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三章
三話 対決! 伊藤ほのか VS 押水一郎 挫折と嘘 その八
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コンコン。
「どうぞ」
「失礼します」
息を整え、生徒会室のドアを開ける。ここに来た目的は生徒会長だ。都合よく、生徒会室には生徒会長一人しかいない。
気のせいか、生徒会長は疲れているように見えた。
「少しお話よろしいでしょうか?」
「何かしら」
生徒会長は席に座るよう目配りしたが、俺は首を振って断る。
「単刀直入に伺います。今度、スクールアイドルをプロデュースするにあたって押水君を推薦したのは生徒会長、あなただと先生から聞きました。本当ですか?」
「ええっ」
生徒会長はため息をつきながら頷く。
「正気ですか?」
俺の言葉に生徒会長は眉をひそめる。
「酷い言われようね、仮にも私の身内に」
「身内だからこそです。身内びいきと言われても仕方ないでしょう。押水君の周りに後何人女子生徒をはべらすつもりですか? 収拾がつかなくなりますよ」
「収拾がつかないって、藤堂君達が手を出さなければ……」
生徒会長の意見を、俺は即座に否定する。
「手を出さなければ済むと言いたいのですか? それは大きな誤解です。今の状況は膨れきった風船です。ちょっとした刺激で割れてしまう危険な状態です。生徒の中にも押水君に不審を抱く生徒が大勢います。そのうち、取り返しのつかない事態になりますよ」
憶測ではない。これは事実だ。
押水の家族である生徒会長に警告したのは、いい加減、彼を甘やかすのをやめて欲しいからだ。
生徒会長はため息をつき、反論する。
「そうならないよう、私個人でサポートしてきたから問題は起こりませんでした。あなたたちが騒ぐから問題になるんです」
「だから、橘風紀委員長を自主退任に追い詰めたんですか? 生徒会長の立場を利用して」
真っ直ぐ生徒会長を睨みつける。
「追い詰めてません」
「おかしいですね、先生から教えていただいたのですが違いましたか? なら、もう一度確認するまでです」
「……どうして話してしまうのかしら、あの先生は」
左近の解任については生徒指導主事に確認した。
最初は教えてくれなかったが、鎌を掛けたら認めた。その後、怒られた。
「やり方が卑怯ではありませんか。風紀委員顧問が出張している間に橘風紀委員長を解任させるなんて」
「言ったはずです。容赦しないと」
「これが生徒会長のやり方ですか?」
「ええっ。弟君を護る為ならどんなことでもします」
何度目になるのか、俺と押水姉は睨み合う。同じ相手にここまでガンきったのは久しぶりだ。
俺も押水姉も、きっと戦う相手は違うヤツだ。なのに、無用な争いを続けていることに疲れを感じていた。
押水姉も俺と同じ事を思っているかもしれない。彼女の言葉には以前のような強い意志があるわけでなく、苛立ちが含まれている。愚弟の対応に疲れているのだろう。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「君と話すことはないわ」
「なぜ、生徒会長は彼に告白しないのですか? いや、告白したくても出来ないのでは? 彼の本命を知っているから。違いますか?」
ずっと考えていた。どうして、押水姉は押水に告白しないのか? 彼女ならいくらでも、彼と二人きりになる時間を作れたはずだ。
押水に告白しない理由があるとすれば、告白しても無駄であることを押水姉は知っているからだと俺は推測した。
つまりは、押水姉は押水の本命を知っている。
俺の問いに押水姉は……。
「答える義務はありません」
「俺になくても、押水を慕う女子にはあるんじゃないんですか? いい加減、彼女達を解放するべきだ」
もし、俺の考えが正しければ、この騒動は終わらせるべきだ。
報われない恋愛に何の意味がある? ないだろうが。そのことは押水姉が一番よく知っているはずだ。
「……私は弟君を信じています。それに、弟君の両親に頼まれました。私は姉として、弟君を護ります」
「姉ではなく、あなた個人の意見はどうなんですか?」
「……それは」
押水姉の瞳が一瞬、揺れたように思えた。それは押水姉が俺にみせた初めての弱みだったのかもしれない。
押水姉の身体がゆっくりと傾く。
「危ない!」
俺は咄嗟に押水姉を支えた。コイツは……。
「ごめんなさい。大丈夫だから……」
「……ダメだ。保健室に連れて行く」
押水姉の顔は真っ青になっている。
疲労? 貧血?
分かるのは、体調がかなり悪いということだ。押水姉を支えて分かった。驚くほど軽かった。
俺はこんな華奢なヤツずっと言い負かされていたのか? 俺が押水姉に勝てなかった理由、それは……。
押水姉は抵抗してきたが、弱々しい。
「そんなこと……」
「頼む。言うことを聞いてほしい。保健室に連れて行ったら、俺はもう、消えるから。約束する」
俺は有無を言わさずに押水姉を抱きかかえた。押水姉は目を丸くしているが、今は緊急事態だ。
俺は保健室まで押水姉を運んだ。
放課後、青島中央公園に足を運んでいた。
その名の通り、この島の中心部にある自然公園だ。
ジョギングコースやテニスコート、色とりどりの植物等、憩いの場所になっているこの公園に来たのは、ある人物に会うためだ。
その人物はすぐに見つかった。
ベンチに座り、鳩にエサをあげている。
優しげな笑みを浮かべている男性に声をかけた。
「ここにいたのか、左近」
「……正道か。ほら、見てみなよ。鳩、可愛いよね」
左近の顔にはまるで覇気を感じない。風紀委員長を辞めさせられたことがそんなにショックだったのか。こんな左近を見たくなかった。
「顔、どうしたの? 痣があるじゃない」
「……アイツに殴られた。猶予は一週間と言われた。それまでに結果が残せなかった場合は……風紀委員は終わりだ」
「そう……」
俺は左近の気のない返事に苛立ちを抑え、ここに来た目的を伝える。
「左近、調べて欲しいことがある」
「人使い荒いよね、正道は。僕はもう風紀委員長じゃないよ」
「このままやられっぱなしで本当にいいのか? いろんなものを犠牲にして、俺達は風紀委員を立ち上げたんだぞ。その責任をとらずに、このまま泣き寝入りするつもりか?」
俺達にはまだやるべきことがある。押水の件もそうだ。絶対に引き下がれない。
お互いしばらくの間、にらみ合ったが、左近は視線をそらし、鳩に餌を与えている。
重傷だな、これは。
俺は左近の隣に座り、公園を見渡す。
俺達の状況はかなり追い詰められているが、この公園の景色は平和そのもので、子供達が笑顔で走り回っていた。
俺達の間に何の会話もない。
こんなところで時間を無駄にするわけにはいかないのだが、この時間は必要なことだと感じていた。
正直、俺はまだ左近が風紀委員長を辞めさせられたことが信じられなかった。左近なら、きっとうまく立ち回って辞任を回避できたはずだ。
左近らしくない。
そのことを問いただしたかったが、口にしなかった。左近が話してくれるまで待つつもりだ。
三十分ほどたったとき。
「……ショックだったよ」
左近の独り言のようなか細い声が聞こえてきた。
俺はそのまま黙って左近の独り言に耳を傾ける。
「風紀委員長を辞めるつもりなんてなかった。うまく切り抜ける自信だってあった。反撃する材料も用意してきた。でも、生徒会長が伊藤さんの三股の事をどこからか聞きつけてね、伊藤さんを処罰しようとしたんだ」
「まさか……」
「そう、取引に応じちゃったわけ。伊藤さんの事、目をつぶってもらう代わりに風紀委員長を辞めろって」
信じられなかった。左近が風紀委員長を辞めたのは伊藤を護るためだったのか?
なんなんだ、一体……左近と伊藤の間に、何があるんだ?
自分の立場を捨ててまで伊藤のことを護った左近に、俺は驚きよりも疑問を強く感じていた。
「笑い話にもならないよね。自分でも驚いてるんだ。僕らしくない行動をしたって思っている。だから、これ以上、聞かないでね」
左近は自分のとった行動が理解できないのか、本気で落ち込んでいた。
そんな左近を見て、俺は不謹慎だが嬉しいと思った。
左近は合理主義者で自分に利益のある人物は優遇させるが、所詮損得でのつながりだ。
今回の件はその損得では測れない、誰かのために自分を犠牲に出来る心を左近は持っていたことが証明された。
俺としては左近の後ろ盾がなくなったので不味い状況なのだが、どうしてだろうな、嬉しいと思ったんだ。
「……分かった。だが、俺の依頼の件、頼めないか? さっきも言ったが、このままだと風紀委員は終わりだ。青島の不良はなんとかなるが、アイツらは無理だ。抑えることは絶対にできない。状況は変わった。俺がなんとしてもこの一件に片をつける」
「……分かったよ。で、何が知りたいの?」
俺は内心ほっとしながら、依頼内容を伝える。
「押水と佐藤と桜井の関係と押水と高城と押水遥の関係、この二つだ」
「多いね。後者は分かるけど、前者はなんで?」
「気になったからだ」
好奇心丸出しの回答に、左近は苦笑いを浮かべる。
「打開できそう?」
「……なんとかする」
俺が仏頂面をしているときは自信がないことを、左近は知っている。自信があろうがなかろうが行動することも、左近は知っている。
左近は苦笑しつつ、頷いた。
「分かったよ。僕もやられっぱなしじゃあ嫌だしね。調べておいてあげる」
「頼む」
左近から了解を得ることができて、安堵のため息をつく。
俺は別の話題を左近にふった。
「なあ、左近。戻ってくる気はないのか? 義務や責任だけでなく、俺は左近と風紀委員を続けたい」
「……そうだね。復帰しないといけないよね。でも、少し休ませてくれる? ちょっとだけ休みたいんだ」
「……分かった。ゆっくり休んでろ。それまでにお膳立てはしておいてやる」
それは再戦を誓う言葉。押水の一件にケリをつける為の予告。
そう遠くない未来にそれが実現すると、なぜかそう予感していた。
「それはそうと正道、相棒はどうしてる?」
「伊藤のことか? さあな」
俺はあえて知らないふりをした。改めて話すと伊藤には伝えているが、この件から手を引くよう説得するつもりだ。
これ以上は伊藤に危害が及ぶ可能性がある。生徒会長は本気だ。三股とは別の理由で伊藤を処罰するだろう。
俺達は処罰される覚悟はあるが、伊藤は臨時の風紀委員だ。巻き込むわけにはいかない。
「悪いんだけど、正道、お願いがあるんだ。伊藤さんの事、面倒みてあげてほしい」
「状況を見ていえ。伊藤にさく時間はない。この一件が解決してからにしろ」
「……それでも頼めないかな?」
俺の依頼を左近は受けてくれた。なら、左近の願いも叶えるべきだ。
承諾する前に、俺は前から気になっていた疑問を左近にぶつける。
「なあ、左近」
「何?」
「いい加減、教えてくれ。伊藤は何なんだ?」
ストレートな意見に、左近は笑っている。
「正道らしいね。彼女、悩みがあってね。三股の問題は解決できたけど、根底にあるものは何も解決しなかったから、正道を紹介したの。正道と組めば、問題を解決するためのヒントを掴めると思って」
俺と行動することで何の問題が解決するのだろうか? それとも、伊藤の悩みについても、押水が関わっているのだろうか? 女のトラブルをまるでブラックホール並に吸収するヤツだからな。ありえるかもしれん。
左近は俺の思考を読んで、それはないと首を振る。
なら、お節介か? それこそありえない。
「僕は伊藤さんと契約した。伊藤さんの悩みを解決するから手伝って欲しいって。僕はまだ、伊藤さんの悩みを解決してない。でも、手伝ってもらっている。なら、契約は果たすべきでしょ? だから、頼めないかな?」
「……分かった」
やはり、左近は隠している。そもそも、伊藤を選んだ理由を話していない。
左近が伊藤にこだわる理由は話すつもりはないようだな。
今は聞かないでおこう。やるべき事を先にやるべきだ。
話は終わったので席を立つ。ここでやるべきことはやった。次にやるべきことをしなければ。
公園を立ち去ろうとすると、左近が声をかけてくる。
「伊藤さんの事、お願いね」
「了解した」
振り返ることなく、俺は公園を後にした。
「あ、藤堂先輩、ちょりーす」
伊藤の様子を見に教室にいってみたが、ごみを捨てに教室を出てから帰ってこないと聞いて、焼却炉に向かった。焼却炉に着くと伊藤の友達が俺に挨拶をしてきた。
「おう、伊藤はいるか?」
「ほのほのならあそこです」
るりかが指差した方向を見ると、伊藤は焼却炉前に立っていた。あそこだけ雰囲気が暗い。
「何かあったのか?」
「ほのか、風紀委員クビになったこと怒っていて、スクープゲットして見返すんだってゴットをストーカーしたら……」
「ラッキースケベの餌食になっちゃいまして。良かったね、ほのほの。美少女に認定されて」
二人の言葉に伊藤は何も反応しない。ついに伊藤にまで被害が出たか。ひどい目にあった光景が簡単に想像できてしまう。
「……死にたい、シックスナインだなんて……顔にイチモツが……大事なところに息がかかって……いやぁあああああああああああああああああ! ハラキリよ! 介錯お願い!」
うわぁあんと泣き出す伊藤を見て、俺はため息をつく。
元気じゃないか。左近の言葉のせいで心配していたが、杞憂だったなみたいだ。そう思った瞬間、伊藤はとんでもない行動に出た。焼却炉の投入口に体ごと近づいていくではないか。
まさか!
俺は慌てて伊藤を止めに入る。
「おい、伊藤! 何をしている!」
「ちょ!」
力いっぱい伊藤の肩を掴んだのはいいが、伊藤は体制を崩し、焼却炉にぶつかりそうになった。
「あぶな! 先輩! 殺す気ですか!」
「んなわけあるか! 焼却炉前で何している!」
伊藤は憂いのある顔で抱えていた箱を前に出す。
「思い出を捨てようとしただけです」
「思い出?」
「そう……吉永さんは死んだんです……」
伊藤が持っていたダンボールの中にはウィッグやメイク道具が入っていた。
「ほのほの、変装して、偽名を使ってゴットに近づいたんです。箱に入っているのが変装道具です」
だから、偽名の吉永さんか……。
「……」
俺は無言で伊藤の頭にゲンコツを振り下ろす。
「げはっ! な、何するんですか!」
「私物を燃やすな、馬鹿者が!」
本当、心配して損した。全くややこしいヤツだ。
「伊藤、暇なら手伝ってくれないか?」
「先輩のいけず! 慰めてよ!」
頬を膨らませる伊藤に、俺は言葉をかける。
「やられたらやりかえせ」
この言葉に伊藤は微笑む。
「……ふふっ、ですよね。私としたことがあの有名な台詞を忘れていました。セクハラにあったのも、体重が一キロ増えたのも、脂肪がお腹についたのも、抜き打ちテストがあったのも、今日の星占いが最下位なのも、不景気なのも、戦争が終わらないのも全部彼のせいです! やられたらやりかえす、やられてなくてもやりかえす、身に覚えがなくてもやり返す……倍返しだ!」
「それはただの八つ当たりだ」
伊藤のアホな発言に、俺はこめかみを押さえてしまう。伊藤は舌を出して笑っていた。
「いくぞ」
「はい! じゃあね、るりか、明日香」
「ば~い!」
「じゃあね」
三人のやり取りを見て、少し違和感を覚えた。伊藤は元気そうにみえるが、もしかすると、空元気を出しているだけなのか?
だとしたら、伊藤は何か悩んでいることになる。左近の言っていた伊藤の問題とはいったい……。
「どうぞ」
「失礼します」
息を整え、生徒会室のドアを開ける。ここに来た目的は生徒会長だ。都合よく、生徒会室には生徒会長一人しかいない。
気のせいか、生徒会長は疲れているように見えた。
「少しお話よろしいでしょうか?」
「何かしら」
生徒会長は席に座るよう目配りしたが、俺は首を振って断る。
「単刀直入に伺います。今度、スクールアイドルをプロデュースするにあたって押水君を推薦したのは生徒会長、あなただと先生から聞きました。本当ですか?」
「ええっ」
生徒会長はため息をつきながら頷く。
「正気ですか?」
俺の言葉に生徒会長は眉をひそめる。
「酷い言われようね、仮にも私の身内に」
「身内だからこそです。身内びいきと言われても仕方ないでしょう。押水君の周りに後何人女子生徒をはべらすつもりですか? 収拾がつかなくなりますよ」
「収拾がつかないって、藤堂君達が手を出さなければ……」
生徒会長の意見を、俺は即座に否定する。
「手を出さなければ済むと言いたいのですか? それは大きな誤解です。今の状況は膨れきった風船です。ちょっとした刺激で割れてしまう危険な状態です。生徒の中にも押水君に不審を抱く生徒が大勢います。そのうち、取り返しのつかない事態になりますよ」
憶測ではない。これは事実だ。
押水の家族である生徒会長に警告したのは、いい加減、彼を甘やかすのをやめて欲しいからだ。
生徒会長はため息をつき、反論する。
「そうならないよう、私個人でサポートしてきたから問題は起こりませんでした。あなたたちが騒ぐから問題になるんです」
「だから、橘風紀委員長を自主退任に追い詰めたんですか? 生徒会長の立場を利用して」
真っ直ぐ生徒会長を睨みつける。
「追い詰めてません」
「おかしいですね、先生から教えていただいたのですが違いましたか? なら、もう一度確認するまでです」
「……どうして話してしまうのかしら、あの先生は」
左近の解任については生徒指導主事に確認した。
最初は教えてくれなかったが、鎌を掛けたら認めた。その後、怒られた。
「やり方が卑怯ではありませんか。風紀委員顧問が出張している間に橘風紀委員長を解任させるなんて」
「言ったはずです。容赦しないと」
「これが生徒会長のやり方ですか?」
「ええっ。弟君を護る為ならどんなことでもします」
何度目になるのか、俺と押水姉は睨み合う。同じ相手にここまでガンきったのは久しぶりだ。
俺も押水姉も、きっと戦う相手は違うヤツだ。なのに、無用な争いを続けていることに疲れを感じていた。
押水姉も俺と同じ事を思っているかもしれない。彼女の言葉には以前のような強い意志があるわけでなく、苛立ちが含まれている。愚弟の対応に疲れているのだろう。
「一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「君と話すことはないわ」
「なぜ、生徒会長は彼に告白しないのですか? いや、告白したくても出来ないのでは? 彼の本命を知っているから。違いますか?」
ずっと考えていた。どうして、押水姉は押水に告白しないのか? 彼女ならいくらでも、彼と二人きりになる時間を作れたはずだ。
押水に告白しない理由があるとすれば、告白しても無駄であることを押水姉は知っているからだと俺は推測した。
つまりは、押水姉は押水の本命を知っている。
俺の問いに押水姉は……。
「答える義務はありません」
「俺になくても、押水を慕う女子にはあるんじゃないんですか? いい加減、彼女達を解放するべきだ」
もし、俺の考えが正しければ、この騒動は終わらせるべきだ。
報われない恋愛に何の意味がある? ないだろうが。そのことは押水姉が一番よく知っているはずだ。
「……私は弟君を信じています。それに、弟君の両親に頼まれました。私は姉として、弟君を護ります」
「姉ではなく、あなた個人の意見はどうなんですか?」
「……それは」
押水姉の瞳が一瞬、揺れたように思えた。それは押水姉が俺にみせた初めての弱みだったのかもしれない。
押水姉の身体がゆっくりと傾く。
「危ない!」
俺は咄嗟に押水姉を支えた。コイツは……。
「ごめんなさい。大丈夫だから……」
「……ダメだ。保健室に連れて行く」
押水姉の顔は真っ青になっている。
疲労? 貧血?
分かるのは、体調がかなり悪いということだ。押水姉を支えて分かった。驚くほど軽かった。
俺はこんな華奢なヤツずっと言い負かされていたのか? 俺が押水姉に勝てなかった理由、それは……。
押水姉は抵抗してきたが、弱々しい。
「そんなこと……」
「頼む。言うことを聞いてほしい。保健室に連れて行ったら、俺はもう、消えるから。約束する」
俺は有無を言わさずに押水姉を抱きかかえた。押水姉は目を丸くしているが、今は緊急事態だ。
俺は保健室まで押水姉を運んだ。
放課後、青島中央公園に足を運んでいた。
その名の通り、この島の中心部にある自然公園だ。
ジョギングコースやテニスコート、色とりどりの植物等、憩いの場所になっているこの公園に来たのは、ある人物に会うためだ。
その人物はすぐに見つかった。
ベンチに座り、鳩にエサをあげている。
優しげな笑みを浮かべている男性に声をかけた。
「ここにいたのか、左近」
「……正道か。ほら、見てみなよ。鳩、可愛いよね」
左近の顔にはまるで覇気を感じない。風紀委員長を辞めさせられたことがそんなにショックだったのか。こんな左近を見たくなかった。
「顔、どうしたの? 痣があるじゃない」
「……アイツに殴られた。猶予は一週間と言われた。それまでに結果が残せなかった場合は……風紀委員は終わりだ」
「そう……」
俺は左近の気のない返事に苛立ちを抑え、ここに来た目的を伝える。
「左近、調べて欲しいことがある」
「人使い荒いよね、正道は。僕はもう風紀委員長じゃないよ」
「このままやられっぱなしで本当にいいのか? いろんなものを犠牲にして、俺達は風紀委員を立ち上げたんだぞ。その責任をとらずに、このまま泣き寝入りするつもりか?」
俺達にはまだやるべきことがある。押水の件もそうだ。絶対に引き下がれない。
お互いしばらくの間、にらみ合ったが、左近は視線をそらし、鳩に餌を与えている。
重傷だな、これは。
俺は左近の隣に座り、公園を見渡す。
俺達の状況はかなり追い詰められているが、この公園の景色は平和そのもので、子供達が笑顔で走り回っていた。
俺達の間に何の会話もない。
こんなところで時間を無駄にするわけにはいかないのだが、この時間は必要なことだと感じていた。
正直、俺はまだ左近が風紀委員長を辞めさせられたことが信じられなかった。左近なら、きっとうまく立ち回って辞任を回避できたはずだ。
左近らしくない。
そのことを問いただしたかったが、口にしなかった。左近が話してくれるまで待つつもりだ。
三十分ほどたったとき。
「……ショックだったよ」
左近の独り言のようなか細い声が聞こえてきた。
俺はそのまま黙って左近の独り言に耳を傾ける。
「風紀委員長を辞めるつもりなんてなかった。うまく切り抜ける自信だってあった。反撃する材料も用意してきた。でも、生徒会長が伊藤さんの三股の事をどこからか聞きつけてね、伊藤さんを処罰しようとしたんだ」
「まさか……」
「そう、取引に応じちゃったわけ。伊藤さんの事、目をつぶってもらう代わりに風紀委員長を辞めろって」
信じられなかった。左近が風紀委員長を辞めたのは伊藤を護るためだったのか?
なんなんだ、一体……左近と伊藤の間に、何があるんだ?
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「笑い話にもならないよね。自分でも驚いてるんだ。僕らしくない行動をしたって思っている。だから、これ以上、聞かないでね」
左近は自分のとった行動が理解できないのか、本気で落ち込んでいた。
そんな左近を見て、俺は不謹慎だが嬉しいと思った。
左近は合理主義者で自分に利益のある人物は優遇させるが、所詮損得でのつながりだ。
今回の件はその損得では測れない、誰かのために自分を犠牲に出来る心を左近は持っていたことが証明された。
俺としては左近の後ろ盾がなくなったので不味い状況なのだが、どうしてだろうな、嬉しいと思ったんだ。
「……分かった。だが、俺の依頼の件、頼めないか? さっきも言ったが、このままだと風紀委員は終わりだ。青島の不良はなんとかなるが、アイツらは無理だ。抑えることは絶対にできない。状況は変わった。俺がなんとしてもこの一件に片をつける」
「……分かったよ。で、何が知りたいの?」
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「押水と佐藤と桜井の関係と押水と高城と押水遥の関係、この二つだ」
「多いね。後者は分かるけど、前者はなんで?」
「気になったからだ」
好奇心丸出しの回答に、左近は苦笑いを浮かべる。
「打開できそう?」
「……なんとかする」
俺が仏頂面をしているときは自信がないことを、左近は知っている。自信があろうがなかろうが行動することも、左近は知っている。
左近は苦笑しつつ、頷いた。
「分かったよ。僕もやられっぱなしじゃあ嫌だしね。調べておいてあげる」
「頼む」
左近から了解を得ることができて、安堵のため息をつく。
俺は別の話題を左近にふった。
「なあ、左近。戻ってくる気はないのか? 義務や責任だけでなく、俺は左近と風紀委員を続けたい」
「……そうだね。復帰しないといけないよね。でも、少し休ませてくれる? ちょっとだけ休みたいんだ」
「……分かった。ゆっくり休んでろ。それまでにお膳立てはしておいてやる」
それは再戦を誓う言葉。押水の一件にケリをつける為の予告。
そう遠くない未来にそれが実現すると、なぜかそう予感していた。
「それはそうと正道、相棒はどうしてる?」
「伊藤のことか? さあな」
俺はあえて知らないふりをした。改めて話すと伊藤には伝えているが、この件から手を引くよう説得するつもりだ。
これ以上は伊藤に危害が及ぶ可能性がある。生徒会長は本気だ。三股とは別の理由で伊藤を処罰するだろう。
俺達は処罰される覚悟はあるが、伊藤は臨時の風紀委員だ。巻き込むわけにはいかない。
「悪いんだけど、正道、お願いがあるんだ。伊藤さんの事、面倒みてあげてほしい」
「状況を見ていえ。伊藤にさく時間はない。この一件が解決してからにしろ」
「……それでも頼めないかな?」
俺の依頼を左近は受けてくれた。なら、左近の願いも叶えるべきだ。
承諾する前に、俺は前から気になっていた疑問を左近にぶつける。
「なあ、左近」
「何?」
「いい加減、教えてくれ。伊藤は何なんだ?」
ストレートな意見に、左近は笑っている。
「正道らしいね。彼女、悩みがあってね。三股の問題は解決できたけど、根底にあるものは何も解決しなかったから、正道を紹介したの。正道と組めば、問題を解決するためのヒントを掴めると思って」
俺と行動することで何の問題が解決するのだろうか? それとも、伊藤の悩みについても、押水が関わっているのだろうか? 女のトラブルをまるでブラックホール並に吸収するヤツだからな。ありえるかもしれん。
左近は俺の思考を読んで、それはないと首を振る。
なら、お節介か? それこそありえない。
「僕は伊藤さんと契約した。伊藤さんの悩みを解決するから手伝って欲しいって。僕はまだ、伊藤さんの悩みを解決してない。でも、手伝ってもらっている。なら、契約は果たすべきでしょ? だから、頼めないかな?」
「……分かった」
やはり、左近は隠している。そもそも、伊藤を選んだ理由を話していない。
左近が伊藤にこだわる理由は話すつもりはないようだな。
今は聞かないでおこう。やるべき事を先にやるべきだ。
話は終わったので席を立つ。ここでやるべきことはやった。次にやるべきことをしなければ。
公園を立ち去ろうとすると、左近が声をかけてくる。
「伊藤さんの事、お願いね」
「了解した」
振り返ることなく、俺は公園を後にした。
「あ、藤堂先輩、ちょりーす」
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「おう、伊藤はいるか?」
「ほのほのならあそこです」
るりかが指差した方向を見ると、伊藤は焼却炉前に立っていた。あそこだけ雰囲気が暗い。
「何かあったのか?」
「ほのか、風紀委員クビになったこと怒っていて、スクープゲットして見返すんだってゴットをストーカーしたら……」
「ラッキースケベの餌食になっちゃいまして。良かったね、ほのほの。美少女に認定されて」
二人の言葉に伊藤は何も反応しない。ついに伊藤にまで被害が出たか。ひどい目にあった光景が簡単に想像できてしまう。
「……死にたい、シックスナインだなんて……顔にイチモツが……大事なところに息がかかって……いやぁあああああああああああああああああ! ハラキリよ! 介錯お願い!」
うわぁあんと泣き出す伊藤を見て、俺はため息をつく。
元気じゃないか。左近の言葉のせいで心配していたが、杞憂だったなみたいだ。そう思った瞬間、伊藤はとんでもない行動に出た。焼却炉の投入口に体ごと近づいていくではないか。
まさか!
俺は慌てて伊藤を止めに入る。
「おい、伊藤! 何をしている!」
「ちょ!」
力いっぱい伊藤の肩を掴んだのはいいが、伊藤は体制を崩し、焼却炉にぶつかりそうになった。
「あぶな! 先輩! 殺す気ですか!」
「んなわけあるか! 焼却炉前で何している!」
伊藤は憂いのある顔で抱えていた箱を前に出す。
「思い出を捨てようとしただけです」
「思い出?」
「そう……吉永さんは死んだんです……」
伊藤が持っていたダンボールの中にはウィッグやメイク道具が入っていた。
「ほのほの、変装して、偽名を使ってゴットに近づいたんです。箱に入っているのが変装道具です」
だから、偽名の吉永さんか……。
「……」
俺は無言で伊藤の頭にゲンコツを振り下ろす。
「げはっ! な、何するんですか!」
「私物を燃やすな、馬鹿者が!」
本当、心配して損した。全くややこしいヤツだ。
「伊藤、暇なら手伝ってくれないか?」
「先輩のいけず! 慰めてよ!」
頬を膨らませる伊藤に、俺は言葉をかける。
「やられたらやりかえせ」
この言葉に伊藤は微笑む。
「……ふふっ、ですよね。私としたことがあの有名な台詞を忘れていました。セクハラにあったのも、体重が一キロ増えたのも、脂肪がお腹についたのも、抜き打ちテストがあったのも、今日の星占いが最下位なのも、不景気なのも、戦争が終わらないのも全部彼のせいです! やられたらやりかえす、やられてなくてもやりかえす、身に覚えがなくてもやり返す……倍返しだ!」
「それはただの八つ当たりだ」
伊藤のアホな発言に、俺はこめかみを押さえてしまう。伊藤は舌を出して笑っていた。
「いくぞ」
「はい! じゃあね、るりか、明日香」
「ば~い!」
「じゃあね」
三人のやり取りを見て、少し違和感を覚えた。伊藤は元気そうにみえるが、もしかすると、空元気を出しているだけなのか?
だとしたら、伊藤は何か悩んでいることになる。左近の言っていた伊藤の問題とはいったい……。
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