半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜

侑子

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第二章

希望

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 ……わかったわ。この人が、セラを襲った犯人ね?

 彼女が、セラに代わって聖火点灯を務めるために、セラを害したのだ。イレーヌの言葉やしぐさ、口調や表情で、わたしはそう確信した。

 その途端、わたしの中で怒りが渦を巻いた。ほとんど無意識に、イレーヌへ向いた敵意は、竜気の威圧となって彼女を襲う。

「ヒッ……あ、あう……っ!? い、いやっ、やめて、やめてぇぇっ!!」

 わたしの竜気にあてられたイレーヌが、真っ青な顔でがくりと膝から崩れ落ちた。ぶるぶると震え、髪を掻き乱し、涙とよだれと鼻水で、彼女の顔がぐしゃぐしゃになっていく。そこで、父がわたしの肩を掴んだ。

「落ち着きなさい、キアラ。それ以上はいけない」
「……っ、はい。ごめんなさい、お父様」

 しまった。つい、やりすぎてしまったみたい。

 一年くらい前から竜気を扱えるようにはなったものの、感情が乱れると、まだこうして制御できなくなることがあるのよね。気をつけないと。

「あ、あ、あぁ……っ」

 イレーヌは、まだ涙をボロボロと流しながら、恐ろしいものを見るようにわたしを見ている。

「君、イレーヌと言ったかな。娘がすまないね」

 父がイレーヌの前に進み出た。
 口調が柔らかいので勘違いしたのか、イレーヌがすがるように父を見る。しかし、父が彼女にとって希望になど、なるはずがない。

「娘はまだ、手加減が上手くできなくてね。しかし、君の言動にも大きな問題があると言わざるを得ない。君は、昨日自分が何を言ったのかも覚えていないのかな? セラの本当の友人であるキアラが、欺瞞に満ちた君の言い分に腹を立てるだろうと、想像できなかったかい?」

 父は竜気を放っていないはずなのに、威圧感がすごい。イレーヌはガクガクと震えながら、首を横に振る。

「わ、私、何のことだか……」
「おや、知らないのかな。竜人族は、君たち人間族よりもはるかに感覚が優れている。訓練もしていない者の嘘を見抜くことなど、造作もないことだよ」

 イレーヌが、ヒュッと喉を鳴らした。何も言えずに、ガクリとうなだれる。

「……もう式典が始まる、行こうか。ああ、彼女は外へ出しておいてくれ」
「かしこまりました。おい、立つんだ」

 騎士たちが、父の命令を受けてイレーヌをつまみ出そうとするが、彼女は必死で腕を振り抵抗した。

「やめてっ! わ、私は聖女なんです。本当です! 陛下、お待ちください! 私は確かに、セラ様とはひどい別れ方をしました。ですが、過去セラ様と共に過ごし親しくしていたことも、研鑽の末、聖火を灯すことができるようになったことも、紛れもない事実です! 私を帝国認定聖女に任命し、聖火を点灯する役目に任じてください! 民衆だって、ただの代役よりも、セラ様の友人として私が務めた方が、きっと喜ぶはずです!!」
 
 必死に叫ぶ彼女へ集まるのは、けれど冷たい視線ばかりだ。

「……君は、自分がなぜ帝国認定聖女になれなかったのか、その意味をよく考えるべきではないかな?」
「い、意味って……? 私は、努力していました。聖火を灯せるようになるまで、必死で祈りを続けたし、力の扱い方を学んだし、倒れるまで力を使って、怪我をした人たちの傷を癒していたんです。だから、聖火を灯せるような、立派な聖女になれたのです!」

 父は、駄々をこねる子供に仕方なく付き合ってあげるといった様子で返事をした。

「それなら、見せてもらえるかな。君の聖火を」
「も、もちろんですっ! どうぞ、見てください。私の聖火を!!」

 イレーヌが喜び勇んで、自身の手元に聖火を灯す。
 紫色の、大人の手のひら大の炎が、ゆらゆらと光を放っていた。

 わたしはこの時、初めて聖火が人それぞれ違うものなのだということを実感した。
 そう知識として知ってはいても、わたしはセラの灯す聖火しか見たことがなかったので、どう異なるのか、どれくらい違うのかを知らなかったのだ。

「……セラ様とは、ずいぶん違うものなのですね」

 わたしと同じことを思ったのだろう。ぽろりとそうこぼした騎士の一人を、イレーヌがギロリと睨み付けた。

「なんですって? どういう意味よ!?」
「あ、いや……」

 騎士に詰め寄るイレーヌに、父はついにため息を吐いた。

「どういう意味もなにも、そのままの意味だよ。仕方ないから、君はそこで見ているといい。見たことがないんだろう? 本物の、帝国認定聖女の聖火を」

 ……もう時間だ。

 舞台裏のこちらにまで、期待に満ちた民衆の歓声が響いてきている。ここからでも、トーチの先はかろうじて見える。聖火を見るだけならば、この場所でも充分可能だろう。

 舞台に続く階段の下へ向かうと、代役を務めてくださる年嵩の聖女が、すでにそこで待っていた。

「テレサ殿、急な呼び立てに応じてくださり、感謝致します」
「いいえ。ですが、私は何度も聖火の点灯をさせていただいておりますから、後進に役目を譲ることができてホッとしていたのですけれど……。このようなことになって、とても残念ですわ」

 とても優しそうな聖女様だった。急な代役を頼んでしまったけれど、彼女なら、しっかりと務めてくれるだろう。

「おかしいな、まだ始まらないのか?」
「時間、過ぎてるよな?」
「何かあったのかしら……」

「あら、いけない」

 テレサ様が舞台を見上げた。
 予定時刻を少し過ぎてしまい、民衆の声に不安げなものが混じり始めているようだ。

「では、我々は先に行きます。テレサ殿は、合図の後に、登壇をお願いします」
「はい。わかりました」

 そうして、わたしは父と母に続いて、舞台へと上がっていった。








 テレサは皇族たちを見送った後、皇帝陛下の挨拶が終わり、自分が呼ばれる時を待っていた。

「……あら」

 テレサはすごい速さでこちらへ向かってくる騎士たちを見つけ、目を瞬いた。彼の腕の中には、一人の少女が抱かれている。

「まぁ、良かったわ。やっぱり、未来への希望を、民衆へ示すことができそうね」

 そう言って、テレサは穏やかに笑ったのだった。
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