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第5章*恋人の通る道
65・あなたのそばに
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ゆるやかに意識が夢から浮上して、目を閉じたまま身動ぎする。
(あれ、温かい……)
なにかに包まれているかのような温かさを感じて、ルーナは不思議に思った。
こんな感覚は始めてだ。
心地よい温度に、ただ安心する。
もっと感じたくて擦り寄ると、優しく誰かに頭を撫でられた。
大きな手のひらが頭の上をゆっくりと往復する。
(気持ちいい)
「……かわいいな、本当に」
(……マクシミリアン?)
ぽつりと、小さな独り言が聞こえた。
聞きなれた低い声。
だけれど、ルーナが思い当たった人物のいつもの口調よりも柔らかい気がする。
いつもは、堅苦しい喋り方をしているくせに。
(これ、もしかしてまだ夢の中なのかな)
「私は……。あなたのことが大好きだ」
ちゅ、と。
額に柔らかなものが押し付けられる。
ルーナがぼんやりと目を開くと……。
穏やかな表情をしたマクシミリアンと、至近距離で目が合った。
「……っ!?」
(これ、夢じゃない……?)
ルーナが目を覚ましているとは思っていなかったのか、マクシミリアンが驚きで目を見開いている。
基本無表情なくせに珍しいこともあるものだ。
マクシミリアンと想いが通じあってからというもの、ルーナはそれなり以上に感情を読み取れるようになったと思っていたが、今回は特に分かりやすい。
「お、おはようございます。ルーナさん」
「おはよう……」
どうやらベッドに横になった状態で、マクシミリアンに抱きしめられていたようだった。
昨夜の情事が一瞬頭をよぎって、少し恥ずかしくなる。
(あれ、ネグリジェ……)
自分で着た覚えがないのに、ルーナはいつの間にかネグリジェを身につけていた。
マクシミリアンが着せてくれたのだろうか。
(……多分、着せてくれてんだろうな)
冷えてはいけないから、とかいろいろと考えを巡らせてくれたのだろう。
彼はそういう男だ。
そういうマクシミリアンも、シャツを羽織っているようだった。
いつもの隙のないかっちりした姿とは少し違う。だからこそ、そこに色気を感じてしまう。
ルーナは視線を逸らした。
(……外まだ暗いな)
ちらりとカーテン越しに窓の外を見る。
おはよう、とは言ったものの、夜はまだ明けきっていないらしい。
窓の外は薄暗い。
(というか、これまた珍しいこともあるのね)
ルーナは信じられない面持ちで、マクシミリアンを見つめた。
ルーナのそんな視線に、マクシミリアンも気づいたらしい。
「……どうしました?」
「いつも、目が覚めたらマクシミリアンはいないから……。マクシミリアンと朝を迎えることができるなんて思ってなくて」
夜を共にして、目覚めてもマクシミリアンがそばにいるなんて、今まであっただろうか。
いや、ない。
初めてだ。
過去に体を重ねた時は、決まってルーナが目覚めた時にはマクシミリアンはそばにいなかった。
仕事があるから仕方のないこととはいえ、目が覚めて一人であることに寂しさを感じなかったと言えば嘘になる。
それが、今回はマクシミリアンがそばにいてくれている。
「あなたは私をなんだと思っているんですか」
ルーナの言葉の意味することを察してマクシミリアンは、はぁとため息をついた。
「私だって、好き好んであなたを放って行っていたわけではありません。何も無ければあなたとゆっくり過ごしたいと思っているに決まっているでしょう」
少し拗ねたふうに言われて、ルーナは思わずくすりと笑みをこぼした。
なんというか、かわいい。
こんなマクシミリアンを見るのは、ゲーム内でもなかったとルーナは思う。初めてかもしれない。
「……それより、昨夜あなたに渡し忘れたものがあるんですけど……。渡してもいいですか?」
「え? うん」
マクシミリアンはそういうと、するりとベッドから降りた。
ベッド横のサイドテーブルに置かれていた小箱を持って戻ってくる。
ルーナも身を起き上がらせた。
「手を、出してください」
「?」
何かくれるのだろうか?
言われるがまま、ルーナは手のひらを上に向けて差し出す。
すると、マクシミリアンは軽く首を横に振った。
「違います。逆向きにしてください」
「逆向き……?」
一体マクシミリアンはどうしたいのだろう。
ルーナが戸惑っていると、マクシミリアンは差し出していたルーナの右手を掴んだ。
くる、と手の甲を上向きにされる。
(なんなの……?)
マクシミリアンは小箱を開けると、箱の中に収められていた華奢な指輪をルーナの右手薬指にはめた。
「……え、な、指輪……っ?」
「……思った通りだ。良く似合う」
目の前のマクシミリアンは、ふっと幸せそうに笑みをこぼしている。
ルーナはというと、目を瞬かせていた。
「どうして……」
「この前街で見かけて、あなたに似合いそうだと思って買っていたんですよ」
そういうと、マクシミリアンは決まりが悪そうに少し視線をルーナから外した。
「私は、親に急かされたというだけであなたに求婚をしたわけではなくて……。もともと、今回の旅行であなたにプロポーズする予定だったのに調子が狂ったといいますか……」
ぶつぶつと、少し赤くなった顔でマクシミリアンが不満そうにぼやいている。
その様に、ルーナは堪えきれずに笑ってしまった。
「……あははっ」
(変なの)
決まりきらなくてばつが悪そうなマクシミリアンが、愛おしいと思う。
「ありがとう。大好きよ」
湧き上がる衝動のまま、ルーナはマクシミリアンの首に腕を回した。
(私が選ぶのは。選ばれたいのは、この人)
窓の外は明るくなり始めていた。
もうすぐ夜が明ける。
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