とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ

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8巻

8-2

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  2


 カツン。スミスハンマーを横に置く。今日もマスクの生産が終わった。
 ──ノーラから頼まれた分も作り終わったところで、マスク作りの日々を過ごすのに飽きが来ていた。毎日毎日同じものを作り続けるのは、現実世界リアルでの仕事の工場勤務だけで十分だ。
 幸いにもマスクを売る露店はちらほらと出てきていて、もう自分が作るのをやめても問題はない。実際、自分が作ったものよりそっちのほうが質がいいんだ……Defは+8とかになっていたし、特殊効果の「被クリティカル発生率低下」が「弱」じゃなくて「中」になっていたりとか。自分のは七〇〇〇グローあたりで出していたが、そういう高性能マスクは二万グローを超える(ツヴァイ達の分を五〇〇〇グローにしたのは友達価格である)。
 とりあえず露店を設置し、但し書きに「売り切れた時点で私のマスク店は閉店となります、以後は他のお店でお求めください」と残しておく。
 流通するグローの総量はゲーム開始時と比べると大幅に増えていて、駆け出しの人でもなければ二万グローもぽんと出せる金額になりつつある。だから専門の人が高品質の品を提供し始めたなら、自分はさっさと撤退したほうがいい。変にねばっても売れ残るだけだし。
 マスクを作ったことでそこそこ生産スキルは上がったし、スキルLv上げ第一で稼ごうとは考えていなかった当初の予定からすれば、ここまででも十分すぎる成果を得たと言える。
 最後に、ノーラにマスクを渡してもう終了にしよう。フレンドリストを確認すると、今のところログインしていなかった。他のゲームならばメールでアイテムを送ればいいところだが、ここにはまだその機能がない。妙なところで不便なのは故意なのだろう。あまりに全ての面で便利過ぎると、かえって世界が小さく、つまらなくなるから。
 とりあえずノーラがログインするまでひまを潰すかと思って街を歩くと、以前の大過剰密集トレイン事件の指名手配ビラから、三人のうちの一人の顔が消えていた。これはもしかして……
 こういうときは事情を知ってそうな人から直接話を聞くのが早い。ちょうどビラを張り出していたお店の人に声をかけてみる。

「申し訳ありません、ちょっとよろしいでしょうか?」
「はい、いかが致しましたか?」
「こちらのビラ、一人は顔が消えたようですが……もしかして逮捕に成功したんでしょうか?」

 質問を聞いた店員さんは、「ええ、そうなんですよ! これで少しは安心できますよ」と答えてくれる。

「昨日の夜、犯人が妖精国に逃げようとしていたところを、衛兵さんと手伝いの龍人さんや冒険者さんが協力し合って見事に捕縛したって話ですよ! 犯人はサーズまでしょっぴかれて罪状に間違いがないかただされ、即座に処刑されたそうです。この調子で残りの二人も早く捕まってほしいところですよね!」

 そうか、処刑されたから……顔が消えているんだな。処刑という結末を迎えたこのプレイヤーは、今はどうなっているんだろうか? アバター完全抹消? スキルロスト? 本人との付き合いなどなかったので話を聞くこともできない。
 ──それに、それを知ったところでどうする。それこそただのつまらない好奇心、野次馬根性と大差ない。とにかく悪事を行った人物がそれ相応の刑に処された、それだけ分かればいいではないか。無駄に首を突っ込む必要はどこにもない。

「そうですね、残りの二人も早く捕まってほしいものですね」

 一般市民からしてみれば、大量殺人未遂をやらかしたこいつらは、ただの恐怖の象徴でしかない。本当に居るんだか分からない世紀末の恐怖の大王……これも今となっては古い話だが、そんなものよりもよっぽど身近な恐怖だろう。
 そんな人間が自分のところに来やしないか、暴走して自分達に武器を振り下ろしてきやしないか……その恐怖は全員が捕まって、このビラが剥がされるときまで続くのだ。
 それに衛兵さん達だってそれまで警戒状態を解けず、疲れるはずだ。早く元の状況に戻るためにも、早く解決してほしい。


 お店の人に情報のお礼を言って離れたところで、ノーラがログインしていることを確認した。早速ウィスパーを入れる。

【ノーラ、ご注文のマスクが用意できた。今から渡しに行っても問題ないかな?】
【あ、出来たの! じゃあ昨日と同じくうちのギルドエリアでお願いね!】

 了解、と答えてウィスパーを切る。少々小走りでギルドエリアを目指し、中に入る。

「こんばんは、ノーラ」
「こんばんは。じゃあ早速で申し訳ないんだけど見せてもらえないかな?」

 ノーラの要望に応えてマスクを出す。今回はカザミネ用に作ったような手の込んだものではなく、普通の形状だ。

「一応今着けてみてほしい。重量をできるだけ軽くしたが、しっくり来ないなら調整を入れる」

 言われた通りにすぐノーラはマスクを装着し、使い心地を確かめる。

「うん、ありがと。これぐらいの重さなら動きを妨害されることはなさそうね」


 調整がうまくいっていて何よりだった。

「なら、問題はないようなので、そのまま使ってくれればいいよ。マスクを売る露店もちらほらと出てきているし、これで自分がマスクを作るのはお終いかな」

 〈上級木工〉のスキルLvを上げる手段をまた考えなくてはならないな。

「あーうん、確かにマスクを売るお店が増えてきているわね。稼ぎ時と見ているのかけっこうなお値段がするけど、まあまだ気楽に払える範疇はんちゅうだわ。サーズの山道ダンジョンで戦っているような人達からすればの話だけど」

 だろうな、きつい場所には相応のリターンがなきゃいけない。キストラップだけじゃなく、落下死の恐怖が常に付きまとう山道ダンジョンだが、行く人が減ったという話は聞かない。危険度の高さ相応に美味おいしいのだろうな、金銭的にもスキルLv上げ的にも。

「ノーラはこれからサーズに行くのか?」
「そうね、マスクも貰ったし。ああ、代金はこれ……」

 ノーラから代金を受け取ろうとした瞬間――カンカンカンカーン! カンカンカンカーン! とかねの鳴り響く音が聞こえてきた。

「何事だ!?」
「何事!?」

 自分とノーラが同時に叫び、そしてお互いに顔を見合わせる。


 ──緊急警報、緊急警報! 中央役場より対象者全員に対し、強制的に音声を流しています! この警報はファスト、ネクシア、サーズに存在する全ての人に対する警報です。繰り返します、ファスト、ネクシア、サーズに存在する全ての人に対する警報です! 我々中央役場でも全ての状況を把握できておりませんが、現在ファスト、ネクシア、サーズの街に対して攻撃を仕掛けようとモンスターの大集団が侵攻中であることが確認されました! 各街の全衛兵は直ちに防衛状態に移行してください! 住民の皆さんは至急家の中に入り、できるだけ防御を固めてください! 冒険者の皆様は、実力に自信があるのであれば防衛に参加を、自信がなければ宿屋などに入り、出歩かないでください! 全ての街道はモンスターが迎撃されるまでの間、衛兵、ならびに協力する冒険者専用と致します!――


「──突発イベントかしら?」
「──街襲撃イベントはある意味、MMORPGでのお約束だが……どうする?」
「どうするって、ここに引っ込んでいるわけにはいかないでしょ? あたしも、君も」
「もっともだな。じゃあノーラ、ここでパーティPTを組んでおこう」
「そうね。ツヴァイ達はサーズの防衛に回るって、ギルドチャットで伝えてきたわ」
「了解した。倉庫に行けるのは今のうちだけだと思うが、行く必要はあるか?」
「ないわね」

 ノーラと臨時PTを組むと、早速前線に出るために動き始めた。ギルドエリアから出ると、走り回っている衛兵を見つけ、防衛戦に参加したいという意思を告げる。

「そうか、ではこちらに来てくれ! 人手不足で手薄になっているんだ!」

 そのまま先導されて、戦場へと向かう。唐突に始まった襲撃……ただのイベントなのか、それともまたゲヘナクロス教国のようなアホが動き出したのか……?


     ◆ ◆ ◆


 案内された先はファストの街の北門だった。
 ファストは東に龍の国、南にネクシア、西にサーズがあり、それぞれの門を崩してバリケードを築いてしまうと後々の通行への影響が大きい。しかしここ北門の先はまだこれといってどこかに繋がっているわけでもなく、人通りも少ないため、最悪の場合はバリケードにすることも辞さないそうだ。その代わりに、他より人数を割けないという事情らしい。衛兵さんはそう教えてくれた。
 実際、北門に居るのは大半が冒険者だ。人族、龍人族、妖精族に加えて、数名のエルフも見かける。目が届く範囲でそれぞれの武器を確認すると、衛兵さんは槍と剣、龍人さんは大半が大太刀でたまに斧使いがちらほら、妖精さんは弓や片手剣と杖、エルフさんは全員が弓だった。前衛が七に対して後衛が三、といった割合だろうか。

「じゃあ、あたしはアタッカーとヒーラー兼任で前線に行くから」
「了解。自分は基本的に中衛から後衛のスタンスだから、ここに居るよ。あまりPTを組んだ意味がないなぁ」
「味方が予想より大勢だったからね……まあ、とりあえず後でね」

 ノーラと軽く会話を交わしてから、戦闘準備に入る。愛用の【双咆そうほう】を構え、矢の状態を確認し、軽く首を回して緊張をほぐす。集中するにはガムでもあればいいんだがなぁ。
 と、敵モンスターの偵察に出ていたと思われる一人の盗賊風の男性が、衛兵の隊長に報告している様子が窺えた。衛兵の隊長はその情報を整理した後、北門の守りに就いている全員にこう告げた。

「勇気ある斥候せっこうの活躍により、敵主力は多数のオーガであると判明した! そしてそのオーガをまとめているのは、上位モンスターのオーガリーダーと見られる! オーガは筋力、腕力に物を言わせる戦闘が得意だが、それに付き合う必要はない! 奴らの間合いの外から槍で突くなり矢を射るなりするように! 防御を得意とする者は積極的に前に出て、オーガ達の足を止めよ! オーガリーダーは自然治癒力の高い難敵ではあるが、五匹程度しかおらぬらしい。また、火で肌を焼けばその治癒スピードも大幅に鈍くなる! 火の魔法を扱える者はオーガリーダー用に魔力を温存するようにしておいてほしい!」

 山道のダンジョンに生息するはずのオーガが、なぜこっちに来るんだ? イベントだからといってしまえばそれまでではあるが。わざとトレインさせるには無理がある存在だから、指名手配犯の残り二人がヤケを起こしたというセンは消えたし。
 いや、今そんなことを考えても仕方ない。戦闘に入る前に、PTチャットでノーラに質問をしておこう。

【ノーラ、戦闘直前にすまない。オーガの弱点は大体人間と同じと考えていいのか?】
【そうね、顔を狙えばいいわ。自信があるなら首でもいいけど……逆に、体は筋肉のかたまりだから、突き刺すよりも斧なんかでぶん殴るほうが有効みたい。前にツヴァイが両手剣で突きを入れたことがあるんだけど、ほとんど刺さらなかったわ】
【了解、いい情報をありがとう】
【お互い頑張りましょ】

 ツヴァイの突きでも効かないとなると、弓を使う自分では顔への攻撃以外でダメージを与えるのは難しいと考えたほうがいいだろう。幸い前衛の人数は多いのだから距離は取れる。しっかり狙ってヘッドショットを喰らわしていかないとな。
 それから二分ぐらい経った頃だろうか。ズシンズシンと足音が聞こえてきた。その大きさから、相当数のオーガが襲いかかってきていると容易に予想できる。〈百里眼〉で確認してしまえば一発なのだが、どうせこっちに来るのだ。無駄なマジックパワーMPの消耗は避けるに限る。

「総員、迎撃準備! 無駄に命を散らす必要はないが、奴らを街に入れてはならんぞ!」

 隊長の声で、北門防衛に就く皆が一斉に武器を構えた。もちろん自分も、初手は広範囲攻撃で足止めすべく、弓のアーツ《スコールアロー》の発動準備を終えている。後はオーガ達が射程内に入ったところでブチかますだけだ。

「後衛部隊は、敵の先頭部隊にそれぞれの方法でキツイ一撃をくれてやれ! 前衛部隊はその一撃で向こうがひるんでいる間に前進し、各自討ち取れ! 傷を受けたら早めに退避し、回復の支援を受けよ! 前衛が崩れれば後衛が、そして街が危険にさらされる! よいか、死なずに持ちこたえよ!」

 隊長からの指示が次々と飛び、あちこちから「オウ!」とか、「了解!」などと声が聞こえる。そしてこの間にも足音はより大きくなってきて……やがてついに敵が姿を見せ始めた。次から次へと、これでもかと言うように林の中からぞろぞろ溢れ出してくる。
 その光景はまるで黄土色の壁が迫ってくるようにも見えた。オーガ達は上半身裸で、それぞれ棍棒やハンマーなどを持っている。人ならば両手でないと扱えないほどのサイズのそれらを片手で軽々と振り回している時点で、オーガの並外れた筋力がよく分かる。

「後衛部隊は、最初の一撃だけは私の合図で仕掛けよ。その後は各自遠慮なく攻撃を加えて構わぬ!」

 この隊長の声を聞いたからかは分からないが、オーガ達は一斉に街に向けて走り始めた。足音がより一層強く響き渡り、地面は小さな地震が引き起こされたかのように揺れて、映画のワンシーンを思わせる迫力があった。

「後衛部隊、攻撃放てえ!」
「《アースクエイク》!」「《エクスプロージョン》!」「《ソニックハウンドアロー》!」「《スコールアロー》!」「《ハイ・トルネード》!」「《ファイアウェーブ》!」「《グラヴィティエリア》!」「《アイシクルパレッド》!」「《フレイムランスガトリング》!」「《ニードルレイン》!」

 様々な魔法とアーツが乱れ飛び、敵の先頭部隊を吹き飛ばして光の塵へと変える。しかし、そんなことなどお構いなしにオーガの集団はこっちに迫ってくる。

「前衛部隊、前進せよ! 各自オーガの足を止めろ! 後衛部隊は味方を巻き込む攻撃は控えよ! 魔法は奥の集団に向け、弓は前衛の支援を行え!」

 そこからこちらの前衛とオーガ達との押し合いが始まった。オーガの一撃をまともに食らって吹っ飛ぶ人もいれば、逆にオーガを吹き飛ばす人もいる。魔法使いはそんな衝突が起こっている場所の少し奥に魔法を放ってダメージを積み重ね、自分を含めた弓部隊はオーガの顔を狙って次々と矢を射る。自分の命中率は三、四割といったところか。肩や胸に当たって簡単に弾き返されるのがもう三割で、残りは完全に外している。激しく動いているので狙いが定まりにくいが、泣き言を言っていてもしょうがないので、とにかく手数でカバーする。

「傷ついた者は下がれ! 治癒能力持ちの者は急いで治療を行え!」

 めまぐるしい戦闘が広範囲にわたって行われているため、隊長は指揮を下すタイミングにかなり苦慮している様子だった。おそらく彼としても、ここまで大掛かりな戦闘を体験したことはそうそうなかったのだろう……ちっ、また矢が外れた。

(こんな状況で不謹慎ふきんしんだが、少し実験をしてみるか)

【双咆】にMPをささげて、八割の力で矢を放つ。矢を放ったときに出た派手な音で周りの弓使いの人達を驚かせてしまったが、これならオーガの体部分にも深々と突き刺さった。

「そんなに大きな音が出るのなら、撃つ前にひと言言ってくれよ!」

 近くに居たエルフの男性に怒られてしまった。すまない! と返答して次の矢を放つ。MPの消費を考えると乱発はできないが、どうしても止めたいオーガが出てきたときには使える攻撃だろう。ぶっつけ本番では不安があったからな……
 それにしてもこの【双咆】、全体から見れば二流から三流の間に過ぎない自分が作ってこの性能である。素材と会話できるような一流職人に作ってもらっていたら、一体どんな品になったのだろうか?
 こちら側の猛攻を受け、オーガは次々と倒れていくが、黄土色の壁はまだまだ健在。残念ながらこちらの前衛にも死亡者が出ている。そんな一進一退の状況に更なる一手を打ってきたのは……オーガ側だった。

「オーガリーダーが一匹、前に出てきたぞー!!」

 前衛からの絶叫に近い報告で、全軍にざわめきが走る。そして次の報告で、特に自分の居る後衛側が一斉に焦ることになった。

「後衛全員に注意! オーガリーダーが馬鹿でかい岩を持ち上げて投げようとしている! お前達を狙っている可能性が高いぞ!」

 前衛が崩れないのは、後衛がちょっかいを掛けているからだと判断したのだろうか。だとすると、オーガリーダーはオーガよりはるかに頭がよいようだ。

「後衛は散開せよ!」

 隊長が指示を飛ばすが、後衛組はかなりぎっちりと並んでしまっている状態なので、そうするには少々時間が必要だ。そして結局は回避行動を終える前に、数人まとめて簡単にプレスされるぐらい大きな岩が、容赦なく飛んできたのだった。

(させるか!)

 飛んでくる岩を確認した直後、自分はとっさにMPをガツンと捧げて全力で【双咆】のげんを引く。それから十分にひきつけて――《ソニックハウンドアロー》を放った。
 ウオオオオオォォォーーーーンン!!!! と派手な龍の咆哮ほうこうが響き渡り、放たれた矢は岩の中央をぶち抜いた。そこに《ソニックハウンドアロー》による空気振動の効果も加わって、岩はだいぶ砕けてくれた。
 一方、発射の反動を受けた自分は、地面にめり込むような形になってダメージをくらい、ヒットポイントHPが三五%ぐらい一気に減ってしまった。また他にも数名が降り注いだ岩の破片によっても軽傷を負っていた。だが、即死者を出すよりマシだと考えて取った行動なので、今回は許してほしいものだ。幸い回復魔法が使える魔法使いが近場に居て、皆すぐに治療してもらえた。

「力任せとはいえ、後衛に直接攻撃してくるなんて……困ったわ」

 妖精の魔法使いが漏らした言葉は、後衛組全体の本音だろう。前衛に防御を任せて大ダメージを与え続けるという後衛の得意技が、一気に難しくなってしまった。そんな状況下で、防衛戦はまだまだ続く。

「前衛へ、先ほどの岩攻撃への対処は成功した! 後衛の被害は幸いにして大きくない! だが後衛からはオーガリーダーの姿を視認しにくい。前衛で気がついた者が居れば、大声を上げて警告を発してほしい!」

 指揮官がそう通達すると、すぐさま了解の意思を伝える声が前衛の人達から返ってきた。前衛も後衛も持ちつ持たれつ、どちらが偉い、とかはなく、どちらも偉いのである。勝利を得るためにはどちらが欠けてもいけない。お互い最大限の協力をし合うほうが、結果はよくなる。軍隊のような組織だった訓練はしていなくても、冒険者はPTを組んで行動することでそれを理解しているのだ。

「後衛は今のうちに散開し、岩攻撃を回避できるだけの間合いを空けよ! あのような大岩に潰されたら即死だぞ!!」

 隊長に言われるまでもなく、後衛の皆は必死で散開し、ある程度の空間を確保した。もちろんその後は、魔法や矢による攻撃を再開する。先ほどの大岩へのお返しとばかりに、より高位の魔法が目立つのは気のせいではないだろう。
 オーガ達がひしめき合う場所で火が舞い、氷が落ち、風が切り裂き、土が貫く。オーガ達は数が多すぎることが災いし、回避もできず次々と倒れては消えていく。

「後衛に負けるな! 俺達ももっと多くの首をねるんだ! 頭を潰せ、切り落とせ! そしてオーガの集団を押しつぶしちまえ!」
「「「「「おおおおおおっ!!!!!」」」」」

 苛烈かれつになった魔法攻撃が前衛の士気を高めたようで、誰かの呼びかけをきっかけに、前衛はオーガの軍団を目に見えるくらいに押し始めた──しかし今の声には聞き覚えがあったな……どこで聞いたんだ? 声の主が妙に気になって、おなじみ《大跳躍》と《フライ》の上空跳躍コンボを使って戦場の最前線を見下ろしてみる。
 ぶっ潰せ! と周りを鼓舞こぶしながら最前線で戦う黒い甲冑の男は、片手剣と盾を構えてオーガを次々とほふっていく。上手いな、あれは上位プレイヤーの一人に違いない。たまたまファストに滞在していたのか。それにしてもあの剣のえ……まさかあいつはグラッドか?
 前衛の戦いぶりに見とれてばかりもいられないので、奮闘する前衛より少し奥を狙って上空から矢を射ることにする。【双咆】にMPを捧げてから、貫通力にひいでる【ツイスターアロー】の矢をつがえて弦を八割まで引き、アーツ《アローツイスター》を発動した。同時に【双咆】の特殊能力である「龍の軍隊」が久々に発動、四匹の小さな龍が矢に追随してオーガの集団を次々と貫いていき、かなりのダメージを与えられた。
 それをチャンスと見た前衛が、次々とオーガを斬り裂いていく。それを確認した自分は地面に着地して、また元のようにオーガの頭の狙撃を始めた。アクロバットな攻撃を連発すると、すぐにMPが尽きる。【ピカーシャの心羽根こころばね】などの強烈な装備があっても、そればかりはどうしようもない。何せ自分はMP自体が少ないのだから。
 最初はたくさんのオーガで壁が出来ていた北門前だったが、後衛の魔法や弓矢に始まり、前衛の勢いづいた攻撃の影響もあっていつしか壁には亀裂きれつが入り、ほとんどが駆逐くちくされた。
 時たま後衛にまで大きな岩が飛んでくることもあったが、散開していたおかげでそうそう当たるわけもなく、落ち着いて対処できた。
 ここまで戦況が傾けば当然、向こうはボスが出てこざるをえなくなる。前衛から「オーガリーダーが前に出てきたぞ!」との声が響くと、戦場全体に緊張が走った。
 多数の敵を倒してきた結果、前衛後衛共に疲労が蓄積ちくせきしているし、「リーダー」や「キング」の名を持つモンスターはその肩書きに負けない高い実力を備えている。

「後衛で火を扱える者は少し前へ! オーガリーダーの肌を焼いて再生能力を下げさせ、前衛を援護するのだ!」

 隊長の指示に従い、数人が次々と前に出て炎を浴びせかける。向こうも盾やモーニングスターのようなトゲ付き鈍器で飛んでくる魔法を防ごうとする……が、さすがに数の暴力には負けて、五匹の内の二匹が被弾して炎上した。

「今だ、炎を受けたオーガリーダーに集中攻撃を加えよ! 肌が焼けただれている時間はそう長くない! 回復される前に討ち取るのだ! 炎に耐え切った奴には防御に優れる者が対応し、連携を分断せよ! 二匹討ち取れば勝ちが見えるぞ! 後衛の炎使いは引き続きオーガリーダーへ攻撃を! それ以外の属性を扱う魔法使いや弓使いは残りのオーガを始末するのだ!」

 少なくなったとはいえ、オーガを完全に駆逐し終えたわけではない。その腕からくり出される一撃をもろにもらえば、重装備の人でも危険なのだ。未だこっちの士気が高いのが救いだが、決して油断はできない。後衛である自分達が少しでも数を減らしてやって、前衛の負担を軽減する必要があった。
 氷、風、土の魔法、そして矢が次々と放たれる。前衛の奮闘も手伝って、敵は次々と減っていった。すると僅かながら、全体に心理的余裕が出てきた。治療を受けて前線に復帰するサイクルも慌てた印象が薄らいでいる。HPが七割ぐらいまで回復したら復帰せざるをえなかった戦闘序盤に対し、今は九割まで回復してから戻る感じだ。


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