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番外編 零章

零話 藤堂正道の憂鬱 その七

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 なん……だ……と?
 それは悪夢だった。寺前があろうことか新野を応援してしまった。その応援を健司は聞いてしまった。
 健司は絶望した顔になり、そのせいでバランスを崩し、つまづいてしまった。その隙に新野が追い越していく。健司は立ち上がれない。健司の横を他のクラスが通り過ぎていく。あっという間に最下位だ。
 新野は笑顔でゴールする。クラスメイトが、寺前が新野を祝福している。

 健司……。
 健司はその光景を見せつけられながらも、よろよろと立ちあがる。そんな健司を放送席の解説者が、周りの皆が頑張れ、頑張れと応援してくれている。
 皆のあたたかい声援に囲まれ、クラスメイトからはため息と非難の視線を浴び、健司はゴールした。
 だが、そんな健司を待っていたのは過酷な現実だった。

「おおっっとぉおおおおおおおお! キスだ! キスしてます! 一年A組のアンカーが女子生徒を持ち上げ、ぐるぐると回っていましたが、足がもつれて転倒! 倒れぎわの~キスっだぁあああああああ! なんというアクシデント!」

 健司は勝負に負け、全学年から最下位で走る姿をさらされ、好きな人のキスシーンを見せつけられ、存在を忘れられる。しかも、スピーカーからは甘ったるいラブソングが流れてきた。

「~~♪ ~~~~~♪ だ・け・ど、気にはなる♪ おとついよりもきっと~♪」

 まるで世界が二人を祝福しているかのようだ。そして、健司は当て馬扱い……。
 こんな……こんな酷い仕打ち……あってたまるものか!

「けんじぃいいいいいいいいいいいいいいい!」

 俺の嘆き声は誰にも届かなかった。



「……」
「先輩! 先輩! しっかりしてください!」
「なんて……茶番ちゃばんだ……」
「……ええっと、その……あか……あかでみー……ごめんなさい、先輩!」

 伊藤は逃げるように俺の元から去っていった。伊藤を追いかける気力もない。ただ、呆然と立ち尽くしていた。
 なぜこうなった? 恋愛において、幼馴染は完全無欠の地位ではなかったのか? 結ばれるのではないのか?
 伊藤の言った通りだった。あのとき、俺は伊藤をバカにしたが、本当のバカは俺だったようだ。なんて間抜けなピエロだったのだろう。

「おい、藤堂。そろそろ入場するぞ」
「あ……ああっ」

 打ちのめされた気分で、俺はゲートへと急ぐ。これから競技が始まるのにテンションはだだ下がりだ。見るんじゃなかった……。
 ゲートに向かう途中、寺前と新野、健司の姿が見えた。健司は体中土と埃にまみれ、必死に涙をこらえ、

「心菜の事、絶対に幸せにしろよ。もし泣かせたらすぐに奪いにいくからな」

 それだけを言い残して、去っていった。
 健司……お前、男だ……。

 俺が泣きそうになってどうする。前を向け。
 結果はどうあれ、これでもう俺達が同棲問題に関わることは完全にないだろう。寺前は自分の意志で新野を応援したってことは、そういうことだろう。
 押水のようなことにならなくてよかった。今はそう思うことにしよう。
 言いようのない想いはあるが、終わってしまったことだ。第三者はもう何も語るまい。

 寺前、新野、幸せにな。そう思っていたら、新野に近づく女子がいた。
 なんだ、あの女子は?
 嫌な予感がした。新野とその女子が至近距離で見つめあっている。

「レン……」
「渚?」
「……ごめん、レン。私、やっぱり、レンが好き……あなたのこと、忘れられないの」

 な、なんだと! いきなり現れた女が新野に抱きついたぞ! どういうことだ?

「ああ~、元カノ、きましたね~」
「い、伊藤? どうしてここに? いや、そんなことはどうでもいい。元カノってなんだ?」

 おいおい、寺前が泣きそうな顔をしているぞ。新野、テメエ、健司が譲ってやったのに、泣かせるなって言われてうなずいたくせに、もう浮気か! 青島の海水をたっぷりご馳走してやるぞ、こら!
 ここで伊藤の解説が入るのだが、何も言ってこない。伊藤を見ると……泣きそうな顔で頬を膨らませ、俺を睨んできた。
 なんで、お前が俺を睨んでくるんだ?

「先輩の事……心配で戻ってきたのに……どうでもいいって……ひどすぎやしませんか?」
「悪い。それより、元カノってなんだ?」
「……ぷいっ」

 コイツ、まだスネているのか? 面倒臭いな。こんなヤツだったか?
 伊藤の機嫌をよくする方法は……とりあえず、頭を撫でてみた。

「……別にいいんですけど」

 おおっ、機嫌が直った。これからは伊藤がスネている場合、とりあえず頭を撫でておくか。
 伊藤は機嫌を直し、得意げに説明してきた。

「少女漫画の王道ですよ。仲が良くなった二人の間に現れるのは大抵元カノです。三角関係は恋のスパイスですから」
「……しょっぱいな。健司は何のためにフラれたんだ?」
「大丈夫ですよ。少女漫画はアフターフォローがちゃんとされてますから」

 どういうことだ? そう聞き返そうとしたら……。

「健司君。キミは頑張った。私は知っているから」
「さわ……」

 いつの間にか、健司の前に寺前の親友であるさわが現れ、健司を労るように抱きしめていた。
 なんだ? 何かいい雰囲気というか……。

「さわさん、健司君のこと、気になっていたみたいですね。好きになった人の親友との新しい恋。まあ、こんなものですよ」

 いいのか、それで?
 俺は健司に改めて視線を送ると……。

「さわ……お前ってメガネを外すと美人だな」
「バカ……」

 いいのかよ! 眼鏡、どうでもよくねえ? いや、美人だけど! 
 アイツらも甘ったるい空気を醸し出し、お互いの空気を出している。
 一方、勝者である新野は、寺前という新しい彼女ができ……ることもなく、なぜか今度は新野をめぐって、元カノである渚と寺前が言い争いを始めた。
 あ、頭が痛くなってきたぞ……。

「先輩、どうします?」
「……俺はリレーがあるから、伊藤に任せる」
「ちょ! それはないですよ、先輩! 丸投げですか!」

 すまん、伊藤。俺には無理だ。理解の範疇を超えている……。



「正道、大丈夫かい?」
「……ああっ」

 体育祭が終わってからも、俺達は寺前達に振り回された。
 元カレ騒動から始まって、寺前と新野に次々と現れる刺客こいびとこうほたち。その数々の苦難を乗り越え、寺前と新野は晴れて恋人になった。
 はぁ……疲れた。気持ち、ブレすぎだろ、あの二人。

 風紀委員室で俺は寺前達の起こした騒動について報告書を作成していた。
 俺の疲労困憊ひろうこんぱいした姿を見て、左近は労いの言葉をかけてくるが、返事が雑になってしまう。
 もう一つ、俺を疲れさせる原因となっているのが……。

「……」

 伊藤がずっとスネていることだ。何が気に入らないんだ? はっきりいえ、はっきり。
 気分は憂鬱だが、窓の外は快晴だ。俺の気分もあれくらい晴れやかになりたい。

「伊藤、いい加減にしろ。何が気に入らないんだ?」
「……浮気者」
「浮気者? 何のことだ?」
「伊藤さんはね、正道。寺前さんと正道がラブコメしていたことに怒ってるんだよ」

 ラブコメ?
 ああっ、新野が別の女子とキスしたシーンを寺前が目撃して、俺に泣きついてきたことか。
 新野を問い詰めたが、真相は女子の目に入ったゴミを新野がとっていただけだった。
 問題は解決したように思えたが、今度は新野が俺に嫉妬し、俺と新野は決闘する羽目はめになったな。
 決闘中に寺前が乱入してきて、二人は仲直り。例のごとく、俺は放置。めでたく当て馬の仲間入りだ。

 説明するのも面倒なので、伊藤はとりあえず放置することにした。本当に疲れたのだが、気分はそう悪くない。
 寺前も新野も失敗しながらも、お互いを求め、愛し合う姿は見ていて悪い気はしなかった。
 むずがゆかったが、ハッピーエンドで終わるのなら、文句はない。こちらも苦労した甲斐かいがあるというものだ。

 お幸せにな、お二人さん。

「正道、お願いしたいことがあるんだけど」
「……恋愛ごと以外ならかまわないぞ」

 もう恋愛がらみのトラブルはご免だ。当事者同士でなんとかしてくれ。
 左近は苦笑しつつ、話を続ける。

「なら問題ない。実はね、亜羅死あらしについてなんだけど」
「亜羅死? 確か死武我鬼しぶがき隊から派生した不良グループだったな」
「そう。最近、ウチの生徒にちょっかい出し始めてさ、苦情がきてるわけ。対応をお願いしたいんだけど、正道が主導で動いてくれる?」
「了解だ」

 ようやく俺の得意分野の仕事がまわってきたな。まずは事実確認の為に被害にあった生徒から話を聞くか。
 後、亜羅死の構成……規模、人数、喧嘩の強さ……危険人物がいるか等調べておこう。
 それによって、鎮圧する為の人数が違ってくるからな。
 相手が少なければ、俺一人で十分だが、チームの大きさによっては所属する人数は変わってくる。人数が多い場合、助っ人が必要となる。
 同じ風紀委員で武闘派である御堂や順平の助けが必要になるかもな。そこも手配が必要か。

 やることがどんどんリストアップされる。はっきりと自分がやるべきことが分かる。
 やはり、俺は不良を相手にしている方が落ち着く。こっちのほうが何倍も危なくて厄介なのに、そう思えてしまうことがおかしかった。だが、事実なのだから仕方ない。
 気合いを入れていくか。

「あっ、待ってください! 私もいきます!」
「やめておけ。危ないぞ」
「だって、私、先輩の相棒なんですから! 待ってください!」

 俺は伊藤が呼び止めるのを無視して、風紀委員室を出た。どんな相手でも、理不尽な暴力をふるって、迷惑をかけさせられるのは納得いかない。立ち向かうまでだ。
 廊下の窓から涼しい風が頬を撫でる。秋はもうそこまで近づいていた。



                                       -FIN-
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