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19巻
19-2
「──これは本当にピジャグの肉なのですか? いや、あなたが嘘を言っているわけではないのは味で分かりますがね、今までのピジャグ肉に関する常識がここまで見事に壊されたことに、驚きが隠せません」
そう言いつつ、宿屋のご主人は試食として出したピジャグ肉を完食した。良かった、掴みはそこそこと見ていいようだ。さて、ここからが肝心だ。
「しかし、驚きました。まさかお酒を煮込みの水代わりに扱うとは。お酒と言えば飲むものでしかないと考えていたのですが、外からやってきた皆様は料理にも使われるのですね。確かにこの国の者には最初は驚かれるでしょうが……お酒は常々料理と共に口にされてきたものでもありますから、禁止されるようなことはないですね。ぜひこのやり方を教えていただきたいぐらいです」
よし、この手法に特にこれといった問題はないのだな。
宿屋のご主人に「まだ少し手を加えてみたい点がありますので、もうしばしお待ちください」と断ってから、自分は宿屋の外へ出た。
次はあの肉屋の店主さんのもとへ向かう。長くピジャグ肉を扱ってきたあの人が、この一品にどんな意見をぶつけてくるか。楽しみでもあり、怖くもある。
相変わらず店の前で湿っぽい表情を浮かべていた店主さんに挨拶をして、早速試作品を口にしてもらった。
「凄いな、着眼点が違うというのか? この難物をここまで変えるか……ただ、やはり肉の味がかなり薄まってしまっているな。それが実に惜しい」
そして返ってきた言葉がこれだった。やっぱりそこを指摘されたか。いや、いいんだ。その点は自分も同意できる。やっぱりお肉を食べたら、たっぷりの肉汁、そしてそこから来る、いかにもお肉!というあの味を感じたい。
「ええ、自分もそこは大きな問題点であると感じています。今回はとりあえず、煮込んでも膨らまずに柔らかく噛み切れる形にまではできたので、この段階で一度試食をしてもらいたいと思ってお邪魔させていただきました」
一番の問題である『硬さ』と『噛み切りにくさ』が改善したのは大きいだろう。あとは味が整えば、十分売りに出せる品質になる。
「まさか水を使わずに赤ワインで煮込むとは……やはり様々な経験を積んできた人は発想力も豊かだ。振り返ってみれば、俺は肉の売れ行きが下がることを嘆くだけで、新しい流れをどう受け入れて前進すればいいのかを忘れてしまっていた。世の中は常に動いているのだから、守るべき部分は守り、変えていかなければいけない部分は変えていくべきなのに。煮込みに適さないと言われ続けてきたピジャグ肉の常識を覆すこの一品をこうして出されて、やっとそんな基本的なことを思い出したよ」
そうだな、今を生きている人は常に歴史の最先端を歩いているんだ。だから、古きに囚われすぎてもいけない。逆に新しきばかりを受け入れて古きを否定してもいけない。古き時代がなければ、今の時代が存在していないのだから。そしてその二つを未来を歩くための杖として進むのが、今を生きている人の責務なのではないだろうか、と自分は考える。
「自分ももう少し試してみます。この問題をどうにかできる方法はきっとあるはず。そして、これを乗り越えれば、今まで誰も口にしたことのない美味しいピジャグ肉料理が作れる。それは楽しいことでしょう?」
自分の言葉に、店主さんも力強く頷く。せっかく手をつけた以上は、とことんやらなきゃ面白くないからね。さて、明日はどこから試そうかな?
◆ ◆ ◆
試食から数日間、ピジャグ肉の改良は完全に停滞していた。あの手この手で道を探ってみたが、味見をしてもどれもイマイチで、実際製作評価も4以上になってくれない。とてもじゃないが、人からお金を取れるレベルではない。
試作の繰り返しで料理スキルのほうはちまちまレベルが上がってはいるが、これじゃなぁ、と日々思っていると……突破口は意外なところで見つかった。
その晩、リアルの職場の先輩が何かいいことがあったとかで、それなりに高いお寿司屋さんに数名の同僚を誘った。その数名の中に、自分も含まれていたわけなのだが──
◆ ◆ ◆
「──っかぁ、美味え!」
御猪口をくぃっと呷って息を大きく吐き出す先輩。非常に上機嫌で、誘った同僚に「ほれ、どんどん頼め、今日は何十万でも払ってやるから気にすんな!」なんて豪気なことを言っている。宝くじでも当たったのかね? まあ何でもいいけど……
とはいっても、みんな『時価』なんてついているようなバカ高いネタは頼まずに、そこそこのネタを選んでいる。寿司は高級なネタだけが美味いってわけでもない。いくらおごってくれると言われたって、それにゴチになりまーすと乗っかってやみくもに高いネタだけ頼むような奴は、ここにはいない。
「っと、大将。アナゴを一つ握ってくれ」
「あいよ、任された。それにしても旦那はアナゴが好きだねえ」
「大将、それは違うぜ。俺はアナゴが好きなんじゃなくて、大将が握るアナゴが好きなんだ。ここのアナゴは本当に美味えからよ」
なんて、先輩と大将の会話が聞こえてきた。そのやりとりに自分も興味を持ち、アナゴを頼んでみた。
なるほど、これは美味しい。味はもちろんだが、アナゴの柔らかさがとても良い。
「如何ですか?」
「とても、美味しいです。それに柔らかくて」
アナゴって滅多に食べないんだけど、確かにこれは美味しいな。先輩が頼む理由がよく分かる。
「おっ、大地は分かるか。ここのアナゴは、煮汁が良いんだ。大将、アナゴの煮汁ってのは管理が大変なんだろう?」
「ええ、そうですな。ですが、お客様に最高の一品をお出しするために必要なことですからね。煮汁の管理は一年通して休みがありません。だからこそ、この味が出せるわけです」
煮汁か……そういえばアナゴの煮汁って、使っては継ぎ足し、使っては継ぎ足していくんじゃなかったっけか? そうすることで、その店ならではのアナゴの煮汁が出来上がっていく──なんてことを、雑誌か何かで読んだ記憶がちょっぴりよみがえってきた。
「ま、そんな話は軽く覚えておく程度でいいがな。大将、次はサバを頼む」
「任されました」
と、先輩はまた注文を始めたが、自分はアナゴがなくなった台の上をじっと見つめて考え込んでいた。
煮汁という方法、もしくは漬け込むという方法。これはピジャグの肉にも適用できるんじゃないか?と考えていたからだ。
(よし、帰ったら早速試してみよう。どんどん挑戦だ)
方向性を決めたところで、その後は美味しくお寿司をいただくことだけに集中した。こんなお寿司屋さんに入る機会なんてそうそうないのだから。
◆ ◆ ◆
その後、自分は試行錯誤を繰り返して、煮汁タイプと漬け込みタイプの二種類のベースを完成させた。
特に漬け込みタイプについては、宿屋のご主人に協力を仰ぎ、調理場の隅っこを借りて、雑菌の繁殖を止める魔法がかけられた魔王領特製の陶器の瓶を冷暗所に置かせていただいた。何回もピジャグの肉を漬け込み、ピジャグの脂や美味さのエキスというものを念入りに漬け汁の中に溶け込ませたのだ。
ここまで来るのにリアルの時間で二週間が経過しており、自分が試行錯誤する姿は、宿屋の主人だけではなく従業員の皆さんにまで、一種の名物として知られるようになってしまった。
そんな風に知られるようになってからの反応は、大まかに分けると二つ。
『ピジャグ肉をいくら試しても意味はない。ビーランフの肉が手に入りやすくなった今では無駄な努力』とする派と、『もしかしたら、俺たちの知らないピジャグ肉の味を引き出してくれるかもしれない』とする派だ。
いや、それだけならまだいい。この二派が最近になって金を賭け出したってこと、自分も知ってるからな? 幸い少額に留めているようだが、なんかイライラする。こっちは賭けの対象になるために始めたわけじゃないってのに。
まあそんな背景もあったが、この二種類の調理方法により、製作評価も味も、確実に向上していった。
◆ ◆ ◆
そうして色々な人の注目を浴びてきたピジャグ肉改良の成果が、いよいよ今日、自分以外の人たちの目の前にはっきりと出る。作る料理はもう決めていた。煮汁タイプは生姜焼き、漬け込みタイプは角煮である。厳密に言えば、どちらも『もどき』とつけなければならないだろうが……とにかく、調理を開始する。まずは生姜焼きだ。
前もって一定時間煮汁で煮込んでおいたピジャグの肉を取り出し、皿に移す。煮汁はある程度瓶に戻し、残った煮汁にミジン切りにした玉ねぎと生姜、ちょっぴりの調味料を混ぜ合わせることでタレとして、その中にピジャグ肉を一定時間置いておく。今回は、漬け込み時間短縮のためにアーツを使用するが。
あとは、普通の生姜焼きと一切変わらない。フライパンで焼くだけだ。
ピジャグ肉は、『調理自体よりも、調理前の仕込みに時間をかける必要がある』タイプだということを、自分はこの二週間でやっと掴んでいた。
おそらく料理をメインにやっているプレイヤーであれば、この答えにたどり着くまで遅くても数日で、即座に解決に移れたんだろう。経験の差から来る発想力の違いはデカいな……
それにしても、この肉を焼くときの『じゅわー』という音は、やっぱり人を引き寄せるもののようだ。
今日は宿屋のご主人と肉屋の店主さんを宿屋の調理場に呼んでいたのだが、それ以外の従業員の皆さんも、入れ替わり立ち代わりちらちらと様子をうかがいに来る。
そしてようやく、生姜焼きが出来上がった。
「お待たせしました、これがピジャグ肉の改良を図った成果の一品目となります。どうぞお試しください」
【ピジャグ肉の生姜焼き】
ピジャグ肉を煮汁に漬け込み、味を染み渡らせつつ特性繊維を弱め、食べやすくした一品。
元となる煮汁を作るには、レッドエキスをはじめとする多数の調味料で大量のピジャグ肉を
煮出す必要があるため、多大な時間と手間、何より根気が必要となる。
また、長く漬けるために特別な道具も必要である。
製作評価:8
特殊効果:「一定時間耐寒能力付与」「一定時間最大体力上昇」「一定時間空腹鈍化」
完成した【ピジャグ肉の生姜焼き】から漂う香りに、誰かがごくりとつばを飲んだ。良く出来た肉料理の香りって、どうしてこうも暴力的なんだろうな。
恐る恐るといった感じで、宿屋のご主人と肉屋の店主さんがピジャグ肉にナイフとフォークを入れる──箸がないんだからしょうがないのだが、ちょっとだけズレを感じるなぁ。
そんなどうでもいいことを考える自分の目の前で、ついにお二人の口の中にピジャグ肉が運ばれる。そして咀嚼。それを見守る人たちは、自分を含めて誰も言葉を発せず、シーンと静まり返っている。
その静寂を破ったのは、宿屋のご主人だった。
「これは……これは! 確かにピジャグの肉であることは、味で分かります、分かりますが! それでも尋ねたい、これは本当にピジャグの肉なのですか!? この柔らかさ、そして肉に染み込んだ味の深さ、そして何より、なんという柔らかさと噛み切りやすさ! 以前食べさせていただいた試作品からここまで変わるものなのですか!?」
宿屋のご主人の絶叫に近い問いかけに、自分は静かに「はい、これはピジャグの肉を使った料理です。他の肉は一切使っていません」と返答した。
使ったのは、ピジャグの肉といくつかの調味料や香辛料、そしてお酒だ。レッドエキスだけではなく、複数のお酒をほんの少しずつ入れ、より味を殺さずに柔らかくなるよう追求した研究の成果が十分に発揮されたようだな。
今回の素材は本当に難物だったんよ……最適の解答を引き当てるのが、本当に嫌になる作業だった。市販されてる各種ソースの偉大さを、今回も思い知ったね。
「これは売れますよ! 最高級ならともかく、一般の人が口にしているビーランフの肉なんかじゃ太刀打ちできない。あとは、パンや龍の国から流れてくる米と一緒に食べれば、より美味しく感じることは間違いないでしょう!」
ふむ、そういった組み合わせがすぐ思い浮かぶか。ここの宿屋のご主人は、食べ物の味をより生かすことによく頭が回るようだ。
さて、もう一方の肉屋の店主さんはどうしたんだろう? 随分と静かだけど……
そう思って視線を向けると、店主さんの頬には光るものが流れていた。
「──同業者が次々と辞めていった。どんなに意地を張っても、もうどうしようもないとも思っていた。だが現実は違った。ピジャグの肉が悪かったんじゃない。俺が、俺たちが、ピジャグ肉の味を引き出す努力を怠っていただけだったんだ。そのことに気がつくのに、時間が長くかかりすぎた。俺は、努力をしていたんじゃない。努力をしているつもりでしかなかったんだ……」
泣きながら、次々と生姜焼きを口に運ぶ店主さん。色々と思うところがあるのだろうな。
しかし、自分が作った料理はもう一つあるんだ……そっちでも泣き崩れないといいけどな。
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv50(The Limit!) 〈砕蹴(エルフ流・限定師範代候補)〉Lv42
〈百里眼〉Lv39〈技量の指〉Lv68 〈小盾〉Lv42 〈蛇剣武術身体能力強化〉Lv18
〈ダーク・スラッシャー〉Lv9 〈義賊頭〉Lv60 〈料理の経験者〉Lv41
〈妖精招来〉Lv22(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv14 〈偶像の魔王〉Lv3
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv14 〈上級薬剤〉Lv47 〈釣り〉(LOST!) 〈隠蔽・改〉Lv7
〈鍛冶の経験者〉Lv31 〈人魚泳法〉Lv10
ExP31
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊 人魚を釣った人
妖精国の隠れアイドル 悲しみの激情を知る者 メイドのご主人様(仮) 呪具の恋人
魔王の代理人 人族半分辞めました 闇の盟友 魔王領の知られざる救世主 無謀者
魔王の真実を知る魔王外の存在 天を穿つ者 魔王領名誉貴族
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
強化を行ったアーツ:《ソニックハウンドアローLv5》
3
どうにか店主さんの涙が止まったところで、もう一品のほうを出す。実は、個人的にはこちらが本命だ。
宿屋に置かせてもらった瓶の中で、時間をかけてピジャグの肉をじっくりと漬け込んだ。煮汁式の生姜焼きでもそれなりに柔らかくなるし、美味しくもなる。しかしこちらは、自分の料理スキルでは絶対に出せないと思っていた『製作評価:9』を叩き出していた。
さて、こちらもじっくりと試食していただきましょうか。
「どうぞお試しください」
【ピジャグ肉の角煮】
その柔らかさは、ピジャグ肉であると聞いても、魔族の十人中十人が信じないだろう。
歳を重ねた魔族であれば、尚更である。
それほどに柔らかく、口の中でとろける一品。
製作評価:9
特殊効果:「一定時間魔法耐性(中)付与」「一定時間耐寒能力付与」
「同時に食べる野菜系、穀物系の食べ物に付与されている効果をブーストする」
じっくりと漬け込んでおいたピジャグ肉を適度な大きさに切って、漬け汁を加えて調整したスープで大根と一緒に時間をかけて煮てみた。なので厳密には角煮ではないのだが、味と柔らかさがそっくりな仕上がりになったので、それで押し通すことにした。作り方を見せなければ、本当の角煮を知るプレイヤーが食べても「あ、これは角煮だ」と言ってくれるだろう。
特に自分の目を引いたのが、『同時に食べる野菜系、穀物系の食べ物に付与されている効果をブーストする』という能力。つまり、この一品だけではある意味完成せず、他の料理と組み合わせたときに本当の能力を発揮する料理ということだ。こんなのは初めて見た。
「先程の生姜焼き?という一品は素晴らしい味でしたが……こちらは如何でしょうか。と言っても、あなたのような方が不味いものを出すとは思いませんが」
宿屋のご主人がこぼした期待の言葉を、裏切らない一品だと思いますよ。
自分は、まずはひと口食べてから、というジェスチャーで試食を促した。
それに反応した宿屋のご主人と肉屋の店主さんは一回頷いて、恐る恐る【ピジャグ肉の角煮】にフォークの先を通す。そうして口へ持っていくのだが、その途中にも角煮がプルプルと細かく震えていることに一瞬驚きの表情を見せてから──口の中へと入れた。
直後、二人の動きが止まった。まるでそこだけ、完全に時が凍り付いたかのように、ピクリとも動かない。あれ? 何か失敗したか?
そう不安になってきた頃に、ガタンと椅子をひっくり返すような勢いで、店主さんが立ち上がった。
「何だこれはっ!? こんな肉が存在するのかっ!?」
そして、宿屋全体に響き渡るほどの大声を上げた。近くにいた自分のみならず、廊下からこそこそ覗き込んでいた従業員の皆さんが一斉に耳を塞ぐほどの絶叫だった……人ってここまで大声を上げることができるのね、と変な方向に感心してしまうくらいに。
「柔らかい、なんて言葉じゃ済まない! 肉が、肉が、肉がっ! 噛まずに、舌で押しただけで! ほろほろと崩れ落ちたぞ! こんな柔らかさ、ピジャグはもちろんビーランフでも、魔物の肉でも体験したことはない! なのに肉の味は口いっぱいに広がって……これは、魔法なのか? 我々魔族の知識にもない魔法なのか!?」
そんなことを大声で叫びながら、自分を睨むように見てくる店主さん。しかし、そんな店主さんに残念なお知らせがある。
「生憎ですが……ある程度経験を積んだ料理人が使える《料理促進》以外のアーツ、ならびに魔法は使っていません。更に言わせていただくと、この料理使った材料は、全てこの魔王領から一歩も出ずに手に入る物だけを使いました。ただ、長時間肉を漬け込み、長く煮る必要があるので、ここの宿屋のご主人にこの瓶を置かせていただくという協力はお願いしましたが」
瓶を指さしながら自分がそう答えると、店主さんは崩れ落ちるように腰を下ろし……ひっくり返った。
どうも、さっき勢いよく立ち上がったときに椅子の位置がずれてしまっていて、こんなお笑いのような現象を引き起こすことになったようである。唐突なギャグの動きに、ちょっと笑いを抑えるのが苦しい。
「──それにしても漬け込み、ですか。素晴らしい。もちろん何の考えもなくただ放置すればいいものではないでしょうが、この肉を食べてしまった以上は挑戦してみたいと思わせる調理方法ですね。正直内心では、あんな瓶に入れておくだけで何が変わるのかと疑っていましたが。こうして完成品を出されると、おみそれしましたとしか返しようがない。素晴らしい技術です」
そりゃまあ、もちろん色々と調整は入れてます。そうじゃなきゃこれだけ時間を必要とはしない。
今までも厄介な料理ってのはあったけど、今回の専用タレを作るのが一番きつかった。リアルでやったら舌がおかしくなったと思うよ、まったく。こんな手間がかかりすぎる料理、もう二度とやらん。
「気に入っていただけたようで、何よりです」
と、自分は頭を下げようとした。
実際に下げられなかったのは、店主さんが自分の両肩をがっしりと掴んできたからだ。
目が血走っとる……怖いよ、魔族の人って美形だから、尚更怖いわ。
「頼む! これを! 店で出してくれ! 今までピジャグ肉を下に見てきた若い奴らに……思い知らせてやってくれ!! 俺じゃ、今の俺じゃできねえ! 頼む! この通りだ!」
そう言うが早いか、店主さんは今度は土下座してきた。
「この味を俺なりに出せるように、必死で修行する! だから、それまでの間、力を貸してくれ!」
あ、うん。はい。こりゃー相当ストレス溜まってるな。
まあリアルでもいるんだよ、新しいものが出た途端にそっちばかり褒めたたえて、古くなったものを悪し様に言う連中ってのは。古いものという土台がなきゃ、新しいものは出来てこないということを、全く分かってないんだよねぇ。
自分にしても、この二品は舌の感覚がイカれるんじゃないかってくらいに調味料を舐め続けた努力の結晶だ。それを表に出さないってのも面白くないか。
「いいでしょう。しかし、露店はどこに出せば? もう人気のある場所は全部抑えられているようですし、他に出せる所も許可が下りるまでに時間が――」
そんな自分の言葉を、ニンマリ笑って止める店主。
「何言ってるんだ。俺の店で出せばいい。どうせピジャグ肉そのものを買いに来る奴なんて、もうほとんどいなくなってしまったからな。一時的に、今食わせてもらったこいつらを出す店に変更だ!」
ああ、それならすぐ出せるし、場所取りの必要もないな。
んじゃこの場を片付けて早速行動を──とはいかないようで。
「もう無理、生殺しすぎる」
「金は出すから食わせろ、いや食わせてください!」
「こんな肉の匂いを暴力的に漂わせるなんて……このまま立ち去るとか許されないぞ、逃がしはしない」
と、獣一歩手前になってしまった従業員の皆さんに、ログアウトするまでピジャグ肉料理を振舞うことに。もちろんお代は貰ったが……漬け込み肉のストックがガタ減りしてしまい、漬け直しとなってしまった。
《料理促進》をかけてまた仕込んでおくが……完全に仕上がるかな。不安だ。
そう言いつつ、宿屋のご主人は試食として出したピジャグ肉を完食した。良かった、掴みはそこそこと見ていいようだ。さて、ここからが肝心だ。
「しかし、驚きました。まさかお酒を煮込みの水代わりに扱うとは。お酒と言えば飲むものでしかないと考えていたのですが、外からやってきた皆様は料理にも使われるのですね。確かにこの国の者には最初は驚かれるでしょうが……お酒は常々料理と共に口にされてきたものでもありますから、禁止されるようなことはないですね。ぜひこのやり方を教えていただきたいぐらいです」
よし、この手法に特にこれといった問題はないのだな。
宿屋のご主人に「まだ少し手を加えてみたい点がありますので、もうしばしお待ちください」と断ってから、自分は宿屋の外へ出た。
次はあの肉屋の店主さんのもとへ向かう。長くピジャグ肉を扱ってきたあの人が、この一品にどんな意見をぶつけてくるか。楽しみでもあり、怖くもある。
相変わらず店の前で湿っぽい表情を浮かべていた店主さんに挨拶をして、早速試作品を口にしてもらった。
「凄いな、着眼点が違うというのか? この難物をここまで変えるか……ただ、やはり肉の味がかなり薄まってしまっているな。それが実に惜しい」
そして返ってきた言葉がこれだった。やっぱりそこを指摘されたか。いや、いいんだ。その点は自分も同意できる。やっぱりお肉を食べたら、たっぷりの肉汁、そしてそこから来る、いかにもお肉!というあの味を感じたい。
「ええ、自分もそこは大きな問題点であると感じています。今回はとりあえず、煮込んでも膨らまずに柔らかく噛み切れる形にまではできたので、この段階で一度試食をしてもらいたいと思ってお邪魔させていただきました」
一番の問題である『硬さ』と『噛み切りにくさ』が改善したのは大きいだろう。あとは味が整えば、十分売りに出せる品質になる。
「まさか水を使わずに赤ワインで煮込むとは……やはり様々な経験を積んできた人は発想力も豊かだ。振り返ってみれば、俺は肉の売れ行きが下がることを嘆くだけで、新しい流れをどう受け入れて前進すればいいのかを忘れてしまっていた。世の中は常に動いているのだから、守るべき部分は守り、変えていかなければいけない部分は変えていくべきなのに。煮込みに適さないと言われ続けてきたピジャグ肉の常識を覆すこの一品をこうして出されて、やっとそんな基本的なことを思い出したよ」
そうだな、今を生きている人は常に歴史の最先端を歩いているんだ。だから、古きに囚われすぎてもいけない。逆に新しきばかりを受け入れて古きを否定してもいけない。古き時代がなければ、今の時代が存在していないのだから。そしてその二つを未来を歩くための杖として進むのが、今を生きている人の責務なのではないだろうか、と自分は考える。
「自分ももう少し試してみます。この問題をどうにかできる方法はきっとあるはず。そして、これを乗り越えれば、今まで誰も口にしたことのない美味しいピジャグ肉料理が作れる。それは楽しいことでしょう?」
自分の言葉に、店主さんも力強く頷く。せっかく手をつけた以上は、とことんやらなきゃ面白くないからね。さて、明日はどこから試そうかな?
◆ ◆ ◆
試食から数日間、ピジャグ肉の改良は完全に停滞していた。あの手この手で道を探ってみたが、味見をしてもどれもイマイチで、実際製作評価も4以上になってくれない。とてもじゃないが、人からお金を取れるレベルではない。
試作の繰り返しで料理スキルのほうはちまちまレベルが上がってはいるが、これじゃなぁ、と日々思っていると……突破口は意外なところで見つかった。
その晩、リアルの職場の先輩が何かいいことがあったとかで、それなりに高いお寿司屋さんに数名の同僚を誘った。その数名の中に、自分も含まれていたわけなのだが──
◆ ◆ ◆
「──っかぁ、美味え!」
御猪口をくぃっと呷って息を大きく吐き出す先輩。非常に上機嫌で、誘った同僚に「ほれ、どんどん頼め、今日は何十万でも払ってやるから気にすんな!」なんて豪気なことを言っている。宝くじでも当たったのかね? まあ何でもいいけど……
とはいっても、みんな『時価』なんてついているようなバカ高いネタは頼まずに、そこそこのネタを選んでいる。寿司は高級なネタだけが美味いってわけでもない。いくらおごってくれると言われたって、それにゴチになりまーすと乗っかってやみくもに高いネタだけ頼むような奴は、ここにはいない。
「っと、大将。アナゴを一つ握ってくれ」
「あいよ、任された。それにしても旦那はアナゴが好きだねえ」
「大将、それは違うぜ。俺はアナゴが好きなんじゃなくて、大将が握るアナゴが好きなんだ。ここのアナゴは本当に美味えからよ」
なんて、先輩と大将の会話が聞こえてきた。そのやりとりに自分も興味を持ち、アナゴを頼んでみた。
なるほど、これは美味しい。味はもちろんだが、アナゴの柔らかさがとても良い。
「如何ですか?」
「とても、美味しいです。それに柔らかくて」
アナゴって滅多に食べないんだけど、確かにこれは美味しいな。先輩が頼む理由がよく分かる。
「おっ、大地は分かるか。ここのアナゴは、煮汁が良いんだ。大将、アナゴの煮汁ってのは管理が大変なんだろう?」
「ええ、そうですな。ですが、お客様に最高の一品をお出しするために必要なことですからね。煮汁の管理は一年通して休みがありません。だからこそ、この味が出せるわけです」
煮汁か……そういえばアナゴの煮汁って、使っては継ぎ足し、使っては継ぎ足していくんじゃなかったっけか? そうすることで、その店ならではのアナゴの煮汁が出来上がっていく──なんてことを、雑誌か何かで読んだ記憶がちょっぴりよみがえってきた。
「ま、そんな話は軽く覚えておく程度でいいがな。大将、次はサバを頼む」
「任されました」
と、先輩はまた注文を始めたが、自分はアナゴがなくなった台の上をじっと見つめて考え込んでいた。
煮汁という方法、もしくは漬け込むという方法。これはピジャグの肉にも適用できるんじゃないか?と考えていたからだ。
(よし、帰ったら早速試してみよう。どんどん挑戦だ)
方向性を決めたところで、その後は美味しくお寿司をいただくことだけに集中した。こんなお寿司屋さんに入る機会なんてそうそうないのだから。
◆ ◆ ◆
その後、自分は試行錯誤を繰り返して、煮汁タイプと漬け込みタイプの二種類のベースを完成させた。
特に漬け込みタイプについては、宿屋のご主人に協力を仰ぎ、調理場の隅っこを借りて、雑菌の繁殖を止める魔法がかけられた魔王領特製の陶器の瓶を冷暗所に置かせていただいた。何回もピジャグの肉を漬け込み、ピジャグの脂や美味さのエキスというものを念入りに漬け汁の中に溶け込ませたのだ。
ここまで来るのにリアルの時間で二週間が経過しており、自分が試行錯誤する姿は、宿屋の主人だけではなく従業員の皆さんにまで、一種の名物として知られるようになってしまった。
そんな風に知られるようになってからの反応は、大まかに分けると二つ。
『ピジャグ肉をいくら試しても意味はない。ビーランフの肉が手に入りやすくなった今では無駄な努力』とする派と、『もしかしたら、俺たちの知らないピジャグ肉の味を引き出してくれるかもしれない』とする派だ。
いや、それだけならまだいい。この二派が最近になって金を賭け出したってこと、自分も知ってるからな? 幸い少額に留めているようだが、なんかイライラする。こっちは賭けの対象になるために始めたわけじゃないってのに。
まあそんな背景もあったが、この二種類の調理方法により、製作評価も味も、確実に向上していった。
◆ ◆ ◆
そうして色々な人の注目を浴びてきたピジャグ肉改良の成果が、いよいよ今日、自分以外の人たちの目の前にはっきりと出る。作る料理はもう決めていた。煮汁タイプは生姜焼き、漬け込みタイプは角煮である。厳密に言えば、どちらも『もどき』とつけなければならないだろうが……とにかく、調理を開始する。まずは生姜焼きだ。
前もって一定時間煮汁で煮込んでおいたピジャグの肉を取り出し、皿に移す。煮汁はある程度瓶に戻し、残った煮汁にミジン切りにした玉ねぎと生姜、ちょっぴりの調味料を混ぜ合わせることでタレとして、その中にピジャグ肉を一定時間置いておく。今回は、漬け込み時間短縮のためにアーツを使用するが。
あとは、普通の生姜焼きと一切変わらない。フライパンで焼くだけだ。
ピジャグ肉は、『調理自体よりも、調理前の仕込みに時間をかける必要がある』タイプだということを、自分はこの二週間でやっと掴んでいた。
おそらく料理をメインにやっているプレイヤーであれば、この答えにたどり着くまで遅くても数日で、即座に解決に移れたんだろう。経験の差から来る発想力の違いはデカいな……
それにしても、この肉を焼くときの『じゅわー』という音は、やっぱり人を引き寄せるもののようだ。
今日は宿屋のご主人と肉屋の店主さんを宿屋の調理場に呼んでいたのだが、それ以外の従業員の皆さんも、入れ替わり立ち代わりちらちらと様子をうかがいに来る。
そしてようやく、生姜焼きが出来上がった。
「お待たせしました、これがピジャグ肉の改良を図った成果の一品目となります。どうぞお試しください」
【ピジャグ肉の生姜焼き】
ピジャグ肉を煮汁に漬け込み、味を染み渡らせつつ特性繊維を弱め、食べやすくした一品。
元となる煮汁を作るには、レッドエキスをはじめとする多数の調味料で大量のピジャグ肉を
煮出す必要があるため、多大な時間と手間、何より根気が必要となる。
また、長く漬けるために特別な道具も必要である。
製作評価:8
特殊効果:「一定時間耐寒能力付与」「一定時間最大体力上昇」「一定時間空腹鈍化」
完成した【ピジャグ肉の生姜焼き】から漂う香りに、誰かがごくりとつばを飲んだ。良く出来た肉料理の香りって、どうしてこうも暴力的なんだろうな。
恐る恐るといった感じで、宿屋のご主人と肉屋の店主さんがピジャグ肉にナイフとフォークを入れる──箸がないんだからしょうがないのだが、ちょっとだけズレを感じるなぁ。
そんなどうでもいいことを考える自分の目の前で、ついにお二人の口の中にピジャグ肉が運ばれる。そして咀嚼。それを見守る人たちは、自分を含めて誰も言葉を発せず、シーンと静まり返っている。
その静寂を破ったのは、宿屋のご主人だった。
「これは……これは! 確かにピジャグの肉であることは、味で分かります、分かりますが! それでも尋ねたい、これは本当にピジャグの肉なのですか!? この柔らかさ、そして肉に染み込んだ味の深さ、そして何より、なんという柔らかさと噛み切りやすさ! 以前食べさせていただいた試作品からここまで変わるものなのですか!?」
宿屋のご主人の絶叫に近い問いかけに、自分は静かに「はい、これはピジャグの肉を使った料理です。他の肉は一切使っていません」と返答した。
使ったのは、ピジャグの肉といくつかの調味料や香辛料、そしてお酒だ。レッドエキスだけではなく、複数のお酒をほんの少しずつ入れ、より味を殺さずに柔らかくなるよう追求した研究の成果が十分に発揮されたようだな。
今回の素材は本当に難物だったんよ……最適の解答を引き当てるのが、本当に嫌になる作業だった。市販されてる各種ソースの偉大さを、今回も思い知ったね。
「これは売れますよ! 最高級ならともかく、一般の人が口にしているビーランフの肉なんかじゃ太刀打ちできない。あとは、パンや龍の国から流れてくる米と一緒に食べれば、より美味しく感じることは間違いないでしょう!」
ふむ、そういった組み合わせがすぐ思い浮かぶか。ここの宿屋のご主人は、食べ物の味をより生かすことによく頭が回るようだ。
さて、もう一方の肉屋の店主さんはどうしたんだろう? 随分と静かだけど……
そう思って視線を向けると、店主さんの頬には光るものが流れていた。
「──同業者が次々と辞めていった。どんなに意地を張っても、もうどうしようもないとも思っていた。だが現実は違った。ピジャグの肉が悪かったんじゃない。俺が、俺たちが、ピジャグ肉の味を引き出す努力を怠っていただけだったんだ。そのことに気がつくのに、時間が長くかかりすぎた。俺は、努力をしていたんじゃない。努力をしているつもりでしかなかったんだ……」
泣きながら、次々と生姜焼きを口に運ぶ店主さん。色々と思うところがあるのだろうな。
しかし、自分が作った料理はもう一つあるんだ……そっちでも泣き崩れないといいけどな。
【スキル一覧】
〈風迅狩弓〉Lv50(The Limit!) 〈砕蹴(エルフ流・限定師範代候補)〉Lv42
〈百里眼〉Lv39〈技量の指〉Lv68 〈小盾〉Lv42 〈蛇剣武術身体能力強化〉Lv18
〈ダーク・スラッシャー〉Lv9 〈義賊頭〉Lv60 〈料理の経験者〉Lv41
〈妖精招来〉Lv22(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
追加能力スキル
〈黄龍変身〉Lv14 〈偶像の魔王〉Lv3
控えスキル
〈木工の経験者〉Lv14 〈上級薬剤〉Lv47 〈釣り〉(LOST!) 〈隠蔽・改〉Lv7
〈鍛冶の経験者〉Lv31 〈人魚泳法〉Lv10
ExP31
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相
託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊 人魚を釣った人
妖精国の隠れアイドル 悲しみの激情を知る者 メイドのご主人様(仮) 呪具の恋人
魔王の代理人 人族半分辞めました 闇の盟友 魔王領の知られざる救世主 無謀者
魔王の真実を知る魔王外の存在 天を穿つ者 魔王領名誉貴族
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
強化を行ったアーツ:《ソニックハウンドアローLv5》
3
どうにか店主さんの涙が止まったところで、もう一品のほうを出す。実は、個人的にはこちらが本命だ。
宿屋に置かせてもらった瓶の中で、時間をかけてピジャグの肉をじっくりと漬け込んだ。煮汁式の生姜焼きでもそれなりに柔らかくなるし、美味しくもなる。しかしこちらは、自分の料理スキルでは絶対に出せないと思っていた『製作評価:9』を叩き出していた。
さて、こちらもじっくりと試食していただきましょうか。
「どうぞお試しください」
【ピジャグ肉の角煮】
その柔らかさは、ピジャグ肉であると聞いても、魔族の十人中十人が信じないだろう。
歳を重ねた魔族であれば、尚更である。
それほどに柔らかく、口の中でとろける一品。
製作評価:9
特殊効果:「一定時間魔法耐性(中)付与」「一定時間耐寒能力付与」
「同時に食べる野菜系、穀物系の食べ物に付与されている効果をブーストする」
じっくりと漬け込んでおいたピジャグ肉を適度な大きさに切って、漬け汁を加えて調整したスープで大根と一緒に時間をかけて煮てみた。なので厳密には角煮ではないのだが、味と柔らかさがそっくりな仕上がりになったので、それで押し通すことにした。作り方を見せなければ、本当の角煮を知るプレイヤーが食べても「あ、これは角煮だ」と言ってくれるだろう。
特に自分の目を引いたのが、『同時に食べる野菜系、穀物系の食べ物に付与されている効果をブーストする』という能力。つまり、この一品だけではある意味完成せず、他の料理と組み合わせたときに本当の能力を発揮する料理ということだ。こんなのは初めて見た。
「先程の生姜焼き?という一品は素晴らしい味でしたが……こちらは如何でしょうか。と言っても、あなたのような方が不味いものを出すとは思いませんが」
宿屋のご主人がこぼした期待の言葉を、裏切らない一品だと思いますよ。
自分は、まずはひと口食べてから、というジェスチャーで試食を促した。
それに反応した宿屋のご主人と肉屋の店主さんは一回頷いて、恐る恐る【ピジャグ肉の角煮】にフォークの先を通す。そうして口へ持っていくのだが、その途中にも角煮がプルプルと細かく震えていることに一瞬驚きの表情を見せてから──口の中へと入れた。
直後、二人の動きが止まった。まるでそこだけ、完全に時が凍り付いたかのように、ピクリとも動かない。あれ? 何か失敗したか?
そう不安になってきた頃に、ガタンと椅子をひっくり返すような勢いで、店主さんが立ち上がった。
「何だこれはっ!? こんな肉が存在するのかっ!?」
そして、宿屋全体に響き渡るほどの大声を上げた。近くにいた自分のみならず、廊下からこそこそ覗き込んでいた従業員の皆さんが一斉に耳を塞ぐほどの絶叫だった……人ってここまで大声を上げることができるのね、と変な方向に感心してしまうくらいに。
「柔らかい、なんて言葉じゃ済まない! 肉が、肉が、肉がっ! 噛まずに、舌で押しただけで! ほろほろと崩れ落ちたぞ! こんな柔らかさ、ピジャグはもちろんビーランフでも、魔物の肉でも体験したことはない! なのに肉の味は口いっぱいに広がって……これは、魔法なのか? 我々魔族の知識にもない魔法なのか!?」
そんなことを大声で叫びながら、自分を睨むように見てくる店主さん。しかし、そんな店主さんに残念なお知らせがある。
「生憎ですが……ある程度経験を積んだ料理人が使える《料理促進》以外のアーツ、ならびに魔法は使っていません。更に言わせていただくと、この料理使った材料は、全てこの魔王領から一歩も出ずに手に入る物だけを使いました。ただ、長時間肉を漬け込み、長く煮る必要があるので、ここの宿屋のご主人にこの瓶を置かせていただくという協力はお願いしましたが」
瓶を指さしながら自分がそう答えると、店主さんは崩れ落ちるように腰を下ろし……ひっくり返った。
どうも、さっき勢いよく立ち上がったときに椅子の位置がずれてしまっていて、こんなお笑いのような現象を引き起こすことになったようである。唐突なギャグの動きに、ちょっと笑いを抑えるのが苦しい。
「──それにしても漬け込み、ですか。素晴らしい。もちろん何の考えもなくただ放置すればいいものではないでしょうが、この肉を食べてしまった以上は挑戦してみたいと思わせる調理方法ですね。正直内心では、あんな瓶に入れておくだけで何が変わるのかと疑っていましたが。こうして完成品を出されると、おみそれしましたとしか返しようがない。素晴らしい技術です」
そりゃまあ、もちろん色々と調整は入れてます。そうじゃなきゃこれだけ時間を必要とはしない。
今までも厄介な料理ってのはあったけど、今回の専用タレを作るのが一番きつかった。リアルでやったら舌がおかしくなったと思うよ、まったく。こんな手間がかかりすぎる料理、もう二度とやらん。
「気に入っていただけたようで、何よりです」
と、自分は頭を下げようとした。
実際に下げられなかったのは、店主さんが自分の両肩をがっしりと掴んできたからだ。
目が血走っとる……怖いよ、魔族の人って美形だから、尚更怖いわ。
「頼む! これを! 店で出してくれ! 今までピジャグ肉を下に見てきた若い奴らに……思い知らせてやってくれ!! 俺じゃ、今の俺じゃできねえ! 頼む! この通りだ!」
そう言うが早いか、店主さんは今度は土下座してきた。
「この味を俺なりに出せるように、必死で修行する! だから、それまでの間、力を貸してくれ!」
あ、うん。はい。こりゃー相当ストレス溜まってるな。
まあリアルでもいるんだよ、新しいものが出た途端にそっちばかり褒めたたえて、古くなったものを悪し様に言う連中ってのは。古いものという土台がなきゃ、新しいものは出来てこないということを、全く分かってないんだよねぇ。
自分にしても、この二品は舌の感覚がイカれるんじゃないかってくらいに調味料を舐め続けた努力の結晶だ。それを表に出さないってのも面白くないか。
「いいでしょう。しかし、露店はどこに出せば? もう人気のある場所は全部抑えられているようですし、他に出せる所も許可が下りるまでに時間が――」
そんな自分の言葉を、ニンマリ笑って止める店主。
「何言ってるんだ。俺の店で出せばいい。どうせピジャグ肉そのものを買いに来る奴なんて、もうほとんどいなくなってしまったからな。一時的に、今食わせてもらったこいつらを出す店に変更だ!」
ああ、それならすぐ出せるし、場所取りの必要もないな。
んじゃこの場を片付けて早速行動を──とはいかないようで。
「もう無理、生殺しすぎる」
「金は出すから食わせろ、いや食わせてください!」
「こんな肉の匂いを暴力的に漂わせるなんて……このまま立ち去るとか許されないぞ、逃がしはしない」
と、獣一歩手前になってしまった従業員の皆さんに、ログアウトするまでピジャグ肉料理を振舞うことに。もちろんお代は貰ったが……漬け込み肉のストックがガタ減りしてしまい、漬け直しとなってしまった。
《料理促進》をかけてまた仕込んでおくが……完全に仕上がるかな。不安だ。
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