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呑兵衛
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オラオラ系おばちゃんのニールさん。
彼女が切り盛りする『羚羊亭』はパッと見汚い系のお店で、ちょっと心配していたのだが……。
「え、何この内装」
店に入ってすぐにそれが間違いだと分からされた。
一言で言うと物凄くこだわり抜かれたシックな喫茶店みたいだった。
薄暗いランプの光が、磨き上げられた重厚な木製テーブルに温かな影を落としている。
テーブルは年輪のように刻まれた木目が物語をたたえていて、頑丈な作りでどっしりと構えている。椅子もまた、濃い色の木材で作られ、背もたれには素朴だが丁寧な彫り模様が施されている。
「素晴らしい内装ですよね……。わたし、このお店の雰囲気大好きなんです」
「嬉しいこと言ってくれるよお、この子は。じゃあケイ。肉を出しな。美味しく作ってあげるからねえ」
「あ、は、はい。どうぞ」
「ありゃ、よく見たらこりゃキョン肉じゃないかい! ランラビット肉だけかと思ってたよ。お前さん良いもんもってるじゃあないか。なかなか手に入らないんだよ~これは。さて、どう料理したもんかね」
ニールおばちゃんはニコニコ顔で思案しながら、厨房に引っ込んでいった。
「ケイさん、こっちです。わたし、いつもここに座るので」
手を引っ張られ、シャールちゃんお気に入りの席に座る。
重厚なテーブルと革張りの椅子。すごく落ち着くな……。
座面は使い込まれた革張りで、座るたびに小さく軋む音が懐かしさを誘う。
それに加え壁にはセンスのいい古びた絵画や小さな陶器の皿が飾られ、どれもこの店の歴史を静かに物語っている。
厨房では、元気なおばちゃんが一人、テキパキと動いて、笑顔を絶やさない。彼女の声が、時折響く鍋の音やグラスのカチャリという音に混じって、店内に活気を添えている。窓辺には厚手のダークグリーンのカーテンが揺れ、外の喧騒を柔らかく遮る。
かすかに空気には、焼いたパンと特製のシチューの香りが漂い、どこか懐かしくも品のある雰囲気を醸し出している。
こんなん絶対おいしい料理出してくれるやん。
「シャールちゃん、僕もうすでにこのお店の虜になってしまったよ」
「ほ、ほんとですか? うれしいです」
ほころぶお顔がキュートだ。
「シャールちゃんはどうやって、このお店を知ったの?」
「ええっと、ちょっと恥ずかしい話なんですけど。仕事でうまくいかなくて、先輩にすごく怒られて、自暴自棄になっていたんです。そしたら気分も落ち込んでしまって、なんか賑やかな道を通れなくなっちゃって……。普段通勤する光景を見ていると吐きそうになってしまったんです。
だから全然知らない道を歩いていたら、たまたまお店の外で掃除していたニールおばちゃんに『なに暗い顔してんだい! うちでご飯食べていきな!』ってごちそうしてもらったのがきっかけなんですよ」
僕の予想大当たりじゃん……。あとおばちゃんの真似をするシャールちゃんが可愛くてつらい。天然か? この子。
にしても通勤の下り、めちゃめちゃ共感できるなぁ……。
「分かるよ。職場がしんどいと、それに通ずるすべてが嫌になるんだよね。ああ、この朝ごはんは職場に行くために食べてるんだ。ああ、この眠りは職場に通じているんだって」
「そ、そう! そうなんです! だから、まったく知らない環境に自分を置きたかったんです」
「うんうん。そうでもしないと、正気を保ってられないよね。分かるよ」
「あ、あの、ケイさんって冒険者さんですよね? 通勤とか職場とか、無縁だと思っていたんですが」
きょとん、とした顔で僕を見てくる。
あ、やべ。シャールちゃんの境遇にあまりにも共感してしまって、そこら辺考えずに話してたよ。
「僕は冒険者になる前に、いろいろ働いた経験があってね。事務仕事もしたことあるんだよ」
「え! そうなんですか? 経験豊富なんですね……すごいです」
経験豊富なんですね……って叡智を感じるな。いつか耳元で囁かれたいよ。
「大したことないよ。だいたいうまくいかなかったし、ものにならなかったしね」
いやもう、ワープアリーマン時代の僕といったらひどかったからね。会議出ても上の空だし、相手の言ったことよくわかってなかったし、マルチタスク苦手な割に集中力もないから、取り柄が一つもなかった。たぶん、オフィスの観葉植物のほうが仕事してたんじゃないかな。
「そ、そんなことないです。ケイさんはそれだけたくさんのお仕事をする行動力があったってことだと思います。
お仕事がうまくいかなくても、ちゃんと次のお仕事見つけて、辛くても頑張ったんですよね? わたしはもし今の仕事辞めたら、次のお仕事を探す勇気も気力も無いです……」
リーマン時代にこんな子がいたら、コロっといってただろうなあ。
「いやいや。シャールちゃんはしんどくて辛い職場から逃げずに、ちゃんと仕事をまっとうしていたじゃないか。
初めてシャールちゃんに会ったときのこと覚えているよ。先輩に叱られて落ち込んでも、ちゃんと冒険者目線に立ってアドバイスしてくれたよね?
言い方はたどたどしかったかもしれないけど、すごく一生懸命で誠意を感じたよ」
「わ、わたしは、それくらいしかできないので」
「それだよ。君は自分が辛い状況下に置かれていても、見ず知らずの他人のために尽くせる人なんだ。しかも無意識の内にやっていて、疑問を持っていないし、そんな人、世の中に全然いないんだよ。すごい才能だ」
「……そんな風に言ってくれたの、ケイさんだけです。わたしなんて、ほんとにダメで……」
ホントにいい子だなって思う。彼女は自己肯定感低いみたいだから、僕が肯定ペンギンになってあげないと。
「シャールちゃんは、まったく自分を卑下することないよ。君は素晴らしい人間だ」
「……本当に、本当にありがとうございます。わたし、ケイさんがそう言ってくれたから、そんなふうに思ってくれてるって分かったから、頑張れました。どんどんランクが上がっていくすごいケイさんが、こんなにすごい冒険者さんが、わたしのことを認めてくれてるって思うと、少しずつ自信がついたんです」
シャールちゃんははらはらと涙を流しながら、笑っていた。嗚咽は無く、悲しみもなく、ただ純粋で美しい感情の発露だけがあった。
僕は反射的にその手を取っていた。震えていて熱を帯び、細くて柔らかい。
「自分の弱さに負けそうになっても受付に立ち続けて、心ない言葉を先輩に言われても献身的に冒険者をサポートしてくれる。シャールちゃんは最高の受付嬢だよ」
「……そんな、褒めすぎですよ」
「褒めすぎなもんか。それに笑顔も可愛いし、なんか守ってあげたくなるし、いい匂いもする。僕は君のそんなところがすごく好きなんだよね」
「……え、え?」
……ん?
今僕何つった?
「え、い、いまなんて」
「は~~い! ちょいと失礼するよ!」
そこへドゥオおおーん! と料理が運ばれてくる。キラキラ輝いて宝物みたいな食べ物たちだ。
「ほい、話盛り上がってるところごめんね、前菜だよ!
ミンスター村の朝採れ野菜たっぷり使ったヴァイセンサラダ、尾なし鉱山竜の尻尾を使ったアチアチアヒージョ、虹色ピュランティスのカルパッチョ! あとはニールおばちゃん特製の不揃いパン! これは食べ放題だからいくらでもお食べな~! 汁物はベンズ豆の潜水風スープだよ。今メインディッシュをこさえてるからね、もうちょい待ってね~」
嵐のように料理を紹介して、嵐のようにまた引っ込んていってしまった。
「え、えっと……」
「じゃあ、食べようか?」
「……ふふ、そうですね」
くすり、と小さく笑うシャールちゃん。こんな風に毎日彼女と食卓を囲めたら幸せだろうな。
にしても、異世界情緒溢るる料理の数々だ。ボリュームもすごい。目移りしちゃうな。
「どれから食べようかな。おすすめある?」
「あ、このヴァイセンサラダは美味しいですよ。新鮮な野菜で、ドレッシングが美味しいんです」
ほおほお、じゃあそれから行ってみるか。野菜から食べるのは大事だしね。僕は血糖値爆上げ担当大臣にはなりたくない。
ヴァイセンサラダにはとろっとした白ドレッシングがかかっていた。ふーむ、コールスローとかシーザーサラダ的なやつかな?
レタスと千切りのビーツ? らしき野菜を一緒に口に放り込む。
しゃく、しゃく、しゃわり。
「ふぁ~、この野菜うまっ」
ミンスター村の朝採れ野菜たっぷりヴァイセンサラダ。
おひさまををたっぷり浴びてキラキラ輝く新鮮な山盛り葉野菜、シャキシャキの食感がたまらない。
赤、黄、紫の小さな実野菜が口の中で甘酸っぱく弾ける。
で、このドレッシング。ほのかにスパイシーなんだけどニンニクとチーズが効いた癖になる味わいで、ハーブの香りが全体をまとめ上げる。まるで春の風を頬張るような爽やかさだ。
「ミンスター村はお野菜の名産地なんですよ。野菜の達人のような農家さんたちがたくさんいて、毎日一生懸命美味しい野菜を作ってくれてるんです」
「わ、詳しいね。もしかしてギルドに依頼出てるのかな?」
「はい、出てますよ。野菜を狙うゴブリンやコボルト、バード系の魔獣が後を立たなくて……。ほぼ常設依頼として出てるんてすけど、あまり応募が来ないんですよね」
「あらら、それはまたなんで?」
「報酬がお金ではなくお野菜だからです。やっぱり冒険者さんは現金支給を好みますから」
あー、それは仕方ないな。冒険者、特に低級の人たちはとにかくお金に飢えてるからね。
でも野菜ってちゃんと買ったら高いと思うし、身体が資本の冒険者にとっては悪くないと思うんだよな。
……今度その依頼受けてみようかな? その時はシュレアを誘おう。野菜部部長だし、気になるはず。
「現物支給の依頼もギルドは受け付けてくれるんだ?」
「はい。冒険者ギルドは困った人たちを助けるためのギルドですから。手持ちが無ければ、現物支給でも受けることはあります。もちろん審査はありますけどね。わたし、冒険者ギルドの弱い立場の人を助けようとする仕組みが大好きなんです」
心からの笑顔で野菜を頬張るシャールちゃん。
辛いであろう職場を心から好きだと疑いなく言えるこの子は、なんというか、すごいよね。心が純粋だ。汚れきった僕には眩しいよ。
「次はこのアヒージョ行こうかな」
尾なし鉱山竜の尻尾のアヒージョって、よく考えたら意味分からん。どこの部位だよ。そもそも尾あり鉱山竜がいるってことか?
「シャールちゃん、尾なし鉱山竜ってのがいるの?」
「いますよ。ランクとしてはH級クラス相当ですけど、デイライトの迷宮では出ないですね。名前の通り鉱山を棲家とする竜で、成獣は鉄臭くてあんまり美味しくないんです。ただ、幼獣は金気がなくて肉も柔らかく独特な風味がして美味しいんです。幼獣は尻尾が短いので『尾なし』って言われてるんですよ。実際には尻尾はちゃんとあって、美味しい部位なんですけど、調理が難しいんです」
小さなお口からすらすらと情報が出てくる。さすがは本職だね。
「はぇー、なるほどね。勉強になったよ」
「これでも受付嬢なんですよ?」
「お見逸れしました」
むむん、とお胸を張った。かわゆ。存じ上げておりまする。
さて、頂くぞ。はむり。
ほろほろぉじゅっじゅわぁ~……。
「うわぁこれもたまんないな」
こちらの尾なし鉱山竜の尻尾を使ったアチアチアヒージョ。
グツグツ煮立つオイルの中で、竜の尻尾の肉がホロホロと崩れるほど柔らかく、噛むと濃厚な旨味がジュワッと溢れる……。 ニンニクと唐辛子のピリッとした香りが食欲をそそり、熱々のまま頬張れば体が芯から温まるよ。
「おいふいですよね」
「うん、うん、おいひっあつっ」
「ふぅ、ふぅ、あつっ」
二人ではふはふしながら食べるアヒージョは格別でいくらでもいけてしまいそうだった。
「さて……」
熱いものを食べたら、冷たいものが食べたくなる。
僕はテーブルに並べられた奇っ怪料理を見下ろす。
刺し身のように薄めにスライスされたそれは、ちょっと躊躇うほどの鮮やかな赤ピンク。光が反射すると虹色に煌めく。これ食べて大丈夫なんかな。大丈夫なんだろうけど。
「シャールちゃん、この料理分かる? カルパッチョはなんだか分かるんだけどさ」
「はい。虹色ピュランティスですね。栄養豊富な海の底に群生する海産物です。主にソルレオン王国東に位置するゴート海で水揚げされます。
いろいろな条件が重なって虹色になるようですが、詳しい原理はわかっていません。
でも、普通のピュランティスよりもずっと食べやすくて旨味がたっぷりなんです。カルパッチョではまだ食べたことありませんが、海産物が平気なら好きだと思いますよ」
「海産物……ってことは魚なのかな? それとも貝?」
「そのどちらでもないんです。分類が難しいらしいです。海の果実と言う人もいれば、海神の心臓と気味悪がって食べない人もいます」
「ああ、なるほど」
分かった。多分ホヤ系だこれ。うわー、ホヤ苦手だったんだよなあ。
「大丈夫ですか? 眉間にシワ寄ってますよ」
「うん。大丈夫。食べてみるね」
意を決して食べてみる。
コリッ、サクッ。
じわしょりじんわぁ~……。
「うおぉ、これは不思議な味だね」
虹色ピュランティスのカルパッチョ。
フォークに刺して光に照らすと、まるで海の宝石のようだった。
薄くスライスされたピュランティスが虹色に輝き、口に入れると潮の香りと甘みがふわっと広がる。その後に少々危険な雰囲気のする磯の香りがぶわっと広がるが、ふんだんに盛られた香味野菜とレモンの酸味とハーブが絡まり、臭みを抑えて旨味だけを残してくれる。その不思議な味わいは一回では理解しきれず、もう一回もう一回と食べる手が止まらない。一皿でまるで海底を旅しているような気分になった。
「おおっと、ご両人。ピュランティスにはこいつがおすすめだよぉ!」
ドン! とおばちゃんがテーブルの上に大きな陶器製の酒瓶を置いた。
「おばちゃん、これなに?」
「……もしかして、潮風酒ですか?」
くんくんと鼻をヒクヒクさせてシャールが尋ねた。そ、そんなハムスターみたいな仕草したら飼いたくなってしまうよ。
「おお、さすがだね! やっぱり呑兵衛なら分かるか!」
え、呑兵衛?
彼女が切り盛りする『羚羊亭』はパッと見汚い系のお店で、ちょっと心配していたのだが……。
「え、何この内装」
店に入ってすぐにそれが間違いだと分からされた。
一言で言うと物凄くこだわり抜かれたシックな喫茶店みたいだった。
薄暗いランプの光が、磨き上げられた重厚な木製テーブルに温かな影を落としている。
テーブルは年輪のように刻まれた木目が物語をたたえていて、頑丈な作りでどっしりと構えている。椅子もまた、濃い色の木材で作られ、背もたれには素朴だが丁寧な彫り模様が施されている。
「素晴らしい内装ですよね……。わたし、このお店の雰囲気大好きなんです」
「嬉しいこと言ってくれるよお、この子は。じゃあケイ。肉を出しな。美味しく作ってあげるからねえ」
「あ、は、はい。どうぞ」
「ありゃ、よく見たらこりゃキョン肉じゃないかい! ランラビット肉だけかと思ってたよ。お前さん良いもんもってるじゃあないか。なかなか手に入らないんだよ~これは。さて、どう料理したもんかね」
ニールおばちゃんはニコニコ顔で思案しながら、厨房に引っ込んでいった。
「ケイさん、こっちです。わたし、いつもここに座るので」
手を引っ張られ、シャールちゃんお気に入りの席に座る。
重厚なテーブルと革張りの椅子。すごく落ち着くな……。
座面は使い込まれた革張りで、座るたびに小さく軋む音が懐かしさを誘う。
それに加え壁にはセンスのいい古びた絵画や小さな陶器の皿が飾られ、どれもこの店の歴史を静かに物語っている。
厨房では、元気なおばちゃんが一人、テキパキと動いて、笑顔を絶やさない。彼女の声が、時折響く鍋の音やグラスのカチャリという音に混じって、店内に活気を添えている。窓辺には厚手のダークグリーンのカーテンが揺れ、外の喧騒を柔らかく遮る。
かすかに空気には、焼いたパンと特製のシチューの香りが漂い、どこか懐かしくも品のある雰囲気を醸し出している。
こんなん絶対おいしい料理出してくれるやん。
「シャールちゃん、僕もうすでにこのお店の虜になってしまったよ」
「ほ、ほんとですか? うれしいです」
ほころぶお顔がキュートだ。
「シャールちゃんはどうやって、このお店を知ったの?」
「ええっと、ちょっと恥ずかしい話なんですけど。仕事でうまくいかなくて、先輩にすごく怒られて、自暴自棄になっていたんです。そしたら気分も落ち込んでしまって、なんか賑やかな道を通れなくなっちゃって……。普段通勤する光景を見ていると吐きそうになってしまったんです。
だから全然知らない道を歩いていたら、たまたまお店の外で掃除していたニールおばちゃんに『なに暗い顔してんだい! うちでご飯食べていきな!』ってごちそうしてもらったのがきっかけなんですよ」
僕の予想大当たりじゃん……。あとおばちゃんの真似をするシャールちゃんが可愛くてつらい。天然か? この子。
にしても通勤の下り、めちゃめちゃ共感できるなぁ……。
「分かるよ。職場がしんどいと、それに通ずるすべてが嫌になるんだよね。ああ、この朝ごはんは職場に行くために食べてるんだ。ああ、この眠りは職場に通じているんだって」
「そ、そう! そうなんです! だから、まったく知らない環境に自分を置きたかったんです」
「うんうん。そうでもしないと、正気を保ってられないよね。分かるよ」
「あ、あの、ケイさんって冒険者さんですよね? 通勤とか職場とか、無縁だと思っていたんですが」
きょとん、とした顔で僕を見てくる。
あ、やべ。シャールちゃんの境遇にあまりにも共感してしまって、そこら辺考えずに話してたよ。
「僕は冒険者になる前に、いろいろ働いた経験があってね。事務仕事もしたことあるんだよ」
「え! そうなんですか? 経験豊富なんですね……すごいです」
経験豊富なんですね……って叡智を感じるな。いつか耳元で囁かれたいよ。
「大したことないよ。だいたいうまくいかなかったし、ものにならなかったしね」
いやもう、ワープアリーマン時代の僕といったらひどかったからね。会議出ても上の空だし、相手の言ったことよくわかってなかったし、マルチタスク苦手な割に集中力もないから、取り柄が一つもなかった。たぶん、オフィスの観葉植物のほうが仕事してたんじゃないかな。
「そ、そんなことないです。ケイさんはそれだけたくさんのお仕事をする行動力があったってことだと思います。
お仕事がうまくいかなくても、ちゃんと次のお仕事見つけて、辛くても頑張ったんですよね? わたしはもし今の仕事辞めたら、次のお仕事を探す勇気も気力も無いです……」
リーマン時代にこんな子がいたら、コロっといってただろうなあ。
「いやいや。シャールちゃんはしんどくて辛い職場から逃げずに、ちゃんと仕事をまっとうしていたじゃないか。
初めてシャールちゃんに会ったときのこと覚えているよ。先輩に叱られて落ち込んでも、ちゃんと冒険者目線に立ってアドバイスしてくれたよね?
言い方はたどたどしかったかもしれないけど、すごく一生懸命で誠意を感じたよ」
「わ、わたしは、それくらいしかできないので」
「それだよ。君は自分が辛い状況下に置かれていても、見ず知らずの他人のために尽くせる人なんだ。しかも無意識の内にやっていて、疑問を持っていないし、そんな人、世の中に全然いないんだよ。すごい才能だ」
「……そんな風に言ってくれたの、ケイさんだけです。わたしなんて、ほんとにダメで……」
ホントにいい子だなって思う。彼女は自己肯定感低いみたいだから、僕が肯定ペンギンになってあげないと。
「シャールちゃんは、まったく自分を卑下することないよ。君は素晴らしい人間だ」
「……本当に、本当にありがとうございます。わたし、ケイさんがそう言ってくれたから、そんなふうに思ってくれてるって分かったから、頑張れました。どんどんランクが上がっていくすごいケイさんが、こんなにすごい冒険者さんが、わたしのことを認めてくれてるって思うと、少しずつ自信がついたんです」
シャールちゃんははらはらと涙を流しながら、笑っていた。嗚咽は無く、悲しみもなく、ただ純粋で美しい感情の発露だけがあった。
僕は反射的にその手を取っていた。震えていて熱を帯び、細くて柔らかい。
「自分の弱さに負けそうになっても受付に立ち続けて、心ない言葉を先輩に言われても献身的に冒険者をサポートしてくれる。シャールちゃんは最高の受付嬢だよ」
「……そんな、褒めすぎですよ」
「褒めすぎなもんか。それに笑顔も可愛いし、なんか守ってあげたくなるし、いい匂いもする。僕は君のそんなところがすごく好きなんだよね」
「……え、え?」
……ん?
今僕何つった?
「え、い、いまなんて」
「は~~い! ちょいと失礼するよ!」
そこへドゥオおおーん! と料理が運ばれてくる。キラキラ輝いて宝物みたいな食べ物たちだ。
「ほい、話盛り上がってるところごめんね、前菜だよ!
ミンスター村の朝採れ野菜たっぷり使ったヴァイセンサラダ、尾なし鉱山竜の尻尾を使ったアチアチアヒージョ、虹色ピュランティスのカルパッチョ! あとはニールおばちゃん特製の不揃いパン! これは食べ放題だからいくらでもお食べな~! 汁物はベンズ豆の潜水風スープだよ。今メインディッシュをこさえてるからね、もうちょい待ってね~」
嵐のように料理を紹介して、嵐のようにまた引っ込んていってしまった。
「え、えっと……」
「じゃあ、食べようか?」
「……ふふ、そうですね」
くすり、と小さく笑うシャールちゃん。こんな風に毎日彼女と食卓を囲めたら幸せだろうな。
にしても、異世界情緒溢るる料理の数々だ。ボリュームもすごい。目移りしちゃうな。
「どれから食べようかな。おすすめある?」
「あ、このヴァイセンサラダは美味しいですよ。新鮮な野菜で、ドレッシングが美味しいんです」
ほおほお、じゃあそれから行ってみるか。野菜から食べるのは大事だしね。僕は血糖値爆上げ担当大臣にはなりたくない。
ヴァイセンサラダにはとろっとした白ドレッシングがかかっていた。ふーむ、コールスローとかシーザーサラダ的なやつかな?
レタスと千切りのビーツ? らしき野菜を一緒に口に放り込む。
しゃく、しゃく、しゃわり。
「ふぁ~、この野菜うまっ」
ミンスター村の朝採れ野菜たっぷりヴァイセンサラダ。
おひさまををたっぷり浴びてキラキラ輝く新鮮な山盛り葉野菜、シャキシャキの食感がたまらない。
赤、黄、紫の小さな実野菜が口の中で甘酸っぱく弾ける。
で、このドレッシング。ほのかにスパイシーなんだけどニンニクとチーズが効いた癖になる味わいで、ハーブの香りが全体をまとめ上げる。まるで春の風を頬張るような爽やかさだ。
「ミンスター村はお野菜の名産地なんですよ。野菜の達人のような農家さんたちがたくさんいて、毎日一生懸命美味しい野菜を作ってくれてるんです」
「わ、詳しいね。もしかしてギルドに依頼出てるのかな?」
「はい、出てますよ。野菜を狙うゴブリンやコボルト、バード系の魔獣が後を立たなくて……。ほぼ常設依頼として出てるんてすけど、あまり応募が来ないんですよね」
「あらら、それはまたなんで?」
「報酬がお金ではなくお野菜だからです。やっぱり冒険者さんは現金支給を好みますから」
あー、それは仕方ないな。冒険者、特に低級の人たちはとにかくお金に飢えてるからね。
でも野菜ってちゃんと買ったら高いと思うし、身体が資本の冒険者にとっては悪くないと思うんだよな。
……今度その依頼受けてみようかな? その時はシュレアを誘おう。野菜部部長だし、気になるはず。
「現物支給の依頼もギルドは受け付けてくれるんだ?」
「はい。冒険者ギルドは困った人たちを助けるためのギルドですから。手持ちが無ければ、現物支給でも受けることはあります。もちろん審査はありますけどね。わたし、冒険者ギルドの弱い立場の人を助けようとする仕組みが大好きなんです」
心からの笑顔で野菜を頬張るシャールちゃん。
辛いであろう職場を心から好きだと疑いなく言えるこの子は、なんというか、すごいよね。心が純粋だ。汚れきった僕には眩しいよ。
「次はこのアヒージョ行こうかな」
尾なし鉱山竜の尻尾のアヒージョって、よく考えたら意味分からん。どこの部位だよ。そもそも尾あり鉱山竜がいるってことか?
「シャールちゃん、尾なし鉱山竜ってのがいるの?」
「いますよ。ランクとしてはH級クラス相当ですけど、デイライトの迷宮では出ないですね。名前の通り鉱山を棲家とする竜で、成獣は鉄臭くてあんまり美味しくないんです。ただ、幼獣は金気がなくて肉も柔らかく独特な風味がして美味しいんです。幼獣は尻尾が短いので『尾なし』って言われてるんですよ。実際には尻尾はちゃんとあって、美味しい部位なんですけど、調理が難しいんです」
小さなお口からすらすらと情報が出てくる。さすがは本職だね。
「はぇー、なるほどね。勉強になったよ」
「これでも受付嬢なんですよ?」
「お見逸れしました」
むむん、とお胸を張った。かわゆ。存じ上げておりまする。
さて、頂くぞ。はむり。
ほろほろぉじゅっじゅわぁ~……。
「うわぁこれもたまんないな」
こちらの尾なし鉱山竜の尻尾を使ったアチアチアヒージョ。
グツグツ煮立つオイルの中で、竜の尻尾の肉がホロホロと崩れるほど柔らかく、噛むと濃厚な旨味がジュワッと溢れる……。 ニンニクと唐辛子のピリッとした香りが食欲をそそり、熱々のまま頬張れば体が芯から温まるよ。
「おいふいですよね」
「うん、うん、おいひっあつっ」
「ふぅ、ふぅ、あつっ」
二人ではふはふしながら食べるアヒージョは格別でいくらでもいけてしまいそうだった。
「さて……」
熱いものを食べたら、冷たいものが食べたくなる。
僕はテーブルに並べられた奇っ怪料理を見下ろす。
刺し身のように薄めにスライスされたそれは、ちょっと躊躇うほどの鮮やかな赤ピンク。光が反射すると虹色に煌めく。これ食べて大丈夫なんかな。大丈夫なんだろうけど。
「シャールちゃん、この料理分かる? カルパッチョはなんだか分かるんだけどさ」
「はい。虹色ピュランティスですね。栄養豊富な海の底に群生する海産物です。主にソルレオン王国東に位置するゴート海で水揚げされます。
いろいろな条件が重なって虹色になるようですが、詳しい原理はわかっていません。
でも、普通のピュランティスよりもずっと食べやすくて旨味がたっぷりなんです。カルパッチョではまだ食べたことありませんが、海産物が平気なら好きだと思いますよ」
「海産物……ってことは魚なのかな? それとも貝?」
「そのどちらでもないんです。分類が難しいらしいです。海の果実と言う人もいれば、海神の心臓と気味悪がって食べない人もいます」
「ああ、なるほど」
分かった。多分ホヤ系だこれ。うわー、ホヤ苦手だったんだよなあ。
「大丈夫ですか? 眉間にシワ寄ってますよ」
「うん。大丈夫。食べてみるね」
意を決して食べてみる。
コリッ、サクッ。
じわしょりじんわぁ~……。
「うおぉ、これは不思議な味だね」
虹色ピュランティスのカルパッチョ。
フォークに刺して光に照らすと、まるで海の宝石のようだった。
薄くスライスされたピュランティスが虹色に輝き、口に入れると潮の香りと甘みがふわっと広がる。その後に少々危険な雰囲気のする磯の香りがぶわっと広がるが、ふんだんに盛られた香味野菜とレモンの酸味とハーブが絡まり、臭みを抑えて旨味だけを残してくれる。その不思議な味わいは一回では理解しきれず、もう一回もう一回と食べる手が止まらない。一皿でまるで海底を旅しているような気分になった。
「おおっと、ご両人。ピュランティスにはこいつがおすすめだよぉ!」
ドン! とおばちゃんがテーブルの上に大きな陶器製の酒瓶を置いた。
「おばちゃん、これなに?」
「……もしかして、潮風酒ですか?」
くんくんと鼻をヒクヒクさせてシャールが尋ねた。そ、そんなハムスターみたいな仕草したら飼いたくなってしまうよ。
「おお、さすがだね! やっぱり呑兵衛なら分かるか!」
え、呑兵衛?
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石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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