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十六章
十六話 ホオズキ -偽り- その一
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事件の翌日。
私は橘先輩に呼び出されて風紀委員室へ向かっていた。
警察沙汰にまで発展した監禁、暴行、強姦未遂事件は犯人逮捕で幕を閉じた。この事件に巻き込まれた私は被害者なので、警察の事情聴取を受けた。
初めての経験なのでドキドキしたけど、あっさりと終わってしまった。
カツ丼はなし。代わりに青島名物『青島サブレ』、ブルーハワイ味を御馳走になった。
これって残飯処理だよね? 甘すぎて美味しくない。
事情聴取後、親に迎えにきてもらった。ママもパパも私の無事に安堵してくれた。
私が悪いわけじゃないんだけど、申し訳ない気持ちになってしまう。後、どうでもいいけど、パパ、泣きすぎ。心配し過ぎだよ。
私までもらい泣いちゃったもん。本当に恥ずかしい。
ちなみに剛は、
「ねーちゃん、犯罪者なのか? 犯罪者なのか!」
などと、意味不明に興奮していたので、ビンタ一発で目を覚ましてあげた。全く、アホな弟を持つと疲れるわ、ほんと。
事件は警察が不良達を逮捕して解決した。女鹿君も滝沢さんも捕まったらしい。
主犯の女鹿君は少年院送りになるのは確実なんだって。
全然同情する余地はないんだけど、ちゃんと更生して生まれ変わって欲しいって思ってる。
大けがをした獅子王先輩は今も病院で治療を受けている。病院でおとなしくしていればいいんだけど。
古見君は毎日獅子王先輩のお見舞いに通っているんだって。私もお見舞いにいったんだけど、古見君と獅子王先輩が仲良く話している姿を見て、ほっとした。
仲直り出来てよかったね、古見君。
実は病院で古見君と少しだけ話をして、今度、獅子王先輩と私、古見君の三人でもう一度話し合いをしてくれることになった。
つまり、朝乃宮先輩との勝負は私の勝ち。サッキーを通じて朝乃宮先輩に報告したけど、返事はまだ返ってきていない。
というか、朝乃宮先輩の連絡先を知らないから、会いに行かないといけないんだけど、なかなか会えないでいる。
事件の事もそうだけど、勝負に決着がついたことに安心していた。一番の難関だった朝乃宮先輩との勝負に勝てたことが嬉しい。
残すは先輩と橘先輩のみ。
古見君の説得も成功して、獅子王先輩との話し合いをするところまできた。日にちはそうたっていないけど、長かったよね。
そんなことを考えていたら、風紀委員室に着いた。着いたのはいいけど、入りづらいな。
一応ノックしようかな? いや、私、風紀委員だし、堂々と入ろう!
いくよ!
コンコン。
「どうぞ」
「すみません、失礼しま~す」
私はこっそりと入ることにした。
やっぱり、堂々と入る勇気なんてないよ。みんなに迷惑をかけちゃったし。
中に入ると橘先輩しかいない。他の部員はどうしたのかな? 二人きりなので落ち着かない。
「呼び出してすまないね。まあ、座ってよ」
ううっ、ドキドキする。
橘先輩には何度も言い負かされているし、それに、その……。
るりかのせい! 橘先輩が私の事好きって言うから、恥ずかしくて顔を余計に合わせづらい。
私は少し橘先輩から距離をとり、椅子に座る。
橘先輩が立ち上がり……え、ええっ! なんで私に頭を下げているの?
「伊藤さん、今回の件は本当に申し訳ない。僕の対応が甘いせいで、伊藤さんを危険な目にあわせてしまった。許してほしい」
「や、やめてくださいよ! 橘先輩のせいじゃないですよ! 女鹿君が元凶ですから!」
そう、女鹿君が悪い。あのストーカーが全部悪い!
警察に逮捕されたけど、また出てきたら復讐されるのかな? 付きまとわれるのかな? それはちょっと怖い。
「大丈夫だよ。女鹿君は退学になるから」
「えっ?」
た、退学? どういうことなの?
「彼の素行に目をつぶることを条件に、伊藤さんと別れさせたんだけど、甘かったね。今度は徹底的に叩きのめしたから。もう二度と伊藤さんの前に現れないよう躾けたから」
怖っ! 女鹿君を躾けたっていつの間に? もしかして、女鹿君よりも橘先輩の方が怖いかも。女鹿君は喧嘩売る相手、完全に間違えたよね。
わ、私、負けたらどうなるのかな? 退学ってことはないよね?
でも、橘先輩が私に謝ってくれているってことは、ちょっとチャンスかも。
私はちょんちょんと指をあわせながら上目遣いで橘先輩に尋ねてみた。
「た、橘先輩。もし、もしもですよ。私に何か償いたいと思うなら、勝負に負けてくれません?」
橘先輩は苦笑しつつ、首を横に振る。
「それは話が別でしょ? アフターフォローはしっかりやったんだから。それに元はと言えば、伊藤さんが原因だよね。そっちが負けてよ」
ですよね。
みなさんに迷惑をかけたこと、猛省しています。
「じ、実はですね、橘先輩」
「あっ、誤魔化した」
「おほん! 報告しておきたいことがありまして。実は、長尾先輩、御堂先輩、朝乃宮先輩と勝負して、勝たせていただきました。あと二人ですよ」
私は橘先輩にむかって、ブイサインをしてみせる。
ふっふっふっ……先輩に勝てばチェックメイトですよ、橘先輩。
「別にいいよ。僕が勝てばいいだけだから。でも、プレッシャーかけられたから本気だそうかな?」
「すみません申し訳ありません調子に乗っていました手加減していただけると嬉しいです」
平謝りして許してもらう。
橘先輩に本気だされたら私、退学になっちゃうよ。せっかくの高校生活が退学で終わるなんてありえない。親に合わせる顔がない。
「僕ほどじゃないけど、正道も手強いから気を付けてね」
「分かってます。手強いというか、頭が固いですよね」
二人して笑っちゃった。今、喧嘩中なのに。
全てが終わればきっと、またいつもの日常が戻ってくるよね? 私がおふざけして、先輩に怒られて、橘先輩が庇ってくれる。
そんな日常を……きっと……取り戻してみせる。
「橘風紀委員長! 大変です!」
サッキーが慌てて部屋に入ってきた。
すごく焦っているけど、何かあったの?
「上春さん、落ち着いて。大丈夫だから」
橘先輩がサッキーの肩を軽く抑え、落ち着かせる。
サッキーは息を整え、報告する。
「獅子王財閥の代理って人が学園長室に押しかけてきて……今すぐ、獅子王先輩を辞めさせるって!」
ど、どういうこと?
なんで、獅子王先輩が学園を辞めなきゃいけないの?
「なるほど、了解した。この件は僕にまかせて。上春さんはいつもどおり、見回りをしてくれる?」
「は、はい。失礼します」
サッキーは心配そうに私を見て、風紀委員室を出ていった。
「橘先輩! どういうことですか!」
「……正道の暴走だね。正道がきっと獅子王財閥に報告したみたい。同性愛の事も含めて。でなきゃ、学園を辞めさせる理由がないから」
先輩の暴走……。
押水先輩の人間関係を全て壊してしまった、後味の悪い結末。また、同じようなことがおきようとしているの?
橘先輩は早足で部屋を出ていこうとする。
「僕は獅子王先輩のご両親のこと、なんとかするから、伊藤さんは正道をお願いできる?」
「力を貸してくれるんですか?」
橘先輩は苦笑しつつ、頷いてくれた。
「まあね。こんな決着は僕も望んでいないからね」
橘先輩なら時間を稼いでくれるはず。それなら、私は先輩を説得しないと。
獅子王先輩達の仲を、押水先輩の時と同じような結果にしちゃいけない。
先輩は押水先輩の人間関係を全て壊した事を後悔していた。
先輩の勝手な行動のせいだけど、それでも、私は先輩に辛い顔をさせたくない。先輩の為にも、止めないと。
私と橘先輩は部屋を出て、この問題に対処するために走り出した。
「伊藤はん」
「朝乃宮先輩!」
先輩を探している最中に廊下で朝乃宮先輩と出会った。
「その様子やと獅子王先輩の事は知ってはるみたいやね」
「ええ。先輩がどこにいるか、知りませんか?」
「たぶん、校舎裏やない? よくあそこで考え事してはるし」
校舎裏?
あそこなら人気はないから考え事にはもってこいの場所だけど、何を考えているの? なんで、朝乃宮先輩が先輩の居場所知ってるの? でも、聞くのは怖いから言わないけどね。
私は朝乃宮先輩にお礼を言い、校舎裏に向かおうとしたとき、朝乃宮先輩に呼び止められる。
「なんですか、朝乃宮先輩? 急いでるんですけど」
「急いでは事を仕損じます。ちょっと落ち着き。話したいことがあります」
なんだろう?
確かに急いだら失敗するかもしれないけど、一刻も早く先輩と話したいのに。でも、朝乃宮先輩が無意味に私を呼び止めるとは思えない。
焦る気持ちを抑えて、朝乃宮先輩の言葉を待った。
「まずは、勝敗の結果やけど、ウチの負けです。よう頑張りはったな」
「ありがとうございます。みんなのおかげです」
「みんなはお膳立てしただけ。伊藤はんが古見君の事を想うて行動したから報われたんです。それと、堪忍な。助けに行くのが後れて」
「い、いえ! あれは私にも悪いところ? いや、ないですけど、なんかすみません」
私はパタパタと手を振る。
朝乃宮先輩に褒められると、なんだろう、すごくテレくさい。認められたって気がして嬉しくなっちゃう。
先輩っているよりも、お姉さんってカンジがするからかな? 悪戯好きで厄介だけど、面倒見がよくて見守ってくれる……それが朝乃宮先輩ってカンジなんだ。
先輩は怖い人って言うけど、怖いだけの人じゃないと私は思う。
「次は獅子王先輩やね。説得できる手立てはありますの?」
「まだ考えてますけど、でも、今は獅子王先輩の退学を阻止しないと。辞められたら元も子もないですから。だから、急がないと……」
「だから、落ち着き。阻止できても、説得できへんかったら意味ないですやろ? それに、藤堂はんとどう決着をつける気なん?」
ううっ、やること考えることが多いよ。
まずは、先輩を見つけて、これ以上、事態をややこしくしないよう説得して、それから、それから……。
「今起きている問題を一度に解決する方法があるんやけど、聞きたい?」
そ、そんなこと可能なの? ってか、デジャブ?
朝乃宮先輩の言いたいこと、分かっちゃったかも。
「先輩との勝負は獅子王先輩を説得できるかどうか、ですか?」
私の答えに、朝乃宮先輩は満足げに頷く。
「せや。藤堂はんの勝負も、獅子王先輩と古見君との仲も一気に解決できるわ。説得できればの話やけど」
だから、獅子王先輩を説得できるのか確認したんだ。
うまく説得できるのかな? いや、絶対に成功させなきゃ。
先輩は少年Aのことを話してくれたとき、言っていた。本当の絆が見たいって。これってチャンスじゃない?
獅子王先輩達の絆をみてもらえたら、きっと、先輩の苦しみを少しでも和らげることができるはず。
あの二人ならきっと、押水先輩のようなことにはならないと思う。獅子王先輩も古見君も一途だし。
この勝負、やってみる価値はあるよね!
「ありがとうございます、朝乃宮先輩! 試してみます!」
背を向け、走り出そうとしたとき、朝乃宮先輩に襟首を掴まれる。首を絞めつけられてしまい、私は涙目で朝乃宮先輩に抗議する。
「な、何をするんですか!」
「これは警告や。獅子王先輩と古見はんを説得するなら、二人の事だけを考えて行動せなあかんよ。決して他の事に気をとられたらあきませんえ」
「……大丈夫ですって! 私、必ず二人の為に、二人の幸せの為に頑張りますから! やっぱり、恋愛はハッピーエンドでなきゃダメですよね!」
できることなら獅子王先輩と古見君が両想いなら、付き合ってほしい。男女の恋人みたいには無理でも、お互いを支え合っていけるようなパートナーになってほしい。
私は先輩に恋して変わった。
愛想笑いして、人の顔をうかがって、自分の言いたいことが言えない窮屈な生活が、楽しい毎日に変わったんだ。
先輩と仲良くなれて嬉しい日や、なかなか思うようにいかなくてもやもやした日もあった。
先輩と喧嘩して怒った日、裏切られて悲しかった日、先輩の優しさに改めて好きになった日……色んな日が毎日やってきた。
それはとてもかけがえのない一日一日を、先輩が私にくれるんだ。
そんなドキドキの毎日をくれた先輩に私は感謝しているし、これからもずっと一緒にいたい。
できるなら、このドキドキを共有できたらって願っている。
獅子王先輩達にもそんな毎日を過ごしてほしい。きっと、獅子王先輩の言っていた灰色の世界は恋をすることで色鮮やかになる。
心から笑える日がやってくるはず。
私はそう確信していた。
でも、私は気づかなかった。
朝乃宮先輩がなぜ忠告してくれたのか、その本当の意味を。
私は橘先輩に呼び出されて風紀委員室へ向かっていた。
警察沙汰にまで発展した監禁、暴行、強姦未遂事件は犯人逮捕で幕を閉じた。この事件に巻き込まれた私は被害者なので、警察の事情聴取を受けた。
初めての経験なのでドキドキしたけど、あっさりと終わってしまった。
カツ丼はなし。代わりに青島名物『青島サブレ』、ブルーハワイ味を御馳走になった。
これって残飯処理だよね? 甘すぎて美味しくない。
事情聴取後、親に迎えにきてもらった。ママもパパも私の無事に安堵してくれた。
私が悪いわけじゃないんだけど、申し訳ない気持ちになってしまう。後、どうでもいいけど、パパ、泣きすぎ。心配し過ぎだよ。
私までもらい泣いちゃったもん。本当に恥ずかしい。
ちなみに剛は、
「ねーちゃん、犯罪者なのか? 犯罪者なのか!」
などと、意味不明に興奮していたので、ビンタ一発で目を覚ましてあげた。全く、アホな弟を持つと疲れるわ、ほんと。
事件は警察が不良達を逮捕して解決した。女鹿君も滝沢さんも捕まったらしい。
主犯の女鹿君は少年院送りになるのは確実なんだって。
全然同情する余地はないんだけど、ちゃんと更生して生まれ変わって欲しいって思ってる。
大けがをした獅子王先輩は今も病院で治療を受けている。病院でおとなしくしていればいいんだけど。
古見君は毎日獅子王先輩のお見舞いに通っているんだって。私もお見舞いにいったんだけど、古見君と獅子王先輩が仲良く話している姿を見て、ほっとした。
仲直り出来てよかったね、古見君。
実は病院で古見君と少しだけ話をして、今度、獅子王先輩と私、古見君の三人でもう一度話し合いをしてくれることになった。
つまり、朝乃宮先輩との勝負は私の勝ち。サッキーを通じて朝乃宮先輩に報告したけど、返事はまだ返ってきていない。
というか、朝乃宮先輩の連絡先を知らないから、会いに行かないといけないんだけど、なかなか会えないでいる。
事件の事もそうだけど、勝負に決着がついたことに安心していた。一番の難関だった朝乃宮先輩との勝負に勝てたことが嬉しい。
残すは先輩と橘先輩のみ。
古見君の説得も成功して、獅子王先輩との話し合いをするところまできた。日にちはそうたっていないけど、長かったよね。
そんなことを考えていたら、風紀委員室に着いた。着いたのはいいけど、入りづらいな。
一応ノックしようかな? いや、私、風紀委員だし、堂々と入ろう!
いくよ!
コンコン。
「どうぞ」
「すみません、失礼しま~す」
私はこっそりと入ることにした。
やっぱり、堂々と入る勇気なんてないよ。みんなに迷惑をかけちゃったし。
中に入ると橘先輩しかいない。他の部員はどうしたのかな? 二人きりなので落ち着かない。
「呼び出してすまないね。まあ、座ってよ」
ううっ、ドキドキする。
橘先輩には何度も言い負かされているし、それに、その……。
るりかのせい! 橘先輩が私の事好きって言うから、恥ずかしくて顔を余計に合わせづらい。
私は少し橘先輩から距離をとり、椅子に座る。
橘先輩が立ち上がり……え、ええっ! なんで私に頭を下げているの?
「伊藤さん、今回の件は本当に申し訳ない。僕の対応が甘いせいで、伊藤さんを危険な目にあわせてしまった。許してほしい」
「や、やめてくださいよ! 橘先輩のせいじゃないですよ! 女鹿君が元凶ですから!」
そう、女鹿君が悪い。あのストーカーが全部悪い!
警察に逮捕されたけど、また出てきたら復讐されるのかな? 付きまとわれるのかな? それはちょっと怖い。
「大丈夫だよ。女鹿君は退学になるから」
「えっ?」
た、退学? どういうことなの?
「彼の素行に目をつぶることを条件に、伊藤さんと別れさせたんだけど、甘かったね。今度は徹底的に叩きのめしたから。もう二度と伊藤さんの前に現れないよう躾けたから」
怖っ! 女鹿君を躾けたっていつの間に? もしかして、女鹿君よりも橘先輩の方が怖いかも。女鹿君は喧嘩売る相手、完全に間違えたよね。
わ、私、負けたらどうなるのかな? 退学ってことはないよね?
でも、橘先輩が私に謝ってくれているってことは、ちょっとチャンスかも。
私はちょんちょんと指をあわせながら上目遣いで橘先輩に尋ねてみた。
「た、橘先輩。もし、もしもですよ。私に何か償いたいと思うなら、勝負に負けてくれません?」
橘先輩は苦笑しつつ、首を横に振る。
「それは話が別でしょ? アフターフォローはしっかりやったんだから。それに元はと言えば、伊藤さんが原因だよね。そっちが負けてよ」
ですよね。
みなさんに迷惑をかけたこと、猛省しています。
「じ、実はですね、橘先輩」
「あっ、誤魔化した」
「おほん! 報告しておきたいことがありまして。実は、長尾先輩、御堂先輩、朝乃宮先輩と勝負して、勝たせていただきました。あと二人ですよ」
私は橘先輩にむかって、ブイサインをしてみせる。
ふっふっふっ……先輩に勝てばチェックメイトですよ、橘先輩。
「別にいいよ。僕が勝てばいいだけだから。でも、プレッシャーかけられたから本気だそうかな?」
「すみません申し訳ありません調子に乗っていました手加減していただけると嬉しいです」
平謝りして許してもらう。
橘先輩に本気だされたら私、退学になっちゃうよ。せっかくの高校生活が退学で終わるなんてありえない。親に合わせる顔がない。
「僕ほどじゃないけど、正道も手強いから気を付けてね」
「分かってます。手強いというか、頭が固いですよね」
二人して笑っちゃった。今、喧嘩中なのに。
全てが終わればきっと、またいつもの日常が戻ってくるよね? 私がおふざけして、先輩に怒られて、橘先輩が庇ってくれる。
そんな日常を……きっと……取り戻してみせる。
「橘風紀委員長! 大変です!」
サッキーが慌てて部屋に入ってきた。
すごく焦っているけど、何かあったの?
「上春さん、落ち着いて。大丈夫だから」
橘先輩がサッキーの肩を軽く抑え、落ち着かせる。
サッキーは息を整え、報告する。
「獅子王財閥の代理って人が学園長室に押しかけてきて……今すぐ、獅子王先輩を辞めさせるって!」
ど、どういうこと?
なんで、獅子王先輩が学園を辞めなきゃいけないの?
「なるほど、了解した。この件は僕にまかせて。上春さんはいつもどおり、見回りをしてくれる?」
「は、はい。失礼します」
サッキーは心配そうに私を見て、風紀委員室を出ていった。
「橘先輩! どういうことですか!」
「……正道の暴走だね。正道がきっと獅子王財閥に報告したみたい。同性愛の事も含めて。でなきゃ、学園を辞めさせる理由がないから」
先輩の暴走……。
押水先輩の人間関係を全て壊してしまった、後味の悪い結末。また、同じようなことがおきようとしているの?
橘先輩は早足で部屋を出ていこうとする。
「僕は獅子王先輩のご両親のこと、なんとかするから、伊藤さんは正道をお願いできる?」
「力を貸してくれるんですか?」
橘先輩は苦笑しつつ、頷いてくれた。
「まあね。こんな決着は僕も望んでいないからね」
橘先輩なら時間を稼いでくれるはず。それなら、私は先輩を説得しないと。
獅子王先輩達の仲を、押水先輩の時と同じような結果にしちゃいけない。
先輩は押水先輩の人間関係を全て壊した事を後悔していた。
先輩の勝手な行動のせいだけど、それでも、私は先輩に辛い顔をさせたくない。先輩の為にも、止めないと。
私と橘先輩は部屋を出て、この問題に対処するために走り出した。
「伊藤はん」
「朝乃宮先輩!」
先輩を探している最中に廊下で朝乃宮先輩と出会った。
「その様子やと獅子王先輩の事は知ってはるみたいやね」
「ええ。先輩がどこにいるか、知りませんか?」
「たぶん、校舎裏やない? よくあそこで考え事してはるし」
校舎裏?
あそこなら人気はないから考え事にはもってこいの場所だけど、何を考えているの? なんで、朝乃宮先輩が先輩の居場所知ってるの? でも、聞くのは怖いから言わないけどね。
私は朝乃宮先輩にお礼を言い、校舎裏に向かおうとしたとき、朝乃宮先輩に呼び止められる。
「なんですか、朝乃宮先輩? 急いでるんですけど」
「急いでは事を仕損じます。ちょっと落ち着き。話したいことがあります」
なんだろう?
確かに急いだら失敗するかもしれないけど、一刻も早く先輩と話したいのに。でも、朝乃宮先輩が無意味に私を呼び止めるとは思えない。
焦る気持ちを抑えて、朝乃宮先輩の言葉を待った。
「まずは、勝敗の結果やけど、ウチの負けです。よう頑張りはったな」
「ありがとうございます。みんなのおかげです」
「みんなはお膳立てしただけ。伊藤はんが古見君の事を想うて行動したから報われたんです。それと、堪忍な。助けに行くのが後れて」
「い、いえ! あれは私にも悪いところ? いや、ないですけど、なんかすみません」
私はパタパタと手を振る。
朝乃宮先輩に褒められると、なんだろう、すごくテレくさい。認められたって気がして嬉しくなっちゃう。
先輩っているよりも、お姉さんってカンジがするからかな? 悪戯好きで厄介だけど、面倒見がよくて見守ってくれる……それが朝乃宮先輩ってカンジなんだ。
先輩は怖い人って言うけど、怖いだけの人じゃないと私は思う。
「次は獅子王先輩やね。説得できる手立てはありますの?」
「まだ考えてますけど、でも、今は獅子王先輩の退学を阻止しないと。辞められたら元も子もないですから。だから、急がないと……」
「だから、落ち着き。阻止できても、説得できへんかったら意味ないですやろ? それに、藤堂はんとどう決着をつける気なん?」
ううっ、やること考えることが多いよ。
まずは、先輩を見つけて、これ以上、事態をややこしくしないよう説得して、それから、それから……。
「今起きている問題を一度に解決する方法があるんやけど、聞きたい?」
そ、そんなこと可能なの? ってか、デジャブ?
朝乃宮先輩の言いたいこと、分かっちゃったかも。
「先輩との勝負は獅子王先輩を説得できるかどうか、ですか?」
私の答えに、朝乃宮先輩は満足げに頷く。
「せや。藤堂はんの勝負も、獅子王先輩と古見君との仲も一気に解決できるわ。説得できればの話やけど」
だから、獅子王先輩を説得できるのか確認したんだ。
うまく説得できるのかな? いや、絶対に成功させなきゃ。
先輩は少年Aのことを話してくれたとき、言っていた。本当の絆が見たいって。これってチャンスじゃない?
獅子王先輩達の絆をみてもらえたら、きっと、先輩の苦しみを少しでも和らげることができるはず。
あの二人ならきっと、押水先輩のようなことにはならないと思う。獅子王先輩も古見君も一途だし。
この勝負、やってみる価値はあるよね!
「ありがとうございます、朝乃宮先輩! 試してみます!」
背を向け、走り出そうとしたとき、朝乃宮先輩に襟首を掴まれる。首を絞めつけられてしまい、私は涙目で朝乃宮先輩に抗議する。
「な、何をするんですか!」
「これは警告や。獅子王先輩と古見はんを説得するなら、二人の事だけを考えて行動せなあかんよ。決して他の事に気をとられたらあきませんえ」
「……大丈夫ですって! 私、必ず二人の為に、二人の幸せの為に頑張りますから! やっぱり、恋愛はハッピーエンドでなきゃダメですよね!」
できることなら獅子王先輩と古見君が両想いなら、付き合ってほしい。男女の恋人みたいには無理でも、お互いを支え合っていけるようなパートナーになってほしい。
私は先輩に恋して変わった。
愛想笑いして、人の顔をうかがって、自分の言いたいことが言えない窮屈な生活が、楽しい毎日に変わったんだ。
先輩と仲良くなれて嬉しい日や、なかなか思うようにいかなくてもやもやした日もあった。
先輩と喧嘩して怒った日、裏切られて悲しかった日、先輩の優しさに改めて好きになった日……色んな日が毎日やってきた。
それはとてもかけがえのない一日一日を、先輩が私にくれるんだ。
そんなドキドキの毎日をくれた先輩に私は感謝しているし、これからもずっと一緒にいたい。
できるなら、このドキドキを共有できたらって願っている。
獅子王先輩達にもそんな毎日を過ごしてほしい。きっと、獅子王先輩の言っていた灰色の世界は恋をすることで色鮮やかになる。
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