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十六章
十六話 ホオズキ -偽り- その二
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校舎裏にたどり着くと、すぐに先輩を見つけることができた。
ここは滅多に生徒がこないので、誰かがいればすぐにわかる。
日のささないじめっとした空気は、今の先輩の気持ちを表しているかのように思えた。
何か思いつめたような暗い表情をしている。
先輩の表情に少し戸惑ったけど、獅子王先輩の事を確認しなきゃ。
「先輩」
「伊藤か……」
先輩は空に視線を向けたまま、こっちを見ようともしない。それが少し悲しいと思った。
「先輩。私、少し怒ってます。なぜだかわかりますか?」
「獅子王先輩の件か?」
「そうです。なぜ、獅子王財閥に同性愛のこと、伝えたのですか?」
先輩はまた、絆を試して、壊そうとしているのですか? 押水先輩のときのように……。
私は非難するような目つきで先輩を睨むけど、先輩は空を見上げたまま、こっちを見てくれない。
「神木さんは内密に事を進めようとしていたからな。それだと、本気で止めてくれないだろ? だから、財閥に直接連絡したんだ。ちゃんと説得してもらおうと思ってな。同性愛は正しいのかどうかを」
「そんなことしたら、拒否されるに決まってるじゃないんですか!」
「拒否されるようなことをしているからだろ? やましいことがないのなら隠す必要はない。違うか?」
確かに同性愛はやましくはないけど、何も親に言うことはないと思う。まだ、二人の結論も出ていないのに。
「先輩の口から説明するのは筋違いと思います。獅子王先輩本人から伝えるべきでしょ」
「それはいつ伝える気なんだ? 悪いがもう待てない」
「なぜですか? なんで二人の仲を見守ってくれないのですか?」
納得できない。先輩だって二人の事は知っているはず。
先輩は、私と獅子王先輩達の監視役だった。だけど、監視していたからこそ、二人の仲に何か思うところがあったはず。
だって、ずっと傍で獅子王先輩達を見てきたんだから。
でなきゃ、私の案に先輩は協力する必要なんてなかった。恋愛講座も仮想デートも監視に必要なんてない。
二人の仲が進まないよう、断っていたはず。
なのに、なのに……どうして……。
同性愛は認められませんか?
先輩と気持ちがすれ違うことが、こんなにも悲しいこととは思わなかった。恨み言を沢山言いたかった。
でも、先輩の答えは私の思いもつかないものだった。
「伊藤が襲われたからだ」
わ、私が襲われたから?
意外な言葉に黙ってしまう。
先輩が私の方に向き直る。先輩の真剣な眼差しに、その雰囲気に私は気後れしてしまった。
「獅子王先輩と古見君だけの問題なら、見守るだけでも問題なかった。だが、伊藤。お前は獅子王先輩達の件に巻き込まれて襲われたな。それが問題なんだ」
「お、襲われたことは確かですけど、もう解決したじゃないですか!」
「まだ二人いるだろ? 伊藤を恨んでいるかもしれないヤツが。それに同性愛に反対なヤツが伊藤を狙ってくるかもしれないだろうが!」
私は何も言い返せなかった。
私は過去に三股したことがある。三股なんてする気はなかった。不可抗力だった。勝手に付き合っていることにされた。
でも、そんな私の事情なんて、二人が考えてくれるの? 女鹿君みたいに、私はずっと恨まれているの? 恨まれていないと断言できるの?
女鹿君が捕まって一人いなくなったけど、あと二人いる。それに滝沢さんのように同性愛が反対で私に危害を加えようとする人だっている。
心の底に不安を感じながらも、私は精一杯、虚勢を張ってみせた。
「だ、大丈夫ですよ。私に手を出したらどうなるか、今回の件ではっきりと分かったでしょう。また問題が起きても……」
「問題が起こってからでは遅いって言ってるんだ!」
ひぃ!
先輩の怒鳴り声に言葉を失う。
先輩が怒ってる? どうして?
「人の恨みは制御できない。怒りで意識を失うことだってあるんだ。俺のようにな」
「あっ……」
先輩は悲しそうな目で私を見つめている。過去の事を思い出しているのだろう。
「同性愛のような普通じゃないものには、好奇の目とそれを排除しようとする力が働く。古見君の靴箱の件からずっと気にしてたんだ。このままだと、伊藤にまで危害が及ぶのではないかって。同性愛のことがきっかけで、人の悪意が増幅されることがあるんだ。だから、俺はこの問題をすぐに解決したかった」
先輩がそんなことを考えてくれていたなんて……。
先輩の表情はますます曇っていく。
「だが、伊藤はこの件にしつこく食い下がってきた。驚いたと同時に納得した。伊藤は最後まで同性愛の問題をやりきってしまう。理由は納得いかないから……俺が教えてしまったんだな。納得いかないことに立ち向かう事を。あきらめずに行動することを。ならば、俺にできることは伊藤に恨まれてもこの問題を早期に解決することだと思った。だから、実力行使に出た。獅子王財閥に直接訴えた」
先輩がそんなことを考えていたなんて……。
私は必死に歯を食いしばって、湧き上がる感情を抑え込む。
先輩が私の事、否定したのは、裏切ったのは、私の為だったんだ。好きな人に心配してもらえることが、こんなに嬉しくて、切ないことを初めて知った。胸の奥が痛い。
でも、ここで喜んではダメ。納得したらダメなの。
私は落ち着くために深呼吸する。大丈夫、なんとか抑えることができた。胸はどきどきしっぱなしだけど。
先輩って本当に空気読めてない。そんなに心配してくれるのなら、いつも私の傍にいてほしい。
私はどんなときでも、先輩の傍にいたいと思うのに……。
私は改めて決心した。
先輩に本当の絆をみせてあげたい。苦しみから解放させてあげたい。喜んでもらいたい。
だから、私は愛しい人と対決するんだ。絶対に負けられない。こんなに負けたくないって思ったのは初めて。やっぱり、恋ってすごいと思う。
そんな恋が同性愛だったとしても、間違いなはずがない。
「先輩、私の事、心配してくれてありがとうございます。私は先輩の事、恨みたくありませんし、先輩に嫌われたくありません。ですので、勝負、しませんか?」
「伊藤、真面目に……」
「先輩が勝てたら、私、先輩の言うことなんでもききます。獅子王先輩達から手を引けって言われたら、もう二度とこの件に関わりません。服装も髪型も、先輩の指示通りにします。ですが、私が勝ったら、この一件を最後まで見届けてほしいんです。先輩に見てほしいものがあるんです」
「俺にみてほしいもの?」
先輩が望んでいたものです。私は心の中でつぶやく。
先輩は私の案を受けるかどうか悩んでいたけど、しばらくして頷いてくれた。
やっぱり、先輩らしい。悩んだら行動に移す。そんな人だ。
「分かった。勝負の内容は?」
「古見君と獅子王先輩が同性愛を受け入れるかどうかです。受け入れたら私の勝ち。受け入れなかったら先輩の勝ちです」
「了解した。だが、どうやって見極める?」
古見君は獅子王先輩ともう一度話してくれることを約束してくれた。
なら、見極める方法はある。
「古見君と獅子王先輩に話し合ってもらいます。その場に私と、先輩が同席して見極めるのはどうでしょう?」
「……分かった。それでいい」
これでいいはず。
この状況を打破するには、二人の意志を確認することが必要。
きっと、二人が同性愛を認めれば、突破口になるはず。先輩も仲間に引き入れて、みんなで立ち向かえばきっと、大丈夫。
私はそう確信していた。
ここは滅多に生徒がこないので、誰かがいればすぐにわかる。
日のささないじめっとした空気は、今の先輩の気持ちを表しているかのように思えた。
何か思いつめたような暗い表情をしている。
先輩の表情に少し戸惑ったけど、獅子王先輩の事を確認しなきゃ。
「先輩」
「伊藤か……」
先輩は空に視線を向けたまま、こっちを見ようともしない。それが少し悲しいと思った。
「先輩。私、少し怒ってます。なぜだかわかりますか?」
「獅子王先輩の件か?」
「そうです。なぜ、獅子王財閥に同性愛のこと、伝えたのですか?」
先輩はまた、絆を試して、壊そうとしているのですか? 押水先輩のときのように……。
私は非難するような目つきで先輩を睨むけど、先輩は空を見上げたまま、こっちを見てくれない。
「神木さんは内密に事を進めようとしていたからな。それだと、本気で止めてくれないだろ? だから、財閥に直接連絡したんだ。ちゃんと説得してもらおうと思ってな。同性愛は正しいのかどうかを」
「そんなことしたら、拒否されるに決まってるじゃないんですか!」
「拒否されるようなことをしているからだろ? やましいことがないのなら隠す必要はない。違うか?」
確かに同性愛はやましくはないけど、何も親に言うことはないと思う。まだ、二人の結論も出ていないのに。
「先輩の口から説明するのは筋違いと思います。獅子王先輩本人から伝えるべきでしょ」
「それはいつ伝える気なんだ? 悪いがもう待てない」
「なぜですか? なんで二人の仲を見守ってくれないのですか?」
納得できない。先輩だって二人の事は知っているはず。
先輩は、私と獅子王先輩達の監視役だった。だけど、監視していたからこそ、二人の仲に何か思うところがあったはず。
だって、ずっと傍で獅子王先輩達を見てきたんだから。
でなきゃ、私の案に先輩は協力する必要なんてなかった。恋愛講座も仮想デートも監視に必要なんてない。
二人の仲が進まないよう、断っていたはず。
なのに、なのに……どうして……。
同性愛は認められませんか?
先輩と気持ちがすれ違うことが、こんなにも悲しいこととは思わなかった。恨み言を沢山言いたかった。
でも、先輩の答えは私の思いもつかないものだった。
「伊藤が襲われたからだ」
わ、私が襲われたから?
意外な言葉に黙ってしまう。
先輩が私の方に向き直る。先輩の真剣な眼差しに、その雰囲気に私は気後れしてしまった。
「獅子王先輩と古見君だけの問題なら、見守るだけでも問題なかった。だが、伊藤。お前は獅子王先輩達の件に巻き込まれて襲われたな。それが問題なんだ」
「お、襲われたことは確かですけど、もう解決したじゃないですか!」
「まだ二人いるだろ? 伊藤を恨んでいるかもしれないヤツが。それに同性愛に反対なヤツが伊藤を狙ってくるかもしれないだろうが!」
私は何も言い返せなかった。
私は過去に三股したことがある。三股なんてする気はなかった。不可抗力だった。勝手に付き合っていることにされた。
でも、そんな私の事情なんて、二人が考えてくれるの? 女鹿君みたいに、私はずっと恨まれているの? 恨まれていないと断言できるの?
女鹿君が捕まって一人いなくなったけど、あと二人いる。それに滝沢さんのように同性愛が反対で私に危害を加えようとする人だっている。
心の底に不安を感じながらも、私は精一杯、虚勢を張ってみせた。
「だ、大丈夫ですよ。私に手を出したらどうなるか、今回の件ではっきりと分かったでしょう。また問題が起きても……」
「問題が起こってからでは遅いって言ってるんだ!」
ひぃ!
先輩の怒鳴り声に言葉を失う。
先輩が怒ってる? どうして?
「人の恨みは制御できない。怒りで意識を失うことだってあるんだ。俺のようにな」
「あっ……」
先輩は悲しそうな目で私を見つめている。過去の事を思い出しているのだろう。
「同性愛のような普通じゃないものには、好奇の目とそれを排除しようとする力が働く。古見君の靴箱の件からずっと気にしてたんだ。このままだと、伊藤にまで危害が及ぶのではないかって。同性愛のことがきっかけで、人の悪意が増幅されることがあるんだ。だから、俺はこの問題をすぐに解決したかった」
先輩がそんなことを考えてくれていたなんて……。
先輩の表情はますます曇っていく。
「だが、伊藤はこの件にしつこく食い下がってきた。驚いたと同時に納得した。伊藤は最後まで同性愛の問題をやりきってしまう。理由は納得いかないから……俺が教えてしまったんだな。納得いかないことに立ち向かう事を。あきらめずに行動することを。ならば、俺にできることは伊藤に恨まれてもこの問題を早期に解決することだと思った。だから、実力行使に出た。獅子王財閥に直接訴えた」
先輩がそんなことを考えていたなんて……。
私は必死に歯を食いしばって、湧き上がる感情を抑え込む。
先輩が私の事、否定したのは、裏切ったのは、私の為だったんだ。好きな人に心配してもらえることが、こんなに嬉しくて、切ないことを初めて知った。胸の奥が痛い。
でも、ここで喜んではダメ。納得したらダメなの。
私は落ち着くために深呼吸する。大丈夫、なんとか抑えることができた。胸はどきどきしっぱなしだけど。
先輩って本当に空気読めてない。そんなに心配してくれるのなら、いつも私の傍にいてほしい。
私はどんなときでも、先輩の傍にいたいと思うのに……。
私は改めて決心した。
先輩に本当の絆をみせてあげたい。苦しみから解放させてあげたい。喜んでもらいたい。
だから、私は愛しい人と対決するんだ。絶対に負けられない。こんなに負けたくないって思ったのは初めて。やっぱり、恋ってすごいと思う。
そんな恋が同性愛だったとしても、間違いなはずがない。
「先輩、私の事、心配してくれてありがとうございます。私は先輩の事、恨みたくありませんし、先輩に嫌われたくありません。ですので、勝負、しませんか?」
「伊藤、真面目に……」
「先輩が勝てたら、私、先輩の言うことなんでもききます。獅子王先輩達から手を引けって言われたら、もう二度とこの件に関わりません。服装も髪型も、先輩の指示通りにします。ですが、私が勝ったら、この一件を最後まで見届けてほしいんです。先輩に見てほしいものがあるんです」
「俺にみてほしいもの?」
先輩が望んでいたものです。私は心の中でつぶやく。
先輩は私の案を受けるかどうか悩んでいたけど、しばらくして頷いてくれた。
やっぱり、先輩らしい。悩んだら行動に移す。そんな人だ。
「分かった。勝負の内容は?」
「古見君と獅子王先輩が同性愛を受け入れるかどうかです。受け入れたら私の勝ち。受け入れなかったら先輩の勝ちです」
「了解した。だが、どうやって見極める?」
古見君は獅子王先輩ともう一度話してくれることを約束してくれた。
なら、見極める方法はある。
「古見君と獅子王先輩に話し合ってもらいます。その場に私と、先輩が同席して見極めるのはどうでしょう?」
「……分かった。それでいい」
これでいいはず。
この状況を打破するには、二人の意志を確認することが必要。
きっと、二人が同性愛を認めれば、突破口になるはず。先輩も仲間に引き入れて、みんなで立ち向かえばきっと、大丈夫。
私はそう確信していた。
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