず見惚れていると、殿下がその視線に気づいて、パッと振り返った。そして、期待を込めた表情で問いかける。
「リーシャ、どう?」
「本当にかわ……いえ、その、素敵だと思います! とっても似合っていますよ!」
マリッサはともかく、ルディオに可愛いと言うととても嫌がるのでとっさに褒める言葉を変えてみたが、少し遅かったらしい。私が言いかけた言葉がわかったらしく、殿下は不満げな顔をした。
「……可愛い……」
「す、すみません。褒めているつもりだったのですが、やっぱり男の子には嬉しくない言葉ですよね。でも、素敵なのは本当ですよ!」
「……」
……どうしよう、殿下の機嫌が全く直らないわ。
あたふたと慌てふためく私に、彼が仕方なさそうに首を横に振った。
「いいんだ。僕はリーシャより年下だし、そう見えても仕方ないよね」
「ええ!? ええと、その……」
殿下と同い年のマリッサでも、きっと今の彼のことは可愛いと感じるのではないかと思うが、そう正直に言うべきでないことは確かだった。
いいんだと言いながらも明らかにしょげている様子の殿下に、なんだか罪悪感が募ってきた。
「で、殿下。申し訳ございません、わたくしの軽率な発言で、ご気分を害してしまいましたよね? 何か、わたくしにできることは……そうだ! 今日のおやつは、殿下のお好きなプリンにしましょうか!」
こういう時は、好きな物を食べるに限る。
今まで色々なものを作ってお出ししてきたが、殿下の一番の好物は間違いなくプリンである。これで機嫌が直ってくれればいいのだけれど。
私の提案に、殿下の表情がパッと明るくなったが、次の瞬間、彼はふるふると首を横に振った。
「ううん。今から作っても、冷やすのに時間がかかるし、プリンは次の時でいい。でもお願いをしてもいいなら、僕……リーシャにきいてほしいことがあるんだ」
「まぁ、なんでしょう? わたくしにできることなら、何でも言ってくださいませ」
私はすぐにそう返したけれど、殿下は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言いよどむ。
そんな姿も可愛らしかったが、さすがにそんなことは言わず、私は口をつぐんだ。
「あの……僕のこと、名前で呼んでくれないかな?」
私は今、手が震えそうになるのを必死で堪え、殿下の髪にハサミを入れていた。
ふいに、彼の頭がふらりと揺れる。
「あっ、殿下、動かないでくださいってば!」
「だって、こそばゆいんだよ」
「そんなことを言って、先ほどは暇だからと、足をブラブラと動かしていたではありませんか」
「さっきはさっきだよ。今動いたのはこそばゆかったから!」
「もう、仕方ないですね。では、危ないので今度からは我慢していてくださいね」
「ふふ、うん。わかったよ」
そんなやりとりをしながら、丁寧に髪を整えていく。殿下の髪はサラサラで、とても触り心地がいい。ずっと触っていたいとさえ思ってしまうが、切りすぎてしまうわけにはいかない。
そんなことを考えながら、なんとか大きな失敗もなく、私は王族の散髪という大仕事をやり終えた。達成感と安堵で、ふぅと大きく息を吐く。
「い、いかがでしょうか?」
私は殿下につけていたケープを取りながらそう尋ねる。
殿下は鏡の前に立ち、すっかり雰囲気の変わった自身の姿を見つめた。
「うわぁ……」
肩まで伸びていた髪はすっきりと短く切られていて、前髪も目がハッキリ見える長さになっている。
私は髪を切ることに関して素人だが、充分な仕上がりだったようで、鏡を見つめる殿下の顔に笑みが浮かんだ。
……よかった、お気に召したみたいね。
本当に安心した。万が一にも失敗はできないとずいぶん緊張したけれど、なんとか、自分でも満足な仕上がりにすることができた。
……それにしても、髪を整えたら、さらに可愛らしくなられたわね。
髪が伸び放題の状態でも充分可愛いと思っていたが、今は長いまつげに縁取られた綺麗な目がよく見えて、可愛さに磨きがかかっている。雰囲気が明るくなり、快活さも感じられて、将来はとびきりの美男子になること間違いなしだと私は確信した。
思わず見惚れていると、殿下がその視線に気づいて、パッと振り返った。そして、期待を込めた表情で問いかける。
「リーシャ、どう?」
「本当にかわ……いえ、その、素敵だと思います! とっても似合っていますよ!」
マリッサはともかく、ルディオに可愛いと言うととても嫌がるのでとっさに褒める言葉を変えてみたが、少し遅かったらしい。私が言いかけた言葉がわかったらしく、殿下は不満げな顔をした。
「……可愛い……」
「す、すみません。褒めているつもりだったのですが、やっぱり男の子には嬉しくない言葉ですよね。でも、素敵なのは本当ですよ!」
「……」
……どうしよう、殿下の機嫌が全く直らないわ。
あたふたと慌てふためく私に、彼が仕方なさそうに首を横に振った。
「いいんだ。僕はリーシャより年下だし、そう見えても仕方ないよね」
「ええ!? ええと、その……」
殿下と同い年のマリッサでも、きっと今の彼のことは可愛いと感じるのではないかと思うが、そう正直に言うべきでないことは確かだった。
いいんだと言いながらも明らかにしょげている様子の殿下に、なんだか罪悪感が募ってきた。
「で、殿下。申し訳ございません、わたくしの軽率な発言で、ご気分を害してしまいましたよね? 何か、わたくしにできることは……そうだ! 今日のおやつは、殿下のお好きなプリンにしましょうか!」
こういう時は、好きな物を食べるに限る。
今まで色々なものを作ってお出ししてきたが、殿下の一番の好物は間違いなくプリンである。これで機嫌が直ってくれればいいのだけれど。
私の提案に、殿下の表情がパッと明るくなったが、次の瞬間、彼はふるふると首を横に振った。
「ううん。今から作っても、冷やすのに時間がかかるし、プリンは次の時でいい。でもお願いをしてもいいなら、僕……リーシャにきいてほしいことがあるんだ」
「まぁ、なんでしょう? わたくしにできることなら、何でも言ってくださいませ」
私はすぐにそう返したけれど、殿下は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言いよどむ。
そんな姿も可愛らしかったが、さすがにそんなことは言わず、私は口をつぐんだ。
「あの……僕のこと、名前で呼んでくれないかな?」
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