風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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八章

八話 シュウカイドウ -未熟- その三

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「待ちなさい! まだ、話しは終わってないのよ! それとも、逃げるの?」

 滝沢さん! 何で獅子王先輩を呼び止めるのよ! 空気読んでよ、バカ!
 私はロケットキックよろしく、上履きを滝沢さんにむけて飛ばした。見事に滝沢さんの顔面にヒットする。

「痛ッ! 何するのよ、このバカ!」
「バカは滝沢さんでしょ! 空気読めないの? 相手してあげるから先に校舎裏にいってなさい、このKY!」
「いったわね! 上等よ!」

 よっし!
 心の中でガッツポーズを決める! ファインプレイだよね! 今日のMVP、間違いなく私だよね!
 早くこの二人を遠ざけないと……。

「ちょっと待て。俺様のほうが先だろうが! なんで俺様がおまえから逃げなきゃいけねえんだ。言いたいことがあるならさっさといえ、ブス!」

 なんてこった! せっかく邪魔者を遠ざけようとしたのに。
 私は頭を抱えてくなった。古見君も困った顔で笑っている。
 何なの、コレ。何かフラグがたっているの? 神はどこまで私に試練を与えるの?

「なんですって! 私がブスならあんたはゲイでしょ! あんた、ひなたと付き合ってるって本当なの? 本当なら許さないわよ!」

 終わった……。

『あきらめるな、伊藤!』

 先輩……そう……だよね……そうですよね、先輩!
 私は心の中で先輩の声(幻聴)を作り上げ、鋼鉄こうてつの意志で立ち直る。
 まだ傷は浅い。獅子王先輩、空気読んでください! 奇跡きせきよ、降臨こうりんしてぇえええ!

「まだ付き合ってねえ。だが、絶対に付き合ってみせる!」
「……」

 私は無言でひざまついた。滝沢さんは口をパクパクさせ、動けない。古見君も硬直している。
 終わった……今度こそ、終わった……。
 ふふっ……先輩、頑張ったんですよ、私。でも、もう無理。爆発は止められない。

「キモ! キモいっしょ!」
「マジかよ! 信じられねえ!」
「頭、大丈夫かよ!」

 周りの男の子が騒ぎたてる。古見君は辛そうにうつむいているだけ。
 獅子王先輩のことは止められなかったけど、古見君を護らなきゃ。でも、私一人で何が出来るの?
 この悪意に踏み込むかと思うと、怖くて足が震えていた。私、風紀委員なのに……。
 この悪意の中で、獅子王先輩は堂々と、何を気にするわけでもなく、騒いでいる男子に近づくと、いきなり殴りかかった。

「!」

 轟音が響き渡った。
 獅子王先輩の拳が古見君をバカにしていた男の子のすぐ横を通り過ぎ、壁にぶつかる。
 誰もが即、黙り込んだ。
 体を突き抜ける爆音と、教室全体を揺らすヘビー級のストレート。当たれば、即病院行き。
 聞いたことがある。法律ではプロボクサーの拳は凶器扱いなんだって。正当防衛すら認められない、過剰防衛になってしまうほどの危険なもの。

 おおげさな表現だって思ってたけど、私が間違っていた。あの音、あの振動は……あたれば、人を殺せてしまう恐ろしいものだ。
 教室を取り巻いていた悪意は、更なる暴力で支配される。私も滝沢さんも黙ったまま、動けなかった。
 殴られそうになった男の子は尻餅をつき、青ざめていた。

「何か文句あるか?」

 誰も何も言わない。言えるわけがない。
 もし、文句を言う人がいれば、その人はきっと自殺志望者。間違いなく殺される。
 獅子王先輩の殺気に満ちた目に、誰も目を合わせることができない。いつもは止めに入る古見君だって震えている。滝沢さんも真っ青になって、うつむいていた。
 ようやく、周りの男の子は自分のしでかしたこと、誰に喧嘩を売ったのか、気づいてくれたみたい。
 本当になんで気づかないのか、不思議でならない。

 ん? 何かアンモニアのにおいがする。その匂いの元をさがしてみると、尻餅をついている男の子の股からにおった。
 漏らしたの? 男の子が!
 で、でも、獅子王先輩に睨まれ続けていたら、そうなっちゃうよね。しかも、重量級のチャンピオンのストレートだもん。私でもチビるかも。
 獅子王先輩は興味が失せたのか、古見君と一緒に教室を出た。私達は獅子王先輩がいなくなってからも、動くことができなかった。



「そんなことがあったのか」

 私は先輩にお昼休みの出来事、獅子王先輩のことを報告していた。
 話が長くなりそうだったので、放課後に先輩を樫の木の下に呼び出し、話を聞いてもらった。
 このことを話せば、先輩は怒ってしまうのかもしれない。獅子王先輩を問題視して、同性愛を含めて取り締まりの対象と考えてしまうのかもしれない。
 でも、先輩は私を手伝ってくれている。だから、不利になりそうなことでもちゃんと先輩に話しておきたかった。

「まあ、自業自得じごうじとくとも言えなくはないんですけどね。私個人としては、同情の余地よちなんて全くないんですけど」

 あれから、漏らした男の子は教室を出ていったまま、戻ってこなかった。
 お昼休みの出来事は瞬く間に噂になった。獅子王先輩の発言よりも、漏らした男の事をバカにした内容の噂だった。
 私は漏らした男の子が可哀そうだとは思わない。考えもなしに獅子王先輩をからかった。当然の報い。
 人をバカにして、ただですむなんて甘い考えをしているからこうなるの。ちょっといい気味きみ

「注意が必要だな」
「ちょっと待ってください、先輩。獅子王先輩に注意するのは逆効果です。また、喧嘩になっちゃいますよ! 私、嫌なんです。もう、先輩が傷つくのを見ているだけなんて……」

 獅子王先輩と先輩のボクシング対決を見てから……私、暴力が嫌いになった。
 漫画でさえ、見る気になれない。それほどにショックな出来事だったから……もう見たくないよ……。

「す、すまん、伊藤。今度は伊藤を巻き込まないようにするから」
「違うでしょ! 喧嘩をするのをやめてほしいって言ってるんです! バカなんですか、先輩は! 冗談でも言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「……すまん」

 先輩が申し訳なさそうに頭を下げてきた。その姿に、少し言い過ぎたかなって罪悪感を覚えちゃう。
 でも、やっぱりゆずれない。喧嘩は絶対にダメ!
 先輩はこんなこと冗談でいう人じゃない。また、勝負ごとになれば本気でぶつかる人。だから、私が止めなきゃ。

「先輩が気にするのは当然だと思います。暴力沙汰になりそうでしたから。でも、待ってほしいんです。気になることがあるんです」
「気になること?」

 私は以前いぜん、見回り中に獅子王先輩にからまれたこと、朝乃宮先輩がサッキーをかばって獅子王先輩に殴られたことを話した。
 話を聞き終わった先輩は眉をひそめ、呆れていた。私も苦笑してしまう。

「以前の獅子王先輩なら、性別に関係なく嫌な相手を殴っていましたけど、お昼の件は誰も殴りませんでした。なぜだか分かりますか?」
「……偶然かわした?」
「違います。先輩は覚えていませんか? 恋愛講座をしたときに私、獅子王先輩に古見君が嫌がることはやめたほうがいいって話をしたことです。暴力はやめたほうがいいってアドバイスしたら、獅子王先輩はそのとおりに行動してくれたんですよ」


「今日の事を教訓にしてください。あと、古見君に暴力とか命令とか、嫌がることは止めてあげてくださいね。誤解されますから」
「俺様はもう、古見を傷つけること、しねえよ」


 獅子王先輩はちゃんと私のアドバイスを実施じっししてくれたんだ。
 ちょっと見直したかも。

「……偶然じゃないのか?」
「それはないと思いますよ。獅子王先輩がパンチを外すなんてありえません。わざと外したんですよ、古見君の為に。古見君を思いやることで、獅子王先輩はきっと更生していきますよ。だから、あせらずに見守りませんか?」
「……そうだな。様子見をするか」
「先輩……ありがとうございます!」

 先輩は苦笑しつつ、私の意見を聞いてくれて、判断してくれた。
 先輩に話して……相談してよかった。
 私は獅子王先輩の変化に喜んでいた。きっといい方向に変わっていけると思った。
 だけど、獅子王先輩達に待っていたのは、悪意に満ちた嫌がらせだった。
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