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十八章
十八話 ニゲラ -とまどい- その四
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「はあ……」
エントリーシートを青島祭実行委員長に渡してから二日が過ぎた。私はため息をつきながら、視聴覚室に向かっている。
出し物は受理され、ようやくスタートラインに立てたわけなんだけど……本当、大変なことばかり。
劇って当たり前だけど、役者だけがいれば出来るわけではない。
劇に使う小道具や大道具、衣装等様々な物や人手が必要となることが園田先輩の指導で分かった。
人手に関しては、ボクシング部の皆さんにお願いした。最初は渋っていたけど、御堂先輩の名前を出したら即OKを出してもらえた。
御堂先輩が以前、ボクシング部に因縁をつけられて対決したことがある。
女の子の御堂先輩が、男の子のボクシング部五人と勝負して勝ったらしい。しかも、五人を三分で。
それ以降、ボクシング部は御堂先輩を女神扱いしているらしい。
そんな女神様のお願いを断れることなどできるはずもなく、二つ返事で了承いただけたわけ。
小道具や大道具については、演劇部からいくつかお借りすることが出来た。後、橘先輩のお力でいくつか物を譲ってもらえることになっている。
すごいよね、橘先輩って。権力がいかに素晴らしいものか教えられた気がしちゃう。
なんだかんだで、皆様のお力をお借りし、劇の準備を整えていく。
士気向上の為に、御堂先輩におこしいただいて、ボクシング部に声をかけてもらいたかったけど、あの日以来、御堂先輩に会っていない。
御堂先輩が先輩の本音を暴いた日。今でも御堂先輩の言葉が忘れられない。
あの声、あの表情を見れば誰でもわかる。
御堂先輩は私と同じ……先輩に恋してるんだ。先輩にフラれた今でも、先輩を想い続けている。
私にできるのかな? フラれた相手を想い続けることなんて。
重いよ……。
私は何度目になるか分からないため息をつく。憂鬱なのは先輩の事だけではない。これから視聴覚室に行くんだけど、これがまた大変で……。
私は視聴覚室に向かうことになった経緯を思い出してみた。
「エントリーシートよし! 人手確保OK! 道具類、見通が出来た! これでようやく劇ができますね!」
「何を言っているの? 寝言は寝ていいなさい」
キビシー!
園田先輩はじと目で私を睨んでいる。ううっ……怖いよ。
私はお昼休みに報告がてら、風紀委員委室で園田先輩に劇のことを相談をしていた。部屋の端っこで橘先輩がご飯を食べている。
ごめんね、橘先輩。風紀委員長なのに端に追いやってしまって。
私、本当に失礼だよね。風紀委員に迷惑かけてばかり。
肩身が狭い。
私は人差し指をちょんちょんとあわせて、上目づかいで遠慮がちに何がダメなのか、園田先輩に訊いてみる。
「な、何か問題でしょうか?」
「何が問題ないのか教えていただきたいわ。前にも言ったよね? 演劇、ナメるな」
「す、すみません!」
怖い、怖いよ、園田先輩!
あのフレンドリーな笑顔はどこにいったの。怖すぎるよ、園田先輩! 普段は人懐っこいのに、演劇になると人が変わるよね、園田先輩は。
「それで、場所と時間は?」
「ば、場所? 時間?」
それって青島祭のときに体育館でするんじゃないの?
首をかしげる私に、園田先輩が馬鹿を見るような目で私を睨んでくる。
こ、答えを言ってくれませんかね~。まるで、バイトで失敗した理由を話すまで一言も話さない意地悪な先輩みたいな態度をとらないでほしい。
泣きますよ、本当。うそ、ごめんなさい。私が悪いんですけど、教えて欲しい。
「演劇をする日にちと時間、どこで上演するかだよ、伊藤さん。他の人達も出し物をするから、日程と時間割が必要になるでしょ。青島祭は二日間あるわけだけど、日にちはどっちにするの? 時間は?」
橘先輩に言われて、はっとなる。
あれれ? エントリーシートに書いて……なかったね。問題だらけじゃん!
園田先輩、橘先輩を睨まないでね。そして、私も睨まないで欲しい。
園田先輩はため息交じりに説明を続けてくれた。
「それに小道具や衣装はいつまでに仕上げるつもり? 保管場所は? 小道具はウチから貸し出すことはできるけど、どれが必要なのかちゃんと言ってくれないと分からないわよ。足りない物は作らないと。全く、計画が大雑把すぎ。それでよく演劇したいだなんて言えるわね。青島祭までもあと三週間しかないのに」
「あ、あはははははっ」
み、耳が痛い。思いついたときはいいアイデアだと思ったんだけどな。それに役者が二人だけなら簡単にできると思ったのに、これは想定外。
な、なんとかしないと……。
「とにかく、劇については私に一任しなさい。ほのかは劇ができるようにして」
「劇ができるように?」
エントリーシートを出したら、それで終わりじゃないの? 時間と場所は青島祭実行委員が決めてくれるんじゃないの? 初めての事だから、何から手をつけていいのかよく分からない。
悩んでいる私に、橘先輩が声をかけてくれた。
「そこは僕がフォローするよ。とにかく、伊藤さんは代表者として今日の会議に出て」
「会議?」
何の会議? 私のような一年生が出ていいの?
橘先輩は箸を動かしながら説明してくれる。
「そう。青島祭実行委員が定期的に開いている会議。その会議で青島祭のスケジュール、進行なんかが決まるわけ。風紀委員もね、警備やイベントの手伝い、雑務でかりだされるの。伊藤さん、いい加減、風紀委員の仕事に復帰してくれない?」
「本当にすみません」
私は深々と橘先輩に頭を下げた。本当にごめんなさい!
こうして、私は風紀委員に復帰してお仕事をすることになったんだけど、少し心細い。
橘先輩はもう視聴覚室についているのかな? 私一人ではないことがせめての救い。
視聴覚室に向かう途中、窓に視線を向けると、情けない顔をした私が映っていた。
ダメだよね、こんな顔していたら。古見君達にもう迷惑をかけたくない。私がしっかりしないと。
顔をぱちぱちと叩き、気合を入れる。よし、いこう!
視聴覚室まであと少しというところで、私は出会ってしまった。今、一番会いたくなかった先輩に。
しかも、先輩一人じゃない。先輩の隣には女の子がいた。
その女の子は……あ、明日香? なんで、明日香と先輩が二人きりで歩いているの?
黒くねっとりとした感覚が胸の中に渦巻く。今までに感じたことのない嫌な感じ。また痛みが襲いかかってくる。
どうして……どうして、先輩は他の女の子と歩いているの? 私じゃダメなの?
明日香も私に気づく。明日香は先輩と何か話をして、先輩と別れた。
手を挙げて、私に挨拶してくる。
「ほのか、どうしたし? 怖い顔してるし」
「……明日香、先輩と何を話していたの?」
私はうつむき、リュックをぎゅっと握りしめる。イライラが止まらない。
「青島祭のことだし。それがどうかしたし?」
「……本当にそれだけなの? 嬉しそうだったよ、明日香。先輩と話していてさ」
「ほのか?」
ダメだ……止まらない。口が……感情が止められない。
「明日香、先輩のこと好きなの? 他の男の子と付き合っているのに……ひどいよ……」
「ほのか、落ち着くし」
「私は落ちついてる! それより答えて!」
気が付くと、私の吐息だけが聞こえていた。
明日香だけじゃない。廊下を歩いていた生徒が立ち止り、私達を見ていた。
誰が見ていてもかまうもんか。私は知りたいの。明日香の……先輩の気持ちを。
明日香を睨んでいると、頬に冷たい感触が感じて、慌てて顔を背けた。
「ほのか、どうしたの? 怖い顔して」
「るりか……」
冷たい感触は、るりかの手にしているジュースを押し付けられたものだった。
全く予期しない感覚に黒い何かがすっとひいていく。冷静になってようやく、私は何をしでかしたのか理解できた。
私は慌てて明日香に頭を下げる。
「ご、ごめん、明日香」
私、最低だ。明日香にあたるなんて。後悔で押しつぶされそうになる。
明日香は私の手を取り、廊下の端へ引っ張っていく。窓際に連れていかれたあと、私の髪をそっと撫でる。
鞄からブラシを取り出し、私の髪をゆっくりと丁寧にとかしてくれる。それがこそばゆくて、つい動いてしまう。
「ほら、動くな。ほのか、髪の毛、乱れてるし。好きな人の前ではちゃんとするし」
「うん……ごめんね、明日香」
気持ちが和らいでいく。黒い感情がブラッシングされるたびに消えていく。私は目を細め、明日香に髪をといてもらっていた。
「気にするなし。よし! 可愛くなったし!」
明日香はパチパチと私の頬を軽くたたく。
「ほのかも風紀委員として青島祭の会議に出るし?」
「うん。あと、獅子王さんの劇について取決めしないといけないの。橘先輩と園田先輩が青島祭実行委員の人に話して来いっていわれて」
「そう。私も青島祭実行委員だから一緒にいくし」
「私もね」
私は明日香とるりかの後ろを歩く。歩きながらさっきの出来事を考えていた。
どうして、私は明日香にやきもちをやいたの? 先輩と明日香が恋人なんてありえないのに……。
こんなことで、私、大丈夫なのかな……。
視聴覚室にはすでに青島祭実行委員が集まっていた。視聴覚室は教室二つ分の広さがあり、大きなプロジェクターがある。
机や椅子は教室のものとは違い、大学で使用している細長い机が縦に三列並んでいる。一つの机に三人座れる仕様になっていて、仲のいい者同士が集まっておしゃべりをしている。
前は青島祭実行委員長のことで周りを見る余裕がなかったけど、視聴覚室って結構広いよね。
私達が座れそうな場所は……。
「ほのか、あそこが空いてるし」
空いている場所は……先輩の隣だった。そこだけ、誰も座っていない。
私はつい躊躇してしまう。
「ほら、いくよ」
るりかが私の手をひいて先輩のもとへ向かう。
さっきの私の怒鳴り声、先輩に聞こえちゃったかな?
先輩が私達のほうを見る。先輩の視線に息が止まりそうになった。
「藤堂先輩。ここ、いい?」
先輩は黙ってうなずく。私の方に一瞬視線を送るけど、すぐに視線を前に戻す。私と話す言葉なんてない、そう言われた気がして、泣きたくなった。
先輩の隣に明日香が座って、私は明日香の隣に座る。その隣にるりかが座った。
先輩がすぐそばにいる。なのに……なんでこんなにも遠いの……。
私は先輩を見ないよう、うつむいてしまう。周りはこんなにも騒がしいのに、孤独で胸が痛い。
早く始まらないかな、会議。
しばらく待っていると、入り口のドアが開く。入ってきたのは……セクハラ青島祭実行委員長こと浪花先輩。
浪花先輩がウインクすると、みんなきゃーきゃー黄色い声を上げている。ここはアイドルのコンサートかっ!
私はため息をついた。みんな、知っているのかな、彼女の本性。
浪花先輩は会議をそつなくこなしていく。その手腕はすごいけど……私と目が合ったらウインクするのはやめてほしい……。
しかも、他の女の子にもしてるし。
先輩の表情がどんどん怖くなっていく。真面目にしろって言いたいのが手に取るように分かる。
これが嫉妬だったらいいのに……そんなこと、ありえないのに。
「はあ……」
書類の山を見て、私はため息をついた。
誰もいない教室で、私は一人作業していた。夕日が窓から射し込んで教室を朱色に染まっている。
下校時間がせまっているのに、作業がはかどらない。だから、一向に帰れない。
ああっ……劇するのになんで書類をかかなきゃいけないの?
私は書類とにらめっこしていた。
会議が終わって、私は青島祭実行委員から申請書を渡された。劇をするのに必要な書類なんだって。エントリーシートだけじゃなかったの? 最初から言ってよね、もう!
申請書に劇をする場所、時間、費用……必要な事項と理由を書かなきゃいけないなんて知らなかった。そうしないと、予算が下りないんだって。
適当に書けばいいよって明日香達に言われたけど、審査に通らなかった場合、えんぴつ一つもくれないって青島祭実行委員の人に言われちゃった。
しかも、必要な理由は具体的に書かないといけないみたい。
理由なんて劇に必要だから、その一文だけでいいじゃない。それの何がダメなのよ!
園田先輩も獅子王さんも古見君も帰ったし、一人は寂しい。一人になると先輩の事を考えてしまう。今日も先輩とお話しできなかった。イヤだよ、こんなの……。
机にうつ伏せになって申請書を眺める。
先輩……前のように楽しくおしゃべりしたいです……。
まぶたが……重い。
「……ハッ!」
いけない! つい、寝ちゃった!
窓の外を見ると、すっかり日は沈んで街路灯がぽつぽつと光っている。
まずい! まだ何も終わってない! 帰りが遅くなっちゃう! ってか、帰れるの? 帰っていいよね?
こうなったら申請書になんでもいいから書かないと……あれ? 申請書に付箋が貼ってある。
付箋には、項目ごとにアドバイスが分かりやすく書かれてあった。しかも、テンプレがあるから、これを少し書き換えればいけるんじゃない?
やった! これで家に帰れる! 早くアドバイス通り申請書を書いて帰ろうっと!
ペンをとろうとしたとき、背中に何かずれ落ちる感触がした。
ブレザー? なんで?
かなり大きいブレザーだ。このブレザーって……もしかして、付箋を貼ってくれたのも……。
エヘヘッ! 私が寝ている間に仕事してくれているなんて、まるで童話に出てくる小人みたい。
小人は変かな? 小人じゃなくて、あしながおじさんだよね。
ありがとうね、私のあしながおじさん。
私はすらすらと申請書を書き上げた。
エントリーシートを青島祭実行委員長に渡してから二日が過ぎた。私はため息をつきながら、視聴覚室に向かっている。
出し物は受理され、ようやくスタートラインに立てたわけなんだけど……本当、大変なことばかり。
劇って当たり前だけど、役者だけがいれば出来るわけではない。
劇に使う小道具や大道具、衣装等様々な物や人手が必要となることが園田先輩の指導で分かった。
人手に関しては、ボクシング部の皆さんにお願いした。最初は渋っていたけど、御堂先輩の名前を出したら即OKを出してもらえた。
御堂先輩が以前、ボクシング部に因縁をつけられて対決したことがある。
女の子の御堂先輩が、男の子のボクシング部五人と勝負して勝ったらしい。しかも、五人を三分で。
それ以降、ボクシング部は御堂先輩を女神扱いしているらしい。
そんな女神様のお願いを断れることなどできるはずもなく、二つ返事で了承いただけたわけ。
小道具や大道具については、演劇部からいくつかお借りすることが出来た。後、橘先輩のお力でいくつか物を譲ってもらえることになっている。
すごいよね、橘先輩って。権力がいかに素晴らしいものか教えられた気がしちゃう。
なんだかんだで、皆様のお力をお借りし、劇の準備を整えていく。
士気向上の為に、御堂先輩におこしいただいて、ボクシング部に声をかけてもらいたかったけど、あの日以来、御堂先輩に会っていない。
御堂先輩が先輩の本音を暴いた日。今でも御堂先輩の言葉が忘れられない。
あの声、あの表情を見れば誰でもわかる。
御堂先輩は私と同じ……先輩に恋してるんだ。先輩にフラれた今でも、先輩を想い続けている。
私にできるのかな? フラれた相手を想い続けることなんて。
重いよ……。
私は何度目になるか分からないため息をつく。憂鬱なのは先輩の事だけではない。これから視聴覚室に行くんだけど、これがまた大変で……。
私は視聴覚室に向かうことになった経緯を思い出してみた。
「エントリーシートよし! 人手確保OK! 道具類、見通が出来た! これでようやく劇ができますね!」
「何を言っているの? 寝言は寝ていいなさい」
キビシー!
園田先輩はじと目で私を睨んでいる。ううっ……怖いよ。
私はお昼休みに報告がてら、風紀委員委室で園田先輩に劇のことを相談をしていた。部屋の端っこで橘先輩がご飯を食べている。
ごめんね、橘先輩。風紀委員長なのに端に追いやってしまって。
私、本当に失礼だよね。風紀委員に迷惑かけてばかり。
肩身が狭い。
私は人差し指をちょんちょんとあわせて、上目づかいで遠慮がちに何がダメなのか、園田先輩に訊いてみる。
「な、何か問題でしょうか?」
「何が問題ないのか教えていただきたいわ。前にも言ったよね? 演劇、ナメるな」
「す、すみません!」
怖い、怖いよ、園田先輩!
あのフレンドリーな笑顔はどこにいったの。怖すぎるよ、園田先輩! 普段は人懐っこいのに、演劇になると人が変わるよね、園田先輩は。
「それで、場所と時間は?」
「ば、場所? 時間?」
それって青島祭のときに体育館でするんじゃないの?
首をかしげる私に、園田先輩が馬鹿を見るような目で私を睨んでくる。
こ、答えを言ってくれませんかね~。まるで、バイトで失敗した理由を話すまで一言も話さない意地悪な先輩みたいな態度をとらないでほしい。
泣きますよ、本当。うそ、ごめんなさい。私が悪いんですけど、教えて欲しい。
「演劇をする日にちと時間、どこで上演するかだよ、伊藤さん。他の人達も出し物をするから、日程と時間割が必要になるでしょ。青島祭は二日間あるわけだけど、日にちはどっちにするの? 時間は?」
橘先輩に言われて、はっとなる。
あれれ? エントリーシートに書いて……なかったね。問題だらけじゃん!
園田先輩、橘先輩を睨まないでね。そして、私も睨まないで欲しい。
園田先輩はため息交じりに説明を続けてくれた。
「それに小道具や衣装はいつまでに仕上げるつもり? 保管場所は? 小道具はウチから貸し出すことはできるけど、どれが必要なのかちゃんと言ってくれないと分からないわよ。足りない物は作らないと。全く、計画が大雑把すぎ。それでよく演劇したいだなんて言えるわね。青島祭までもあと三週間しかないのに」
「あ、あはははははっ」
み、耳が痛い。思いついたときはいいアイデアだと思ったんだけどな。それに役者が二人だけなら簡単にできると思ったのに、これは想定外。
な、なんとかしないと……。
「とにかく、劇については私に一任しなさい。ほのかは劇ができるようにして」
「劇ができるように?」
エントリーシートを出したら、それで終わりじゃないの? 時間と場所は青島祭実行委員が決めてくれるんじゃないの? 初めての事だから、何から手をつけていいのかよく分からない。
悩んでいる私に、橘先輩が声をかけてくれた。
「そこは僕がフォローするよ。とにかく、伊藤さんは代表者として今日の会議に出て」
「会議?」
何の会議? 私のような一年生が出ていいの?
橘先輩は箸を動かしながら説明してくれる。
「そう。青島祭実行委員が定期的に開いている会議。その会議で青島祭のスケジュール、進行なんかが決まるわけ。風紀委員もね、警備やイベントの手伝い、雑務でかりだされるの。伊藤さん、いい加減、風紀委員の仕事に復帰してくれない?」
「本当にすみません」
私は深々と橘先輩に頭を下げた。本当にごめんなさい!
こうして、私は風紀委員に復帰してお仕事をすることになったんだけど、少し心細い。
橘先輩はもう視聴覚室についているのかな? 私一人ではないことがせめての救い。
視聴覚室に向かう途中、窓に視線を向けると、情けない顔をした私が映っていた。
ダメだよね、こんな顔していたら。古見君達にもう迷惑をかけたくない。私がしっかりしないと。
顔をぱちぱちと叩き、気合を入れる。よし、いこう!
視聴覚室まであと少しというところで、私は出会ってしまった。今、一番会いたくなかった先輩に。
しかも、先輩一人じゃない。先輩の隣には女の子がいた。
その女の子は……あ、明日香? なんで、明日香と先輩が二人きりで歩いているの?
黒くねっとりとした感覚が胸の中に渦巻く。今までに感じたことのない嫌な感じ。また痛みが襲いかかってくる。
どうして……どうして、先輩は他の女の子と歩いているの? 私じゃダメなの?
明日香も私に気づく。明日香は先輩と何か話をして、先輩と別れた。
手を挙げて、私に挨拶してくる。
「ほのか、どうしたし? 怖い顔してるし」
「……明日香、先輩と何を話していたの?」
私はうつむき、リュックをぎゅっと握りしめる。イライラが止まらない。
「青島祭のことだし。それがどうかしたし?」
「……本当にそれだけなの? 嬉しそうだったよ、明日香。先輩と話していてさ」
「ほのか?」
ダメだ……止まらない。口が……感情が止められない。
「明日香、先輩のこと好きなの? 他の男の子と付き合っているのに……ひどいよ……」
「ほのか、落ち着くし」
「私は落ちついてる! それより答えて!」
気が付くと、私の吐息だけが聞こえていた。
明日香だけじゃない。廊下を歩いていた生徒が立ち止り、私達を見ていた。
誰が見ていてもかまうもんか。私は知りたいの。明日香の……先輩の気持ちを。
明日香を睨んでいると、頬に冷たい感触が感じて、慌てて顔を背けた。
「ほのか、どうしたの? 怖い顔して」
「るりか……」
冷たい感触は、るりかの手にしているジュースを押し付けられたものだった。
全く予期しない感覚に黒い何かがすっとひいていく。冷静になってようやく、私は何をしでかしたのか理解できた。
私は慌てて明日香に頭を下げる。
「ご、ごめん、明日香」
私、最低だ。明日香にあたるなんて。後悔で押しつぶされそうになる。
明日香は私の手を取り、廊下の端へ引っ張っていく。窓際に連れていかれたあと、私の髪をそっと撫でる。
鞄からブラシを取り出し、私の髪をゆっくりと丁寧にとかしてくれる。それがこそばゆくて、つい動いてしまう。
「ほら、動くな。ほのか、髪の毛、乱れてるし。好きな人の前ではちゃんとするし」
「うん……ごめんね、明日香」
気持ちが和らいでいく。黒い感情がブラッシングされるたびに消えていく。私は目を細め、明日香に髪をといてもらっていた。
「気にするなし。よし! 可愛くなったし!」
明日香はパチパチと私の頬を軽くたたく。
「ほのかも風紀委員として青島祭の会議に出るし?」
「うん。あと、獅子王さんの劇について取決めしないといけないの。橘先輩と園田先輩が青島祭実行委員の人に話して来いっていわれて」
「そう。私も青島祭実行委員だから一緒にいくし」
「私もね」
私は明日香とるりかの後ろを歩く。歩きながらさっきの出来事を考えていた。
どうして、私は明日香にやきもちをやいたの? 先輩と明日香が恋人なんてありえないのに……。
こんなことで、私、大丈夫なのかな……。
視聴覚室にはすでに青島祭実行委員が集まっていた。視聴覚室は教室二つ分の広さがあり、大きなプロジェクターがある。
机や椅子は教室のものとは違い、大学で使用している細長い机が縦に三列並んでいる。一つの机に三人座れる仕様になっていて、仲のいい者同士が集まっておしゃべりをしている。
前は青島祭実行委員長のことで周りを見る余裕がなかったけど、視聴覚室って結構広いよね。
私達が座れそうな場所は……。
「ほのか、あそこが空いてるし」
空いている場所は……先輩の隣だった。そこだけ、誰も座っていない。
私はつい躊躇してしまう。
「ほら、いくよ」
るりかが私の手をひいて先輩のもとへ向かう。
さっきの私の怒鳴り声、先輩に聞こえちゃったかな?
先輩が私達のほうを見る。先輩の視線に息が止まりそうになった。
「藤堂先輩。ここ、いい?」
先輩は黙ってうなずく。私の方に一瞬視線を送るけど、すぐに視線を前に戻す。私と話す言葉なんてない、そう言われた気がして、泣きたくなった。
先輩の隣に明日香が座って、私は明日香の隣に座る。その隣にるりかが座った。
先輩がすぐそばにいる。なのに……なんでこんなにも遠いの……。
私は先輩を見ないよう、うつむいてしまう。周りはこんなにも騒がしいのに、孤独で胸が痛い。
早く始まらないかな、会議。
しばらく待っていると、入り口のドアが開く。入ってきたのは……セクハラ青島祭実行委員長こと浪花先輩。
浪花先輩がウインクすると、みんなきゃーきゃー黄色い声を上げている。ここはアイドルのコンサートかっ!
私はため息をついた。みんな、知っているのかな、彼女の本性。
浪花先輩は会議をそつなくこなしていく。その手腕はすごいけど……私と目が合ったらウインクするのはやめてほしい……。
しかも、他の女の子にもしてるし。
先輩の表情がどんどん怖くなっていく。真面目にしろって言いたいのが手に取るように分かる。
これが嫉妬だったらいいのに……そんなこと、ありえないのに。
「はあ……」
書類の山を見て、私はため息をついた。
誰もいない教室で、私は一人作業していた。夕日が窓から射し込んで教室を朱色に染まっている。
下校時間がせまっているのに、作業がはかどらない。だから、一向に帰れない。
ああっ……劇するのになんで書類をかかなきゃいけないの?
私は書類とにらめっこしていた。
会議が終わって、私は青島祭実行委員から申請書を渡された。劇をするのに必要な書類なんだって。エントリーシートだけじゃなかったの? 最初から言ってよね、もう!
申請書に劇をする場所、時間、費用……必要な事項と理由を書かなきゃいけないなんて知らなかった。そうしないと、予算が下りないんだって。
適当に書けばいいよって明日香達に言われたけど、審査に通らなかった場合、えんぴつ一つもくれないって青島祭実行委員の人に言われちゃった。
しかも、必要な理由は具体的に書かないといけないみたい。
理由なんて劇に必要だから、その一文だけでいいじゃない。それの何がダメなのよ!
園田先輩も獅子王さんも古見君も帰ったし、一人は寂しい。一人になると先輩の事を考えてしまう。今日も先輩とお話しできなかった。イヤだよ、こんなの……。
机にうつ伏せになって申請書を眺める。
先輩……前のように楽しくおしゃべりしたいです……。
まぶたが……重い。
「……ハッ!」
いけない! つい、寝ちゃった!
窓の外を見ると、すっかり日は沈んで街路灯がぽつぽつと光っている。
まずい! まだ何も終わってない! 帰りが遅くなっちゃう! ってか、帰れるの? 帰っていいよね?
こうなったら申請書になんでもいいから書かないと……あれ? 申請書に付箋が貼ってある。
付箋には、項目ごとにアドバイスが分かりやすく書かれてあった。しかも、テンプレがあるから、これを少し書き換えればいけるんじゃない?
やった! これで家に帰れる! 早くアドバイス通り申請書を書いて帰ろうっと!
ペンをとろうとしたとき、背中に何かずれ落ちる感触がした。
ブレザー? なんで?
かなり大きいブレザーだ。このブレザーって……もしかして、付箋を貼ってくれたのも……。
エヘヘッ! 私が寝ている間に仕事してくれているなんて、まるで童話に出てくる小人みたい。
小人は変かな? 小人じゃなくて、あしながおじさんだよね。
ありがとうね、私のあしながおじさん。
私はすらすらと申請書を書き上げた。
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