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6巻
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今、VRMMO「ワンモア・フリーライフ・オンライン」の世界において、非常に多くの人が妖精国に集結しつつあった。戦闘能力に自信のあるプレイヤーを筆頭に、龍族、エルフ&ダークエルフ族(とんがった耳の形から多分そうであると判断)、獣人族(人の顔に獣耳という外見が多いが、顔自体がライオンになっている人もいた)などなど、種族も多様だ。
「義勇兵として戦ってくださる方は、この水晶に触れてから入国願います! 繰り返します、義勇兵として戦ってくださる方は、水晶に触れてから入国してください!」
そう、これだけの人が集まったのは、ゲヘナクロス教国との戦争に参加するためである。
妖精国の入り口前には多数の水晶が並んでおり、入国するにはそれらのうちのどれかに触れる必要があるようだ。これは恐らく、ゲヘナクロス側のスパイをあぶり出すためだろう。「木を隠すには森」という言葉がある通り、これだけの義勇兵が集まっているならそれに紛れて入り込むのが一番簡単だ。それをここで防ぐわけか。
自分、田中大地ことアースも、義勇兵の一人として参上した。順番が来たので適当な水晶に触れると、水晶が青く光り、触れた左手を見れば細い銀色の腕輪がはめられていた。
「水晶に触った方はこちらへ!」
兵士の案内で誘導された先に、自分を含め多くの義勇兵が集合する。
「皆様の腕に装着された銀のリングは、各自の戦績を記録するためのものです。戦績に応じて、褒賞を上積みいたします」
そういう記録媒体か……だが過去のゲームで、冒険者識別のための道具が実は危険なシロモノで……というパターンも見てきたから、少し怖いところもある。今はそれを気にしてもどうしようもないが。
「こちらから、主戦場となる南の平原に近い砦街への馬車を出しています。もちろん無料ですので、ご利用ください」
義勇兵たちは馬車に乗り、次々と送り出されていく。列に並ぶこと数分、自分の番になった。一緒の馬車に乗り込んだのは、兎耳の獣人の女性、龍人の男性、そして自分のように外套で顔まで隠した人が一人だ。詰めれば六人は乗れそうだったが、どの馬車も四人乗せたら出発している。ギュウギュウ詰めでストレスが高まることを避けるためだろうか。
しばらくの間、馬車はゴトゴトと音を立てつつ目的地へ進む。そのうち、大太刀を持つ龍人の男性がゆっくり口を開いた。
「こうしているのも退屈だな。これからゲヘナクロスとかいう連中を相手に、一つとなって戦うことになるんだ、少しはおしゃべりでもせんか?」
ふうむ、外の風景も代わり映えしないし、退屈と言いたくなる気持ちは分かる。自分はフードを脱いで顔を出した。当然、ヘルムの装備は解除してある。
「到着までもうしばらくかかりそうだし、それも悪くないな……なら、義勇兵になった理由でも話し合うか?」
この自分の意見に、龍人は「よかろう」、獣人は「まあ、退屈しのぎにはなるかしら」と同意した。そして、外套を纏っていた人は外套から青白い腕を出し、自分と同じようにフードを脱いだ。その頭にはなんと、ヤギのような角がある。それから顔も晒したその女性は「いいわ、おしゃべりに付き合いましょう」と頷いた。
「では、言い出しっぺの自分から。名前はアース。見ての通り、人族だ。他種族は人族に従うべし、なんてゲヘナクロスの考えには反吐が出るがな。参戦理由はそれもあるが、妖精国にはちょっとした友人がいるし、そいつは恐らく最前線で戦うだろうから、その助太刀といったところだ」
自分の自己紹介に、他の三人はなるほど、と頷いている。
「では次はわしが。名はカグツチと言う。見た目で分かるじゃろうが、龍族じゃ。義勇兵になった理由は、ゲヘナクロスの危険性を考えて早めに潰すべきであるということと、自己鍛錬じゃな」
武人が一番輝くのは戦場だものな。
「質問、よいかしら? 龍族は妖精族をあまりよく思っていないと聞いているけど……」
青白い肌の女性が、龍人に質問を投げかけた。
「うむ、大昔に妖精族が侵略を仕かけてきた過去があるでな、確かにそういう一面があることは認めよう。だが今の妖精族は他の種族を侵略する様子もないし、今回はそれに目をつぶってでも力を結集すべしということじゃ」
過去のことでいつまでもぎゃあぎゃあ騒がず、今を大事にするということか。この龍人の言う通り、ゲヘナクロスの考えは危険すぎる。今叩いておくべきだとする判断は間違っていないだろう。
「次は私かな? この耳で分かってもらえると思うけど、獣人のララナよ。ここから遠い場所に住んでいるのだけれど、国の最高議会による決定でゲヘナクロス討伐のために、我が連合が誇る馬でやってきたのよ。参戦目的はそこの龍人さんと同じく、ゲヘナクロスを放置できないってことね。それに……私達の友であるフォレストグリフォンの子供達を連れ去ったことへの復讐でもあるわ」
む。「連れ去った」か。しかも「子供達」を……そういえばレッドドラゴンの子供が連れ去られたことがあったな。あのときに見た逆さ十字の紋章はゲヘナクロスのものだったんだろうし……そうなると、ゲヘナクロス軍のグリフォンやワイバーン、ドラゴン達は……
「最後は私か……私は魔族のシュナンよ。参戦理由は、魔王様からのゲヘナクロスの殲滅指示。私の他にも数百名が妖精国入りする予定になっているわ。外套で体を隠していたのは、やはりこの肌色と角に恐怖を感じる人がいるからね……」
シュナンはそう言って、やや自嘲気味に微笑む。
「魔王様も、ゲヘナクロスの連中は危険と見ておられるのですか」
カグツチがシュナンに話しかける。
「そうね、魔王様はあのような狂信者は放置しておけぬと仰られたわ。王ゆえに自ら出向けないのが残念だとも漏らしていらした。あの方は基本的に平穏を望むけれど、魔族に危害を加えようと企む連中には容赦しないから。逆に共存しよう、手を取り合いましょうと言うなら、他種族とでも笑顔で話し合う方よ」
ふむ、いつか会ってみたいな、そんな魔王様なら……機会があるかは分からないけれど。
「そこの人族の人、魔王様に会いたいのならきちんと礼儀を守って頂戴ね」
どうやら自分の考えは顔に出ていたらしい。シュナンに見破られて少々赤面してしまう。
「魔王様に会いたいって……度胸があるのか頭のネジが外れているのか……私は恐れ多くてムリね」
ララナにはそんな風に言われてしまった。まあ、一介の冒険者が王に会おうとすること自体が無茶なわけで、向こうの感覚のほうが正しいのだろう。
「そうね、まずはこの戦いを生き延びなさい。生き延びることができなければ、この先何もできないわよ」
シュナンの言う通りだな……とはいっても、我々プレイヤーはデスペナルティを受ければ復活できる。こちらの世界の人たちにしてみれば、とてつもないイカサマ能力だよな。
そうして四人で話し合って時間を潰していると、久々となる南の砦街が見えてきた。世話になった人達は無事だろうか。
到着後、一緒に乗ってきた三人とはそこで別れた。戦争が始まれば同じ戦場に立つことになるんだから、あまり感傷的な気分にもならない。
さて、早速戦争相手の様子を窺いたいところだが……
「申し訳ありません、フェアリークィーン陛下直々の指示により、門の開放は固く禁じられております」
と、外の様子を直接見たいと主張する他のプレイヤーに、門番の妖精兵が申し訳なさそうに返答していた。少しでも隙を見せたら付け込まれかねないからか?
だがせめて、ゲヘナクロスの布陣や手駒を少しは自分の目で見ておきたい。事前情報の有無は勝敗に直結する。敵方にドラゴンがいるかもしれないとなればなおさらだ。あのプレイヤーもそれを分かっているのだろう。しかし、物見の塔に、この人数は登れないしな。
残念ながら門が開く様子は一向にない。門番はひたすら申し訳ありませんと頭を下げていた。妖精国は高い城壁で守られているが、それは同時に一ヶ所でも穴が空けば逆に脱出不能の牢獄になるということでもある。あの巨大な門を開閉するのには時間がかかるだろうし、一度開けると閉めるよりドラゴンが突っ込んでくる方が恐らく早い。やはり出兵まで門が開くことはないだろう。
(想像するだけでもぞっとしないな。ゲームじゃなかったら到底耐えられないぞ)
正直自分が異世界転生なんてするハメになったら、数日で死んでしまうだろうな。
(妄想してても仕方がない。今は何とか情報を……)
周りを見渡すと、一匹のグリフォンがあくびをしていた。きゅるるる、と可愛らしい鳴き声が漏れている……もしかしたら使えるかもしれないな。こうしているのだから敵ではないはず。
敵意がないことを示すため、外套と鎧を脱ぎ、武器も全てアイテムボックスに突っ込む。完全に一般市民のような外見になってから、そのグリフォンに真正面からゆっくり近寄る。
「ちょっとごめんね、グリフォンさん。あなたにはご主人様が既にいるのかな?」
できる限り近寄って、ゆっくり問いかける。グリフォンの知性は十分高いと聞くから、言葉が通じる可能性は十分にある。グリフォンはきゅるると鳴きつつ、首を左右に振った。
「じゃあちょっとだけ、あなたの力を借りることはできないかな? 戦場に行くんじゃなくて、この大きな壁の上に自分を連れて行ってほしいんだけど……」
するとグリフォンは、それぐらいならいいよ、とばかりに体を伏せて、背中に乗るようくちばしで指示してくる。
「ありがとう、少しの間だけお願いするよ」
そうしてグリフォンの協力の下、自分は空に飛び上がった。
「むう、何かがいるのは分かるが、さすがにこれではよく見えないな」
壁の上に到着した自分は、頭を低く保った伏せの姿勢で必死に目を凝らした。布陣を済ませたゲヘナクロスの連中は、見せ付けるかのように逆さ十字の旗を幾つも風になびかせていた。だがそれも豆粒サイズにしか見えず、情報としては全く役に立たない。
(さすがに〈遠視〉スキルでもダメか……)
一縷の望みをかけて上ってみたものの、これでは無駄足だ。
(今のLvは幾つだっけか)
システムを呼び出して確認すると、なんとLvは95に上がっていた。もしかしてこれ、〈遠視〉スキルの修練になるのか? 試しに他の旗も見ようと努力していると……二分後には96になっていた。
(……もしかして)
スキルを進化させれば、もっとよく見えるようになるかもしれない。そう考えた自分は旗だけでなく、豆粒にしか見えない物も見ようと必死で努力する。その甲斐あって、六分後に遠視スキルは最大Lvである99に到達した。
即座に経験値を支払い、〈遠視〉スキルを〈百里眼〉スキルに進化させる。
(これは進化先に〈千里眼〉があると見て良いな)
ま、そんなことは今はどうでもいいか。よく見えるようになっていてくれよと願いつつ、もう一度ゲヘナクロスの陣営を眺める。そして自分は硬直した。
(ド、ドラゴン……)
前よりよく見えるようになった目も、さすがに人の武装を見分けられるほどではない。だが人に比べればはるかにでかいドラゴンの姿を捉えることはできた。隅から隅までとはいかないが、四つ足で大きな翼を持ち、首を高く掲げる存在となると、ドラゴンしかいないだろう。残念ながら見間違いではない。
かつて自分は年寄りドラゴンと戦ったが、それですらとてつもない強さだった。気が一瞬遠くなる……しっかり伏せていて本当によかった。
(一、二……七、八……一四、一五……二一……ここから見えるだけで二一匹だと!?)
ゲヘナクロスはどうやってこんなに大量のドラゴンを従えたんだ!? あいつらが人の言うことに大人しく従うとは思えん。それに、体の色もおかしい。自分がこれまで見た範囲では、赤、緑、黒、白がいた。恐らくはファンタジーでよくある青もいるだろう。だが今見えたのは全て灰色。何の属性か分からなくて不気味だな……
ドラゴンだからブレスを吐くだろうが、属性が分からない以上、どんな効果があるのか予想がつかない……これってまずくないか?
掲示板を呼び出し、書き込みをする。
374:名無しの冒険者
ゲヘナクロスの連中が従えているドラゴンは、目視した範囲では全て灰色
思い当たる伝説、伝承がある人は情報を上げてほしい
とりあえずこれでいいだろう。後は詳しい情報を持っている人が現れるのを期待するしかない。
「もう十分だ。申し訳ないけど、下ろしてもらえるかな?」
「きゅる」
再びグリフォンに乗せてもらい、ゆっくり降下する。
「見えたか?」
「何か情報あるなら早く」
そして地面に立った途端、他のプレイヤーが集まってきた。急かすようにあれこれ言ってくるが……ここでべらべら喋ったらまずくないか? プレイヤーはともかく、こっちの世界の人の士気がダダ下がりするかもしれない。ドラゴンが少なくとも二一匹はいるなんて情報は、ここでは話さないほうがよさそうだ。
「豆粒のような敵を見るので精一杯だった」
一応、複数のドラゴンがいたように見えた、と含みを持たせておく。人の口に戸は立てられないので、後は掲示板の話も合わせれば、ある程度の情報は行き渡るはず。
誰にどんな情報を与えるか……常に難しい問題だ。だがドラゴンが二一匹もいて、しかもそれが全てではないかもしれないとなると、ありのままを伝えるのは躊躇われた。
自分を運んでくれたグリフォンには、お礼として手持ちのお肉を幾つか食べてもらい、その場を離れる。他のプレイヤーがグリフォンに群がって乗せてほしいと頼んでいたが、その結果を見届けることはしなかった。次は宿屋を探すか……
【スキル一覧】
〈風震狩弓〉Lv40 〈剛蹴〉Lv16 〈百里眼〉Lv8(NEW!) 〈製作の指先〉Lv89
〈小盾〉Lv20 〈隠蔽〉Lv48 〈武術身体能力強化〉Lv16 〈義賊頭〉Lv10
〈スネークソード〉Lv24 〈妖精言語〉Lv99(強制習得・控えスキルへの移動不可能)
控えスキル
〈木工〉Lv44 〈上級鍛冶〉Lv42 〈上級薬剤〉Lv17 〈上級料理〉Lv39
ExP29
称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者
妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人難の相
プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人
2
冒険ではなく戦争に参加しに来たのだが、戦いが始まるまではきちんとした場所で寝たい。現実の戦争ならそうもいかないが、今回は戦場が妖精国のすぐそばなので宿屋に泊まれる。
ええっと、確かこっちだったかな……街並みの記憶があやふやで、以前泊まった宿屋の場所をなかなか思い出せない。
(それに、やはり街にも戦争勃発の影響が出ているな)
戦争が近いためか市民はあまり活気がなく、不安な様子が見て取れる。そんな中を人族、龍族、獣人族、エルフ&ダークエルフ族、魔族の義勇兵が武器の手入れ、保存食の入手などのために歩き回っている状態だ。人は多いのに妙に静かな雰囲気というのは、実際に体験してみると結構不気味なものだ。音の大半は靴音で、時々商売のやりとりの声が聞こえてくる程度。以前訪れたときのような陽気な騒がしさは全くない。
(いい加減宿を見つけたいのだが……ダメだ、思い出せない)
街中を歩くこと二〇分。しかし歩いても歩いても求める場所が見つからない。道の脇に設置されたベンチに腰かけ、休憩しながら街並みをもう一度確認するが……残念ながら記憶と違う場所だった。あの宿屋に泊まるのは諦めるしかないのかもしれない。
(仕方がない、次に見つけた宿屋に入ることにしようか)
立ち上がって宿屋探しを再開し、五分と経たないうちに宿屋を発見。早速中に入って空きがあるか聞いてみたが、満室だった。理由はやはり、義勇兵となった人達で一杯だとのこと。
当然予想されたことである。宿屋のご主人は近場の宿屋を幾つか教えてくれたが、結局どこの宿屋もことごとく満室になっていた。この戦争に伴う人員の移動の規模を、自分は甘く見積もっていた。舐めていた、と言い換えてもいい。
(最悪、野宿かな)
同じ考えの人は多いようで、通行の邪魔にならない場所にテントが設置されているのを何回も見かけた。自分の国から出てしまえば野宿も珍しくないと、前もって準備してきた人達なのだろう。プレイヤーが普段しているように宿屋を利用することは、こちらの世界の人たちにとっては贅沢なのかもしれない。とりあえず、次が最後の宿屋だ。
「すみませーん!」
「はーい!」
自分の声に応えて、奥から女将さんが出てくる。
「あら、お久しぶり! また料理を作りに来てくれた……わけじゃないわよね」
店をよくよく見ると、以前泊まった宿屋だった。探しているときは全然見つからなかったのに、回りまわって偶然辿りついたらしい。
「ええ、自分も義勇兵として参戦することにしました。戦いが始まる日まで部屋を貸して欲しいのですが……やはり難しいですか?」
今までの状況からして空いているとは思えないが、一応聞いてみる。
「ごめんなさいね、満室なのよ……本当に申し訳ないけれど」
やはりダメか……仕方ない、野宿することにしよう。
「――だから、俺が二人部屋を取っておいた。もう少し待っても来なかったら、こちらから探しに行くところだったぞ」
む、この声は……声が聞こえてきたほうを見ると、そこにはでかい熊が一匹。
「そうか……また世話になるな、ゼタン」
そう、声の主は以前一緒に依頼に取り組んだ熊型の妖精族、『荒髪』のゼタンだった。
「気にすんな。むしろ、義勇兵として加勢してくれて、こっちが感謝するところだ」
ゼタンはそう言いながらにやりと笑う。
「ちなみに奥さんは?」
フェンリル家のミーナ嬢だったかな。
「戦争が始まったらすぐさま自慢の足で駆けて来るそうだ。今はもう、心配しなくていいくらい格段に強くなっているからな」
なるほど、夫婦で参戦するのか。
「貴族だからこそか」
「ああ、そうだ」
誰かから以前聞いた話だが――貴族は、普段は威張っていても、贅沢をしていてもいい。なぜなら、いざ国の存亡に関わる事態が起きたとき、真っ先に戦う責務があるからだ。その責務が「貴族」を「貴族」足らしめるのだ。だが残念ながらそれを実行できる貴族は少なく、だから物語では単に威張り屋の悪役にされることが多いわけだ。そう考えると、自ら戦いに来るというフェンリル嬢は「本当の貴族」なのかもしれない。
「それならなおさら活躍しないとならんなあ、ゼタン」
「全くだ。ま、腕が鳴るぜ」
が……そのために、自分から伝えておくべきことがある。
「話の続きは、取っておいてくれた部屋に行ってからでいいだろうか?」
「そうだな、水でも飲みつつ話すか」
さあ、まずは部屋に案内してもらうか。
「ドラゴンが二一匹だと!?」
「残念ながら、少なくとも、だ」
ゼタンには、自分が見た状況を包み隠さず伝えた。ゼタンなら信用できるし、もしかしたらミーナ嬢を通じて軍の上層部になんらかの作戦、もしくは対処を提案できるかもしれない。一度指名手配を食らった自分からの情報は、フェアリークィーンも公にしにくいだろうから。
「内容が内容だけに、街中では話せなかったんだ。パニックが起きでもしたら、戦争する前に負けが確定してしまうからな」
「それは正しい判断だぜ、アース。お前さんが下手打ったら、今この街は半端じゃないパニックに陥っていたぞ」
ゼタンもやはり同意見か。
「何とかこの情報を上層部に伝えられないか? 状況が状況だし、もしかしたらドラゴン族にも出向いてもらわんと、妖精国がまずいことになりかねん」
「鱗の色が灰色って点が引っかかるな……ともかく知り合いに手紙を書こう」
熊の手でどうやって……と思っていたのだが、ゼタンは空中に浮かぶペンを魔法で操って、実に流麗な文字を書いていく。なるほどな、これなら手がどうだろうが関係なしだ。
「確認するぞ、灰色の鱗を持ったドラゴンが少なくとも二一匹だな?」
「ああ、そうだ」
重ねて確認したゼタンは、二分ぐらいで手紙を書き終えた。そして、何か小言で呟くと、妙な空間が口を開けた。ゼタンはその空間に書いた手紙を入れた後、閉じた。
「後は上層部の返事待ちだな。今のうちに、軽く腹に何か入れておこうか」
ゼタンの意見に頷いた自分は、アイテムボックスから久々に【ドラゴン丼】を取り出したのだった。
「……と、最近はこんな感じかな」
二人で【ドラゴン丼】を食べながら、妖精国を後にしてからの冒険をかいつまんで話した。
「俺より無謀なことやってるんじゃねえのか……?」
それに対してゼタンは呆れるばかりだ。
「失敬な」
「いや。龍神に挑んでいる時点で十分無謀だっての」
そしてお互いに笑い出す。ゼタンの話も聞いたが、どうやら奥さんとは上手くやっているようで何よりだ。現実世界じゃ苦労話しか聞かないので、ゼタンの報告は実に心が暖まる。こちらの世界の知り合いぐらいは、ぜひつつがなく過ごしてほしいものである。
「む、返答の思念が届いた……こちらに今すぐ来るそうだ」
ゼタンが世間話を打ち切り、突然そう言い出した。
「今すぐ?」
「ああ、手紙の内容で王城が揺れた、とある。真偽の確認がとれたら、本来は他の種族にまず関わらないドラゴン族に協力を要請することになりそうだ。とにかく情報源の人物に会いたいというのと、もう一度探ってほしい、との内容になっている」
やはりそうなったか……元々敵方にドラゴンがいるという情報はあったが、せいぜい一桁だと想像していたのかもしれない。ところが蓋を開ければ二一匹だなんてとんでもない数字。それが事実ならば勝ち目はほぼないから、見間違いであることを祈ってしっかり確認しておきたいのだろう。
そう考えていると急に風が吹いて、緑の髪を三つ編みにした女性が一人、自分とゼタンの間に突然現れた。
「ゼタン、あの手紙の内容は本当なのですか!? ドラゴンが二一匹もいるだなんて、王城中枢は大騒ぎになっていますよ!?」
「俺も信じたくない。が、ネタを持ってきたのは知り合いなんだ。ほら、お前の後ろにいるぞ」
女性はゼタンの言葉に従い、こちらを振り向く。ああ、この顔は前に見たことがある。フェアリークィーンの腹心の一人だな。
「――まさか、アースさん……」
「そう、ゼタンに情報を流したのは自分だよ」
そのまま、自分が見た状況を詳しく説明した。
「――というわけだ。残念だが、自分の見間違いとは思えない。そして手紙にもあったと思うが……『少なくとも』二一匹、だ。もっといる可能性がある」
これを聞いて一層顔を青ざめさせた女性に、自分はもう一つ、話をつけ加えた。
「そこで提案なのだが……より詳しい偵察のために、風の上位妖精である貴女の力を少々拝借したいのです」
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