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本人公認
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重厚なテーブルにドン! と置かれたでっかい陶器に入ったお酒。
何でも潮風酒とか言うらしい。
「ちょちょちょ、おばちゃん! わたしは呑兵衛じゃありません!」
「何言ってんだい! うちの酒はあらかた飲んじまったろう? 彼氏の前で取り繕うなんてやめな! 自分のすべてをさらけ出すんだよ! その方があとでこじれずに済むからね!」
「だ、だから彼氏じゃ」
「潮風酒はねえ、虹色ピュランティスが採れる地域でよく飲まれる地酒さ。こいつがピュランティスのクセを打ち消してくれるんだ。シャールなら全部飲んじまうかもねえ! もちろんメインにも合うからね。少しは残しときなよ!」
「うううぅぅぅ~っ」
頭を抱えて顔を伏せる呑兵衛さん。
「シャールちゃん、お酒よく飲むの?」
「……はい」
「別にお酒たくさん飲むのは恥ずかしいことじゃないよ? 君は仕事で頑張ってたんだからいいんだよ」
「うう~ありがとうございます……」
目を潤ませながらも、しっかり潮風酒を注いでいく姿に呑兵衛の片鱗を感じた。
ほぉ~透明で透き通ってるな……綺麗なお酒だ。
「じゃあせっかくだし、ピュランティスに合わせてみようか」
「……はい」
まだ立ち直っていないシャールちゃんに苦笑しつつ、虹色ピュランティスを頬張り、間髪入れずに潮風酒をクイッといく。
「~~~ックゥ~~~ッ!」
「ごくごくごく」
うっわぁ! なにこれ! 面白い味だなぁ!
なんて形容したら良いんだろうか。アタックに来るのは、日本酒みたいなフルーティさだ。でもすぐ後に潮風のようなスモーキーなフレーバーがやってくる。それが波のようにピュランティスのクセをさらっていく……後には爽やかな旨味しか残らない……。
こいつぁ、長年飲まれ続けてきた『地酒』の格を感じるぜぇ……!
「シャールちゃん、これ、おいしいねえ」
「ごくごくごく」
「……シャールちゃん?」
「ごくごくごく、ぷはぁっ」
おいおい、すげえ飲みっぷりなんだが。喉鳴らして飲むもんじゃないでしょそれ。潮風酒、そんなに度数低くなかったと思うんだけど。
「ケイさん、このお酒、美味しいですね?」
なんかほわほわしていて上機嫌だ。幸せオーラが漂っている。幸福オーラに包まれたほろ酔いの女の子っていいよね。
「そうだね。シャールちゃんはよくお酒飲むの?」
「えへへ、はい。お仕事がうまくいかなくて、つらかったので、休日は食べ歩いたり、飲み歩いたりしてました、えへへ」
ごっごっごっ。
もぐもぐ、ぱくぱく。
たくさんあった料理がどんどんシャールちゃんの小さなお口に吸い込まれてゆく。ペースが上がっていっている……。けっこう食うなぁ。いっぱい食べる君が好き。
「あっ、ケイさん! このスープおいしいです~」
「へー、ベンズ豆のスープだっけ?」
「はい~。これは海の中で育つ植物なんですよ。面白いですよねえ、えへへ」
なんじゃそら。とんでも植生だな。
ということでスープを一口。
ちょっと怖いので少しずつ。
ちび、ちびり。
「ん濃厚ゥ~」
これもまた不思議な味わいだけど、すんごいうまい。
一口飲むたびに深海の恵みを思わせる濃厚なコクが押し寄せる。そこにベンズ豆のホクホクした食感と、魚介のダシが効いたスープが絡み合い、体が温まる。これにもほんのりスパイスの効いているがほんとにアクセント程度だ。
「仕方ないんです、仕方ないんです、食べ歩きするかお酒飲むことくらいしか、楽しみがなかったんれす!」
あ、クダを巻き始めた。
愚痴上戸か。ちょっとろれつがあやしい。
「うん、うん、そうだね」
「で、でも、今はケイさんと出会って、たくさんお話して……すっごく楽しいんれす……あっ、このパン、スープにつけると美味しいですよ」
「ほうほう」
幸せそうにあむあむとパンをほおばっているので、僕もならって食べてみる。
まずはそのまま。
はむっはむはむ。もっちもっちもっち、ふんわぁ~ぐみっぐみっ。
「あー、素朴でいくらでもいけるやつだ……」
ニールおばちゃん特製の不揃いパン。
ゴツゴツした見た目とは裏腹に、噛めば噛むほどに小麦の甘みとほのかな塩気がじんわり。表面はカリッと香ばしく、中はふんわりもちもちで、どんな料理とも相性抜群だ。おばちゃんの愛情が詰まった素朴な味わいに心がほっこりする。
「それをスープに浸して食べると……」
うん、間違いない味だ。これは酒が進む。
ぐびぐび。
「くはぁ~うまっ」
「ケイさ~ん、楽しいれすねえ~」
「そうだねえ~……はっ、もしかしてこれをアヒージョに浸けて食べたらやばいんじゃ」
「わぁ~~! やってみます! ……はぁ~~美味しいぃ……」
アヒージョ浸しパンは神の供物の如き美味しさだった。二人で感動しながらバクバクと貪ってしまったよ。
けっこうオイリーなはずなんだけど、よい油を使っているからか全然もたれてこないんだよね。だからまだまだ食べられる。
「シャールちゃん、まだ食べられそう?」
「はい! まだ四分目といったところです」
ま、まじか……僕は六分目くらいなんだが。
「たくさん食べな?」
「はい! えへへ、でも、ケイさんとたべてるから、いつもより食がすすんじゃってる気がします、えへへ」
シャールちゃん、だんだんと恥ずかしがらなくなってきたな。いや、照れてはいるんだけど言葉を飾らなくなってきた。チョロそうな上京したてJDが如き雰囲気だ。よくこんな様子で今まで一人飲みして無事だったな。心配になってきた。
「シャールちゃん、可愛いんだから、あんまり無防備な姿晒しちゃだめだよ」
「何言ってるんですか~! 普段はこんなになるまで飲みませんよぉ~! け、け、ケイさんと飲んでるからじゃないですかぁ~! えへへへ、ひっく」
ひっく、ういっく、としゃっくりまで出始める。目がトロンとして何だか仕草が大きくなってきた。あんな大人しかったシャールちゃんが、こんなに乱れるなんてな。写真に収めたい。あー、なんならもっと近くで身体寄せ合って飲みたいわ。でも、そんなことしたらすぐにでもおっぱじめてしまうと思う。
そんな事を考えていると、ドタドタドタドタとおばちゃんの騒がしい足音が近づいて来て、
「ほい! メインディッシュだよ!
いろいろ悩んだけどね、素材がいいからシンプルな調理法にしたよ。でも手は抜いてないから安心しな!」
バァン! と二つの大皿で配膳された料理。
僕はその迫力に目を奪われた。
「一つ目はランラビットの低温ロースト、もう一つはキョン肉のステーキさ。さ、アチアチのうちに食べちまいな!」
これでシンプル……? 嘘でしょ……?
「すごい……ケイさん見てくださいこのお肉……」
ランラビット肉の低温ローストは、まるで淡い桜色の宝石のようだった。
表面は薄く黄金色に焼き締められ、切り口からはほのかに透明な肉汁が滲む。低温でじっくり火を通したことで、肉は驚くほどしっとり柔らかく、フォークを入れるとスッと繊維がほどける。
皿の周りには、タイムっぽい小さな葉が散らされ、マスタードとハチミツをブレンドしたようなとろりとした黄色いソースが控えめに添えられている。ソースはほのかな酸味と甘みがランラビット肉の繊細な風味を引き立て、鼻を近づけるとハーブの清涼な香りがふわりと広がる。付け合わせはローストしたカブだろうか? キャラメル色に焼き上がり、見るからにホクホクしてそうだ。
「うん、こりゃやばいね。満腹でも空腹になってしまいそうだ」
キョン肉のステーキは、対照的に野性味を湛えた一品だ。
厚めに切られたロースは、鉄のグリドルで焼かれており、表面に香ばしい網目模様が刻まれ、中心は鮮やかなローズピンク。
ミディアムレアの焼き加減が、キョン肉の甘みとほのかな鉄分のニュアンスを最大限に引き出す。
ナイフを入れると、肉汁がジュワッと溢れ、木の皿に小さな湖を作る。青っぽいベリーを煮詰めたソースは、深い紫色で艶やかで目にも優しい。甘酸っぱさと果実の香りが、キョン肉の濃厚な旨味に寄り添う。
お皿の脇には、ヒラタケっぽい肉厚なキノコをバターでソテーしたものが添えられ、素朴な森の香りがステーキの華やかさを引き立てる。
「わ、わたし、まずはランラビットから食べてみますね……」
ぱくり、と食べた瞬間彼女の身体が固まった。
「ど、どう?」
「~~~~~~~~っ!!」
聞くまでもないようだ。目をギュッとつむって((><)こんな感じね)、舌鼓を打っている。
よし、じゃあ僕はキョン肉たべるぞ。
あむり。
ぼんっ!
「うっわ、なにこれ、やばい。旨味の爆発が。噛むたびに幸せが、肉汁があふれ出してくる」
表面の香ばしい焼き目がカリッと歯に当たり、噛むと柔らかな赤身がスッとほぐれた。肉汁が舌に広がり、キョン肉特有の甘みとほのかな野性味がじんわりと染み出していく。ベリーと酸果のソースが追いかけてきて、甘酸っぱい果実の風味が肉の濃厚さを引き締める。さらにそこへ、ヒラタケっぽいキノコのバターソテーが加わることで、素朴な土の香りが舌の上で踊りまくった。
(れ、レベルが高すぎる)
「け、ケイさん。や、やばいです、このランラビットロースト」
「こっちも相当来てるよ。交換して食べてみよう」
「食べるのがこわいです……」
ここまで来て食べないという選択肢はないぜ。
マスタードハチミツ風ソースをたっぷり肉に絡ませると、香草の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
ランラビ肉! いくぜ!
あむり。
じゅん、ふわっ。
「は? 溶けた?」
ランラビット肉は驚くほど柔らかく、噛むたびに繊細な甘みが静かに広がる。しかしそれも一瞬のことで、すぐに自壊してしまい、旨味のジュースのように溢れ出てきた。
ピリッとした刺激が舌の脇をくすぐり、ハチミツのまろやかな甘さがそれを優しく包む。
「うわ、めっちゃうまいね。シャールちゃん、ほんとすごいよ。絶妙な味付けだ」
「このキョンステーキも……感動でどうにかなりそうです……」
シャールちゃんはキョンステーキをかなり気に入ったようで、ゆっくりなんども噛み締めるように食べて、ほうっと頬に手を当てて顔を綻ばせている。
気付けばけっこうなボリュームがあったはずなのに、お皿はソースまで空になって完食していた。
感動だ。
ここまでの料理を食べたことがなかった。
フレイムベアやダンプボアはもちろん破壊的に美味しかったけど、料理の完成度という意味ではこちらのほうが上だろうな。むしろ、ニールおばちゃんにそれらの素材を渡したらどうなるか試してみたい。ただ、取り返しがつかなるような気がする。
「……よかったなぁ」
食後に出された温かいチャイのような甘いお茶を飲みながらしみじみ思う。
はぁ、こんな風に満ち足りた食事をしたのは何時ぶりだろう。いや、絶死の森やリッカリンデンでの食事が不満だったとか、そういうことじゃない。おしゃれなレストランで、美食と美酒に舌鼓を打ち、シャールみたいな可愛い子とデートするなんて……生まれて初めてかも? 日本にいたときはそんなこと一回もなかったし。一億ソルンの価値があるよね。
「ご飯美味しかったね、今日はありがとうシャールちゃん」
「……いえいえ、わたしも、たのしかっ……んぅ~むにゃむにゃ」
シャールちゃんは半分意識を飛ばしながら、幸せそうに半分寝ている。口元に食べかすやらよだれがついているので拭って上げた。
「あ~あ、まったく。この子ったらしょうがないねえ」
おばちゃんが苦笑して近付いてくる。ちょっと乱れた髪や身なりを整えてあげていた。
「おばちゃん、料理めっちゃうまかったです。ちょっとレベルが違いますね」
「ふっふっふ。そうだろう? 自分で言うのもなんだがあたしの腕はかなりのもんだよ。ま、大勢の客を相手にするのが苦手だから、一見さんお断りしているけどね」
そう言ってお会計の内約を提示してくる。
……めちゃくちゃ高くね?
でも、ここはシャールちゃんを立てるためにも侠気を見せないとな。
僕はマジックバックから適当にお金を引っ掴み、おばちゃんに渡す。今度はおばちゃんが目を丸くした。
「どうぞ」
「ずいぶん多く見えるけどいいのかい?」
「もちろんです。これは僕の気持ちです」
「ふっふっふ。合格だよ。払えなかったら甲斐性なしとして不合格にしてやろうかと思っていたけどねえ」
悪い顔のおばちゃん。あぶねー、人をナチュラルに試さないでくれよ。
「ケイ、送って行っておやり。この様子じゃ歩いて帰るのは難しそうだからね」
「もちろんそのつもりです。でも彼女の家、知らないんですよね」
「地図描いておいたからこの通りに進みな。それほど離れちゃいないよ、ほれ」
うえっ!? 唐突にシャールちゃん家の住所ゲットぉ!
「ええっ、いいんすか? こんなの勝手に渡して」
「良いも何もシャールが許可したようなもんだからね」
なんですって? シャールたそが?
「前にあんたを連れてきていいかって話になった時、『わざと酒をたくさん飲んじまって、家に送ってもらうようにしたらどうだい?』って言ったら顔真っ赤にしていてさ。まんざらじゃなさそうだったから『住所教えちまってもいいのかい?』に対して、耳まで真っ赤にしながら無言で何度か頷いたよ」
「ふむ。さようでございますか」
あかかかかん。平静を装ってるつもりだけど、内心どっきんどっきんしている。
わざと泥酔……? お持ち帰り……?
「……つまり据え膳ってことですか?」
「そうだよ。家に着いたらぎゅっと抱きしめてそのまま押し倒しちまいな」
……うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!
本人公認だああぁぁぁぁ!!! 僕アルバイトおおぉぉぉぉ!!!
何でも潮風酒とか言うらしい。
「ちょちょちょ、おばちゃん! わたしは呑兵衛じゃありません!」
「何言ってんだい! うちの酒はあらかた飲んじまったろう? 彼氏の前で取り繕うなんてやめな! 自分のすべてをさらけ出すんだよ! その方があとでこじれずに済むからね!」
「だ、だから彼氏じゃ」
「潮風酒はねえ、虹色ピュランティスが採れる地域でよく飲まれる地酒さ。こいつがピュランティスのクセを打ち消してくれるんだ。シャールなら全部飲んじまうかもねえ! もちろんメインにも合うからね。少しは残しときなよ!」
「うううぅぅぅ~っ」
頭を抱えて顔を伏せる呑兵衛さん。
「シャールちゃん、お酒よく飲むの?」
「……はい」
「別にお酒たくさん飲むのは恥ずかしいことじゃないよ? 君は仕事で頑張ってたんだからいいんだよ」
「うう~ありがとうございます……」
目を潤ませながらも、しっかり潮風酒を注いでいく姿に呑兵衛の片鱗を感じた。
ほぉ~透明で透き通ってるな……綺麗なお酒だ。
「じゃあせっかくだし、ピュランティスに合わせてみようか」
「……はい」
まだ立ち直っていないシャールちゃんに苦笑しつつ、虹色ピュランティスを頬張り、間髪入れずに潮風酒をクイッといく。
「~~~ックゥ~~~ッ!」
「ごくごくごく」
うっわぁ! なにこれ! 面白い味だなぁ!
なんて形容したら良いんだろうか。アタックに来るのは、日本酒みたいなフルーティさだ。でもすぐ後に潮風のようなスモーキーなフレーバーがやってくる。それが波のようにピュランティスのクセをさらっていく……後には爽やかな旨味しか残らない……。
こいつぁ、長年飲まれ続けてきた『地酒』の格を感じるぜぇ……!
「シャールちゃん、これ、おいしいねえ」
「ごくごくごく」
「……シャールちゃん?」
「ごくごくごく、ぷはぁっ」
おいおい、すげえ飲みっぷりなんだが。喉鳴らして飲むもんじゃないでしょそれ。潮風酒、そんなに度数低くなかったと思うんだけど。
「ケイさん、このお酒、美味しいですね?」
なんかほわほわしていて上機嫌だ。幸せオーラが漂っている。幸福オーラに包まれたほろ酔いの女の子っていいよね。
「そうだね。シャールちゃんはよくお酒飲むの?」
「えへへ、はい。お仕事がうまくいかなくて、つらかったので、休日は食べ歩いたり、飲み歩いたりしてました、えへへ」
ごっごっごっ。
もぐもぐ、ぱくぱく。
たくさんあった料理がどんどんシャールちゃんの小さなお口に吸い込まれてゆく。ペースが上がっていっている……。けっこう食うなぁ。いっぱい食べる君が好き。
「あっ、ケイさん! このスープおいしいです~」
「へー、ベンズ豆のスープだっけ?」
「はい~。これは海の中で育つ植物なんですよ。面白いですよねえ、えへへ」
なんじゃそら。とんでも植生だな。
ということでスープを一口。
ちょっと怖いので少しずつ。
ちび、ちびり。
「ん濃厚ゥ~」
これもまた不思議な味わいだけど、すんごいうまい。
一口飲むたびに深海の恵みを思わせる濃厚なコクが押し寄せる。そこにベンズ豆のホクホクした食感と、魚介のダシが効いたスープが絡み合い、体が温まる。これにもほんのりスパイスの効いているがほんとにアクセント程度だ。
「仕方ないんです、仕方ないんです、食べ歩きするかお酒飲むことくらいしか、楽しみがなかったんれす!」
あ、クダを巻き始めた。
愚痴上戸か。ちょっとろれつがあやしい。
「うん、うん、そうだね」
「で、でも、今はケイさんと出会って、たくさんお話して……すっごく楽しいんれす……あっ、このパン、スープにつけると美味しいですよ」
「ほうほう」
幸せそうにあむあむとパンをほおばっているので、僕もならって食べてみる。
まずはそのまま。
はむっはむはむ。もっちもっちもっち、ふんわぁ~ぐみっぐみっ。
「あー、素朴でいくらでもいけるやつだ……」
ニールおばちゃん特製の不揃いパン。
ゴツゴツした見た目とは裏腹に、噛めば噛むほどに小麦の甘みとほのかな塩気がじんわり。表面はカリッと香ばしく、中はふんわりもちもちで、どんな料理とも相性抜群だ。おばちゃんの愛情が詰まった素朴な味わいに心がほっこりする。
「それをスープに浸して食べると……」
うん、間違いない味だ。これは酒が進む。
ぐびぐび。
「くはぁ~うまっ」
「ケイさ~ん、楽しいれすねえ~」
「そうだねえ~……はっ、もしかしてこれをアヒージョに浸けて食べたらやばいんじゃ」
「わぁ~~! やってみます! ……はぁ~~美味しいぃ……」
アヒージョ浸しパンは神の供物の如き美味しさだった。二人で感動しながらバクバクと貪ってしまったよ。
けっこうオイリーなはずなんだけど、よい油を使っているからか全然もたれてこないんだよね。だからまだまだ食べられる。
「シャールちゃん、まだ食べられそう?」
「はい! まだ四分目といったところです」
ま、まじか……僕は六分目くらいなんだが。
「たくさん食べな?」
「はい! えへへ、でも、ケイさんとたべてるから、いつもより食がすすんじゃってる気がします、えへへ」
シャールちゃん、だんだんと恥ずかしがらなくなってきたな。いや、照れてはいるんだけど言葉を飾らなくなってきた。チョロそうな上京したてJDが如き雰囲気だ。よくこんな様子で今まで一人飲みして無事だったな。心配になってきた。
「シャールちゃん、可愛いんだから、あんまり無防備な姿晒しちゃだめだよ」
「何言ってるんですか~! 普段はこんなになるまで飲みませんよぉ~! け、け、ケイさんと飲んでるからじゃないですかぁ~! えへへへ、ひっく」
ひっく、ういっく、としゃっくりまで出始める。目がトロンとして何だか仕草が大きくなってきた。あんな大人しかったシャールちゃんが、こんなに乱れるなんてな。写真に収めたい。あー、なんならもっと近くで身体寄せ合って飲みたいわ。でも、そんなことしたらすぐにでもおっぱじめてしまうと思う。
そんな事を考えていると、ドタドタドタドタとおばちゃんの騒がしい足音が近づいて来て、
「ほい! メインディッシュだよ!
いろいろ悩んだけどね、素材がいいからシンプルな調理法にしたよ。でも手は抜いてないから安心しな!」
バァン! と二つの大皿で配膳された料理。
僕はその迫力に目を奪われた。
「一つ目はランラビットの低温ロースト、もう一つはキョン肉のステーキさ。さ、アチアチのうちに食べちまいな!」
これでシンプル……? 嘘でしょ……?
「すごい……ケイさん見てくださいこのお肉……」
ランラビット肉の低温ローストは、まるで淡い桜色の宝石のようだった。
表面は薄く黄金色に焼き締められ、切り口からはほのかに透明な肉汁が滲む。低温でじっくり火を通したことで、肉は驚くほどしっとり柔らかく、フォークを入れるとスッと繊維がほどける。
皿の周りには、タイムっぽい小さな葉が散らされ、マスタードとハチミツをブレンドしたようなとろりとした黄色いソースが控えめに添えられている。ソースはほのかな酸味と甘みがランラビット肉の繊細な風味を引き立て、鼻を近づけるとハーブの清涼な香りがふわりと広がる。付け合わせはローストしたカブだろうか? キャラメル色に焼き上がり、見るからにホクホクしてそうだ。
「うん、こりゃやばいね。満腹でも空腹になってしまいそうだ」
キョン肉のステーキは、対照的に野性味を湛えた一品だ。
厚めに切られたロースは、鉄のグリドルで焼かれており、表面に香ばしい網目模様が刻まれ、中心は鮮やかなローズピンク。
ミディアムレアの焼き加減が、キョン肉の甘みとほのかな鉄分のニュアンスを最大限に引き出す。
ナイフを入れると、肉汁がジュワッと溢れ、木の皿に小さな湖を作る。青っぽいベリーを煮詰めたソースは、深い紫色で艶やかで目にも優しい。甘酸っぱさと果実の香りが、キョン肉の濃厚な旨味に寄り添う。
お皿の脇には、ヒラタケっぽい肉厚なキノコをバターでソテーしたものが添えられ、素朴な森の香りがステーキの華やかさを引き立てる。
「わ、わたし、まずはランラビットから食べてみますね……」
ぱくり、と食べた瞬間彼女の身体が固まった。
「ど、どう?」
「~~~~~~~~っ!!」
聞くまでもないようだ。目をギュッとつむって((><)こんな感じね)、舌鼓を打っている。
よし、じゃあ僕はキョン肉たべるぞ。
あむり。
ぼんっ!
「うっわ、なにこれ、やばい。旨味の爆発が。噛むたびに幸せが、肉汁があふれ出してくる」
表面の香ばしい焼き目がカリッと歯に当たり、噛むと柔らかな赤身がスッとほぐれた。肉汁が舌に広がり、キョン肉特有の甘みとほのかな野性味がじんわりと染み出していく。ベリーと酸果のソースが追いかけてきて、甘酸っぱい果実の風味が肉の濃厚さを引き締める。さらにそこへ、ヒラタケっぽいキノコのバターソテーが加わることで、素朴な土の香りが舌の上で踊りまくった。
(れ、レベルが高すぎる)
「け、ケイさん。や、やばいです、このランラビットロースト」
「こっちも相当来てるよ。交換して食べてみよう」
「食べるのがこわいです……」
ここまで来て食べないという選択肢はないぜ。
マスタードハチミツ風ソースをたっぷり肉に絡ませると、香草の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
ランラビ肉! いくぜ!
あむり。
じゅん、ふわっ。
「は? 溶けた?」
ランラビット肉は驚くほど柔らかく、噛むたびに繊細な甘みが静かに広がる。しかしそれも一瞬のことで、すぐに自壊してしまい、旨味のジュースのように溢れ出てきた。
ピリッとした刺激が舌の脇をくすぐり、ハチミツのまろやかな甘さがそれを優しく包む。
「うわ、めっちゃうまいね。シャールちゃん、ほんとすごいよ。絶妙な味付けだ」
「このキョンステーキも……感動でどうにかなりそうです……」
シャールちゃんはキョンステーキをかなり気に入ったようで、ゆっくりなんども噛み締めるように食べて、ほうっと頬に手を当てて顔を綻ばせている。
気付けばけっこうなボリュームがあったはずなのに、お皿はソースまで空になって完食していた。
感動だ。
ここまでの料理を食べたことがなかった。
フレイムベアやダンプボアはもちろん破壊的に美味しかったけど、料理の完成度という意味ではこちらのほうが上だろうな。むしろ、ニールおばちゃんにそれらの素材を渡したらどうなるか試してみたい。ただ、取り返しがつかなるような気がする。
「……よかったなぁ」
食後に出された温かいチャイのような甘いお茶を飲みながらしみじみ思う。
はぁ、こんな風に満ち足りた食事をしたのは何時ぶりだろう。いや、絶死の森やリッカリンデンでの食事が不満だったとか、そういうことじゃない。おしゃれなレストランで、美食と美酒に舌鼓を打ち、シャールみたいな可愛い子とデートするなんて……生まれて初めてかも? 日本にいたときはそんなこと一回もなかったし。一億ソルンの価値があるよね。
「ご飯美味しかったね、今日はありがとうシャールちゃん」
「……いえいえ、わたしも、たのしかっ……んぅ~むにゃむにゃ」
シャールちゃんは半分意識を飛ばしながら、幸せそうに半分寝ている。口元に食べかすやらよだれがついているので拭って上げた。
「あ~あ、まったく。この子ったらしょうがないねえ」
おばちゃんが苦笑して近付いてくる。ちょっと乱れた髪や身なりを整えてあげていた。
「おばちゃん、料理めっちゃうまかったです。ちょっとレベルが違いますね」
「ふっふっふ。そうだろう? 自分で言うのもなんだがあたしの腕はかなりのもんだよ。ま、大勢の客を相手にするのが苦手だから、一見さんお断りしているけどね」
そう言ってお会計の内約を提示してくる。
……めちゃくちゃ高くね?
でも、ここはシャールちゃんを立てるためにも侠気を見せないとな。
僕はマジックバックから適当にお金を引っ掴み、おばちゃんに渡す。今度はおばちゃんが目を丸くした。
「どうぞ」
「ずいぶん多く見えるけどいいのかい?」
「もちろんです。これは僕の気持ちです」
「ふっふっふ。合格だよ。払えなかったら甲斐性なしとして不合格にしてやろうかと思っていたけどねえ」
悪い顔のおばちゃん。あぶねー、人をナチュラルに試さないでくれよ。
「ケイ、送って行っておやり。この様子じゃ歩いて帰るのは難しそうだからね」
「もちろんそのつもりです。でも彼女の家、知らないんですよね」
「地図描いておいたからこの通りに進みな。それほど離れちゃいないよ、ほれ」
うえっ!? 唐突にシャールちゃん家の住所ゲットぉ!
「ええっ、いいんすか? こんなの勝手に渡して」
「良いも何もシャールが許可したようなもんだからね」
なんですって? シャールたそが?
「前にあんたを連れてきていいかって話になった時、『わざと酒をたくさん飲んじまって、家に送ってもらうようにしたらどうだい?』って言ったら顔真っ赤にしていてさ。まんざらじゃなさそうだったから『住所教えちまってもいいのかい?』に対して、耳まで真っ赤にしながら無言で何度か頷いたよ」
「ふむ。さようでございますか」
あかかかかん。平静を装ってるつもりだけど、内心どっきんどっきんしている。
わざと泥酔……? お持ち帰り……?
「……つまり据え膳ってことですか?」
「そうだよ。家に着いたらぎゅっと抱きしめてそのまま押し倒しちまいな」
……うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!
本人公認だああぁぁぁぁ!!! 僕アルバイトおおぉぉぉぉ!!!
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