とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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21巻

21-1

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 1


「よし、では今回の会議はこんなもんでええじゃろうな」

「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の発案者である六英雄ろくえいゆう。今回の彼らの定例会議は特に問題なく終了した。それは、世界の経済がそれなりに上手く回っているという事を意味する。

「で、どうなんですか『ワンモア』の方は? 開発者からは順調に製作が進んでいるとの報告は受けていますが、実際に触れているあなたからの話も伺いたい」

 六英雄の一人である中世商人が、紅一点に質問した。

「そうね……開発者はうそを言っていないわ。確実にあの世界は、私達の要求通りにもう一つの新しい世界となりつつあるわね。ええ、良くも悪くも」

 この言葉に、他の六英雄がどういう意味だ?と疑問を持つ。その疑問が声となって発せられる前に、先読みした紅一点が先を続ける。

「スリや通り魔……それに犯罪者集団。そういった連中もあの世界の中に存在するようになった、という事よ。無論、そんな悪党に対抗するための自警団や警察、軍といったものもね。まさに、そういった部分も現実とそう大差ないレベルにまで上がってきたわ。奇麗な世界である事を望むなら抹消すべき存在だけれど……そんな世界じゃないと、もう一つの現実とは言えないものね」

 この紅一点の言葉に笑みを浮かべる者もいた。

「そうかそうか、あの開発者連中は大したもんだ。人間のプレイヤー連中がいなくなったら、全員が規律を守って犯罪が起きないような奇麗な世界じゃあ、現実味がねえ。もちろん、そういう連中を討伐しに行く事もできるんだろ?」

 この質問に、紅一点は頷く。

「ええ、向こうの世界にいる人々と連携して倒しに行くも良し。個別に動いてつぶして、そいつらが貯め込んだ金銭を総取りするも良し、よ。スリなんかをらしめれば見返りもあるし、逆に悪事を働けば相応の報いがある。そういった面での世界の構築はほぼ完成した、と言ってもいいのではないかしら? あとは、もう少し世界を広げて問題なく動くかどうかを見たら『ワンモア・フリーライフ・オンライン』の看板を下ろして私達に渡すという形が、開発者の想定する着地点になると思うわね」

 紅一点の言葉に、順調なのは良い事だと安心した空気になる。

「話を聞いていると、待ち遠しくて仕方がないのう。はよわしもあの世界に行って暴れたいわい。歳を取って動くのが億劫になってしまったこの気持ちから解放される方法としても、期待しておるからの。早く完成させてほしいものじゃて」

 長老の言葉に、一人の男性が笑う。

じじいはあんま無理すんな。まあ、早く行ってみたいという点は同意するがよ。こっちじゃトレーニングにしか使えねえこの両手と両足で、モンスター共を早くぶん殴りたいもんだぜ。殴ったときの感触なんかもあるんだろう? 現実じゃできない大乱闘を早くやりてえな」

 男性は、両手を握りしめながら物騒な事をのたまう。こんな発言が多いからこそ、他のメンバーから野生児と呼ばれているのだ。
 中世商人も、もう一つの世界でやりたい事を口にする。

「私は向こうでも商売をしたいですな。幾つもの国があって、幾つもの商品がある。ならば、現実ではできない商売を目一杯やってみたい。様々な物を取り扱って、金貨を山と積み上げる事ができるのか。それを最初からやれるというのは実に楽しみだ。無名からのスタートは、もう現実ではどうやってもかなわないからな」
「私がしたいのは、娘と世界を巡る旅ですかね? 娘はかなりあの世界にログインしているようですから、案内をさせて見て回るだけでも楽しめそうです。そうして向こうで面白い物を見つけ、気ままにやりたい事をやるという、こちらではもうできない贅沢を味わうのが楽しみなのですよ」

 エリザの父親でもあるジェントルマンの望みはこういう事らしい。

「私は、あの世界にいる様々な王族が気になりますな。是非一度会って、話をしてみたい。気に入った王がいれば、仕えてみるのも一興でしょうな。その経験は、こちらの世界で人を使うときにも役立つでしょうから」

 最後の一人である指揮者と呼ばれる男も、自分のやりたい事を口にする。
 六英雄は皆それぞれに、もう一つの世界でやりたい事を見つけていた。

「まあそれもこれも、完成してからの話よね。もうしばらくかかると開発者は言うけれど、まだ何か大きな仕掛けを組み込みたいのかしら?」

 紅一点の言葉に、野生児がにやりと笑いながら答える。

「焦んな。こういうときは焦ったりかしたりすると、ろくでもねえ結果にしかならねえもんだ。ここまでそれなりの資金を投入してきたってのによ、つまらねえ結果になっちまったら大損どころの話じゃねえ。そもそも製作がとどこおってるどころか、予定よりも進んでいるって報告が出てんだからよ、変に開発陣をつつくんじゃねえぞ? 日本には、急がば回れ、って言葉があんだろ? どっしり構えて待ってりゃいいんだ。楽しみに思う気持ちと、早く作れという考えは完全に切り離せや。そうしねえと、お前をもらってくれる男も出てきやしねえぞ?」

 最後の言葉のところで、他の男性陣四人は一歩引いた。ある意味それは禁句だったからだ。
 そして、今まで通り紅一点がブチ切れて取っ組み合いの喧嘩けんか……に近い罵声ばせい交じりの口喧嘩が始まると予感したのだが、事態はまるで違う方向に動き出す。

「貰ってくれる男、かぁ。貰ってくれるんじゃなくて、奪いたい男を見つけたのよね。だから、そんな男なんてらないわね。あの人をがっちり確保してゴールインすれば、それでいいし」

 この紅一点の言葉にドン引きしたのは、話を振った野生児だった。彼の背中だけでなく、額にも冷や汗が浮かび始める。

「お、お前ががっちり確保する、だと⁉ いったいどこの誰なのか非常に気になるところだが……そいつには、もうお前の意思を伝えてあるのか?」

 野生児のカンは鋭い。そしてその外した事のないカンが伝えてくるのだ。目の前の女は、その男をたとえ監禁してでも逃がすつもりはない、と。

「ええ、もう私の心情はちゃんと伝えていますからね。あとはしっかりと逃がさないようにするだけです。大丈夫ですよ、犯罪行為なんてしませんから」

 紅一点の言葉は穏やかであったが、言っている事はかなり黒い。ここまで来ると、野生児だけではなく他の四人も揃ってドン引いていた。

あわれじゃのう)
(ええ、目を付けられてしまった男には同情すら覚えます)
(まあ、アイツは家庭的な能力もそれなりにあるからな……そこは救いかもしれねえが)
(でも、浮気などをした場合はどうなる事か、想像したくもないな)
(悪いとは思いますが、世界のためにその男性には犠牲になっていただくしかありませんな)

 紅一点が聞いたらブチ切れそうな会話を、小声で交わす男性陣。そんな光景を横目に、紅一点は「絶対に逃がさないからね」と呟いていた。


     ◆ ◆ ◆


 ほぼ同時刻。突然くしゃみを連発し始めた男がここに一人。

「どうしたツヴァイ? 風邪かぜか?」

 それを気遣ったレイジが声をかける。しかしツヴァイは片手を振って、具合の悪さを否定した。

「いや、大丈夫だ。このオフ会に向けて、体調管理はちゃんとしてきた。なんだか急にムズムズっと来ただけでな」

 この日は、ギルド『ブルーカラー』の初期メンバーによるオフ会が開催されていた。長い付き合いなのだから一度現実世界リアルのほうでも顔を合わせてみないか、という話になったのであった。ちなみに本名は使用禁止で、ゲーム内のネームで呼び合う事にしている。

「にしても、ミリーとエリザのお二人が来られなかったのは残念ね。どうしても抜けられない用事があるとの事で、仕方がないと言えば仕方ないんだけどさ」

 ロナが残念そうに呟く。

「ま、二人とは次の機会にだな。いつかはチャンスがあるだろうし、今は今で楽しむ事にしようぜ」

 ツヴァイの言葉に他のメンバーも同意して、いよいよオフ会が始まる。
 このときはまだ、ツヴァイがミリーとエリザの正体を知らない、幸せな頃であった。



 2


 今日も自分がアースとしてログインすると、予想通り、目覚めた所は昨日泊まった宿屋ではなかった。【円花まどか】の記憶の世界だ。今回は草原に寝ていたらしい……
 まぁ、魔王様から貰ったマントのおかげで、普段のログアウト時でもこんな野営をしたって問題はないんだが、さすがにそれはなぁ。大きくなったアクアの中で眠らせてもらったほうが寝心地がいいから、わざわざやる理由もない。
 それはさておき、とりあえず今やるべきは、この時代の【円花】の破壊と、突き刺さっているという【円花】の周囲にある街を、悪党から護る事か。
 街は……あったあった、ここから南に数キロってところだな。ではさっさと移動して備えますかね。
 今回使える物は、【円花】、弓を除いた装備一式、アンコモン等級のHP回復ポーションとMP回復ポーションが各五〇個。更にレア等級のHP回復ポーションが三〇個に【蘇生薬】が五個。各種状態異常を治せるレア等級のポーションも二〇個と、かなり消耗品が多い。それだけポーションが必要になる可能性があるという事か……激戦が予想されるな。
 とにもかくにも、まずは街に入らなきゃ。
 街にたどり着くと、簡単なチェックと質問を受けただけで、特に問題なく中に入れた。正直ちょっとゆるすぎるとは思うが、この街の方針にいちいち口を出すわけにもいかない。
 街の人に話を聞いてみると、お目当ての剣ならあっちの方向だよ、とあっさり教えてくれる。
 そして、剣を引き抜くのにチャレンジするには、この街のおさ挨拶あいさつして、長の前でやらなきゃいけないというルールがあるらしい。その長の家も街の中央付近にあるとの事だった。

「ま、挑戦するのはタダだから、ちゃんとした手順を踏むならやっていってみなよ。引き抜けなくても、旅先での話のネタにはなるでしょ?」

 そんな言葉を住人から数回もらったりもしたけど。
 教えてくれた人々に感謝の言葉を述べた後、長の家を目指す。近くまで行けば嫌でも分かるとの事だったが、大きな家が一軒あるのにすぐ気がついた。十中八九、あそこだろう。他の家の四倍ぐらいあるとなれば、確かに嫌でも分かるってものだな。
 ドアをノックすると、中から犬の獣人さんが出てきた。

「おや、旅の方ですか。どのようなご用件でしょうか? もしかすると、剣の裁定をお望みでいらっしゃいますか?」

 ああ、引き抜けるかどうかを見るのを『裁定』と言っているんだな。なので「はい、剣の裁定を受けに来ました」と伝える。

「まあ無理だとは思いますが、せっかくここまで来たので、挑戦するだけはしてみたいなと思った次第でして。ご都合が悪くなければ、受けさせていただきたいのです」

 自分がこう言うと、そう固くなる事はありませんよ、と犬の獣人さんは笑顔で答えてくる。
 この犬の獣人さんは長を補佐する方らしく、長と面会する前に家の一室へと案内された。そこには数人の先客がいた。

「お、また一人、挑戦者か。本気なのか記念なのか知らねえが、剣を抜くのは俺だ。お前に出番は回ってこないぜ」

 先客の一人が、自分を見るなりそんな言葉を投げつけてくる。まあ、それならそれで別に構わないんだけど。
 自分の目的は、剣を手に入れる事じゃない。後に訪れる悲劇を、この【円花】の記憶の中だけでも阻止する事だ。もちろんそんな事情を他の人が知るわけがないが。
 そんな事を考えながら部屋の隅に移動するついでに、先客をざっと眺めてみる。
 部屋に入って早々自分に言葉を投げてきた人族の男、穏やかな表情を浮かべている熊の獣人さん、椅子いすに腰かけながらぶつぶつと小さな声で呟く女性……か? 自分と同じくフードを深く被ってローブを身にまとっているが、その下からでも強く主張する二つの膨らみからして、多分女性だな。
 それから最後が、大剣を一本背負い、腰にロングソードを二本差し、両肩にスローイングナイフらしき刃物を複数留めた軽鎧を装備する歴戦の戦士っぽい男性。
 この中に惨劇を生み出す人が混ざっているのかも知れない。そう思うと、少しも油断するわけにはいかない。

「自分は剣が抜かれるところを見たいだけですからね、自分に順番が巡ってこなかったとしても、一向に構いませんよ」

 自分がこう答えると、人族の男性は「へっ、どうだかな。口では何とでも言えるよなぁ?」との言葉を投げてくる。言葉のキャッチボールからドッジボールに変わりそうなので、これ以上会話を続ける気は起きない。自分が黙ると、人族の男性は見下すような目つきと、上品とはとても言えない笑みを見せた後は静かになった。
 それからしばらくの時が過ぎた後、一人の狼獣人さんが姿を見せた。

「皆様、お待たせしました。私がこの街の長を務めさせていただいている者です。これから皆様を、裁定を受けるための場所へご案内いたしますので、どうかご同行願います」

 さて、いよいよだ。
 長だという狼獣人さんの先導に従って、裁定の場所とされている部屋に向かう。
 そこには、岩の台座に刺さった一本の剣が。まるでアーサー王がカリバーンを引き抜く物語に似た光景だな。
 そして、突き刺さっている剣は間違いなくこの時代の【円花】だと確認。この剣を抜いた悪党が暴れ出す前に破壊できれば、最低限の目的は達成できる。それ以上は、自分の頑張り次第となるか。

「では、裁定を始める前にくじ引きで順番を決め――」
「ちょっと待てよ!」

 長の狼獣人さんが説明を始めようとしたとき、先程自分に言葉のドッジボールを仕掛けてきた人族の男性がそこに割り込んだ。

「こういうのは到着が早い者から順番で挑戦するものだろうが! もし先に剣を抜かれちまったら、そこでおしまいになっちまう! だから一番早く来た俺が最初に――」
「うるさいわよ、貴方」

 自論を展開する人族の男性の言葉が、フードを深く被った女性の声でさえぎられる。言葉のドッジボール大会が勃発してる……

「ここの長の決め事に大声で自分勝手なケチをつける貴方の品性のなさ、見るにたえないわ。貴方のような人が裁定を受ける資格を持つとは思えない。それに、先程までいた部屋でも、後から来る人全てにいちいち喧嘩を売りつけていたでしょう? 正直、貴方は邪魔。消えてほしいわね」

 言葉は辛辣しんらつだが、心情的には同意だなぁ。騒ぐ人ってのはどうにも好きになれない。剣が欲しい気持ちは分かるけれど、だからって周囲に噛みついていたら要らぬ敵を作り続けるだけだろうに。
 それとも、『剣を手に入れたらみんな斬り捨てる予定だから関係ない』のか?
 そんな事を考えながら、自分はつい騒ぐ人族の男をにらんでしまう。が、睨みつけていたのは自分だけではなく、他の人達もだった。
 その視線にたじろいだのか、人族の男も「ああ、くじでいい!」と吐き捨てる。
 と、その前に、自分も言っておく事があるんだった。

「あの、すみません。自分は最後でいいです。自分の目的はあくまで剣を見る事と、剣が抜けるところに立ち会えればいいなという事だけなので」

 この申し出はあっさり認められた。まあ、誰も断る理由はないよな。ライバルが勝手に引き下がってくれるんだから。
 が、もちろん自分は謙虚な心を持って発言したわけじゃない。もしくじで一番になって抜けなかった場合、裁定が終わった人はすぐにこの場から去ってください、と言われると困るからだ。
 そして、剣を抜いた奴が真っ先に斬りつけるのは、近くにいる人であろう事は想像にかたくない。特にこの街の長が危ないだろう。試し斬りなどと言って斬りかかる未来が手に取るように見える。そこから街全体のパニックに発展する可能性は高く、そうなったら被害がどれほど広がるのか、考えたくもない。
 自分がこの事件について知った本には、魔剣を抜いて虐殺を起こした奴には仲間もいた、と書いてあった。
 だから、自分はこの場にいて、剣を抜いて暴れようとした奴を斬る。その後、仲間の暴漢達を迎撃する。魔剣さえ使われなければ、獣人の皆さんの力で返り討ちにできるだろうから。


 そしてくじ引きが行われ、熊の獣人さん、大剣を背負った男性、ローブの女性、うるさい男、そして自分の順に、剣の裁定をする事が決まった。
 早速、街の長さんの「どうぞ、挑戦してください」という声に従って剣に手をかける熊の獣人さん。だが、その剛力をもってしても剣はぴくりとも動かない。

「残念ながら、貴方は剣に認められなかったようです。それではこの場から、退出願います」

 あぶな。やっぱり失敗したら退出しないといけないパターンだった。最後でいいと言っておいて助かったよ。
 熊の獣人さんが案内付きで退出した後、大剣を背負った男性が挑戦したが、こちらもびくともせず。一つため息をついた男性は「残念だが、致し方あるまい」と言い残して立ち去っていった。
 その次の女性もダメだった。彼女は首を横に振った後で立ち去ろうとしたのだが、それを止めたのが煩い男だった。

「はっ、お前はそこにいろよ。俺がこの剣を抜くところを見せてやるからよ!」

 そう言うが早いか、長の声かけを待たず、剣に近寄る煩い男。そして剣に手がかざされたときに、それは起こった。いくつもの細い紫電が走り、剣が突き刺さっている台座に無数のヒビを入れたのだ。

「! いったい何をした⁉」

 長の叫びを無視して、煩い男は剣に手をかけた。ヒビの入った台座にもはや封印の力はなく、あっさりと煩い男の手の中に剣が納まる。

「はっ、こんな封印なんざ破壊すりゃいいだけだ。これでこの剣は俺の物だ! 早速試し斬りといこうか……そのために女、お前を残したんだからよ! 品性のない男とののしった相手に斬られる気分はどうだ? 死ぬ前にしっかり聞いてやるから安心しろ。さあ剣よ、遠慮せずにたっぷり血を吸いやがれ! まずはこいつのからだ!」

 そして、剣が長に向かって振り下ろされる。
 でも、やらせないよ? こういった展開を、自分はしっかり予想していたのだから……出番だぞ。

「【円花】ぁっ!」

 自分の声と共に【円花】が実体化。そのまま、スネークソードモードにして全力の突きを見舞う。
 伸びた切っ先は、長を傷つけようとしたこの時代の【円花】の刃を捉えて微塵みじんに打ち砕いた。刃の細かな破片が輝きながら吹き飛び、地面に落ちていく。
 さて、ここからが自分にとっての本番だな。



 3


「長殿、すまないな。だが、魔剣が外道げどうの手に渡って多くの血が流れ、多くの悲しみを生み出すよりは、ここで砕くのが最善と考えた。びが必要であれば、そうさせていただく」

 伸ばした【円花】を引き戻しながら、長に向かってそれっぽい話をアドリブで言っておく。
 自分を除く全員が呆然としている中、いち早く状況を理解したのは、凶行に走る気満々だった煩い男。彼は一目散に部屋の出口に向かって走り出した。
 もちろん、逃がすつもりはない。【円花】の先端を出口付近に引っかけ、自分の体を引き寄せさせて瞬時に移動する。

「残念! この場からは逃げ出せない!」

 そんな言葉と共に、煩い男の前に現れてあげる。こうやって冷静さを奪えば、大体の場合、相手がとる動きは単調になって簡単に読める。今回もその例に漏れる事なく……

「どけえ!」

 煩い男が短剣を抜き放って突撃してくるが、その動きは精彩に欠け、龍の国に入れるようになったプレイヤーなら、大半の人が余裕を持って対処できるレベルでしかない。
 軽くかわした後、カウンター気味に男のみぞおちへとひざでキツいやつを一発。崩れ落ちていくところにトゥキックで股間に更に一発。この二発で男は泡を吹いて昏倒した。いつもの足の装備があったら、股間は血まみれだっただろうな。

「――女の私が言うのもなんだけど、二発目は特に痛そうだったわね。こんな下品な男に同情はしないけれど……相当痛かった事でしょう。泡を吹くのも納得、といったところかしら」

 なんてご感想を、ローブ姿の女性から頂いた。
 でも、この手の奴は何を隠しているか分からんからな。中途半端にするより、きっちりと戦闘不能にして動きを止めないと危険だ。
 実際、体を改めてみたら毒のびんや含み針とかの暗器が出てきた。やっぱり少々やり過ぎぐらいでちょうどよかったな。

「命を救っていただき、感謝いたします。貴方がここにいらっしゃらなければ、間違いなく私は殺されていたでしょう。剣を残された先代も、このような者に使われるぐらいならば壊されたほうがマシと仰られるでしょうから、お詫びなど不要です」

 っと、長の意識もようやく戻ってきたようだな。
 さてと、それじゃさっさと次に移ろう。この男の仲間を迎撃しないといけないんだから。

「長殿、ならば一ついいだろうか? この手の悪党は団体行動をする事が多い。先程の行動から察するに、魔剣の力を以て長殿をはじめとする重要人物を数人斬って、街に混乱をもたらす腹積もりだったと予想できる。そしてその混乱の発生が、他の仲間に攻め込むタイミングを教えるものだとしたら……そう遠くないところに、こいつの仲間は隠れているはず。今すぐ街の門を閉じ、迎撃の準備をしたほうがいいと思われるが、いかがか?」

 自分の献策を聞いた長の行動は早かった。すぐに補佐役の人に伝言を要請し、街にあった門がそれから一〇分後には全て閉じられた。ひとまずこれで、賊が街になだれ込んで一般市民が虐殺される可能性は大幅に減った。
 さて、これを見た賊共はどういう行動をとるかな? 諦めて去るなら無理に追う必要はないだろうが……と考えていたところに、伝令役の獣人さんが長の家に走りこんできた。

「お、長ーっ! 大変だ! 東の扉が斬り裂かれてあっけなく破られた! 奴らの中に、何らかの魔剣使いがいるみたいで……!」

 この報告に、長の家に集まっていた皆の表情が変わる。
 あの本に書いてあった虐殺ってのは、こういう事か!
 獣人の皆さんは、一般市民であっても人族から見れば途轍とてつもない身体能力を持っている。そんな彼らを虐殺できた原因が魔剣なのであるが、よくよく考えてみたら、使われたのが【円花】だけだったというのは自分の勝手な思い込みに過ぎなかった。
 もたもたしていたら、大勢の人が殺される!


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