風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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五章

五話 伊藤ほのかの傷心 その一

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「ほのか! ご飯よ!」
「……」
「ほのか!」
「……食べたくない」

 私はドア越しに返事する。ママはそのままキッチンに戻っていった。

「姉ちゃんどうかした?」
「ご飯いらないって」
「明日、雪が降るな」
「こら、剛! お姉ちゃんのご飯、食べない!」

 ……。



 何もやる気が起きない。
 電気もつけずに暗闇の中、ベットに潜ったままじっとしている。制服のまま、しわになるのもかまわずにうずくまり、痛みに耐えている。

 涙があふれてくる。
 どうやって家に帰ってきたのか、覚えていない。唇を洗ったことは覚えている。唇が荒れても、何度も何度も洗った。洗っても洗っても、何も変わらなかった。

 ファーストキスを獅子王先輩に無理やり奪われたこと。しかも、先輩の目の前で。

 先輩……負けたんだよね。
 正直、信じられなかった。
 先輩が世界で一番強いわけじゃない。体調だって悪かった。だけど、あんなに一方的に負けるなんて思ってもみなかった。
 テニスでもバスケでも一矢いっしむくいたのに、今回は手も足も出なかった。

 ショックだった。
 そのせいで、私の大切な……違う! そうじゃないでしょ!
 私は無意識に思ってはいけないことを考えてしまった。先輩のせいにしようとするなんて、サイテーだ、私は。
 でも、心の底にある感情が抑えられない。

 先輩がもし、体調が万全なら。
 獅子王先輩に喧嘩を売らなければ。
 教室で獅子王先輩より先に古見君に会っていれば。

 考えても無駄なのに、思ってしまう。過ぎたことを悔やんでも仕方ないのに、もしかしたらのことを考えてしまう。
 黒い感情が胸の中でざわつき、あふれてくる。

 先輩のせいじゃない。先輩のせいじゃない。先輩のせいじゃない。
 呪文のように口走る。
 そうでもしないと感情を抑えきれなくて、悲しくて、悔しくて……泣いた。



 夢を見た。
 おばあちゃんが生きていた時の夢。
 私が子供のころの夢。

「……こうして二人は幸せになりましたとさ。めでたしめでたし」
「めーたしめーたし!」

 私はおばあちゃんの膝に座り、お気に入りの絵本を読んでもらっていた。

 シンデレラ。

 きれいなドレスを着て、王子様と恋におち、幸せになる。
 女の子なら誰もが憧れる物語。

「ねえ、おばーちゃん。ほのかにもおーじがきてくれる?」
「そうだね。ほのかがいい子にして、お母さんのお手伝いをしっかりしたら、きっとくるわ」
「いーこするー! てーだう!」

 おばあちゃんは優しく微笑む。
 私はおばあちゃんの笑顔が大好きだ。
 喜んでほしくて、私はとっておきのことをおばあちゃんに話した。

「おばーちゃん。けーこんってチューするの!」
「ほのかは物知りさんだね」
「エヘヘ!」

 おばあちゃんの優しい手が私の頭を撫でてくれる。おばあちゃんに褒めてもらいたくて、いっぱい、いーっぱいお話をした。

「ほのか。口づけは大切なものだから、好きな人だけにしておやり」
「はーい! じゃーおばーちゃんにちゅーする!」

 私はおばあちゃんのほっぺにチューをした。
 おばあちゃんは喜んでくれる。
 うれしくて私も笑顔になる。

「ありがと、ほのか。おばあちゃん、うれしいわ。お礼にいいことを教えてあげるわ」
「なーに?」
「女の子にとって一番大事なキスをファーストキスっていうの」
「ふぁ……ーとす?」

 おばあちゃんが私の頭を撫でながら、教えてくれた。

「ファーストキス。いいかい、はじめてのキスは一番大切な人のためにとっておくんだよ?」
「おばーちゃんより?」

 私は首をかしげて聞き返す。
 おばあちゃんより大切な人って誰だろう?
 パパ? ママ?

「ああ、そうだよ。ほのかのお気に入りのうさちゃんよりも大事なものだから、大切にするんだよ。おばあちゃんとの約束。できるかい?」
「できる!」

 私は両手を上げて賛同さんどうする。
 おばあちゃんとの約束は絶対。
 だって、約束を破るとおばあちゃんが悲しむから。
 大好きなおばあちゃんには笑っていてほしい。おばあちゃんの笑顔が大好きだから。

「ふふっ、いいお返事ね。おりこうさんなほのかにはもっといいこと教えてあげる。このせかいで最初のカップルは誰か知っているかい?」
「だーれ?」
「それはね、アダムと……」
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