風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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十六章

十六話 ホオズキ -偽り- その五

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「いいか、藤堂。人の望み、願い、幸せっていうのは、俺様は椅子取りゲームみたいなものだと思っている。椅子に座ることができれば望みを手にすることができて、座れなければ失う、そんな単純なルールだ。椅子に座ることのできる人数は限られているし、どんどん減っていく。その少ない椅子に座り続けること、そこに価値があるんだ」
「俺の話と何の関係が?」

 獅子王先輩は髪をかき上げ、面倒くさそうに語る。

「あるだろ? 椅子に座ることの出来る条件が何かわかるか? 神様が座れるヤツを決めるのか? それとも、獅子王のような権力者が選ぶことができるのか? 答えはどちらでもねえ。その椅子に座れるのは、椅子に座ろうとする執念しゅうねんの強いヤツが座れるんだ。限りある椅子を、努力や策略で他人を蹴落としたヤツが座り続けることができる。人の望み、願い、幸せっていうのは、誰かに与えられるものじゃない、自分で掴み取るものだ。自分の人生だろ? 他人に任せてどうする? だから、俺様は幸せになる為に他人を蹴落とす。それがたとえ親であろうと伊藤であろうとだ。人と争ってまで幸せになりたくないヤツがいるのなら、幸せになろうとするヤツの邪魔をするな。勝手に自分から不幸になってろ。みんなが幸せになればいいとかいうヤツは問題外だ」

 獅子王先輩はこう言いたいんだと思う。
 自分の幸せくらい自分で責任をとれと。自分の幸せのために誰かが不幸になっても、それを受け止め、幸せを勝ち取り続けろと。

 幸せは誰かに保障されるようなものではない。誰かから与えられた、保証された幸せは、幸せになる努力を放棄するのと同じことだと。
 獅子王先輩の言っていることは乱暴だけど、私は正しいと思う。
 みんなの望みや幸せ、願いを叶えることは不可能であることを私は知っている。

 例えば、高校受験。
 募集している定員より受験生が多い場合は、合格ラインの点数をとっても合格にはならない。受験生の優劣を決めて、優れた方を合格させる。
 受験生は合格するために、他の受験生よりも勉強して、いい点数を取って相手を蹴落とす。

 高校受験だけじゃない。これから先、大学受験、就職、昇進……いろんな場面で、人と争うわなければならない。
 人気のある就職先は、内定競争倍率が二千倍を超える場合もある。何千人もの人を蹴落とさなければ手に入れることができない。
 みんなが入りたいと思う学校、就職先には定員がある。だから、全員が入れるわけではない。みんなの望みが叶うことは絶対にない。

 恋愛だってそう。
 先輩の恋人になれるのは一人。その枠に入る為に、私は努力をしている。先輩の一番になりたいから、特別と思われたいから頑張る。

 先輩に好かれるにはどうしたらいいのか、他のライバルに差をつけるにはどうしたらいいのか、常に私は考えている。
 先輩が複数の女性を見ているなんてイヤ。私だけを見てほしい。綺麗事なんて言っていられない。独占欲が強いと思われてもいい。
 他の女の子に負けるなんてイヤ。私の女の本能がそうさせる。
 だから、誰かを蹴落としてでも、先輩には私だけを見ていてほしい。その感情が醜くても、それが嘘偽りのない本心だから。

 私だって幸せになりたい。もし、幸せになるために誰かを蹴落とすことが必要なら、するべき。
 それが幸せになる努力なんだと私は思う。

 私の考えが間違っていると思うなら、想像して欲しい。
 好きな人がいて、友達から、私もその人を好きだから応援してね、そう言われたとする。
 ここで身を引いたら、その子と好きな人は幸せになれるかもしれない。好きな人が幸せになれるのは嬉しいけど、その代わり、自分は失恋の苦しみを味わなければならない。

 そうまでして、いい人ぶって自分の幸せを放棄することに意味はあるの?
 失恋から立ち直って、また人を好きになっても、同じように身を引いて欲しいと言われたら、引ける?
 また同じ苦しみを味わってまでも自分の幸せを放棄する意味はあるの?

 ケースバイケースかもしれないけど、それなら、私の考えだって間違っていないと言えなくはない。
 獅子王先輩は更に先輩に意見する。

「さっきから聞いていれば藤堂、俺様の行動で誰かが理不尽な目にあっていることを納得いかないと言っているが、お前はどうなんだ? お前の行動で誰かが理不尽な目にあっていたら、やめるのか? お前の行動のせいで、俺様は学園を辞めさせられそうなんだぞ? 退学になった女も、間接的にはお前の行動で退学になったんだぞ? お前が事を大きくしなければ、親父の秘書の神木が秘密裏に処理していた。その場合、あの女は退学にはならなかった。お前の考えなしの行動のせいで、みんなが迷惑してるんだ。お前、一体誰の為に行動しているんだ? 伊藤の為か? だが、お前の行動は伊藤にも迷惑がかかっているんだぞ。それを自覚しろ。お前の勝手な自己満足では、誰も幸せにはできねえ」

 獅子王先輩の指摘に、先輩は首を振り、否定する。

「違う。俺はただ、自分の本心に従っているだけだ。俺は万能じゃない。誰かを助けることができるような人間じゃない。そんな器用に生きることはできない。だから、俺は自分が後悔しないように行動している。俺の行動で誰かが傷ついても、立ち止まることは出来ない。迷惑をかけた分は謝罪したいが、それでも、俺は自分の心に従って行動するまでだ」

 先輩と獅子王先輩は似ているようで違う。自分の為に行動している理由が大きく異なる。
 獅子王先輩は自分の望みを叶えようとする為に、力を行使して生きている。

 先輩は自分が無力だと知っているから、せめて自分らしく後悔しないように生きている。
 先輩と獅子王先輩は分かり合うことはできないの?

「だったら、お前の望みは何だ? 俺様の何が気に入らない?」
「お前達の行動で伊藤が傷ついた。伊藤はそれを許しているが、俺は許せない。伊藤は俺の後輩だ。先輩としてこれ以上、伊藤が傷つくのを黙って見過ごせない」
「つまりは、伊藤が気にしていなくても、お前が納得できないから俺様に刃向はむかうってことか。どこまで自分勝手なヤツだよ、お前は。だが、俺様は好きだぜ、その考え方。結局のところ、自分が一番大事だ。自分を大事にできないヤツが他人を大事にすることができるだなんて、説得力がないからな」

 獅子王先輩の言葉を先輩は否定しない。
 それは獅子王先輩の意見を肯定しているということ、つまり、私の事は関係ないって言っているんだ。
 ちょっとショックだけど、覚悟はしていた。

 それでも、私は信じている。先輩が自分の為に行動しているって言うけれど、根底にあるものは人を気遣える優しさからくるものだって。
 そうでなければ、私のために怒ったりはしてくれない。

「そうなると、お前は俺様の敵だな。俺様は古見との仲をあきらめるつもりはねえ。お前は俺様達の面倒事に巻き込まれたくない。どこにも妥協点はねえよな? どうする? どうやって決着をつける?」

 獅子王先輩と先輩の話し合いに私は割って入った。

「獅子王先輩、ちょっと待ってもらえませんか。私に先輩を説得する機会を与えてほしいです」
「そんなことできるのか?」

 私は獅子王先輩の鋭い視線から目をそらさずに答える。

「やります」

 ここで少しでも迷いを見せたらダメ。獅子王先輩は自分が認めた人の意見しか聞かない。だから、堂々としなきゃいけない。
 獅子王先輩は私の真意を測るようにまっすぐと見つめてくる。お互い見つめ合っていたとき。

「獅子王先輩、ここは……」

 古見君が私のフォローをしてくれようとした。でも、その前に獅子王先輩は肩をすくめて、うなずいてくれる。

「わかった。好きにやってみろ」

 獅子王先輩の発言に、私は驚かされた。私だけじゃない。先輩も古見君も驚いている。
 獅子王先輩にとって、私はいてもいなくてもいいくらいの存在だと思ってた。さっきは啖呵たんかを切ったけど、私の意見を聞いてくれるなんて期待していなかった。

 廃工場の一件の後から、獅子王先輩は私の意見を聞いてくれるようになった。この話し合いも、獅子王先輩は了承してくれた。
 ちょっとは私の事、信頼されているってことだよね?
 廃工場の件は一刻も早く忘れたい出来事だけど、少しはいいことがあったと思う。

 私は二人に礼をしてから、先輩と向き合う。
 先輩も私と向き合う。
 先輩との一騎打ち。

 憧れていた人と、好きな人と争うことになるなんて……予想もしていなかった。
 昔の私なら、絶対にそんな真似はしなかった。でも、今はできる。これって、少しは私も成長したってことかな?

 先輩の事は好きだけど、でも、負けるわけにはいかない。譲れない想いがあるから。
 先輩にみせるんだ。本当の絆を。

「先輩……」
「伊藤……」

 さあ、始めよう。先輩との勝負を。
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