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10巻

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 2


 翌日のログイン後、エルとルイさんにPTチャットで連絡を入れて、今日の探索はお休みしようと伝えた。実は緊張から少し疲れが溜まっていたというエルがすぐ賛成し、そんなエルを休ませたかったらしいルイさんも同意してくれた。ということで今日は一切戦闘行為をせず、のんびりと過ごす日に決定。
 PTチャットを閉じた自分は宿屋から出て、食材店に向かった。購入するのは薄力粉とベーキングパウダー(のようなもの)に加えて、しいたけに近いきのこ、ねぎの代わりとなるリドとお肉だ。
 十分な量を購入してから宿屋へと戻った自分は、宿屋の主人に一つ頼み事をしてみた。

「いきなりの要望で申し訳ないのですが、調理場を貸してもらえないでしょうか?」
「ああ、料理がやりたいのかい? ならば五〇〇グロー支払ってくれれば開放するよ」

 申し入れはあっさりと通った。なんでも自分のように料理を作りたがる人は時々いるので、有料で開放する方針を採っているらしい。もちろん、朝や晩などの調理場が忙しい時間帯は除くとのこと。
 早速使用料を払って、調理場に入る。結構大きくて立派だな、これならばのびのびやれそうだ。買ってきた食材を並べて、調理開始。
 まずは生地作り。薄力粉とベーキングパウダーをボウルに投入し、へらでまぜまぜっと。しっかり混ざったことを確認したら砂糖を少々入れて、ぬるいお湯を少しずつ足しながら、さらにボウルの中身を混ぜ合わせていく。このとき、お湯の入れ過ぎでべたつかないように十分気をつけなければいけない。

「む、まだ硬すぎるかな……?」

 時々自分の耳たぶと比べて硬さを確かめながら、作業を続ける。当然、耳たぶに触れた手は都度洗い直す。
 耳たぶと同じくらいになったところでお湯の投入を止め、ここからは手を使ってよくこねる。粉っぽさが抜けないと美味しくなってくれないので、サボらずにしっかりと根気よく。そうして生地との格闘を終えたら、ボウルに蓋をして〈料理〉スキルのアーツ《料理促進》を使ってからしばらく寝かせる。
 次は、生地の中に入れる具材の製作にかかる。きのことリドはみじん切りにして、お肉は包丁で細かく切って叩いてひき肉にする。それらを生地とは別のボウルに入れた後、塩コショウ、ごま油、片栗粉、お酒に醤油といった調味料などを投入して粘りが出るまでしっかりとこね合わせる。このとき、均等に混ざらず場所によって味がしなかったり逆に濃かったりムラがあると、美味しさがそこなわれてしまうので注意すべし。
 上手くいったら、ここで先に作っておいた生地の様子を確認する。

「ふむ、この様子なら大丈夫かな?」

 《料理促進》のおかげか、具材と格闘していた数分の間に生地はだいぶ落ち着いたようだ。これを適当な大きさにちぎり分けて、麺棒を使って丸く平らにならす。うどんのときもそうだったが、リアルでやるときは台座や麺棒にくっつかないように薄力粉を軽くつけてやらないとダメだからね? 
 生地を大体直径一〇センチぐらいの皮にしたら、上に具材を載せて、生地の端をつまんでひだを寄せていく。具がこぼれないように生地で器を作るイメージだ。皮も具もたくさん作ったので、この単純な作業にも結構時間が掛かる。
 このちまちまとした作業が終わったら、今度はひだを寄せ集めて上でねじって留めることにより、具を完全に皮の中に閉じ込める。これでようやくおなじみの形となった。さらに下にクッキングシートもどきを敷くと、よりそれっぽくなる。

「さて、あとはガンガン蒸し上げる、と」

 目いっぱいお湯を沸かし、十分な湯気を確保してから今回の製作物――「肉まん」を蒸し器の中に並べて、その上には布巾ふきんを被せておく。
 本来はこのまま二〇分蒸すのだが、これだけ大量に作るとなると、そんなに時間を掛けていたらいつ作業が終わるか分からない。ここでも《料理促進》で蒸し時間を大幅に短縮することにした。



【肉まん】

 熱々の美味しい肉まん。特に寒い地方に出かけるときに持っていくと役に立つかもしれない。
 効果:冷気抵抗効果(弱)
 製作評価:8



 試食すると、なかなかに美味しく出来ていた。これならば人に食べさせても問題はないだろうと思うが、どうだろう。一つでそれなりにお腹がふくれるし、クッキングペーパーもどきを剥がして口に運ぶだけだから手軽にすばやく食べられる。昨日は開けた場所があったからのんびり食事できたものの、毎回そんな幸運に恵まれると考えてはいけない。
 そう、昨日と一昨日歩いた感想としては、エルフの森は幻惑が掛かっている影響で一種のローグライクダンジョンめいて毎回形が変わるようになっている感じだった。ならば毎回休憩はここで行おうと決めない方が賢明だ。
 しかしだからといって、何も食べずに長時間戦闘を続けるわけにもいかない。そういうときにおにぎりという携帯食は本当に優秀なのだが、手持ちのお米の量が少ないので、エルフの村でも手軽に買える小麦粉を使った料理を作りたかったわけだ。パンを焼いてサンドイッチにする手もあるものの、そればっかりだと飽きるという問題がある。


 きちんと綺麗きれいに調理場の後片付けを済ませ、〈料理の経験者〉スキルを控えに入れてから、宿屋の主人に終わりましたと報告する。すると、何を作ったんだい? と聞かれたので、答え代わりに一つ肉まんをサービスした。
 それを受け取った宿屋の主人は、早速ほふほふと口に入れ、

「こいつは熱々で美味いな。しかも手軽にすぐ食えるのがまたいいな」

 と、こちらの狙い通りの感想を言ってくれた。
 また調理場を使いたいときは言ってくれよ、との言葉を頂いた後で自分の部屋に戻り、エルにPTチャットを飛ばす。

【エル、今ちょっといいかな?】
【あ、アース君か。どうしたの?】

 エルの状況を確認すると、ルイさんの家の掃除が終わったところらしい。これからちょうどお茶の時間になるというので、いったんこっちに来てもらうことにした。
 ルイさんの家の場所を聞いてこっちから出向くということも考えたが、家まで行く→ちょっとお茶でもと誘われる→なし崩し的にご宿泊決定→トラブル発生……! というパターンの可能性を考えて却下したのだった。

「とりあえずこんな物を作ってみたので、試食してほしいと思ってね。自分でも試食してそこそこ美味しいとは思ったんだが、他の人の意見も聞きたいからね」

 そうひと言添えて、エルに肉まんを四つほど持たせる。結構肉まんってお腹に重たいし、お茶請けとしては二つもあれば十分だろう。

「新しい料理かぁ……じゃあルイと一緒に食べてみるね、ありがと」

 そう言って帰っていくエルを見送ってから、宿屋の個室でログアウト。
 エルとルイさんの感想次第では、具材を考え直さないといけないな……



【スキル一覧】

 〈風迅狩弓〉Lv14 〈剛蹴〉Lv24 〈百里眼〉Lv24 〈技量の指〉Lv8(←1UP) 〈小盾〉Lv23
 〈隠蔽・改〉Lv3 〈武術身体能力強化〉Lv40 〈スネークソード〉Lv43 〈義賊頭〉Lv19
 〈妖精招来〉Lv5(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
 追加能力スキル
 〈黄龍変身〉Lv4
 控えスキル
 〈上級木工〉Lv32 〈上級薬剤〉Lv21 〈釣り〉Lv2 〈料理の経験者〉Lv10(←1UP) 
 〈鍛冶の経験者〉Lv21 〈人魚泳法〉Lv12
 ExP30
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 
    託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
    人魚を釣った人 妖精国の隠れアイドル
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人



 3


 肉まんを作った日から数えて、リアルの時間で一週間ほどが経過した。
 この一週間は毎日エルフの森に入り、森の中における戦闘の感覚を掴む訓練を続けた。ルイさんはもちろんとして、自分もエルも森の浅い場所での戦いにはほぼ完璧に適応し、モンスターとの一対一でも落ち着いて戦えるようになった。自分のスキルLvはあまり上がっていないが、プレイヤーとしては大きく進歩しただろう。

「どうやら魔物のおかわりは来ないようっすね、おつかれさまでっす!」

 そして大きく変わったことといえばもう一つ、ロイドという若い男性エルフがPTに参加したことが挙げられる。
 なんでも、そろそろお前も訓練で得たことを生かして森の中でも戦えるようになれ、と親に言われたらしい。ちなみにもう立派な青年であり、一部の女子が望むようなショタっ子ではない。
 といってもさすがに一人では不安だったため、村の中でも強いルイさんを頼ってきたそうだが、ルイさんはすでに自分のPTに参加していたので、同行してくれという彼の頼みを拒否。すると、それならば自分もそのPTに交ぜてもらえないか、と言ってきた。自分達も、そろそろもう少し森の深いところに行くか? と相談していたところだったので人手は多い方がよく、三人で話し合った結果、ロイド君のPT加入を認めることにした。
 ロイド君は水魔法による攻撃と治癒ができ、しかも短弓、狩弓、長弓の全てを使いこなす。弓についてはプレイヤーには絶対不可能な、エルフの特権だ。
 一方で、この一週間エルフの皆さんを観察した結果、エルフは弓に秀でる代わりに重量がある近接武器を持てないのではないだろうか? という結論にたどり着いていた。実際近接武器である剣を持つエルフは結構いたが、大半がショートソードで、両手剣どころかロングソード以上の重量武器はまったく見なかった。
 おそらく妖精にも、龍にも、獣人にも、魔族にも、専用の特性があるんだろう。

「お疲れ様。森の浅い場所ならみんな問題なく動けるようになったわね」

 このPTで最強のルイさんからのお墨付すみつきも頂けた。
 ちなみに単純な強さで順位付けすれば、ぶっちぎりの一位がルイさん。そこからかなり差が開いて二位がエル、三位がロイド君、ビリが自分だ。ロイド君はここ数日森で戦ううちに見る見る実力を伸ばして、あっという間に自分を追い抜いたのだった。ただしこのランキングに色々な状況への対応力やからめ手のレベルを足すと、自分が二位に上がってくるのだけれど。

「しかし、今日はよくモンスターに出くわすな。森のどこかで大量発生でもしているのか?」

 初日は一匹、二日目は一〇匹少々。しかし今日は五〇匹以上を超えていて、それ以上はもう数えていない……
 自分と同じ感想を、ルイさんもロイド君も抱いていたようだ。

「確かに異様に多いわね。近いうちに、大規模な討伐指令がエルフ全員に出ると考えて間違いないいわ」
「皆さんのPTに入れてもらえて助かったっすよ……いきなり出たとこ勝負で臨時PTを組めるほどの実力は、僕にはないですし」

 二人の発言を受けて、ルイさんが自分に補足してくれる。
 エルフの長老からモンスター討伐指令が出たら、若過ぎたり年老いていたり大怪我で動けなかったりと幾つかの例外を除いて、村にいるエルフは絶対に参加しないといけない。
 その際、普段ソロで活動しているエルフでも絶対にPTを組んで戦いにのぞむ。これは瀕死ひんしにまで追い込まれたときに蘇生薬を飲ませてもらうなど単純に助け合うためであり、義務となっている。そして普段から人付き合いが少ない(自分のようなタイプね)エルフは、そういった者同士で強制的に組まされるそうだ。
 過去には、そんなことは面倒だと言ってソロで大規模討伐に向かった結果、そのまま二度と帰って来なかったエルフもかなりいたため、今はPTを組まされることに不満の声は出ないとのこと。いつもソロ活動中心のルイさんも大討伐の際は必ずPTを組んで挑んでいた、と本人からのお言葉もあった。

「なるほどね、その大討伐の指示が下されたら、このメンバーで挑むことになるわけか……確かに気心が知れている人と組んで戦う方がいいよな」

 自分が感想を言うと、ロイドくんが「その通りでっす! だから本当にPTに入れてくれて感謝してるっす!」と力説していた。かなり心細かったのかもしれないな……何せ自分のようなプレイヤーと違って、こちらの世界の人は死んだらそこまで。一度の負けが全ての終わりを告げるのだから、彼らが戦闘に挑む姿勢は真剣そのものだ。もちろん自分も真剣に戦っているが、間違いなくそれとはかけ離れたレベルにある。
 そんな状況下では、少しでも信頼できるPTメンバーを得られるかどうかが生死に直結する。知らない人とのPTは連携の問題もあるが、何より不安なのは「いざというときに背中を預けられるか?」だろう。「死人に口なし」と言うし、故意に見捨てられたとしても死んだら糾弾も何もできない。本当にどうしても助けられない状況もある故に、その場にいなかった他人が後からどうこう言うのも難しい。

「アース君はあくまで善意の協力になるけど、私達には参加する義務がある。大討伐前に少しでも経験を積んでおいた方が、生き延びられる可能性は間違いなく上がるわ。今日はここら辺で引き揚げるとして、次からはもう少し深い場所で戦うことにしましょう」

 ルイさんは自分のためにあえて口に出して教えてくれたのだろう。エルとロイド君はその言葉に頷いている。

「協力できるタイミングだった場合は必ず参加させてもらうよ。そのためにももう少し強くなっておかなきゃね……」

 今日のモンスター遭遇数から考えれば、その日がやってくるのは決してそう遠くはないと分かる。しっかり準備しておこう。

「で、アース君」

 そんなことを考えていた自分に、ルイさんが話しかけてきた。

「そろそろ軽く食事を取りたい。肉まん頂戴」

 その極端な温度差に、自分はガクッと肩を落とす。シリアスな雰囲気が一瞬の内に微塵みじんですよ……
 そんなこちらの心境などお構いなしに、ルイさんはかわいい手をひらひらさせて肉まんを要求してくる。その手に肉まんを載せると、彼女はすぐにクッキングシートもどきを剥がしてはむはむと食べ始めた。

「私ももらえるかしら? ルイ、お茶を出して」
「すみませんアースさん、僕にも一つ頂けると助かります」

 と、エルやロイド君も要求してくるので、二人の手に肉まんを置いてあげた。いつ出しても作りたての熱々を食べられるアイテムボックスの性能は、ある意味最大のイカサマだろう。これなくしてこんな風に他人に料理を提供することは難しい。
 この後も軽く探索を続けた後、村に帰ってモンスターの素材を売り払い、得たお金を均等に配分して今日の活動を終了した。



【スキル一覧】

 〈風迅狩弓〉Lv16(←2UP) 〈剛蹴〉Lv27(←3UP) 〈百里眼〉Lv25(←1UP) 
 〈技量の指〉Lv9(←1UP) 〈小盾〉Lv25(←2UP) 〈隠蔽・改〉Lv3
 〈武術身体能力強化〉Lv42(←2UP) 〈スネークソード〉Lv46(←3UP) 
 〈義賊頭〉Lv20(←1UP) 〈妖精招来〉Lv5(強制習得・昇格・控えスキルへの移動不可能)
 追加能力スキル
 〈黄龍変身〉Lv4
 控えスキル
 〈上級木工〉Lv32 〈上級薬剤〉Lv21 〈釣り〉Lv2 〈料理の経験者〉Lv10
 〈鍛冶の経験者〉Lv21 〈人魚泳法〉Lv12
 ExP30
 称号:妖精女王の意見者 一人で強者を討伐した者 ドラゴンと龍に関わった者 
    妖精に祝福を受けた者 ドラゴンを調理した者 雲獣セラピスト 人災の相 
    託された者 龍の盟友 ドラゴンスレイヤー(胃袋限定) 義賊
    人魚を釣った人 妖精国の隠れアイドル
 プレイヤーからの二つ名:妖精王候補(妬) 戦場の料理人

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