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ドライアド
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「あどーっ」
両手のひらサイズのリンカ。
大きめのお人形くらいの大きさだろうか。
ぱたぱた、ぱたぱた、と僕の周りを飛び回っている。まだ飛ぶのに慣れていないようで、ふらふらして危なっかしい。
「君、リンカ? ほんとにリンカなの?」
「あーどっ!」
「うおおおおっ、なんかリンカめっちゃ可愛くなってるぅ!」
リンカは「どやっ」とでも言いたげに胸を張って、ぱたたたた、と僕の目の前を飛び抜ける。
しかしまたすぐにバランスを崩して、ぐらり、と傾く。
「おっとっとっ、わっ!」
むにゅん。
咄嗟に伸ばした手が、小さいけどボリューミーな女神っぱいに当たった。
あたたかくて、柔らかくて。
それでいて、どこか植物の繊維みたいにしっとりとしていた。
ううっ、あんなにちっちゃくて、苗木だったリンカが、こんなに綺麗になって……!
「んー……」
空中でくるり、と一回転。
蔦の房がふわっと揺れ、淡い翠緑の髪が陽光を受けてきらめく。
まるで森の神話から抜け出してきたかのような、美しい、女神のような姿だ。
なのに少女らしい無邪気さと透き通るような純粋さが限界突破しており、畏怖すら湧き上がってくる。
「あどあっ!」
きゅっ、とニコニコ笑顔で手を握られる。
(うおっ。意外と力強い)
そのまま、リンカが僕の腕を引っ張るようにして、くるくると僕たちは回り始めた。
「あどあどーっ!」
“くるくるーっ”とでも言ってるかのような、無垢な笑顔。
風が抜ける。光が差す。
森の中で、僕たちの影がくるくると円を描いた。
するとシュレアがおもむろに口を開く。
「リンカは精霊です」
戯れる僕たちの側で、ダンジョンシガーをくゆらせ始めた。
「すぅ、ぷふぁー……。いいですねこのシガー。
……ふぅ。この前ケイが森を離れたあと、程なくして判明しました。ここ最近、異常な魔法への適性を見せていたのでまさかとは思いましたが……シュレアでも見抜くことはできませんでした」
樹木の化身のようなシュレアがそう言うんだから、相当に珍しい事態だったんだろう。
「ドライアドっていうのは、最初はみんなああいう苗木の形をしているの?」
「いえ、実はシュレアもちゃんとした精霊を見るのは初めてなのです。精霊は大昔、そこら中にいたと聞いています。ジオス神と仲がよく、清浄な存在だったとか。しかし、ジオス神の力が弱まりアセンブラの力が増すにつれ、その数を少なくしていったと」
「そうなんだ……。ドライアド以外にも精霊っているの?」
「もちろん。水の精霊《ウンディーネ》、風の精霊《シルフィエン》、火の精霊《サラマンドラ》、土の精霊《ノーマ》などが有名でしょう」
おおっ、聞いたことある! まじか……この世界にもいるのか……。
「で、リンカはドライアドってことか」
「そう……だとは思うのですが」
珍しく歯切れ悪く言葉を濁すシュレア。
「違うの?」
「種族的にはドライアドで合っているはずです。しかし、本来ドライアドを含め精霊というのは、最初から成体として生まれてきます。リンカのように実体を伴う苗木から成長するなど聞いたことがありません」
ふーむ……。ややこしいな。状況的にはドライアドなんだけど、その出自が特殊ってことか。
そこでふと、ある疑問が頭をよぎる。
「あれ、もしかして枝くんたちも精霊? トレント?」
『いぎぃぃーーーーっ!!!』
わ、枝くんたちがめちゃおこってる。いたっいたたっ、ごめんって。ぶたないで。
シュレアが嫌悪感をあらわにしてため息をついた。
「ケイ……トレントは魔獣ですよ。樹木に擬態した肉食の動物です。さすがに温厚な彼らでも怒りますよ。ちゃんと謝ってください」
「あどっ」
リンカにも「めっ」てされた。
まじかよ、トレントって植物系じゃないのか……肉食ってイメージと違うな。幹の中に牙でも内蔵してるのだろうか。
「そうなんだ。ごめんね、枝くんたち。僕の知ってるトレントは植物よりの生物だったんだよ。君たちを悪く言ったつもりはないんだ」
『ギギッ!』
“もう間違えなるなよな”と肩をパシパシ叩かれた。種族に対する先入観を改めないとなあ。
「ちなみに彼らは“エンテラシア”というれっきとした種族です。魔獣ではありません。悠久の時の中で魔力や自然の生命力をその身に蓄え続けた樹木がエンテラシアとして覚醒することができます」
おお、ここにきて初めて知ったぞ。枝くんとか樹木くんとか呼んでたけど、エンテラシアか……。なんか森の賢者って感じがするな。
「絶死の森の樹木はみんなエンテラシアなの?」
「大半がそうです。しかし、エンテラシアにも意識がはっきりしたものとそうでないものがいます。ケイの呼びかけに応えたエンテラシアは、種族の中では好奇心が旺盛で、外部と関わることを好んでいます」
「へー」
人間である僕には同じようにしか見えないけど、やっぱりそれぞれ個性があるんだね。ひとくくりにしないで、ちゃんと個人として接するべきかもしれない。
「さて、話を戻しますよ」
シュレアがリンカに向かって樹木腕を伸ばすと、彼女は嬉しそうに飛んでいき、腕に頬ずりをした。う、シュレアが珍しく優しげな表情をしている……。
「ええっと、フレイムベアをどうやって倒すかって話だよね……え、まさか」
「そうです。リンカに協力してもらうのがいいでしょう」
「あど?」
“なあに?”ときょとん顔のリンカ。こんな可愛らしい子がフレイムベアみたいな猛獣と戦えるわけないよ。
「シュレア……リンカがフレイムベアと戦うのはちょっと無理があるっていうか」
「何を言ってるのですか? 戦うのはケイに決まっているでしょう? これはケイの修行なんですから。もう忘れたのですか? ダークエイプにすら劣る嫌な記憶力ですね」
ダークエイプは結構知能高そうだけども……。
「じゃあ一体どうやって」
「それは次のフレイムベアで実際に試してみましょう。先にこのフレイムベアの死体を収納してください」
「わかった」
とりあえず一体目確保か。腕が一本千切れかけて、脳みそはみ出てるけどそれ以外は特に傷はついていない。許容範囲内だろう。自力で捕獲できなかったのは悔しいけど……。
フレイムベアを魔法の鞄にしまおうとすると、心臓の部分にポッカリと穴が空いていた。
なんだこれ、いつの間に。
「シュレア、これ」
「心臓は後で使うので取り除いておきました。ケイ、これも収納してください」
すると彼女はまだドクドクと脈打つフレイムベア先輩の心臓を手渡してきた。なんか、ぶっとい蔦とぬっちゃりした粘液が絡みついていてグロい。
「なんかぬちゃぬちゃしてるんだけど……」
「それはシュレアが生成した特殊な体液です。つべこべ言わずしまってください」
ほほお、シュレアの体液か。
そう言われるとぜんぜんグロくないな。もう少し感触を楽しもうかな。
……あ、だめだシュレアの嫌視線が強まっている。大人しく鞄にしまっておこう。
ーー
シュレアのおかげで、比較的すぐ次のフレイムベアは見つかった。のんびりのっそり動きながら移動している。
ほんとにこの森、この熊さんぽんぽん出てくんな。彼らが外に出ていかず、のんびり森に留まっていることを、人類は奇跡として感謝しないといけないよ。あ……うんちしやがった……ぼとぼとひり出してる。
「このあとどうすればいいの?」
「リンカと融合してください」
YOU……GO……?
「発音がおかしいですね。融合ですよ。リンカをその身に宿してください」
シュレアの顔を「マジで?」という気持ちを込めてまじまじと見つめる。うん、いつも通りのボサボサ不機嫌不健康美人だ。しばらく見つめていると枝角がぴかぴかしてきた。
ばしっ。
「いてっ」
「何見てるんですか。さっさと融合してください。リンカは準備できているんです」
ふと見ると、リンカが僕の前に立っていた。
「いやでも融合って……え、ちょっと待って、リンカ?」
少女のような小さな背丈――けれど、その髪はまるで精緻な葉脈で編まれたような薄緑のベール。
揺れる蔦が光を纏い、静かに、微笑を湛えて、僕を見つめている。
「り、リンカさん? ちょっと待って、僕まだ心の準備が」
そのとき。
ちゅっ。
「……えっ?」
右目に。キスをされた。
温かくて、でも妙にひんやりしていて、
それでいて、確かに“生きている”感触。
リンカの唇が離れた瞬間、彼女の身体が光に溶けていく。
淡く、淡く、幽かに緑色の光となって──
僕の右目に、ずるりと、潜り込んだ。
「うおおおおおぉぉっ……!?」
衝撃と違和感身体がビクンと跳ねた。
(失明した!?)
だが、痛みはない。
むしろあたたかく、優しく、根が張るように深く染み込んでくる。
ぶわっ。
右目の奥で、何かが“発芽”する音がした。
ミチッ……ミチミチ……
ザワ……ザワ……
グググッ、ゴゴゴッ……
「な……に、これ……っ」
激しい脈動とともに、右目から何かが飛び出した。
茨だ。
蔦だ。
枝だ。
木の根だ。
葉が茂り、花が咲いた。
右目を中心に、あらゆる植物それらすべてが螺旋を描きながら暴発するように生え広がっていく。
ぐるぐると、ぐるぐると、渦を巻くように。
僕の内側から、あたかも“この世に現れてはいけないもの”が具現化するかのように、静かに、しかし止めようのない勢いで生い茂っていく。
「っっっ!!」
頭の奥に響くのは、翠色の……叫び?
咆哮ではない。それは獣のような攻撃的なものではない。
もっと……大きなものが動く音。
地盤が滑るような、古樹が雷に打たれて倒れるような、大河が大地を押し流すような……抗いようのない圧倒的な音。
脳が、目が、心が、自然そのものと接続されていく感覚。
地中を這う根の震え。
空を渡る光合成の気配。
命が生まれ、朽ち、巡る全ての営みが、僕の右目に注がれていく。
「ぜ、全部が……自然が、押し寄せてくる……!」
木の根が脈打つ。
蔦が震える。
葉がざわめき、茨が踊る。
それらすべてが一斉に発光した。
翠の魔力が、咲いた。
ブワァッッ!
爆ぜるように植物たちが光に還り、
そのすべてが、右目の奥へ、霊体となって吸い込まれていく。
風が止む。森が静まる。
けれど、僕の中は。
自然そのものが、生きていた。
そして、僕の右目に、確かに感じる暖かな存在。
「……リンカ……君なのか?」
返事はない。しかし、今にもすぐに話し出しそうな雰囲気がある。
存在が近い。まるで、もう一本腕が生えてきたみたいだ。
右目の奥で、芽吹きの鼓動が静かに響いていた。
急に、ズン、と世界が沈んだ気がした。
「……っ……うあ……」
視界が、ちかちかする。
陽光が虹のように屈折し、一本一本の草が心臓を打つようなリズムで揺れている。
小さな虫が飛ぶ軌跡が、魔方陣のように輝いて見えた。
世界の視え方が、明らかに違う。
「こ、これ……なんだよ、なにが見えて……」
次の瞬間、視界の端に、“木の根の脈動”が見えた。
それは地中深く、見えるはずのないはずの命の管。
微細な水分と魔素が通る道を、なぜか“感じ取って”しまう。
「うぐ……っ、気持ちわる……これ、情報、多すぎる……」
頭がぐらつく。足元がおぼつかない。
右目から取り込まれた自然の全てが、とても人間の脳で処理しきれる量じゃなかった。
「それが“自然”です」
嫌そうな声は、いつもよりなんだか柔らかく近くに感じる。
ずしりとした感触。僕を支える樹木腕も、普段よりもずっと……近い。
「シュレア……」
「ケイ。貴方は今、自然の化身である精霊リンカと融合し、新たな力を得ました。……おめでとうございます」
目を細めながら、シュレアが嫌そうに言った。
でも、その手は優しい。
固くてごつごつしてるけど、支え方が、すごく……丁寧だった。
「なんか……見えるんだ。命が……そこら中の、命の流れが……」
「当然です。自然の力を受け入れたのですから。目を閉じて、深呼吸しなさい。それが“自然である”と、“最初からそこに在った”と思うのです」
シュレアの言うとおりにしてみる。
すると、さっきまでチカチカしてた世界が、少しだけ輪郭を取り戻してきた。
でも、今度は恐怖のようなものが胸に湧き上がってきた。
いやこれは畏怖?
大樹林にいきなり一人残されたような、竜巻の前に一人放り出されたような感覚だ。
心細くて身体が震える。
「む、どうしたのですか?」
「ご、ごめんシュレア。うまく言えないけど、すごく、怖いんだ。自分の中にある力が途方もなくて……大自然の中に一人取り残されてしまっている感覚なんだ」
「……はあ、仕方ありませんね」
するとシュレアは僕を抱え上げ、樹木腕を絡ませてくる。
「目を閉じてください。余計なものは見なくていいです」
「え、うん……」
僕が言われた通り目を閉じる。
ぎゅ。
硬くて、でも包み込むような感触。
シュレアの腕が、木の枝のように伸びて、そっと僕の身体を抱きしめていた。
胸から背にかけて、木の繊維が柔らかく絡む。
冷たそうでいて、不思議と温かい。
そまるで、森の木陰にひっそりと咲いた花が、そっと頬を撫でるような、そんな優しさだった。
自然が僕を肯定してくれている……先ほどの怖さはもうない。
「落ち着きましたか?」
「うん、ありがとうシュレア……」
彼女の慎まし目なボタニカルおっぱいに顔を埋める。ぽよぽよと柔らかくて、苔むした匂いと落ち葉のような香ばしい匂い……その時によって彼女の香りは変わる。今日のはとにかく落ち着く匂いだ。
「何触ってるんですか。吸命しますよ」
「ううっ、シュレアには吸われてもいいよ……」
「……はあ、これだから弱々しい人間は嫌なのです」
そう毒づくと、彼女はぐぐっとボタニカルおっぱいを寄せて僕の頭を、“ぱふぱふ、ぽにゅぽにゅ”と、何度も何度も動かして包んでくれた。
……ま、ママァーッ! め、メァメァッー!
両手のひらサイズのリンカ。
大きめのお人形くらいの大きさだろうか。
ぱたぱた、ぱたぱた、と僕の周りを飛び回っている。まだ飛ぶのに慣れていないようで、ふらふらして危なっかしい。
「君、リンカ? ほんとにリンカなの?」
「あーどっ!」
「うおおおおっ、なんかリンカめっちゃ可愛くなってるぅ!」
リンカは「どやっ」とでも言いたげに胸を張って、ぱたたたた、と僕の目の前を飛び抜ける。
しかしまたすぐにバランスを崩して、ぐらり、と傾く。
「おっとっとっ、わっ!」
むにゅん。
咄嗟に伸ばした手が、小さいけどボリューミーな女神っぱいに当たった。
あたたかくて、柔らかくて。
それでいて、どこか植物の繊維みたいにしっとりとしていた。
ううっ、あんなにちっちゃくて、苗木だったリンカが、こんなに綺麗になって……!
「んー……」
空中でくるり、と一回転。
蔦の房がふわっと揺れ、淡い翠緑の髪が陽光を受けてきらめく。
まるで森の神話から抜け出してきたかのような、美しい、女神のような姿だ。
なのに少女らしい無邪気さと透き通るような純粋さが限界突破しており、畏怖すら湧き上がってくる。
「あどあっ!」
きゅっ、とニコニコ笑顔で手を握られる。
(うおっ。意外と力強い)
そのまま、リンカが僕の腕を引っ張るようにして、くるくると僕たちは回り始めた。
「あどあどーっ!」
“くるくるーっ”とでも言ってるかのような、無垢な笑顔。
風が抜ける。光が差す。
森の中で、僕たちの影がくるくると円を描いた。
するとシュレアがおもむろに口を開く。
「リンカは精霊です」
戯れる僕たちの側で、ダンジョンシガーをくゆらせ始めた。
「すぅ、ぷふぁー……。いいですねこのシガー。
……ふぅ。この前ケイが森を離れたあと、程なくして判明しました。ここ最近、異常な魔法への適性を見せていたのでまさかとは思いましたが……シュレアでも見抜くことはできませんでした」
樹木の化身のようなシュレアがそう言うんだから、相当に珍しい事態だったんだろう。
「ドライアドっていうのは、最初はみんなああいう苗木の形をしているの?」
「いえ、実はシュレアもちゃんとした精霊を見るのは初めてなのです。精霊は大昔、そこら中にいたと聞いています。ジオス神と仲がよく、清浄な存在だったとか。しかし、ジオス神の力が弱まりアセンブラの力が増すにつれ、その数を少なくしていったと」
「そうなんだ……。ドライアド以外にも精霊っているの?」
「もちろん。水の精霊《ウンディーネ》、風の精霊《シルフィエン》、火の精霊《サラマンドラ》、土の精霊《ノーマ》などが有名でしょう」
おおっ、聞いたことある! まじか……この世界にもいるのか……。
「で、リンカはドライアドってことか」
「そう……だとは思うのですが」
珍しく歯切れ悪く言葉を濁すシュレア。
「違うの?」
「種族的にはドライアドで合っているはずです。しかし、本来ドライアドを含め精霊というのは、最初から成体として生まれてきます。リンカのように実体を伴う苗木から成長するなど聞いたことがありません」
ふーむ……。ややこしいな。状況的にはドライアドなんだけど、その出自が特殊ってことか。
そこでふと、ある疑問が頭をよぎる。
「あれ、もしかして枝くんたちも精霊? トレント?」
『いぎぃぃーーーーっ!!!』
わ、枝くんたちがめちゃおこってる。いたっいたたっ、ごめんって。ぶたないで。
シュレアが嫌悪感をあらわにしてため息をついた。
「ケイ……トレントは魔獣ですよ。樹木に擬態した肉食の動物です。さすがに温厚な彼らでも怒りますよ。ちゃんと謝ってください」
「あどっ」
リンカにも「めっ」てされた。
まじかよ、トレントって植物系じゃないのか……肉食ってイメージと違うな。幹の中に牙でも内蔵してるのだろうか。
「そうなんだ。ごめんね、枝くんたち。僕の知ってるトレントは植物よりの生物だったんだよ。君たちを悪く言ったつもりはないんだ」
『ギギッ!』
“もう間違えなるなよな”と肩をパシパシ叩かれた。種族に対する先入観を改めないとなあ。
「ちなみに彼らは“エンテラシア”というれっきとした種族です。魔獣ではありません。悠久の時の中で魔力や自然の生命力をその身に蓄え続けた樹木がエンテラシアとして覚醒することができます」
おお、ここにきて初めて知ったぞ。枝くんとか樹木くんとか呼んでたけど、エンテラシアか……。なんか森の賢者って感じがするな。
「絶死の森の樹木はみんなエンテラシアなの?」
「大半がそうです。しかし、エンテラシアにも意識がはっきりしたものとそうでないものがいます。ケイの呼びかけに応えたエンテラシアは、種族の中では好奇心が旺盛で、外部と関わることを好んでいます」
「へー」
人間である僕には同じようにしか見えないけど、やっぱりそれぞれ個性があるんだね。ひとくくりにしないで、ちゃんと個人として接するべきかもしれない。
「さて、話を戻しますよ」
シュレアがリンカに向かって樹木腕を伸ばすと、彼女は嬉しそうに飛んでいき、腕に頬ずりをした。う、シュレアが珍しく優しげな表情をしている……。
「ええっと、フレイムベアをどうやって倒すかって話だよね……え、まさか」
「そうです。リンカに協力してもらうのがいいでしょう」
「あど?」
“なあに?”ときょとん顔のリンカ。こんな可愛らしい子がフレイムベアみたいな猛獣と戦えるわけないよ。
「シュレア……リンカがフレイムベアと戦うのはちょっと無理があるっていうか」
「何を言ってるのですか? 戦うのはケイに決まっているでしょう? これはケイの修行なんですから。もう忘れたのですか? ダークエイプにすら劣る嫌な記憶力ですね」
ダークエイプは結構知能高そうだけども……。
「じゃあ一体どうやって」
「それは次のフレイムベアで実際に試してみましょう。先にこのフレイムベアの死体を収納してください」
「わかった」
とりあえず一体目確保か。腕が一本千切れかけて、脳みそはみ出てるけどそれ以外は特に傷はついていない。許容範囲内だろう。自力で捕獲できなかったのは悔しいけど……。
フレイムベアを魔法の鞄にしまおうとすると、心臓の部分にポッカリと穴が空いていた。
なんだこれ、いつの間に。
「シュレア、これ」
「心臓は後で使うので取り除いておきました。ケイ、これも収納してください」
すると彼女はまだドクドクと脈打つフレイムベア先輩の心臓を手渡してきた。なんか、ぶっとい蔦とぬっちゃりした粘液が絡みついていてグロい。
「なんかぬちゃぬちゃしてるんだけど……」
「それはシュレアが生成した特殊な体液です。つべこべ言わずしまってください」
ほほお、シュレアの体液か。
そう言われるとぜんぜんグロくないな。もう少し感触を楽しもうかな。
……あ、だめだシュレアの嫌視線が強まっている。大人しく鞄にしまっておこう。
ーー
シュレアのおかげで、比較的すぐ次のフレイムベアは見つかった。のんびりのっそり動きながら移動している。
ほんとにこの森、この熊さんぽんぽん出てくんな。彼らが外に出ていかず、のんびり森に留まっていることを、人類は奇跡として感謝しないといけないよ。あ……うんちしやがった……ぼとぼとひり出してる。
「このあとどうすればいいの?」
「リンカと融合してください」
YOU……GO……?
「発音がおかしいですね。融合ですよ。リンカをその身に宿してください」
シュレアの顔を「マジで?」という気持ちを込めてまじまじと見つめる。うん、いつも通りのボサボサ不機嫌不健康美人だ。しばらく見つめていると枝角がぴかぴかしてきた。
ばしっ。
「いてっ」
「何見てるんですか。さっさと融合してください。リンカは準備できているんです」
ふと見ると、リンカが僕の前に立っていた。
「いやでも融合って……え、ちょっと待って、リンカ?」
少女のような小さな背丈――けれど、その髪はまるで精緻な葉脈で編まれたような薄緑のベール。
揺れる蔦が光を纏い、静かに、微笑を湛えて、僕を見つめている。
「り、リンカさん? ちょっと待って、僕まだ心の準備が」
そのとき。
ちゅっ。
「……えっ?」
右目に。キスをされた。
温かくて、でも妙にひんやりしていて、
それでいて、確かに“生きている”感触。
リンカの唇が離れた瞬間、彼女の身体が光に溶けていく。
淡く、淡く、幽かに緑色の光となって──
僕の右目に、ずるりと、潜り込んだ。
「うおおおおおぉぉっ……!?」
衝撃と違和感身体がビクンと跳ねた。
(失明した!?)
だが、痛みはない。
むしろあたたかく、優しく、根が張るように深く染み込んでくる。
ぶわっ。
右目の奥で、何かが“発芽”する音がした。
ミチッ……ミチミチ……
ザワ……ザワ……
グググッ、ゴゴゴッ……
「な……に、これ……っ」
激しい脈動とともに、右目から何かが飛び出した。
茨だ。
蔦だ。
枝だ。
木の根だ。
葉が茂り、花が咲いた。
右目を中心に、あらゆる植物それらすべてが螺旋を描きながら暴発するように生え広がっていく。
ぐるぐると、ぐるぐると、渦を巻くように。
僕の内側から、あたかも“この世に現れてはいけないもの”が具現化するかのように、静かに、しかし止めようのない勢いで生い茂っていく。
「っっっ!!」
頭の奥に響くのは、翠色の……叫び?
咆哮ではない。それは獣のような攻撃的なものではない。
もっと……大きなものが動く音。
地盤が滑るような、古樹が雷に打たれて倒れるような、大河が大地を押し流すような……抗いようのない圧倒的な音。
脳が、目が、心が、自然そのものと接続されていく感覚。
地中を這う根の震え。
空を渡る光合成の気配。
命が生まれ、朽ち、巡る全ての営みが、僕の右目に注がれていく。
「ぜ、全部が……自然が、押し寄せてくる……!」
木の根が脈打つ。
蔦が震える。
葉がざわめき、茨が踊る。
それらすべてが一斉に発光した。
翠の魔力が、咲いた。
ブワァッッ!
爆ぜるように植物たちが光に還り、
そのすべてが、右目の奥へ、霊体となって吸い込まれていく。
風が止む。森が静まる。
けれど、僕の中は。
自然そのものが、生きていた。
そして、僕の右目に、確かに感じる暖かな存在。
「……リンカ……君なのか?」
返事はない。しかし、今にもすぐに話し出しそうな雰囲気がある。
存在が近い。まるで、もう一本腕が生えてきたみたいだ。
右目の奥で、芽吹きの鼓動が静かに響いていた。
急に、ズン、と世界が沈んだ気がした。
「……っ……うあ……」
視界が、ちかちかする。
陽光が虹のように屈折し、一本一本の草が心臓を打つようなリズムで揺れている。
小さな虫が飛ぶ軌跡が、魔方陣のように輝いて見えた。
世界の視え方が、明らかに違う。
「こ、これ……なんだよ、なにが見えて……」
次の瞬間、視界の端に、“木の根の脈動”が見えた。
それは地中深く、見えるはずのないはずの命の管。
微細な水分と魔素が通る道を、なぜか“感じ取って”しまう。
「うぐ……っ、気持ちわる……これ、情報、多すぎる……」
頭がぐらつく。足元がおぼつかない。
右目から取り込まれた自然の全てが、とても人間の脳で処理しきれる量じゃなかった。
「それが“自然”です」
嫌そうな声は、いつもよりなんだか柔らかく近くに感じる。
ずしりとした感触。僕を支える樹木腕も、普段よりもずっと……近い。
「シュレア……」
「ケイ。貴方は今、自然の化身である精霊リンカと融合し、新たな力を得ました。……おめでとうございます」
目を細めながら、シュレアが嫌そうに言った。
でも、その手は優しい。
固くてごつごつしてるけど、支え方が、すごく……丁寧だった。
「なんか……見えるんだ。命が……そこら中の、命の流れが……」
「当然です。自然の力を受け入れたのですから。目を閉じて、深呼吸しなさい。それが“自然である”と、“最初からそこに在った”と思うのです」
シュレアの言うとおりにしてみる。
すると、さっきまでチカチカしてた世界が、少しだけ輪郭を取り戻してきた。
でも、今度は恐怖のようなものが胸に湧き上がってきた。
いやこれは畏怖?
大樹林にいきなり一人残されたような、竜巻の前に一人放り出されたような感覚だ。
心細くて身体が震える。
「む、どうしたのですか?」
「ご、ごめんシュレア。うまく言えないけど、すごく、怖いんだ。自分の中にある力が途方もなくて……大自然の中に一人取り残されてしまっている感覚なんだ」
「……はあ、仕方ありませんね」
するとシュレアは僕を抱え上げ、樹木腕を絡ませてくる。
「目を閉じてください。余計なものは見なくていいです」
「え、うん……」
僕が言われた通り目を閉じる。
ぎゅ。
硬くて、でも包み込むような感触。
シュレアの腕が、木の枝のように伸びて、そっと僕の身体を抱きしめていた。
胸から背にかけて、木の繊維が柔らかく絡む。
冷たそうでいて、不思議と温かい。
そまるで、森の木陰にひっそりと咲いた花が、そっと頬を撫でるような、そんな優しさだった。
自然が僕を肯定してくれている……先ほどの怖さはもうない。
「落ち着きましたか?」
「うん、ありがとうシュレア……」
彼女の慎まし目なボタニカルおっぱいに顔を埋める。ぽよぽよと柔らかくて、苔むした匂いと落ち葉のような香ばしい匂い……その時によって彼女の香りは変わる。今日のはとにかく落ち着く匂いだ。
「何触ってるんですか。吸命しますよ」
「ううっ、シュレアには吸われてもいいよ……」
「……はあ、これだから弱々しい人間は嫌なのです」
そう毒づくと、彼女はぐぐっとボタニカルおっぱいを寄せて僕の頭を、“ぱふぱふ、ぽにゅぽにゅ”と、何度も何度も動かして包んでくれた。
……ま、ママァーッ! め、メァメァッー!
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そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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