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エピローグ 旅の果て なれの果て
エピローグ 旅の果て なれの果て 後編
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「ぐはぁああ!」
「な、なんだとぉおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は瞬時に武器を装備し、構えた。
「グリズリー! 何かヤバイ! って、グリズリー!」
「か、体が動きもはん。痺れて……動けん」
何が起こったのか、理解できない。目の前に起きたことが、信じられない。
なぜ、衛兵のトップがバッツにダガーを突き立てたのか?
なぜ、グリズリーは動けないのか? 紅茶に痺れ薬が入っていたのか?
ただ、一つだけあきらかになっていることはある。
全ては……。
「はぁ……口は災いの元。ダメだね……全然上手くいかない。バッツも余計な事を言わなければ死なずに済んだのに」
「てめえ……何が目的だ?」
バッツはもう、ピクリとも動いていない。死んだのだ。
少し前までは生きていたのに……話していたのに……信じられない。
「復讐ですよ。私の小遣い稼ぎをぶち壊したキミ達にね」
「復讐だと? 俺達がなぜ、復讐されなければならない!」
そう言いつつ、俺は最悪なシナリオを思い浮かべていた。
俺達がテット団長に恨みを買う理由。
それは……。
「俺達が黒いカモリアのリーダー、グルフとスヒナスのマフィステ頭領を殺しからか?」
「せいか~い。よく出来ました。キミ、刑事になった方がいいんじゃない?」
「ど、どげんこっと? ないごて、テット団長が盗賊と傭兵の頭の仇討ちをしようとしちょっとな?」
グリズリーの疑問はもっともだ。
テット団長がなぜ、二人の仇討ちをしようとしているのか?
それは……。
「お前ら……グルだったのか?」
「だいせいか~い。そう! 私達、組んでたの! 繋がっていたワケね。俺がスヒナスに商人の進路情報、衛兵達の見回りの時間やコースの情報を流していたわけ。スヒナスは黒いカモリアに変装して商人を襲って、金品を巻き上げる。その金の一部と護衛費の十パーセントをリベートで受け取っていたわけ! どう? 凄いでしょ!」
「……このクソ野郎」
なるほどな。
コイツがスヒナスを手引きしたからこそ、辻斬りがうまくいったのか。団長なら、何時にどの場所に衛兵を向かわせることが出来る。
黒いカモリアの拠点は知れていたのに、討伐隊を送らなかったのも、ずっと殲滅できなかったのも、コイツのせいか。
まんまと俺達……だけでなく、街の住人、衛兵すら騙されていたわけだ。
だが、なぜだ? 何かが引っかかる。
何に対して?
テット団長の発言とバッツの発言に何か違いがなかったか?
彼らの反応が何か違わなかったか?
「悪いが、キミ達には死んでもらう」
「そう簡単にいくと思うか? 悪いが……クズ野郎に負ける気はしねえんだよ」
「そうかな?」
テット団長は余裕を見せているが、武器のリーチは俺の方が長く、有利だ。
たとえ室内でも、この距離なら俺の杭を飛ばす方が早い。
テット団長はダガーを構え、俺は手にした杭を投げ飛ばそうとしたが……。
「なぁ!」
俺は目の前の光景に手を止め、呆然としてしまった。
テット団長はダガーを自分の腹に突き刺したのだ。
な、なにをしてるんだ、コイツは? せ、切腹? 武士なの、お前?
テット団長がなぜ、腹を刺したのか?
その理由はすぐに気づかされる。そして、俺達に最大の危機が襲いかかる。
「誰か! 誰か来てくれ!」
いきなり、テット団長が大きな声を上げた。
ここで援軍を呼ぶ気か?
いや、おかしくないか?
今、衛兵を呼んだら、テット団長がバッツを殺した事がバレてしまう。返り血を思いっきり浴びているからな。
バッツの反応から、テット団長は衛兵に黒いカモリアやスヒナスのことは隠していてはずだ。
つまり、この現場に衛兵を呼ぶのはテット団長にとって自殺行為のはず。
俺が真実を知っているから……なのだが、テット団長は腹を刺している。
血の流れから、かるく刺しただけで軽傷のようだが……服が血で汚れていく。
足音が近づいてくる。衛兵達がこの部屋にやってくる。
なんだ? 何かがマズイ……。
ドアが開いて、衛兵達が入ってきた。そのタイミングを見計らって、テット団長はその場にうずくまった。
「テット団長! 何事ですか!」
「うぉ! ば、バッツ! しっかりしろ! おいおい、嘘だろ……死んでる……」
衛兵達は同僚が殺されていることに動揺している。
何があったのか、分からないからだ。
「アイツが……アイツがいきなりダガーを投げつけてきたんだ……アイツが……バッツを殺して……私を殺そうとしたんだ……」
オーマイガー……。
典型的で古典的な罠にはまっちまった……。
部屋に死体があって、被害者が二人。その被害者は駆けつけてきた衛兵の仲間。
無事な俺は杭を握りしめている。
さて、ここで問題です。犯人は誰でしょう?
一、仲間を殺され、腹に傷を負ったテット団長。
二、部外者の俺。
誰もが俺を怪しむだろう。上司を疑うことはしないだろう。
完全に俺達は嵌められたわけだ。
NPCに嵌められるとかありか? これってイベントなの?
ただ、このイベント、捕まっても、誰も助けは来ないような気がする。
だって……。
「てめえ! よくもバッツを!」
「許さねえ!」
あっちはやる気満々だ。弁護士を呼んでくれって頼んでも、無理だろうな……。
ここは三十六計逃げるが勝ちなのだが、グリズリーがまだ動けないので、逃げることもできない。
ほんと、詰んでるわ、これ。
はぁ……俺はため息をついた。
この街の住人を護る為に戦って、仲間を失ったのに、その末路がバットエンドかよ。救いがない。
残念ながら、テット団長の告白を録音していなかったし、証人は俺とグリズリーだけ。
その二人もバッツ殺しの犯人と思われているので、衛兵達に俺の声など届かないだろう。
仕方ねえ、生き残るために戦うか。
俺は杭を握りしめる。
なんて皮肉なのか。
犯罪を取り締まるつもりが、逆に濡れ衣を着せられ、衛兵と戦う事になるとは。
とんでもないイベントだ。
衛兵達はロングスピアを構えている。この狭い部屋で複数人から一斉に突き出されたら、終わりだ。
グリズリーはまだ動けない。それならば、俺がグリズリーを護ってみせる!
先手必勝!
俺は杭を投げようとして……。
「や、やめ、クリサン! 彼らは騙されちょっだけじゃ! 殺すな!」
グリズリーの声に、俺の手が止まる。
俺はグリズリーに怒鳴った。
「分かっとるわ、そぎゃんこつ! だがな! 俺が戦わんば、ぬしが死ぬるったいぞ! やったら、戦うしかなかやろうが! 俺だってもう! もう……仲間に死んでほしゅうなかばい……」
鬼になれ。感情を殺せ。
俺は人を殺しても、何も感じないキチガイ……。
だったら!
俺は杭を投げようとしたが……。
「クリサン!」
グリズリーの悲痛な叫びに、体が硬直して、動けない。
俺はこの戦場で致命的な間違いを犯してしまった。手を止めてしまったのだ。
それを見逃してくれる衛兵達ではなかった。
衛兵達が一斉にロングスピアを俺の腹目掛けて突き出した。
ロングスピアの先端が俺の腹に複数突き刺さる。
「がはっ!」
「くりさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
腹に焼けるような痛みと、チクチクした痛みがはしる。
おいおい……これって本当にダメージカットされているのか? マジで痛いぞ……。
俺の血がロングスピアを伝って垂れ落ち、命の灯火が消えようとしている。口から鉄の味がするものが流れていく……。
ああっ……これで終わりかよ……なんともしまらない最後だ。犯罪者として死ぬなんて……これが罰なのかもな。
殺しに躊躇しなかった俺への天罰。だから、世界に淘汰される。
ただ……救いなのは……グリズリーの前で殺しをこれ以上しなくて済むことか?
俺はふっと笑ってしまった。そんなことを気にしていたのか? バカだろ。
けど、これで納得がいった。俺はこの世界でNPCやプレイヤーを殺しても罪悪感など一欠片もなかった。
それなのに、悩んでいたのはきっと……。
俺、グリズリーやコスモスに嫌われたくなかったんだな。
軽蔑されたくなくて、悩んでいただけだ。
ははっ……人を殺したことに悩めよ。ほんと、俺、キチガイだわ。
衛兵のロングスピアが俺の眉間目掛けて突いてくる。回避不能の一撃。
しゃーない。諦めるか……。あばよ……。
「……ク……リサ……ン……クリ……サ……ン……」
ああっ……最後の声がグリズリーかよ……。
ほんと、しょっぱいプレイだった……。
「くりさぁああああああああああああああああああんんんんんんん!」
視界が真っ白になった。
その光は人生……いや、このゲームで最後に見た景色……意識が遠のいていくときに見える光景……そのどれでもなかった。
グリズリーが体中にソウルをまき散らしながら、ゆっくりと立ち上がった。
その不思議な光景に衛兵達はおののいている。人が光っているんだ。当たり前のことだろう。
衛兵がビビってくれたおかげで、動きが止まり、俺の眉間にロングスピアは刺さらなかった。
グリズリーは頭を抱え、震えている。
「もう嫌や……仲間を……ファンを失うたぁ……嫌じゃああああああああああああああ! やったや、人間やめてやっああああああああああああああ!」
グリズリーが吼えた瞬間、真っ赤でどす黒いソウルが体中からあふれ出す。
燃えさかる炎ではなく、どんよりとした体にまとわりつく陰気なソウルだ。それに触れているだけで、気持ち悪くなる。
これがグリズリーのソウル……俺が知っているグリズリーのソウルではない。
まるで別人だ。
グリズリー、何やってるんだよ。あんたのソウルは誇り高いチャンピオンの赤だろうが。
「ひぃいいいいい! く、来るな! 化物!」
グリズリーはゆっくりと声のした方へ向く。
前に一歩、また一歩と衛兵に向かって進んでいく。
「や、やれ!」
衛兵は一斉にロングスピアをグリズリーに突き刺すが……。
「な、なんだと!」
突き刺さらない。
グリズリーの潜在能力が彼らの攻撃を防いでいる。
グリズリーは手を上に上げ、ソウルを拳に集めている。
まさか、殺すつもりか? 嘘だろ? そいつらは、テットに騙されているだけなんだぞ?
俺達が護ろうとした相手なんだぞ。
そういう汚れ役は俺の役目だ。お前はまっすぐに王道を目指せよ。みんなから愛される人物でいろよ。俺が全て咎を背負ってやるから……。
ダメだ、グリズリー……きっと、戻れなくなる。それをやったら、もう……。
「ダメだ、グリズリー! ころ……」
すな……と言い終わる前に、はじける音がした。
グリスリーの裏拳が、衛兵の頭にあたり、まるでトマトが潰れたようにぶっつぶれた。
おびただしい血が、壁に、傭兵に飛び散る。
グリズリーは……護るべき相手を手に掛けてしまった。
「うぅ……うわああああああああああああああああああああ!」
ここからは地獄絵図だった。
グリズリーは一人、また一人、殺していく。
なぜかって? 俺を護る為だ。
アイツは……人を捨ててしまった。
ただの肉食獣であり、殺人鬼、グリズリーに成り果ててしまったのだ。
衛兵の頭蓋骨を握りつぶし、首元に噛みついて、肉を引きちぎる。
許しを乞う嘆願は無情に踏み潰されていく。
「お、おい! 叫び声が聞こえてきたが、どうし……た……」
「ば、化物がぁあああああああああああああ!」
衛兵の返り血で真っ赤に染まったグリズリーは、獣のようにしか見えなかった。
また、犠牲者が増えていく……。
命が散っていく……。
そこからはただの惨劇だった。
血と肉が舞い、抵抗はただの悪あがきでしかなくなる。獣はただ、悲鳴や命乞いを耳にしながら惨殺していく。
死んでいく。何の罪もない衛兵達が……。
壊れていく。グリズリーの心が……。
ああぁ、コスモス……。
俺達はどこで間違えたんだろうな……。
俺達はただ……正義の味方に憧れていただけなのに……あのまぶしい何かになれると思ったのに……。
俺達がなれたのは、ただの殺戮鬼だけなのかよ……。
俺はあんなグリズリーを見たくなかった……。
俺の過ちは……。
コスモスを助けられなかったことか?
それとも、スヒナスに喧嘩を売ったことか?
それが違うのなら、俺がガッサーにカードで勝ったことか?
それとも……それとも……俺達が出会ったことがそもそもの間違いだったのか?
なあ、グリズリー、お前……ただの化物じゃねえか。みんなを熱狂させ、愛されたグリズリーはどこにいったんだよ。
ただの暴力をまき散らす、害悪でしかない。
俺は体を張って仲間を衛兵から護ろうとした。けど、それも正しかったのか、分からない。
ようやく分かったぜ……お前が敵でも不必要に人を殺さなかった理由が……お前の苦悩が……。
これだったんだな?
お前は闇を抱えていた。俺とは全く逆の殺人衝動があったんだな。
それを押さえつけるために、必死になっていたんだな……敵を中途半端に殺していたのも、衝動が漏れていた証拠だったんだな……。
仲間だったのに、何一つ分かってやれなかった。
コスモスの潜在能力も、グリズリーの苦悩も……。
俺は凶悪な人食い熊をこの世界に放ってしまった。
俺の嫌な予感は、スヒナスでも、あの女でもなかった。この目の前の惨状だった。
グリズリーの口が血にまみれている。
虫の息である衛兵の肉に噛みつき、全ての皮膚を引きちぎらんとする凶行を、俺にはもう止めることが出来なかった。
生きている相手がいなくても、グリズリーは死体に噛みついていた。
肉を食らい、骨をかみ砕き、次の惨劇を引き起こすエネルギーを蓄えるために……仲間を護る為にグリズリーは噛みつく。
グリズリーの目から流れるものは涙なのか? それとも、汗に混じった返り血なのか?
もう、俺の知らない何かががそこにいた。ただ、見つめることしか出来なかった。
アレンバシルに降り注ぐ雨は更に増していく。
全ての光を遮るほどの厚い雲に覆われ、俺達は暗い闇へと堕ちていった。
-THE END-
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
But their story continues.
After experiencing a sad parting, the beast regains the human heart.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「な、なんだとぉおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は瞬時に武器を装備し、構えた。
「グリズリー! 何かヤバイ! って、グリズリー!」
「か、体が動きもはん。痺れて……動けん」
何が起こったのか、理解できない。目の前に起きたことが、信じられない。
なぜ、衛兵のトップがバッツにダガーを突き立てたのか?
なぜ、グリズリーは動けないのか? 紅茶に痺れ薬が入っていたのか?
ただ、一つだけあきらかになっていることはある。
全ては……。
「はぁ……口は災いの元。ダメだね……全然上手くいかない。バッツも余計な事を言わなければ死なずに済んだのに」
「てめえ……何が目的だ?」
バッツはもう、ピクリとも動いていない。死んだのだ。
少し前までは生きていたのに……話していたのに……信じられない。
「復讐ですよ。私の小遣い稼ぎをぶち壊したキミ達にね」
「復讐だと? 俺達がなぜ、復讐されなければならない!」
そう言いつつ、俺は最悪なシナリオを思い浮かべていた。
俺達がテット団長に恨みを買う理由。
それは……。
「俺達が黒いカモリアのリーダー、グルフとスヒナスのマフィステ頭領を殺しからか?」
「せいか~い。よく出来ました。キミ、刑事になった方がいいんじゃない?」
「ど、どげんこっと? ないごて、テット団長が盗賊と傭兵の頭の仇討ちをしようとしちょっとな?」
グリズリーの疑問はもっともだ。
テット団長がなぜ、二人の仇討ちをしようとしているのか?
それは……。
「お前ら……グルだったのか?」
「だいせいか~い。そう! 私達、組んでたの! 繋がっていたワケね。俺がスヒナスに商人の進路情報、衛兵達の見回りの時間やコースの情報を流していたわけ。スヒナスは黒いカモリアに変装して商人を襲って、金品を巻き上げる。その金の一部と護衛費の十パーセントをリベートで受け取っていたわけ! どう? 凄いでしょ!」
「……このクソ野郎」
なるほどな。
コイツがスヒナスを手引きしたからこそ、辻斬りがうまくいったのか。団長なら、何時にどの場所に衛兵を向かわせることが出来る。
黒いカモリアの拠点は知れていたのに、討伐隊を送らなかったのも、ずっと殲滅できなかったのも、コイツのせいか。
まんまと俺達……だけでなく、街の住人、衛兵すら騙されていたわけだ。
だが、なぜだ? 何かが引っかかる。
何に対して?
テット団長の発言とバッツの発言に何か違いがなかったか?
彼らの反応が何か違わなかったか?
「悪いが、キミ達には死んでもらう」
「そう簡単にいくと思うか? 悪いが……クズ野郎に負ける気はしねえんだよ」
「そうかな?」
テット団長は余裕を見せているが、武器のリーチは俺の方が長く、有利だ。
たとえ室内でも、この距離なら俺の杭を飛ばす方が早い。
テット団長はダガーを構え、俺は手にした杭を投げ飛ばそうとしたが……。
「なぁ!」
俺は目の前の光景に手を止め、呆然としてしまった。
テット団長はダガーを自分の腹に突き刺したのだ。
な、なにをしてるんだ、コイツは? せ、切腹? 武士なの、お前?
テット団長がなぜ、腹を刺したのか?
その理由はすぐに気づかされる。そして、俺達に最大の危機が襲いかかる。
「誰か! 誰か来てくれ!」
いきなり、テット団長が大きな声を上げた。
ここで援軍を呼ぶ気か?
いや、おかしくないか?
今、衛兵を呼んだら、テット団長がバッツを殺した事がバレてしまう。返り血を思いっきり浴びているからな。
バッツの反応から、テット団長は衛兵に黒いカモリアやスヒナスのことは隠していてはずだ。
つまり、この現場に衛兵を呼ぶのはテット団長にとって自殺行為のはず。
俺が真実を知っているから……なのだが、テット団長は腹を刺している。
血の流れから、かるく刺しただけで軽傷のようだが……服が血で汚れていく。
足音が近づいてくる。衛兵達がこの部屋にやってくる。
なんだ? 何かがマズイ……。
ドアが開いて、衛兵達が入ってきた。そのタイミングを見計らって、テット団長はその場にうずくまった。
「テット団長! 何事ですか!」
「うぉ! ば、バッツ! しっかりしろ! おいおい、嘘だろ……死んでる……」
衛兵達は同僚が殺されていることに動揺している。
何があったのか、分からないからだ。
「アイツが……アイツがいきなりダガーを投げつけてきたんだ……アイツが……バッツを殺して……私を殺そうとしたんだ……」
オーマイガー……。
典型的で古典的な罠にはまっちまった……。
部屋に死体があって、被害者が二人。その被害者は駆けつけてきた衛兵の仲間。
無事な俺は杭を握りしめている。
さて、ここで問題です。犯人は誰でしょう?
一、仲間を殺され、腹に傷を負ったテット団長。
二、部外者の俺。
誰もが俺を怪しむだろう。上司を疑うことはしないだろう。
完全に俺達は嵌められたわけだ。
NPCに嵌められるとかありか? これってイベントなの?
ただ、このイベント、捕まっても、誰も助けは来ないような気がする。
だって……。
「てめえ! よくもバッツを!」
「許さねえ!」
あっちはやる気満々だ。弁護士を呼んでくれって頼んでも、無理だろうな……。
ここは三十六計逃げるが勝ちなのだが、グリズリーがまだ動けないので、逃げることもできない。
ほんと、詰んでるわ、これ。
はぁ……俺はため息をついた。
この街の住人を護る為に戦って、仲間を失ったのに、その末路がバットエンドかよ。救いがない。
残念ながら、テット団長の告白を録音していなかったし、証人は俺とグリズリーだけ。
その二人もバッツ殺しの犯人と思われているので、衛兵達に俺の声など届かないだろう。
仕方ねえ、生き残るために戦うか。
俺は杭を握りしめる。
なんて皮肉なのか。
犯罪を取り締まるつもりが、逆に濡れ衣を着せられ、衛兵と戦う事になるとは。
とんでもないイベントだ。
衛兵達はロングスピアを構えている。この狭い部屋で複数人から一斉に突き出されたら、終わりだ。
グリズリーはまだ動けない。それならば、俺がグリズリーを護ってみせる!
先手必勝!
俺は杭を投げようとして……。
「や、やめ、クリサン! 彼らは騙されちょっだけじゃ! 殺すな!」
グリズリーの声に、俺の手が止まる。
俺はグリズリーに怒鳴った。
「分かっとるわ、そぎゃんこつ! だがな! 俺が戦わんば、ぬしが死ぬるったいぞ! やったら、戦うしかなかやろうが! 俺だってもう! もう……仲間に死んでほしゅうなかばい……」
鬼になれ。感情を殺せ。
俺は人を殺しても、何も感じないキチガイ……。
だったら!
俺は杭を投げようとしたが……。
「クリサン!」
グリズリーの悲痛な叫びに、体が硬直して、動けない。
俺はこの戦場で致命的な間違いを犯してしまった。手を止めてしまったのだ。
それを見逃してくれる衛兵達ではなかった。
衛兵達が一斉にロングスピアを俺の腹目掛けて突き出した。
ロングスピアの先端が俺の腹に複数突き刺さる。
「がはっ!」
「くりさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!」
腹に焼けるような痛みと、チクチクした痛みがはしる。
おいおい……これって本当にダメージカットされているのか? マジで痛いぞ……。
俺の血がロングスピアを伝って垂れ落ち、命の灯火が消えようとしている。口から鉄の味がするものが流れていく……。
ああっ……これで終わりかよ……なんともしまらない最後だ。犯罪者として死ぬなんて……これが罰なのかもな。
殺しに躊躇しなかった俺への天罰。だから、世界に淘汰される。
ただ……救いなのは……グリズリーの前で殺しをこれ以上しなくて済むことか?
俺はふっと笑ってしまった。そんなことを気にしていたのか? バカだろ。
けど、これで納得がいった。俺はこの世界でNPCやプレイヤーを殺しても罪悪感など一欠片もなかった。
それなのに、悩んでいたのはきっと……。
俺、グリズリーやコスモスに嫌われたくなかったんだな。
軽蔑されたくなくて、悩んでいただけだ。
ははっ……人を殺したことに悩めよ。ほんと、俺、キチガイだわ。
衛兵のロングスピアが俺の眉間目掛けて突いてくる。回避不能の一撃。
しゃーない。諦めるか……。あばよ……。
「……ク……リサ……ン……クリ……サ……ン……」
ああっ……最後の声がグリズリーかよ……。
ほんと、しょっぱいプレイだった……。
「くりさぁああああああああああああああああああんんんんんんん!」
視界が真っ白になった。
その光は人生……いや、このゲームで最後に見た景色……意識が遠のいていくときに見える光景……そのどれでもなかった。
グリズリーが体中にソウルをまき散らしながら、ゆっくりと立ち上がった。
その不思議な光景に衛兵達はおののいている。人が光っているんだ。当たり前のことだろう。
衛兵がビビってくれたおかげで、動きが止まり、俺の眉間にロングスピアは刺さらなかった。
グリズリーは頭を抱え、震えている。
「もう嫌や……仲間を……ファンを失うたぁ……嫌じゃああああああああああああああ! やったや、人間やめてやっああああああああああああああ!」
グリズリーが吼えた瞬間、真っ赤でどす黒いソウルが体中からあふれ出す。
燃えさかる炎ではなく、どんよりとした体にまとわりつく陰気なソウルだ。それに触れているだけで、気持ち悪くなる。
これがグリズリーのソウル……俺が知っているグリズリーのソウルではない。
まるで別人だ。
グリズリー、何やってるんだよ。あんたのソウルは誇り高いチャンピオンの赤だろうが。
「ひぃいいいいい! く、来るな! 化物!」
グリズリーはゆっくりと声のした方へ向く。
前に一歩、また一歩と衛兵に向かって進んでいく。
「や、やれ!」
衛兵は一斉にロングスピアをグリズリーに突き刺すが……。
「な、なんだと!」
突き刺さらない。
グリズリーの潜在能力が彼らの攻撃を防いでいる。
グリズリーは手を上に上げ、ソウルを拳に集めている。
まさか、殺すつもりか? 嘘だろ? そいつらは、テットに騙されているだけなんだぞ?
俺達が護ろうとした相手なんだぞ。
そういう汚れ役は俺の役目だ。お前はまっすぐに王道を目指せよ。みんなから愛される人物でいろよ。俺が全て咎を背負ってやるから……。
ダメだ、グリズリー……きっと、戻れなくなる。それをやったら、もう……。
「ダメだ、グリズリー! ころ……」
すな……と言い終わる前に、はじける音がした。
グリスリーの裏拳が、衛兵の頭にあたり、まるでトマトが潰れたようにぶっつぶれた。
おびただしい血が、壁に、傭兵に飛び散る。
グリズリーは……護るべき相手を手に掛けてしまった。
「うぅ……うわああああああああああああああああああああ!」
ここからは地獄絵図だった。
グリズリーは一人、また一人、殺していく。
なぜかって? 俺を護る為だ。
アイツは……人を捨ててしまった。
ただの肉食獣であり、殺人鬼、グリズリーに成り果ててしまったのだ。
衛兵の頭蓋骨を握りつぶし、首元に噛みついて、肉を引きちぎる。
許しを乞う嘆願は無情に踏み潰されていく。
「お、おい! 叫び声が聞こえてきたが、どうし……た……」
「ば、化物がぁあああああああああああああ!」
衛兵の返り血で真っ赤に染まったグリズリーは、獣のようにしか見えなかった。
また、犠牲者が増えていく……。
命が散っていく……。
そこからはただの惨劇だった。
血と肉が舞い、抵抗はただの悪あがきでしかなくなる。獣はただ、悲鳴や命乞いを耳にしながら惨殺していく。
死んでいく。何の罪もない衛兵達が……。
壊れていく。グリズリーの心が……。
ああぁ、コスモス……。
俺達はどこで間違えたんだろうな……。
俺達はただ……正義の味方に憧れていただけなのに……あのまぶしい何かになれると思ったのに……。
俺達がなれたのは、ただの殺戮鬼だけなのかよ……。
俺はあんなグリズリーを見たくなかった……。
俺の過ちは……。
コスモスを助けられなかったことか?
それとも、スヒナスに喧嘩を売ったことか?
それが違うのなら、俺がガッサーにカードで勝ったことか?
それとも……それとも……俺達が出会ったことがそもそもの間違いだったのか?
なあ、グリズリー、お前……ただの化物じゃねえか。みんなを熱狂させ、愛されたグリズリーはどこにいったんだよ。
ただの暴力をまき散らす、害悪でしかない。
俺は体を張って仲間を衛兵から護ろうとした。けど、それも正しかったのか、分からない。
ようやく分かったぜ……お前が敵でも不必要に人を殺さなかった理由が……お前の苦悩が……。
これだったんだな?
お前は闇を抱えていた。俺とは全く逆の殺人衝動があったんだな。
それを押さえつけるために、必死になっていたんだな……敵を中途半端に殺していたのも、衝動が漏れていた証拠だったんだな……。
仲間だったのに、何一つ分かってやれなかった。
コスモスの潜在能力も、グリズリーの苦悩も……。
俺は凶悪な人食い熊をこの世界に放ってしまった。
俺の嫌な予感は、スヒナスでも、あの女でもなかった。この目の前の惨状だった。
グリズリーの口が血にまみれている。
虫の息である衛兵の肉に噛みつき、全ての皮膚を引きちぎらんとする凶行を、俺にはもう止めることが出来なかった。
生きている相手がいなくても、グリズリーは死体に噛みついていた。
肉を食らい、骨をかみ砕き、次の惨劇を引き起こすエネルギーを蓄えるために……仲間を護る為にグリズリーは噛みつく。
グリズリーの目から流れるものは涙なのか? それとも、汗に混じった返り血なのか?
もう、俺の知らない何かががそこにいた。ただ、見つめることしか出来なかった。
アレンバシルに降り注ぐ雨は更に増していく。
全ての光を遮るほどの厚い雲に覆われ、俺達は暗い闇へと堕ちていった。
-THE END-
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
But their story continues.
After experiencing a sad parting, the beast regains the human heart.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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