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間章 ゲームオーバーへのカウントダウン

間話 ゲームオーバーへのカウントダウン

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「……ここは」

 ジャックが目を開けると、そこは暗闇の世界だった。
 完全に闇に覆われているわけではなく、全体に小さな光の点が散らばり、そこから光が発せられ、空間を照らしている。
 地面を見ると、透明な地面が広がり、その下には底が見えない黒い闇が覆っている。
 まるで夜空に浮かんでいるような錯覚を覚える。
 ここはどこなのか?
 ジャックは自分の行動を振り返る。
 先ほどまでリリアンと話して……。

「リリアン!」

 ジャックは大声でリリアンを呼ぶが、返事が戻ってこない。いつもなら必ず返事をしてくれるのに。
 ジャックは不安になってコンソールを呼び出そうとするが……。

「えっ?」

『System Lock』

 今までに見たことがない文字が表示され、ジャックは動揺を隠せなかった。
 システムメッセージが表示されるということは、ここはゲームの世界だ。それは間違いない。
 だとしたら、カースルクームからここに来たのは何か原因があるはず。
 そう考えたジャックは自分の行動を更に振り返った。

 ――確か、リリアンが僕の意見に超絶的な毒舌を僕に浴びせてきて……。



「ちょっと! それ、酷くない~? ここは同意して……くれ……なきゃ……」

 ジャックは言葉に詰まった。
 リリアンの様子がおかしいからだ。
 リリアンの表情は全くの無。喜怒哀楽そのものがない。しかも、目は黄金色に輝き、ジャックの目を見つめている。
 そこにいるのはリリアンではなかった。

 異形。
 その単語がジャックの脳裏をよぎった。あまりの変化にジャックはつい、後ずさる。
 怯えるジャックに、リリアンは厳かにジャックに告げる。

「ジャック。お前の願い、確かに十一番目の番人である『ジャスティス』が聞き入れた。お前にその資格があるか試練を与えよう。扉は開かれた。願いを叶えたければ、入ってくるがよい」

 リリアンの声ではなく、聞き覚えのある男の声……。
 ジャックは無意識にリリアンに手を伸ばし……。



 ――そうだ。リリアンに手を伸ばした瞬間、ここにいたんだ。瞬きして、目を開けたら景色が変わっていたんだ。
 ど、どうしよう……どうやって、この空間から脱出すればいいんだろう……。

 ジャックは不安で思わず右手で唇に触れる。ジャックは一人のとき、不安があるとつい、唇に手で触ってしまうクセがあった。
 そのとき、ジャックはとんでもないことに気づいた。

「あっ、あれ? 右手が……ある……左目も……ある! 元に戻ってる!」
 
 いつの間にか、ジャックの斬り落とされた右腕と潰された左目が復元されていた。
 この空間に来たときは、あまりにも異常な事態に右腕も左目も気にする余裕がなかったため、気づかなかったのだ。
 ジャックはつい、右腕で何度もその場でジャブを続けた。
 一日もたっていないのに、右手の感触がある事に、ジャックは感動していた。この異常な状況のことなど忘れ、喜んでいると。

「気分はどうだ? 『俺』」

 カツン、カツン。
 ジャックの目の前に広がっていた闇が消え、階段が現れた。そして、その階段から一人の男がおりてくる。
 その男の顔を見た瞬間、ジャックは心臓が止まるかと思った。それほどの衝撃だった。
 男の顔は……。

 ――僕?

 そう、男の顔はジャックと瓜二つなのだ。同一人物といっても過言ではないだろう。それほどそっくりだ。
 ただし、似ているといってもジャックのソウルメイトと一緒という意味であり、現実のジャックの容姿とは違う。

 彼は何者なのか?
 ジャックは自然と拳を握りしめる。
 男は階段を降り、ジャックから二メートルほどの距離で止まる。男の表情は自信に満ちあふれ、堂々としていた。

「キミは……誰?」

 ジャックはすぐにでも戦闘態勢に入れるように準備する。男は両手を広げ、敵ではないとアピールする。

「俺の名は正義ジャスティス
「ジャ……ジャスティス? ぷっ!」

 ジャックはたまらず吹き出してしまった。

「あははははははっ! ジャスティスって! それ、本気で言ってるの? 厨二すぎでしょ! 真顔でジャスティスって名乗った人、初めて見たよ! あはははははははっ!」
「確かに傑作だ。カースルクームの人達を見殺しにし、泣きべそかきながらソウルアウトしたチキンが俺を笑うとはな。こんなヤツが俺のオリジナルだと思うと、情けなさ過ぎて笑っちまうよな」

 ジャックの笑い声が止まる。なぜ、目の前にいる男、ジャスティスははジャックが強制ソウルアウトされた事を知っているのか?
 それに自分と同じ顔でジャスティスと名乗るこの男。ジャックはある予測をジャスティスにぶつける。

「キミは……タロットの『正義』なの?」
「勘は悪くないようだな。安心したぜ。お前の言う通り、俺はお前であってお前ではない。お前の深層心理にある『正義』が具現化した姿だ。この出会いは偶然ではない。運命だ」

 ジャックは呆然ともう一人の自分を見つめていた。
 まるで、ゲームの設定だ。もしかしたら、もう一人の自分を受け入れると、特殊能力にでも目覚めるのだろうか?
 ジャックはどうして、正義と名乗る男が目の前に現れたのか、考えてみたが……。

 ――もしかして、これってリリアンを通して誰かが言っていた『試練』と何か関係があるの?

 ジャックの疑問にジャスティスはまるで心の中を読んだかのように話し出す。

「お前が感じている疑問を一つ一つ答えてやろう。まず、ここは魂と精神の狭間にある塔と言っておこうか」
「塔だって?」
「そうだ。俺の後ろを見ろ」

 ジャスティスの後ろには階段があり、階段の先にドアがある。暗くてよく見えないが、取っ手らしものが光に反射してかろうじて形が分かる。

「あの扉の先には希望がある」
「き、希望? ね、ねえ、もう少し分かりやすく話してくれない? キミは僕の分身なんでしょ? だったら、分かるよね? 僕、回りくどいことは嫌いなんだけど」
「それは悪かったな。お前は頭が悪かったんだよな。失念していたぜ」
「……ねえ、キミって本当に僕なの? 口が悪すぎない?」

 自分の事を俺と呼ぶし、自分に容赦ない。ますますあのゲームとよく似ている。
 自分もあんな一面があるのだろうかとジャックは悩んでいた。

「見当違いなことを考えてるぜ、俺。俺は相手を見て、態度を変えているだけだ。敬意に値する人物には礼儀を、愚か者には侮辱を。シンプルで分かりやすいだろ?」
「ははっ……殴りたい」

 ジャックのこめかみがピクピクと青筋を立てていた。
 ジャックの怒りなど知ったことではないと言いたげに、ジャスティスは話を続ける。

「希望とはつまり、お前の魂が成長するってことだ」
「魂の成長?」
「そうだ。お前の潜在能力がパワーアップし、ソウルパワーももう一ランクアップする」
「えっ? ど、どういうこと?」
「こういうことだ。ソウル『解放』リミット1」

 ジャスティスの体が光り輝く。
 周りの闇をかき消す程のソウルの光が部屋を照らし、ジャックはジャスティスから放たれる強風に腕をガードさせ、強く踏ん張った。
 ソウルの光の強さは能力の向上に比例する。つまり、ジャスティスが発している強力なソウルの量は、見た目通り、ソウルパワーが更に一段階アップしている姿といえる。
 これだけでもかなりのご褒美なのに、潜在能力までパワーアップするとは、なんたる破格な希望なのか。

 ――すごい……凄いよ! ソウルパワーに上があるなんて。これってギ○セカンドとか、スーパーサ○ヤ人みたいなものだよね! バトル漫画のお約束じゃん! あっ、そっか、だからソレイユは……。

 ジャックはふと、ソレイユがソウルパワーを解放したときのことを思い出した。ソレイユは誰も殺していないと言っていた。
 ソウルパワーの解放条件は、プレイヤーを殺す事だ。
 そうすることでジャックも仲間もソウルパワーの解放のアンロックを解除できた。

 それなのに、ソレイユは誰も殺さずソウルパワーを解放させてみせた。
 それが本当だとしたら、どうやって解放させたのか? しかも、解放だけでなく、その先のリミット1まで進化させたのか?
 答えはきっと……。

「お前の考えているとおりだ。あの扉をくぐれば、プレイヤーの魂をソウルメイトに取り入れなくても、ソウルパワーを解放することができる」

 自分のコピーだからか、ジャックの思考は完全にジャスティスに読まれていた。
 何はともあれ、あの扉をくぐれば、力が手に入る。無法者達に立ち向かう力を得ることが出来る。
 ジャックの足は自然とがあの扉へと向かっていたが、ジャスティスがその前に立ち塞がる。

「勘だけはマシなお前なら分かるよな? これが何を意味するのか?」
「……アンタをぶっ倒して、あのドアをくぐれって事?」
「正解だ」

 ジャスティスはソウルパワーを引っ込め、ボクシングの構えをとる。その姿は鏡に写った自分を見ているようだ。
 ジャックはゆっくりと同じように構える。

「ねえ、ソウルパワーを解放しなくていいの?」
「ああっ。この第一の試練は過去の自分に打ち勝つこと。お前はゲームの中で自分の運命『正義』と真正面から向き合い、正義を選び取った。だから、試練を受ける資格が与えられたって事だ」
「なるほどね。人によって、アルカナが違うから、ここにくる条件は一人一人違うってワケなんだ」

 ソレイユは『正義』を毛嫌いしていた。憎んでいるともいえる。
 そんなソレイユが、正義の味方になりたいとは到底思えない。
 だから、プレイヤーに与えられたアルカナによって、試練を受ける条件が違うというワケなのだろう。

「お前は警察官の夢を諦めることで正義の味方になることを諦めた。心の底では正義の味方など存在しないことに気づいていた。だが、カースルクームでの出来事はお前自身の正義を見直すきっかけとなった。そして、もう一度正義の味方になりたいと願った。それが成長への第一歩ってことさ」

 ジャックは複雑な気分だった。
 確かに、カースルクームの惨劇がなければ、ジャックは改めて正義と向き合うことはなかっただろう。
 ジャックは中学生の時、不良に絡まれていた生徒を助けた。だが、ジャックは警察官に捕まり、補導され、全国大会への切符を失った。
 
 この出来事がジャックの夢を、正義の味方になることを諦めることになったきっかけとなった。
 そして、ボクサーになることで新たな夢を手に入れた。
 しかし、無法者達と出会い、悪を知った。正義とは何かを、仲間を通じてもう一度、考えるようになった。

 ジャックが選んだのは、もう一度、正義の味方を目指すことだ。
 今度こそ、仲間や目の前で苦しむ人達を自分の力で助けたい。そう願った。
 ただ、そう思わせたのは、カースルクームの惨劇があったからだ。エリンの言う通り、悪が存在したからこそ、取り戻した願いなのだ。
 あの惨劇がなかったら、ジャックは正義の味方になりたいと想っただろうか?
 そう考えると、複雑な気持ちになってしまう。

「そう難しく考えるな。お前はあの惨劇から学んだんだ。つまり、無駄にしなかったって事だろ? 彼らの犠牲をな」
「でも……」
「今は俺を倒す事だけ考えろ。今の俺の強さは、お前がソウル杯に参加する前の全盛期の強さだ。だが、ソウルパワーを解放したお前なら余裕だろ?」

 ジャックは正義の言葉の意味を考える。
 ジャスティスの強さは、ジャックがソウル杯に参加する前の全盛期の強さだとすると、ジャックがボクシングで新人王をとったときの強さだと推測できる。
 ジャックは未だに全盛期の強さを取り戻してはいない。ただし、ジャスティスの言ったとおり、今のジャックはソウルパワーを解放できる。
 それなら、身体能力だけでいえば、全盛期の自分を遙かに凌駕しているともいえる。
 ジャスティスに勝つのは決して難しくはない。

 だが、ジャックはソウルパワーを解放せずにジャスティスと戦う事を選んだ。理由は試してみたくなったからだ。
 今の自分が全盛期の自分とどれくらい差があるのか? 正義の味方を諦めていた自分を乗り越えることが出来たのか?

 実はそこまで差はないとジャックは推測している。リザードマン戦、コリーとの死闘、スパイデーとの戦いで、ジャックはかなりの度胸と勝負勘を取り戻していた。
 ゲーム内だけでなく、現実でもそれなりに努力してきた。
 トレーナーには全盛期の力は取り戻せないと言われたが、思わぬところで試す機会を与えられたのだ。
 ジャックはにやりと口の端に笑みを浮かべて言い放つ。

「まあね。古今東西、偽物は本物に勝てないって事実、知ってる? 悪いけど、はじめっから本気でいくよ。もちろん、ソウルパワーなんて解放しないから安心してよね。そんなことをしなくても、勝てますから」
「一応、忠告しておくぞ。全力でこい。見栄えやくだらないプライドなんて捨てろ」
「言われなくても!」

 ジャックは先手必勝と言いたげにジャスティスとの間合いを殺し、拳を振るった。



「ふう……少し手こずったな」
「……」

 一分後。

 ジャックは大の字に倒れ、動けずにいた。
 ジャスティスはジャックの攻撃を一撃も受けずに、逆にKOしてみせた。完全勝利だ。
 ジャックはショックで惚けていた。ここまで実力の差があるとは思ってもいなかった。
 ぐうの音も出なかった。

「これで試練は終わりだ……と言いたいが、試練の猶予は三日だ。サービスとして、今日はノーカンにしてやるよ。明日から三日以内に俺に一撃でも当てることが出来れば、あのドアをくぐる許可を与えてやる。力を手にする事が出来るってわけだ」
「……ねえ、一発当てればいいだなんて、破格すぎない? 僕のこと、舐めてるの?」

 ジャックはジャスティスを睨みつけるが、ジャスティスはやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、ため息をつく。

「想定外なんだよ。お前は弱すぎて、俺が強すぎた。このままだと、一生、お前は俺には勝てない。だから、ハンディを与えなければならない事態におちいったんだ。恨むなら自分の弱さと強さにしろ」
「なにそれ? 意味が分からない」

 そういいつつ、ジャックは気づいていた。今の自分の実力では、全盛期の自分に全く刃が立たないのだと。

「まあ、一発当てればいい。破格だと思うのなら、さっさと当てろ。だがな、そこまで言ってくれたんだ。もし、三日以内に当てることが出来なければ……」
「あ、当てなければ……」

 ジャックはごくりと息のを飲む。ジャスティスの表情が冷たく残忍な顔になったからだ。
 ジャスティスはジャックを見下し、告げた。

「ペナルティーとして大切なものを奪う」
「た、大切なものって?」
「お前はリリアンに会いに来たのだろ? だったら……」

 ジャスティスはおごそかに宣言した。

「お前の命なんてどうだ? ここで脱落したら、一生リリアンと会えないかもな」

 ジャックは目を丸くし、冷や汗をかく。死刑宣告に息苦しくなった。
 一発当てればいい。それでクリアだ。
 だが、その一発を当てる算段がつかない。どうすれば、この差を縮めることが出来るのか?
 敵は自分のコピーなのだ。思考パターンは読まれているといってもいい。
 そんな相手に、ジャックは勝てるのか?

 明日から三日以内にジャスティスに一撃を入れる。

 ジャックにはゲームオーバーへのカウントダウンのように聞こえた。
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