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19巻
19-3
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それから店主さんの店で生姜焼きと角煮を売り出すようになるまで、リアルで五日が経過した。肉の調理自体に大きな問題は発生しなかったのだが、店主さんの家族からの反対があったせいで、かなり遅れてしまった。
店主さんの家族構成は、店主さんと奥さん、そして二人の兄弟。で、あの日は長男さんだけ不在だったため、まず奥さんと次男さん(大体二十歳後半だと思われる)にピジャグ肉を使った料理を店で出すという話をしたところ、二人は猛反対した。むしろピジャグ肉の取り扱いをやめて、ビーランフを扱う方針に切り替えてほしい、一人でピジャグ肉の販売を続けるような意地を張っても意味なんかない、と。
初日はそんな感じで、自分は部外者に近いのでこれといって意見を言えず、二対一では店主さんも上手く反論できず。あと、自分が身に纏っている黒い外套がうさん臭さを増幅したらしく、こんな人間が料理人のわけがないと決めつけられてしまい、試食してもらうことすらできなかった。
この流れが変わったのは二日目。長男さんが仕事から帰ってきてからである。長男さんは、家にいた自分を見た直後に、突如頭を深く下げてきた。その理由はというと――
「これは! ようこそこのような所にいらっしゃいました! 貴方様のおかげで我々は命を拾い、街の平穏を護ることができました。改めてお礼を言わせていただきます」
そう、彼は以前のアイスジャガーとの戦いに同行していた、魔王軍の兵士の一人だったのである。
そして、ピジャグ肉の話についても「父だけではなくこのお方が言うのであれば、試すべきだ。こうしていつもと変わらぬ日々を送れているのは、この方あってのことなのだぞ? これ以上詳しくは言えないが、こちらはこの街にとっての恩人の一人。その恩人の話を頭から撥ね除けることは、たとえ親兄弟であっても許さない」とまあ、こちらを持ち上げる持ち上げる。
居心地がかなり悪かったが、この長男さんのおかげで、三人に生姜焼きと角煮の味見をしてもらえたことには感謝しないといけないだろう。
そして試食してもらうと、
「そ、そんな!? これがあのピジャグの肉なの!?」
「さすがだ、武勇だけではなく料理にまで長けていらっしゃるとは、やはり素晴らしいお方だ」
「──兄さんがやたら持ち上げるから食べてみたけど……この味とこの柔らかさを知ってしまったら、ビーランフの肉では物足りなくなったよ……」
と揃って高い評価をいただき、お店でピジャグ肉の料理を出すことについて全員一致で許可してもらった。
そこから肉の仕込みを始めて、ある程度の技術を店主さんに伝授した。
自分はあくまで冒険者、ここに永住するわけじゃない。ここを護るのは、ここに住む店主さんたち家族だ。全部の技術を教えないのは、自分なりの創意工夫を重ねて新しい味や料理を作ってほしいという考えからだった。
店主さんもその辺の考えを察したのか突っ込んだ質問はしてこず、仕込みが終わった後、小さな瓶を用意して漬け汁の色々なバランスや入れる物を変えて、自分なりの味を研究するようだ。
そんなこんなで予想以上に時間がかかったが、何とか開店にこぎつけた。ただ、店主さんと長男さんがやたらと張り切ってしまい、店の前にはなぜかのぼりが複数立ち並び、そこには『ビーランフを超えたピジャグ肉の姿を見よ!』とか『昨日までのピジャグ肉は偽物だ。今日からのピジャグ肉は一味どころか三味ほど違う』とか『食えば分かる。不味いと感じたならばお代は貰わない。それだけの覚悟と自信がこちらにはある!』なんて文字が舞っている。大丈夫かなぁ、コレ。
まあ、のぼりが立ったおかげで、確かに注目は集まっている。
ただ、「ピジャグ肉だろ? あれが変わるとは思えんよなぁ」とか「ビーランフの肉を食べたほうがいいよなぁ、あんなに言葉ばっかり並んでても説得力がねえ」って感じの反応ばかり。やはり魔族の皆さんからしてみれば、長く付き合ってきただけにイメージが定まりすぎてて、大半の人は挑戦する気すら起きないようだ。
しかし、どこの世界にも新しい物好きや、十中八九罠だと分かっていても飛び込む人ってのもいるわけでして……
「随分と景気がいい言葉が躍ってるね、大将? しばらく店を開けてなかったから、いよいよ大将も諦めたんじゃないかって噂も立ってたのに……ここまで強気の言葉を躍らせるってのは、何があったんだい?」
そう声をかけてきた魔族の方が一名。話し振りからして、店主さんの知り合いかな。
「色々あった。その中には、正直今までの常識がぶっ壊されたと言ってもいい出来事も含まれる。だからこそ、こうやって店を開き直したんだ。食ってもらえれば分かる、そして絶対にこう言うだろうな……これは今までのピジャグとは別物の味だ、と」
店主さんがそう返す。自分の舌で味わったからこそ言える言葉なんだろう。
自分は基本的に裏方で、注文が入ったらすぐに出せるようにスタンバイしておかなければならないから、表に顔は出さない。
ついでに、次男さんをそばに置いている。実際の調理方法を見て、やり方を学んでもらうのだ。開店前にも基本的な動きは見せたが、やはり実践するところを知らないと本当の勉強にならない。
「──そりゃまた、随分と大きく出たもんだね。あの、煮たら膨らみ焼いたら硬く、食べる姿は見苦しい、とまで悪評が立ったピジャグ肉の常識をぶっ壊すか……その言葉が本当か、試してみようじゃないか」
なにその、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、みたいな言い方は。表現している方向は正反対だけどさ。
まあいい、それは横に置いといて。
どんな形であろうと、お客様第一号なのは間違いない。
「んじゃ店の中に入ってくれ……あとは注文を。と言っても、料理は二種類で、それにオプションを付ける形だがな」
店主さんの言う通り、基本は生姜焼きと角煮の二種類。そこにパンとかスープとか野菜とかをプラスアルファして販売する。さすがに肉オンリーでは辛い人もいるからね。
「うーん、生姜焼きと角煮っつーモンがメインか。どっちも気にはなるが、体を温めるのには生姜が入ってそうなこっちがいいか。生姜焼きにパンとスープのセットで頼む!」
「了解しました!」
初めて受ける注文は生姜焼きか。肉の準備はもう整っているので、あとは焼くだけだ。
キャベツの千切りの上に焼いたピジャグの肉を載せ、パンと野菜のスープを添えて、準備完了。他にお客さんもいないから、大して待たせることなくお出しすることができた。
料理を運んだのは次男さん。さて、反応はどうだかな?
「こいつが新しいピジャグ肉の料理ってか……けど結局焼いてるじゃねーか。これじゃ、これまでと同じことの繰り返しじゃないのか?」
「不味い、食いにくいと言われれば、代金はいただかないことにしている。とにかくひと口食ってほしい、食えば分かる」
不安げなお客さんと、その不安に自信満々で答える店主さん。
お客さんは「無料とはまたデカく出たな」なんて言いながらも、早速生姜焼きに仕立てたピジャグ肉を口に運ぶ。そしてそのまま咀嚼していた……と思ったら、いきなりがっつき出した。ものすごい勢いで肉、パン、スープ、キャベツの千切りが、お客さんの口の中に消えていく。
「すまねえ! 生姜焼きお代りだ!」
「了解です」
おそらくそう言われるだろうと思って、すでに用意は出来ていた。すぐさま次の生姜焼きをお客さんのところへ運ぶ。
「ありがとよ! 大将、俺の負けだ! 味は確かにピジャグ肉だが、美味さはこれまでと三味違う! あんなのぼりを立てて大丈夫かと思ったが、納得いった! 美味え、本当にこいつは美味えぞ! 今までのピジャグ肉じゃねえ!」
その勢いのまま、このお客さんはお代わりを三回もしていった。よし、この調子を維持できればいいのだが。
それから、外ののぼりで興味を抱いたのか、お客さんがぽつぽつと入った。その中にはプレイヤーもいたが、彼も「こいつは美味え!」と声を出していたから、味はちゃんと受け入れられているようだ。
しかし、やっぱりこういうときには、あまりお呼びしたくない客ってのも来るもので……
「おいおい、アンタはこんな嘘をついてまでピジャグに拘ってんのかよ?」
そんな声が聞こえてきた。ああ、やっぱりこの手の人種がいるのはどの世界でも変わらないか。
「昨日までとは違うって言ってもな、所詮はピジャグ肉だろうがよ? 硬い、噛み切りにくすぎる、そして美味くねえ。ビーランフが普及するまでは貴重な肉だったから我慢して食ってたけどよ、もう今はピジャグ肉なんてゴミを食わなくてもいい時代だろうが。それをまあ、こんなのぼりをおっ立ててまで売るか? 大量の不良在庫の処分をしたいってのが見え見えだぜ?」
「そうそう、今じゃ外からやってきたいろんな奴らのおかげで、いろんな肉が食えるようになってる。こんなのに拘ってるアンタのような馬鹿の考えは、理解に苦しむぜ」
そんな言葉の後に、ゲラゲラと下品な笑い声が聞こえてきた。まあ、言いたいことは分からんでもないけどな──なんて考えながら包丁を洗って拭いていたら、隣にいる店主さんの次男さんの手がプルプルと震えている。ん、ちょっとまずいかな。
「わりいこと言わねーから、さっさと店を畳んだほうがいいぜー? すぐ借金まみれになっちまうのは分かりきってるだろうが? こっちは親切心から言ってんだぜ? 夜逃げすることにでもなったら笑い話にもなんねえからよう?」
続けてこう聞こえてきた直後、次男さんが拳を握りしめて厨房から出ていきそうになったので、すかさずその左腕を掴んで阻止する。
「何で止めんだよ!」
次男さんは殺気混じりの言葉を投げつけてきたが、自分はゆっくりと首を左右に振る。
「出ていくのは殴り合いになってからでも遅くはない。それに、あんたの親父さんはお前さんよりはるかに長く客商売をやってきてるんだ。だったら、あの手の人間に対する対処方法もそれなりに学んでるはずだ。むしろここであんたが出ていったら、変な方向に話が展開する可能性が高い──それにきっとあんたの親父さん、いいカモがやってきた、なんて考えていると思うぞ? だから今は様子を見るんだ」
こう言って聞かせると、次男さんの腕から力が抜けるのを感じ、自分はゆっくりと掴んでいた手を放して彼を解放する。
「分かった、とりあえずあと少しは様子を見る。でも、うちの親父はあんまり頼りにならねえからなぁ……即座に出ていける準備をするぐらいはいいだろ?」
まあ、そこが妥協点か。あれもこれもだめだと雁字搦めにしてしまうと、予想外の形で爆発するものだ。だからある程度は力というか感情の逃げ場を用意しておくほうがいい。
でも、多分そんな準備をする必要はないと思うんだがな……そろそろ店主さんの反撃タイムだろう。
「言いたいことは分かったが、全部的外れだな。不良在庫の処分ではないし、自分の舌で美味いと感じたからこそ自信を持って出してるんだ。すでに数人のお客さんが食っていったが、それなりに満足してもらえたようだしな。不味ければ無料にする、なんてのぼりをこんなでかでかと出しているにもかかわらず、そのお客さんたちには気持ちよくお代を払ってもらえたぞ」
どれぐらいの人数がつまらないケチをつけに来てるかは、ちょっと自分のいる位置からでは判断しづらいが、今の店主さんの声で急に静かになった。
「これ以上うちの前でぎゃあぎゃあ騒ぐようなら、とっとと消えてもらえねえかな? 大声を出した上に道を塞いで、道行く皆様にご迷惑をかけるような真似をする連中は客じゃない、チキンはお帰り願おう」
おっと、店主さんがお返しとばかりに挑発した? 当然、一気に騒がしくなる。
「チキンたあどういう意味だ!?」
なんて言葉も聞こえてきた。
店主さんは静かに……だがはっきりと聞こえる声でそれに返答する。
「新しいことに挑戦する度量がない奴をチキンと呼んで何が悪い? それだけならまだしも、こうやって大勢の前で他者を侮辱する行いも愚かすぎる。その上俺一人に対してそちらは数名。一人じゃ文句を言うのも挑発するのも、怖くて怖くてしょうがねえんだろ? そんな奴らはやっぱりチキンだろうが。文句を言うにしたって、一人で言ってくるんならまだ感心できるんだがな? まぁそんな度胸があるようなら、こんなつまらねえ真似はしねえだろ」
すると、今度は言葉に詰まったようなうめき声が聞こえてきた。容赦なくバッサリだねえ……その通りではあるのだが。
要は、数人がかりで、大衆の力も借りなきゃ行動に移れない連中ってところか。ピジャグ肉の不味さは、魔族の皆さんにとっては常識。だから遊び半分で騒ぎ立てれば愉快なことになるだろう、なんて浅い考えで、この場にやってきたのかもしれない。
そして更に店主さんの反撃は続く。
「さて皆様、こいつらの言っていることが本当なのかどうかを、自分の口を使って試したくなってはきませんか? こののぼりにある通り、美味しくない、今までのピジャグ肉と大差ない、と感じたならば、お代をお支払いいただく必要はございません! どうでしょう? ピジャグ肉は本当にただの不味い肉なのかを、未だに何の進歩もないのかを、ぜひ皆様自身の舌で試してみませんか?」
ああ、連中のイチャモンを逆手にとって、大きく宣伝するきっかけにしてしまった。良い手だな。人の目を集めるのは、ギャースカわめいてきた連中が十分にやってくれた。ならばその集まった人の目を、こちらが有利になるように誘導してやれば──
「へえ、そこまで言うのなら試してみようじゃないか」
「そうね、ピジャグ肉が本当に美味しくなったのなら、嬉しい話よ。個人的には、私はビーランフのお肉ってあまり好きになれないのよね」
「そうだな、美味いか不味いかは食ってみなきゃ分からねえよな」
「時間もあるし……一つ挑戦するか」
と、お客さんを呼び込める。その様子を見ていた次男さんは、先程までの勢いはどこへやら……すっかり目を回していた。
「え、マジか? 親父がかっこいい……? あんな親父の背中が、大きく見える? これは錯覚なのか?」
こんな言葉を漏らすってことは、これまでは父親の一部分しか見てこなかったんだな。だからこそ、困った連中をいなして客を呼び込むという機転を利かせた父親の姿に混乱したんだろう。
とはいえ、惚けたままにさせておくわけにもいかない。上手い客寄せでお客さんがわんさか来るのだから、今度はこちらが動かないといけない。
「ほら、しっかりしてくれ。あんたが注文を取ってきてくれないと困ってしまう。それとも、良いところを見せた父親の前で、お前さんは無様な姿を見せるのかい?」
背中を軽く叩きながらそう声をかけると、次男さんはあたふたしながらも注文を取りに行ってくれた。
見る見る席が埋まっていくから注文を取るのも大変だろうが、そこは頑張ってもらうしかない。調理する自分も忙しくなる。忙しいのはお互い様だ。
ちなみに、イチャモンをつけてきた連中はすごすご退散した様子だ。一連の流れを見ていたらしいお客さんたちが、
「自分から吹っかけておいてろくに反論できずに逃げていくのは、かっこ悪すぎるよな」
「ま、おかげでこんな美味いピジャグを食えたんだから、ある意味感謝はするけどよ」
と話していたし。
そうしてこの日、自分はログアウトする直前まで、ひたすら厨房で格闘することになった。生姜焼きも角煮もそれなりに注文が出て、フライパンや鍋を全力で振るわないと対応できない状態に。
これは何としても次男さんにも調理を覚えてもらわないと、今後が厳しいぞ。それに注文を取りに行く人も増やす必要がある……店主さんに相談しないとな。
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv50(The Limit!) 〈砕蹴(エルフ流・限定師範代候補)〉Lv42
〈百里眼〉Lv39〈技量の指〉Lv70 〈小盾〉Lv42 〈蛇剣武術身体能力強化〉Lv18
〈ダーク・スラッシャー〉Lv9 〈義賊頭〉Lv60 〈料理の経験者〉Lv42
〈妖精招来〉Lv22(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv14 〈偶像の魔王〉Lv3
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv14 〈上級薬剤〉Lv47 〈釣り〉(LOST!) 〈隠蔽・改〉Lv7
〈鍛冶の経験者〉Lv31 〈人魚泳法〉Lv10
ExP36
4
それからリアルの時間で二週間が経過した。この間に、戦闘は一回も行っていない。
その理由は、自分がいる=ピジャグ肉の高級料理である角煮が食える期間である、という風に、この街の皆さんが認識してしまったからである。
ちなみに、角煮という名前はこちらの世界では浸透しなかった。魔族の皆さんは角煮を『とろけるピジャグ肉』と呼ぶ。略して『とろピグ』。注文のときには、とろピグ一つ頼む、といった言い方をされる。
今後はこちらの世界の呼び方に合わせて、とろピグと呼ぶか……
作り方自体は店主さんや次男さんにも教えているのだが、両者ともに製作評価で言うとまだ6前後なので、お店には出せない。味が落ちれば、お客さんはあっさりと店を見限って離れていってしまうのだ。
お金を出すのだから、その分の期待にふさわしい料理を出してほしい、というお客さんの要求に応えきれずに潰れていったお店なんて、リアルでも数えきれない。ましてや、とろピグは生姜焼きより一・五倍ほど高く設定されている。
せめて製作評価7、欲を言えば8レベルの品質を安定して出せないと、自分としてもここを任せて旅立つことはできない。
そんなわけで、自分がいないときは生姜焼きしか出せず、とろピグを食べたい人は自分がいると分かると詰めかけてくるのだ。おかげでダンジョンどころかフィールドの狩りにすら行く余裕がなかった。
店の前に出しているのぼりにも、今日は黒衣の料理人が入ってます、なんて宣伝が交じるようになってしまった。『黒衣の料理人』なんて少々どころではなくアレな呼び方も、すっかり魔族の皆さんの間で定着してしまったのでもはや覆せない。しかし、この外套は脱ぐわけにはいかないからなぁ。
「とろピグの注文入りました!」
「こちらもとろピグのご注文です!」
そしてお店は戦場と化している。次男さんと店主さんの奥さんが注文取りや配膳を担当し、自分がひたすら料理を上げていく。汗は流れるし、息も荒くなる。妖精とはいえ鳥の姿をしているアクアは衛生的にさすがに厨房入りさせられないので、お店の別室でのんびり昼寝してもらっている。ルエットも手伝いには使えない。幸い、今までに手に入れてきた装備のおかげで、疲労の蓄積は随分と軽減されているのだけれど、それらがなかったらもう投げ出していたかもしれない……リアルの料理人の皆さんはこんなことを毎日やってるんだから、頭が下がる。
「はい、とろピグ定食一つととろピグ並、上がったよ!」
一つ仕上げれば注文が二つ入るという感じで、とろピグがものすごい勢いで消費されていく。不人気だったピジャグ肉がここまでもてはやされるようになるとは、他の肉屋の人たちは全く予想していなかったそうだ。店じまいした後に、自分の店も何か逆転する方法はないかと相談にやってこられたこともある。
さすがにタレの情報は教えられなかったが、そちらからピジャグ肉を買い付けるという形で手助けをすることになった。まあ実際、どこかからすぐお肉を仕入れないと消費に追いつかない面もあるしね。
「今度は生姜焼きです!」
「こっちはとろピグです!」
時々紛れてくる生姜焼きの注文が油断ならない。ごっちゃにならないように注意しないといけないのは、この戦場ではかなり怖ろしい。でも泣き言は言えない。注文を取り、出来上がった料理をお客さんにお出しする次男さんと奥さんも、汗を浮かべて働いているのだから。
忙しい時間帯のときは、店主さんはお金のやりとりとトラブル解消に動く。たまに長男さんが帰ってくると、臨時の店員になってもらう。そしてその長男さんがいて少し余裕があるときに、次男さんへの調理指南を行っている。それでも、ここを旅立てるまでにはもうしばらくの時間が必要となりそうだった。
「上がったよ、お客さんのところにお願い!」
「はいよ!」
今はとにかく料理に没頭する。調理器具は常時フル回転だ。ある意味ではリアルの仕事よりもきっついかもしれない。
この世界には遊びに来ているはずなのに、自分は何をやっているんだろう……なんて、今更だな。
「あ、このお店だと思う。アース君が言ってたのは」
「うお、すごい混んでるな」
「これは期待できますね」
む、『ブルーカラー』の面子がやってきたか。実は先日、またダンジョンに一緒に行かないかと誘われたのだが、このお店の手伝いがあるから当分は無理だと返していた。そうしたら食べに行きたいと言われて、ここを教えたのだった。さて、何を頼むのやら。
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