恋に臆病なままではいられない

pino

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一章 

4.悪い奴じゃないのかも?

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 それから冴木はずっと店に居座って、ヘソを曲げた俺の代わりに光ちゃんがいろいろ教えたりしていた。たまに聞こえてくる二人の笑い声にイラッとする。
 それでも無視して俺はいつものように接客したり料理を提供したりと仕事に集中した。途中で冴木がする事が目に付いたりしたけど極力関わらないように過ごしていた。
 平日だから客足は少なく、遅い時間にもなるとどんどん人は減って行った。


「光ちゃん~、俺明日の仕込み入るね~」

「おう頼むわ」


 もう一人でも回せると判断して、バーカウンターに光ちゃんを残して俺は明日の準備を始める事にした。明日は休み前の平日だ。そこまでガッツリ準備するような事は無いけど、何となく冴木がいない場所へ行きたかったんだ。
 俺は裏へ行き、週末に向けての在庫チェックをしてると、冴木が来て声を掛けて来た。


「雪さん、裏方の仕事教えてください♪」

「…………」

「あの、雪さん?」

「雪~、今日はもう上がっていいぞ~。冬真も♪賄い食ってくか?」

「もう上がっていいって、まだ12時前じゃん」

「この時間なら俺一人でも回せるからよ。冬真にいろいろ教えてやって」

「やだよ。俺一人で帰るし」


 俺は冴木の事はまるで無視して光ちゃんに言うと、困ったように頭をかいていた。冴木を連れて帰るぐらいならこのまま店で働いていた方がマシだ。てか光ちゃんが連れて来たんだから光ちゃんが連れて帰ればいいじゃないか。


「雪~、頼むから面倒見てやってくれって」

「光ちゃんはどうしてそこまでこの人に肩入れするの?今日初めて会ったんでしょ?信用出来るのかも分からないのに、初日から働かせて家にまで上がらせるなんて俺には出来ないよ」

「雪さんの言う事分かります。光児さん、俺他に行きますよ。だから二人は喧嘩しないで下さい」

「あ、そう?ならそうしてくれる?今1日分の給料計算するから」


 冴木の給料を用意する為にノートパソコンの前に座って作業をしようとすると、光ちゃんが荒々しく入って来て俺の肩を掴んで強く揺らした。
 光ちゃんにこんな乱暴な事をされるのは初めてだったので、俺は驚いて動きを止めて光ちゃんの顔を見る。
 あ、怒ってる時の光ちゃんだ。


「雪!たまには言う事を聞け!」

「……分かったよっ離してっ」

「ったく!今何か作ってやるから待ってろ」


 呆れたように言って光ちゃんは再び厨房側から店内へ消えた。
 光ちゃんに怒られた。いつも俺がワガママ言ってもしょうがないなって言って許してくれるのに、肩を掴まれて怒られた……光ちゃんが俺を怒るのは初めてじゃないけど、あんなに激しく怒られたのは初めてだ。
 その事が信じられなくて、しばらく椅子に座ってボーッとしてしまった。


「雪さん、大丈夫ですか?」


 冴木に顔を覗き込まれながら声を掛けられた。元々の元凶だったから俺は睨みながらそっぽを向くと、男は壁に掛けてあった折り畳み式の椅子を取り出してそこに座った。
 

「俺のせいでごめんなさい。俺、本当に帰る所無くて……信用出来ないかも知れませんが、言われたら何でもやります。免許証も、財布ごと預けても構いません!あとスマホも!えっと、持ち物これだけなんで、これしか渡せませんが、ダメですか?」


 男はズボンのポケットから長財布を出して中から免許証を取り出して、それを見えるように上にして俺に差し出して来た。写真は黒髪で今より少し幼く見えるけど、名前は冴木冬真。住所は書いてあるけど、遠くの県で俺の知らない場所だった。確かに嘘は言ってないな。でもこんなの知った所でこの男の全てが分かる訳もない。
 俺は財布ごと受け取りそれを机の上に置いたまま男を見る。スマホは免許証があれば別に要らないと思って返した。


「冬真って、珍しい漢字使ってるんだな。俺もだけど」

「え、はい!良く言われます。ふゆまとも呼ばれる事があります」


 俺が話し掛けると、嬉しそうにヘラ~っと笑って答えた。「ふゆま」ね。読めなくは無いよね。俺は「せつ」とは呼ばれた事ないけどね。


「雪さんは雪って書くんですよね。名前まで綺麗で羨ましいです♪」

「よく知ってるね。光ちゃんにでも聞いたの?馬鹿な親が漢字が分からなくて、知ってるの付けたんだろなって想像出来て馬鹿にしてんだろ?」

「え……あはは、そんな事考えてませんよ~♪雪さんて面白いなぁ」

「…………」


 冗談を言った訳じゃないのに笑われた。
 馬鹿にされたようでイラッとしたけど我慢する事にした。


「それに、俺は冬、雪さんは雪。何か近い物があって嬉しいです」

「確かに、季節的にな」


 言われてそう言えばと、再び免許証の名前を見る。そこである事に気付く。生年月日だ。


「え、あんた今年20歳なの!?」

「そうですよ♪光児さんから雪さんと同い年って聞いてます」

「それなのに敬語使ってたのかよ?」


 驚いて改めて男を見ると、不思議そうに顔を横に倒してニコニコ笑っていた。


「はい。雪さんは先輩ですから当然です」

「先輩って……ふーん」


 男が言うのは仕事上での関係の事だろう。上下関係をしっかり分かってる奴は俺は嫌いじゃない。年齢や立場を理解せずにズカズカ入ってくる奴は大嫌いだ。
 冬真ね、悪い奴ではないのかもな。


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