風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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十三章

十三話 タネツケバナ -不屈の力- その二

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「まさか、この僕が伊藤氏の初めての相手になるとは」
「誤解を生む言い方は結構ですよ、長尾先輩」

 私は選んだ最初の相手は長尾先輩。理由はもちろんある。
 私の読み通り、長尾先輩は二つ返事で引き受けてもらえた。しかも、勝負内容は私に一任してくれている。
 そんなわけで今、私達は戦いの場へとおもむいている。

「それで、何で勝負するの? アニオタ知識? それとも、魔女っ子について語るの? それなら、『白魔女さんが通る!』、がいいな」
「長尾先輩って私に勝つ気、ないですよね? 私に花を持たせてくれるんですか?」

 私の問いかけに長尾先輩が苦笑している。その態度で分かってしまった。

「伊藤氏やみんなには悪いけどこの勝負、僕は本気になれないよ。同性愛事はよく知らんけど、伊藤氏のやることにケチをつける気は僕にはない。みんなやる気満々だし、僕くらい手を抜いたっていいと思ってるんだ。迷惑かけたとか、償うとか伊藤氏は大袈裟おおげさだよ。僕が相手の時くらい、肩の力を抜いていいからさ。僕、こうみえても伊藤氏の先輩なんだし、後輩には頼ってもらいたいよ」

 長尾先輩が笑って私のことを許してくれる。でも、この優しさに甘えてちゃいけないんだ。
 だから、いきなり切り札を切らせていただきます。

「ありがとうございます、長尾先輩。私、長尾先輩のこと格好いいと思いますよ。先輩には負けますけど」
「ちえ、もう少し早く出会っていれば僕達、恋人同士になれたかな?」
「……長尾先輩、これが私にできる精一杯のお礼です。受け取ってください」

 私達は対決の場所にたどり着いた。場所はボクシング場。
 意外な場所に長尾先輩は戸惑っている。

「ここって……」
「入ってください。私の考えたなかで、最強の対戦相手を用意していますから」
「ちょっと待って! まさか……」

 私はドアを開く。
 そこに待ちうけていたのは最強の戦士。不敗のチャンピオン。

「よう。ケリつけようぜ」

 獅子王先輩が腕を組んで仁王立におうだちしていた。
 長尾先輩が唖然あぜんとしている。

「ま、まさか、獅子王先輩と? ボクシングで?」
「半分正解です。相手は獅子王先輩ですけど、勝負するのは腕相撲です」
「う、腕相撲?」

 そう、これが私が用意した長尾先輩への恩返し。ボクシングは危ないから避けたけど、腕相撲なら怪我しないよね。

「長尾先輩、私、考えたんです。風紀委員のみなさんに迷惑かけたこと、どうしたらつぐなえるのかって。無い知恵をしぼって、必死に考えました。長尾先輩はいいって言ってくれましたけど、その好意に甘えていたらダメなんだって思ったんです。私が長尾先輩にできる償いは、長尾先輩が本気で相手にできる場所と相手を用意することでした。本当は私が勝負するべきなんですけど、私では長尾先輩を本気にすることはできません。だから、橘先輩にお願いしたんです。対戦相手同士が話し合って、勝負の内容とルールを決め、了承すればそのルールに従うって」
「……そういうこと」

 つまり、対戦内容によっては、対戦相手を変更していいことを認めさせるためにルールを作ったのだ。
 ちょっと無理やりで卑怯ひきょうだけど、どうしても、このルールにしたかった。

「どうですか、長尾先輩? 獅子王先輩との勝負、受けてくれますか?」
「……ねえ、伊藤氏。僕が本気を出せばここで伊藤氏が負けることになるけど、いいの?」
「おいおい、俺様に勝つ気か? 百年はええよ」
「そうですよ。そんな心配無用です。敗者に何も言う資格はないんですから」

 長尾先輩の顔に歓喜かんきの表情が浮かぶ。あの優しい笑顔が獰猛どうもうな笑みに変わっていく。
 長尾先輩の雰囲気が変わっていく。まるで肉食獣のような、獲物を食い殺すような殺気を獅子王先輩に放っていた。
 勿論、獅子王先輩は全く気にせず、逆に同じような残忍な笑みを浮かべている。
 私はビビって泣きそう……。

「……おもしれえ。やろうか」

 こうして、長尾先輩VS獅子王先輩の闘いの火蓋ひぶたが切られた。



 リングの上に机を置いて、長尾先輩と獅子王先輩が向かい合う。
 ギャラリーはボクシング部員。
 審判は顧問にお願いした。

「伊藤氏、尊敬できるわ~。顧問をあごで使うなんて」
「人聞きの悪い事を言わないでくださいね、長尾先輩。善意の協力です」

 嘘じゃないですよ? ノリノリで受けてくれました。ほら、その証拠に顧問の服装、スーツに蝶ネクタイだし。
 最初、顧問は私の顔を見たとき嫌そうな顔をしていたけど、話をしてみたらこころよ承諾しょうだくしてくれた。
 男の子っていくつになっても勝負事が好きだよね。

「伊藤さん! これ、お願いします!」
「? これって……」

 ボクシング部の部員の一人が、大きめの厚紙に『1R』と書かれた紙を見せてきた。
 私はジト目で部員を睨む。

「ラウンドガール、お願いしやっす!」
「……」

 私はごみを見るような目で部員を見つめている。

「やってあげたら? みんな協力してるんだから」
「嫌です」

 長尾先輩の頼みでも、嫌なものは嫌。やる意味ないじゃない。お目汚しもいいところ。

「さっさとやってやれ。先に進まないだろ!」

 えっ? そうなの? なんで? ラウンドガールいなくてもいいじゃん?
 いつの間にかここにいるみんなが私を期待した目で見ている。いつの間にかやらなくちゃいけない空気になってるし!
 はあ……仕方ない。私がしても意味と思うんだけどな。
 では、失礼して。

「伊藤さん! これ、お願いします!」

 手渡されたのは、水着だった。ビキニタイプで布地が少ない。
 私はゴキブリを見るような目で部員をじっと見つめる。なんで、顧問も期待したような目で見つめてくるの。

「おい、おま……」
「いい加減にして! このヘンタイ!」

 私はビキニを獅子王先輩の顔に叩きつけた。
 誰が着るかこんなもの! 先輩の前だって着れないよ! やけ食いして体重が気になるのに……。

「伊藤氏、そりゃないぜ~」
「着れるわけないでしょ! 制服で我慢してください!」
「「「「制服でやってくれるんですか! お願いします!」」」」
「……」

 部員全員に頭を下げられ、お願いされてしまった。
 この部、大丈夫なの?

「この部に女子がいないんで」
「可愛い女の子にラウンドガール、してほしいんです!」
「「「「しゃーっす!」」」」

 はあ……なんでこんなに必死なの、ここの部員は。正直、私なんてみんなの期待に応えられるような女の子じゃないんだけど……ラウンドガールやらないと始まりそうにないし……。

 私はボードを手に取った。
 ううっ、恥ずかしくなってきた。
 ラウンドガールってどんなことしていたのかなと思い出してみると、部員の一人がおずおずと私に話しかけてきた。

「すみませんが、上着脱いで、スカートのたけを短くてもらっていいですか?」
「……」

 私はカスを見るような軽蔑けいべつした目で見下す。

「おい、伊藤! 早くしろ! 待たせるな!」

 なんで獅子王先輩が怒るのよ! 怒りたいのは私なんだから!
 私は観念かんねんして、ガーディガンを脱ぎ、ベルトで丈を調整する。
 風紀委員になってから丈を長くしてたけど、いざ短くすると恥ずかしい。しかも、複数の男の子にみられるために短くするなんて……最悪。

 頬を染めながらボードをあげ、リング内を回ってみせる。
 唇を鳴らす人、歓喜の声を上げる人、様々だ。
 私なんかで喜んでもらっている……そう思ったら少しサービスしたくなってきた。
 私はくるりとその場で回ってみせ、前屈みのポーズをとって、ウインクを飛ばす。

 決まった!
 おおおっ! と歓声が沸く。
 回った拍子ひょうしにスカートがふわりとめくれるけど、中が見えないように計算していますから、ガン見しても無駄ですよ、部員さん?
 そこの人、下から覗き込んでもスカートを手で押さえてるから見えないよ?
 鉄壁スカートだし。
 余興よきょうはもういいよね?

「さあ、始めようぜ。あの日の決着をつけてやるよ」
「少しはもってくれよ、獅子王先輩」

 長尾先輩がブレザーを脱ぎ、カッターシャツの袖をめくる。
 凄っ! 私の太ももくらいあるよね、あの腕! 服の上からじゃわからなかったけど、長尾先輩って脱いだら凄い! 筋肉でガチガチじゃない! 岩みたい!
 獅子王先輩って細マッチョっていうか、筋肉が引きまっているから、腕の太さは明らかに長尾先輩が上だよね。

「ねえねえ、獅子王先輩って何キロなの?」

 私は近くの部員に獅子王先輩の体重をきいてみる。

「獅子王先輩はミドル級だから七十五以下か?」
「いや、減量前だから八十前後じゃねえか?」
「そう、ありがとね」
「ちなみに伊藤さんは何キロですか?」

 長尾先輩は確か百キロだったと思うんだけど。

「伊藤さんの体重は階級で言えば……痛っ!」

 体重も腕の太さも長尾先輩のほうが上だよね。勝てるのかな?
 ちなみにしつこく尋ねてきた部員の足を、私は思いっきり踏みつけた。

 長尾先輩は全国都道府県中学生相撲選手権の無差別級で三連覇したって聞いたことがある。
 獅子王先輩もボクシングのインターハイ三連覇をしている。

 同じ三連覇でも、獅子王先輩は現役だ。長尾先輩は現役を退いて二年たってるし、獅子王先輩がやっぱり有利なのかな?
 でも、絶対的な自信があるって顔しているよね、長尾先輩。それでも、獅子王先輩の負ける姿って想像できない。

 二人が机に肘を立て、お互い手をガッチリと握り、合図を待っている。
 場が静まり返る。この中で声を出していいのは審判しんぱんである顧問だけ。
 見守っている部員が緊張して喉をごくりと鳴らす。
 顧問が二人の手をおおうように握る。

 始まる。これはきっと、BL学園最強を決める腕相撲対決。ちなみにBL学園のBLはBLUEブルー ISLANDアイランド LIBERTYリバティ、略してBLだよ。
 全員の視線が二人の腕に集まる。緊迫した空気が周りを漂っている。

「レディ……ゴー!」
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