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六章

六話 伊藤ほのかの再戦 勝率0パーセントのリベンジ編 その八

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 勝負の結果は当然、獅子王先輩の勝ち。でも、先輩は役目を果たしてくれた。
 橘先輩の想像以上に獅子王先輩のスタミナを減らすことができたはず。試合に負けて勝負に勝つとはこのことだろう。

「この、バカ! 相手のペースに乗せられてどうする! 後、二人いるんだぞ!」
「やかましい! 俺様は無敵だから問題ねえんだよ!」
「獅子王さん! 体を休めてください!」

 試合後、獅子王先輩は顧問にお説教されて、古見君のマッサージをうけていた。
 五分後に次の対戦が始まる。

 長尾先輩と獅子王先輩が準備をしているなか、私は壁により掛かって座っている先輩に真っ直ぐ近寄った。
 もう、躊躇ちゅうちょしない。
 次は私が戦う番。でも、その前にどうしても確認しておきたいことがある。

「先輩、お疲れ様です」
「……伊藤か。全く、疲れたよ」

 先輩の疲れた声に、私はねぎらうことなく、迷うことなくたずねる。

「先輩、教えてください。なんで、先輩は戦ったんですか? どうして私の為に戦ってくれたんですか?」

 期待してもいいですか? 女の子なら期待しちゃいますよ……私の事、好きだって。
 すごくドキドキしている。心臓の鼓動こどうが、少し離れた先輩にも聞こえそうなくらいに。抑えることなんてできない。
 知りたい……先輩の気持ちを。

 私は先輩の事、好きです。
 教えてください……先輩。先輩は私の事……。
 先輩の手が、私の頭に優しく触れた。ぎこちない手つきで私の頭を撫でてくれる。
 先輩の口が開き、つむいだ言葉は……。

「相棒……だからな」
「……」

 私は笑ってしまった。やっぱり、先輩は空気が読めないよね。好きだって言ってくれたら、私、先輩に……。
 でも、先輩らしい。胸の痛みを押さえこみ、先輩の意志を確認する。

「先輩はこれで納得しましたか? 獅子王先輩が古見君のこと、いじめていたこと」
「……やっぱり」
「やっぱり?」

 先輩はたどたどしく胸の内を話してくれた。

「……納得いかない……あんなに強い人が弱い人をしいたげるのか分からない……その答えが知りたい」

 先輩らしい答えだ。それならば、私のやるべきことは一つだけ。
 先輩は最後まで戦った。私は先輩の相棒として、先輩ができなかったことを引きごう。

「そうですか、分かりました。任せてください」
「伊藤?」

 何をすべきかはっきりと分かった。怖いけど、先輩からもらった勇気で、一人で歩くことはできる。
 いこう……これが私の戦いだ。



「待ってください!」

 獅子王先輩と長尾先輩の試合が始まろうとしたとき、私は二人の間に割って入った。
 私の行動に、レフリーの顧問が目を丸くしている。

「なんだ、女? 何か用か?」

 マウスピースを外して、獅子王先輩が睨んできた。
 怖い……でも、大丈夫。先輩が見ている。格好悪い姿は見せられない。無様ぶざまでもスマートでなくてもいい、頑張れ、私。

「獅子王先輩、聞きたいことがあります。なんで、古見君のこと、いじめるんですか?」
「はあ? 何言ってんだ、お前は」

 獅子王先輩は理解できないって顔をしている。今から戦おうって時に場違ばちがいなことを言ってるのは分かる。
 みんなの視線が痛い。空気読めてないのも分かる。

「伊藤氏、話しても無駄だから。下がって」
「すみません、長尾先輩。私にも引けない理由があるんです。お願いします」
「潤平、ちょっとだけ伊藤さんに時間をあげて」

 橘先輩の言葉に長尾先輩は肩をすくめ、コーナーに戻っていった。
 ありがとうございます、橘先輩、長尾先輩。
 私は目をそらさずに獅子王先輩を見据みすえる。呆れていた獅子王先輩が邪魔だと言わんばかりに私を睨みつける。

「どけ、邪魔だ。男の戦いに女が入ってくるな」
「嫌です。答えてくれるまでどきません。絶対に邪魔します。タオル投げます。顧問に泣いて訴えます」

 格好悪くてもいい、目的を必ず果たしてみせる。

「お、お前な」
「答えてください。なんで古見君をいじめるんですか? 獅子王先輩って強いじゃないですか。そんな人がどうしていじめなんてカッコ悪いことしてるんですか? 王者でしょ? 恥ずかしくないんですか?」
「挑発してんのか?」
「失礼な態度でしたら謝ります。ごめんなさい。ですが、答えてくれませんか?」

 獅子王先輩が呆れたような口調で私に文句を言ってきた。

「あのな、なんで俺様が古見をいじめなきゃならねえんだ? お前達だろ? 古見にいらんちょっかいをだしているのは」

 私達がちょっかいをだしている? なんでそうなるの?
 思わぬ回答に、私は戸惑ってしまう。

「あ、あの……獅子王先輩、古見君にキツくあたってませんでした? 古見君を病院送りにしましたよね? ジュースを買いにいかせたりしてましたよね?」
「? 病院送り? ボクシングやってたら怪我することなんてあるだろ? 本気で相手にすることが礼儀れいぎだろうが。逆に古見のことは認めてやっているくらいだ。それに、ジュース買いにいかせるなんて、普通だろ? 古見は俺様の後輩だぞ? 運動部系のヤツなら、俺様と同じようなことやってるだろうが」

 あ、あれ?
 話が食い違ってない? 嫌な予感がする。

「じゃあ、なんで先輩との勝負を受けたのですか?」
「ん? そうだな……なんかムカついたからだな。古見がお前らと仲良く話してるのが」

 仲良く話してる? なんのこと?


「うるせえ! 俺様が悪いみたいに決めつけるな! 大体、悪いのはアイツらだろうが! 好き勝手言いやがって! お前はそれでいいのかよ!」

「うるせえ! 俺様に意見するな、ボケ! 誰のためにこうなったと思ってんだ、こら! お前が馴れ馴れしく他の男と話しているからだろうが!」


 獅子王先輩の言葉が蘇る。
 あれって、もしかして……いや、そんなことは……でも……学校名、変わったままだし……この流れだと……あれ……だよね?

「獅子王先輩、確認したいんですけど、古見君のこと、好きなんですか?」
「はあ? そりゃあ好きだけど。いいヤツだし」
「そうじゃなくて、古見君のこと、LOVEですか?」
「何言ってんだ、お前?」

 だ、だよね! 違うよね! アハハハハハッ!
 違うと思ったらほっとしたよ。だからつい、私は冗談半分で意見した。
 でも、これがいけなかった。

「ですよね! 先輩に嫉妬しっとしてるかと思っちゃいましたよ!」
「嫉妬?」
「だって、古見君と仲良くしてイラってきたんでしょ? 嫉妬だと思いまして」
「嫉妬……」

 獅子王先輩は何か考え込んでいるけど、私はほっとしたこともあって、気にせずにおしゃべりを続ける。

「イラっとした原因が古見君をとられたくない気持ちがあったのかなって。私だってまだ恋人はいませんけど、好きな人が他の女の子と仲が良かったらイラっとしますよ」
「とられたくない……」

 よ、よかったよ~。もう獅子王先輩と喧嘩する必要もない。
 解決策も分かっちゃった! 誤解を解けばいいんだ! 私、えてる!
 もしかして、私って凄いかも! だって、先輩ができなかったことを私がげてみせるから!

 キスの件は……まあ、忘れてあげよう! っていうか忘れたい。獅子王先輩にキスされたことよりも先輩とキスしたことのほうが恥ずかしいなんて、泣けてくるよ。

「だから、勘違いしてました。そっか、よかった! あ、獅子王先輩、誤解をさせちゃってごめんなさい。私達、獅子王先輩の事、誤解してました! もう、古見君にちょっかいをかけるようなことは一切しません!」
「勘違い? 誤解? 違う……勘違いじゃない、誤解じゃない」

 ん? どうしたんだろ? 獅子王先輩の様子がおかしい。気のせい?
 獅子王先輩が急に私の肩を掴んできた!
 な、何? なんなの?

「お前!」
「きゃ! な、ななななんですか!」

 え、また、キス? ちょっと! もう、絶対にイヤ! イヤだよ!
 長尾先輩が、朝乃宮先輩が助けにきてくれそうだけど、間に合いそうにない。
 獅子王先輩の顔が近づいてきて……。

「誤解じゃねえよ!」
「え? な、何がですか?」

 私は涙目になって獅子王先輩にたずねる。
 近い近い!
 獅子王先輩の汗のにおいが分かるくらいに顔が近い。でも、格好いい!
 獅子王先輩は、今までに見せたことのない無邪気な笑みで笑いかけてきた。

「好きだ! 好きなんだよ! 愛してる!」
「……はっ?」

 あ、愛の告白? 頭の中が真っ白になる。
 なんで、私、告白されてるの?
 全員が凍りついたように固まっている。

「わ、私の事ですか?」
「冗談は顔だけにしろ。古見だよ!」
「はぁ!?」
「古見の事、好きなんだ! 愛してるんだ! ははっ! 気づいたよ、気づいたんだよ! 俺様は古見の事を愛してる!」

 え……えええええええええ~! て、展開が斜め上過ぎるでしょぉおおおおおおおおお!
 だ、誰か、この状況をなんとかしてよぉおおおおおおおおおおお!
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