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二十章
二十話 サボテン -燃える心- その七
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「ねえ、あなたが丸宮さん?」
「……そうですけど、あなたは誰ですか?」
「私、伊藤ほのか。よろしくね」
「……」
目の前にいる丸宮さんは不審なまなざしで私を見つめている。
そうだよね、いきなり声をかけられて自己紹介されたら警戒するよね。
丸宮さんは私の隣のクラスの女の子で、三つ編みに長い前髪で目元が隠れている。パッと見、大人しげな女の子だけど、彼女には秘密がある。
その秘密が馬淵先輩達を救うことになると確信している。
「あの、私達、初対面ですよね? なぜ、私に声をかけてきたんですか?」
「私、あなたのファンなの。ねえ、く・ら・らちゃん」
「……どこでその情報を」
「蛇の道は蛇ってことですよ」
私は不敵に笑ってみせた。丸宮さんの態度が更に警戒した態度になる。
くららちゃんとは今話題になっているネットアイドル。
ネットアイドルとは、インターネットの場で活躍している女の子の事。
丸宮さんがくららちゃん、つまりネットアイドルであることは、女の子同士の噂で偶然知った。
女の子の噂はハンパないよね。ガセもあれば、信憑性のあるものもある。だから、確認してみた。
丸宮さんの、くららちゃんのことを調べるのは骨が折れた。近藤先輩に確認してみたけど、知らなかったし、丸宮さんに似たネットアイドルがいないか調べたけど、数が多くて検索が難しかった。
女子高生ネットアイドルに絞って検索し、ようやく偶然見つけることができた。丸宮さん本人ととくららちゃんは似ても似つかないから、男の子なら絶対に分からない。
でも、女の子なら分かる。髪型、表情、化粧で雰囲気はかえられるけど、顔のパーツで見分けがつく。
それは、何度も自分の顔を見て、ファッション雑誌を読んで、化粧して、美容の事等、勉強したから分かること。
「人気あるよね~、少し過激なコスプレあるし」
「……何が目的なの?」
「取引しない?」
丸宮さんの警戒が少しだけ緩む。脅迫は一方的に弱みを使って要望のみ押し付けてくるけど、取引はお互いのメリットデメリットを提示できる。
ここで、丸宮さんのメリット次第で、この警戒を友情まで高めることができるはず。思いっきり嫌われることもあるけどね。
私は一冊の本を丸宮さんに差し出す。
「これ読んでみて?」
「?」
最初は受け取ろうとしない丸宮さんだったけど、私はあせらずに本を差し出す。丸宮さんが本の表紙を見たとき、ようやく手にしてくれた。
丸宮さんは本を手に取り、ページをめくる。
めくるめくる……あっ、手が止まった。視線が釘つけで止まっている。
ゆっくりとページをめくり、またゆっくりとページをめくり、めくりめくり……あっ、またページを戻した。
何度も何度も繰り返し見ている。
ふふっ……気に入ってもらえたよう。
私が渡したのはある同人誌。丸宮さんを説得する材料を見つける為、ずっと見張っていた。
明日香達には同性愛に目覚めたのだとか、ストーカーって冷やかされたけど、問題なく任務を遂行した。
警察だって犯罪者を組織ぐるみでストーカーしちゃってるし、問題ないよね?
それで分かったのは、丸宮さんは某ジャニーズ漫画を愛読していたこと。そのジャニーズ漫画の同人誌を見せてあげたってわけ。
ちょっと、ちょっとだけ、過激なシーンがあるけど問題ない。
これは堕ちたね……布教用に一冊買っておいてよかった。
これをきっかけに話を進めて……って何?
私の第六感が告げてくる。何か危険が迫ってくると。
私は某名探偵風に腰を落とし、周りをきょろきょろと見渡す。
げっ! 御堂先輩!
不味い! 御堂先輩にこの本を見られたら有害図書として検閲されちゃう。ライブラリー・タス○フォースとして、守り通さなきゃ!
「丸宮さん! 本を隠して!」
「……」
「丸宮さん!」
丸宮さんの反応がない。あ、あれ~? 刺激強かった? バットステータス(麻痺)しちゃってる!
御堂先輩がこっちにくる! まずい! なんとかしなきゃ!
御堂先輩が私達に近づき……。
「……何やってるんだ、伊藤?」
「……ちょっとハグを」
私は丸宮さんに抱きつき、本ごと隠した。
御堂先輩の視線が痛い。
「ああ、その……悪かったな。人の趣味にケチつけることなんてしねえよ。獅子王先輩にあてられて……目覚めちまったんだな、お前」
「いや! 違いますから!」
私は先輩が好きですから!
よりにもよって恋敵に誤解されて心配されるなんて、屈辱。見られては困るブツがなければすぐにこっちから離れるのに……。
私は腕の中にいる丸宮さんを少し恨めしげに見る。私の腕の中にすっぽりと入っている丸宮さんってホント小さい。それに柔らかいし……って何考えてるの、私!
いけないいけない。浮気は厳禁だよね。しかも、恋敵の前で。
御堂先輩は通り過ぎることなく、何か言いたげにこっちを見ている。
バ、バレた?
冷や汗が背中につたっていくのが分かる。でも、御堂先輩の様子がおかしい。普段なら言いたいことははっきりしゃべる御堂先輩なのに、言いどよんでいるなんて。
不思議に思っていると、御堂先輩が言葉を押し出すように言った。
「……そのすまん」
「……何を謝っているのですか?」
「藤堂の事だ」
息が詰まりそうになる。あの日、獅子王さんと古見君の仲を先輩に認めさせようとしたとき、御堂先輩が先輩の態度に激怒してしまった。そのときに、先輩の気持ちを知ってしまった。
あの日の事は今でも思いだせる。辛い思い出……。
足が震え、動悸が止まらない。それでも、恋敵の前で弱いところを見せたくない。
私は必死になって足に力を込めて、丸宮さんに抱きつき、虚勢を張る。
「……別に気にしてませんから」
「そっか。だったらもうこの話題はなしだ。時間をとらせてわるい」
「……待ってください。御堂先輩は先輩の事……」
今でも好きなんですか?
その言葉がのど元に引っかかって出てこない。
知りたい。御堂先輩の気持ちを。
いつもは御堂先輩の鋭い目つきが怖くて目をそらしちゃうけど、今の私は目をそらすことなく、逆に吸い寄せられるように御堂先輩の瞳を見つめる。
御堂先輩……。
「ねえ、あれってもしかして三角関係ってヤツ?」
「うそ! 女の子同士じゃない!」
「でも、御堂先輩だし、ありじゃない? 御堂先輩なら私、OKかな」
「うそ! そっちのけがあるの? でも、趣味はいい!」
「あのビッチ。今度は女の子を手籠めにする気? サイテー」
「……」
「……」
あ、あれ? 何かどえらい勘違いされてる?
いつの間にか、私達の周りにいろんな生徒が集まっていた。口々に言いたい放題言われている。
うううっ……恥ずかしい。なんていう羞恥プレイ。でも、ここで丸宮さんから離れたら、みんなの前でBLの本が白昼のもとにさらされてしまう。
そんなことになったら、御堂先輩は容赦なく私にげんこつするかもしれない。あの水泳部のように……。
ああっ、どうしたらいいの? 誰か助けて……。
「あれ、伊藤氏? こんなところで何してるの?」
「伊藤さん、この騒ぎは何?」
げえぇ! 長尾先輩と橘先輩!
長尾先輩は私と同じ風紀委員でオタク仲間。熊さんのような大柄な体格と柔和なふっくらとした顔が優しい雰囲気なんだけど、全国都道府県中学生相撲選手権の無差別級で、三年連続の優勝記録を持っている。
力だけなら長尾先輩は獅子王先輩より上。それは腕相撲対決で証明されている。まあ、結局は獅子王さんが偶然勝ったんだけど。
長尾先輩に助けを求めたいところだけど、隣の橘先輩が邪魔で出来ない。もう、御堂先輩に先輩の事を訊きだせる雰囲気じゃないよ!
「伊藤氏、何してるん? 女の子抱いて」
ひぃいい! やっぱりそこ訊いてきた! ど、どうしよう? どんどん悪化している!
ご、誤魔化さないと。
「な、何のことですか?」
「いや、目の前にいるじゃない。ゼロ距離で抱きしめておいてそれはないでしょ?」
おっしゃるとおりで!
どんな言い訳も橘先輩の前ではきっとバレちゃうよ! お説教されちゃうよ! 橘先輩にこれ以上迷惑かけたくないのに……。
「ち、違う、橘! そんなんじゃないからな! べ、別にそこにいる女の子を伊藤と取り合っているわけじゃないからな!」
ちょっと、御堂先輩! それは余計に事態をこじらせるだけですよ? どんどん悪化していくのは気のせい?
気のせいか周りの声の中に、「ああっ、やっぱり」って聞こえたような……。
長尾先輩のにやにやと笑いながらの視線が恨めしい。きっと誤解だって分かってるよね?
どうしたらこの混沌をおさめることができるの?
「分かったよ、御堂。だから、あまり大きな声を出さないでくれる? みんなの迷惑になるよ」
流石は橘先輩。大人の対応をしてくれた。御堂先輩も誤解だと分かってもらえて、落ち着いたみたい。
「……おおっ。分かればいい」
「御堂、潤平。ちょっと話があるんだけどいいかな?」
橘先輩、マジ大人っす。私の事を助けてくれるなんて……。
でも、橘先輩に迷惑をかけているのに、どうして私の事を助けてくれるの?
「橘風紀委員長がほのほのを優遇するのは、ほのほののこと、好きだからじゃない?」
顔が赤くなるのが自覚してしまった。以前、橘先輩が私の事を優遇している件について、るりかが出した推論。
ありえないと思っていても、つい意識しちゃう。
橘先輩は私を助けてくれる理由は何? 同性愛の事で敵対したと思ったら、こうして助けてくれる。意味が分からない。
「ここでもいいんじゃない?」
くっ! 長尾先輩、余計なことを。いやらしい笑みを浮かべているし。
「意地悪言わないの。ほら、いくよ」
橘先輩に背中を押されて、御堂先輩と長尾先輩は去っていった。
助かった……ありがとうございます、橘先輩。
私は橘先輩の去っていった方に向かって頭を下げた。
「……ねえ、いい加減、離してほしいんだけど」
「ご、ごめん!」
私は慌てて丸宮さんから離れた。お互い気まずくて黙ってしまった。ギャラリーは消えたけど、どうしたらいいんだろう?
って、最初の目的を忘れてた!
「ねえ、丸宮さん。その本、一冊目なの。まだまだあるんだけど、見たい?」
「……何をすればいいの?」
「これを見てください」
私はHPを見せて、投票してほしいこと、ネットアイドルくららちゃんのファンに投票してほしいことを説明した。
くららちゃんこと丸宮さんには固定のファンがいる。クララちゃんが呼びかけたら、きっと投票してくれる……と思う。
アイドルが別の男性ユニットを応援するのはあまりよろしくはないと思うけど、そこはやりようがある。
絶対に迷惑をかけないように努力すること、迷惑なら丸宮さんだけでも投票してほしいことをお願いした。
そのことを説明すると、
「……いいわよ。私は投票する。ファンにも呼びかけてあげるわ」
やった! 私は心の中でガッツポーズをとった。
これがうまくいったら、一位になる可能性は高い。目標が見えてきた!
「……本はもらっておくわ。それともう一つ、お願いがあるんだけど」
「えっ?」
「だって、私の投票とファンの投票の二つお願いしたんだから、私のお願いも二つきいてもらってもいいよね?」
た、確かに道理かもしれないけど。何をお願いされるんだろう?
丸宮さんはにやっと笑みを浮かべた。それは大人しい丸宮さんではなく、くららちゃんの笑みだった。
「簡単なことよ。私と写真をとってほしいの。コスプレした姿をね」
「……それってHPにアップするの?」
「もちろん。ああっ、顔は隠すけどね。どう?」
ううん……HPにのるのか……ちょっと嬉しいような気もするけど……くららちゃんのコスプレ、へそがみているし、少し過激だったような……それに……。
「……身元ばれない?」
「絶対にバレない」
「エッチなコスプレはイヤだよ」
「安心して! そんなに露出が高いものにはしないから。その夕張……美貌はきっと男どもを惹きつけるわ」
私は引きつった笑みを浮かべる。
夕張って……どれだけ青島住民はメロンが好きなの? まあ、私のお願いをきいてくれるのだから、仕方ないけど……。
「OK。絶対身バレはしないようにしてくださいね」
「約束するわ。打ち合わせしよ」
はあ……うまくいったけど、疲れた。
危うく百合疑惑をかけられるところだった。正直、冷や汗ものだったよ。
はたから見れば私達のやりとりはただのコメディに見えるのかも。でも、馬淵先輩達が今のやりとりを見たらどう思うのだろう?
テレビとか漫画では、同性愛のやりとりはコメディ風にされている。
本人達は真剣な恋なのに、世間ではおふざけのように扱われてしまうなんて、傷つくよね。
応援すると言っておきながら、これはないよね。反省しないと。
もしかしたら、私もどこかでそんなふうに考えてしまっていたのかもしれない。
そんなつもりはないのに……やっぱり、同性愛って難しい。正しい知識がちゃんと広がらないと、いつまでたっても、誤解されたままのような気がする。
ふとそんな考えが頭によぎった。
「みなさん! おまたせいたしました!」
「おおっ、殿!」
ランキングの結果が出たので、私は馬淵先輩達に報告に来ていた。
「それで、五百は集まったのか?」
「それがですね……」
私は言葉を濁し、うつむく。
それを見て、二上先輩がため息をつく。
「まあ、無理だろうな。別に期待は……」
「いきました! 五百超えです!」
私はスマホをばっと差し出す。
みんながスマホの画面を覗き込む。
ランキング一位は『スターフィッシュ』、投票数は千五十八票。
「おおおっ!」
驚嘆の声をあげているみんなに、私はVサインをしてみせる。第二位に五百以上の差をつけての一位。これで一気に注目度は高まった。
私のクラスでは噂になっている。これでゴールデン青島賞の可能性は出てきたはず。
「さっすがは殿! やってくれるぜ!」
「ふふっ、私のできることはこれくらいです。だから、これから先はみなさん次第ですよ」
「そうだな! ならさっそく作詞作曲するか!」
えっ?
そ、空耳かな? 何かありえない単語が聞こえた気がする。
か、確認しなきゃいけないよね?
私はおずおずと男の子に訊いた。
「あの……まだ決めてなかったのですか?」
「だってオリジナルって難しいじゃん!」
「やっぱり、オリジナルは無理があるよな。すぐにはできねえよ!」
私はどうしようもない不安に押しつぶされそうになる。
これでいいの?
何度も警鐘のようなものが頭の中に響く。それに違和感が強くなる。何に対して?
はっきりと答えが出ないことに一抹の不安を覚え、私は苦笑いを浮かべていた。
「……そうですけど、あなたは誰ですか?」
「私、伊藤ほのか。よろしくね」
「……」
目の前にいる丸宮さんは不審なまなざしで私を見つめている。
そうだよね、いきなり声をかけられて自己紹介されたら警戒するよね。
丸宮さんは私の隣のクラスの女の子で、三つ編みに長い前髪で目元が隠れている。パッと見、大人しげな女の子だけど、彼女には秘密がある。
その秘密が馬淵先輩達を救うことになると確信している。
「あの、私達、初対面ですよね? なぜ、私に声をかけてきたんですか?」
「私、あなたのファンなの。ねえ、く・ら・らちゃん」
「……どこでその情報を」
「蛇の道は蛇ってことですよ」
私は不敵に笑ってみせた。丸宮さんの態度が更に警戒した態度になる。
くららちゃんとは今話題になっているネットアイドル。
ネットアイドルとは、インターネットの場で活躍している女の子の事。
丸宮さんがくららちゃん、つまりネットアイドルであることは、女の子同士の噂で偶然知った。
女の子の噂はハンパないよね。ガセもあれば、信憑性のあるものもある。だから、確認してみた。
丸宮さんの、くららちゃんのことを調べるのは骨が折れた。近藤先輩に確認してみたけど、知らなかったし、丸宮さんに似たネットアイドルがいないか調べたけど、数が多くて検索が難しかった。
女子高生ネットアイドルに絞って検索し、ようやく偶然見つけることができた。丸宮さん本人ととくららちゃんは似ても似つかないから、男の子なら絶対に分からない。
でも、女の子なら分かる。髪型、表情、化粧で雰囲気はかえられるけど、顔のパーツで見分けがつく。
それは、何度も自分の顔を見て、ファッション雑誌を読んで、化粧して、美容の事等、勉強したから分かること。
「人気あるよね~、少し過激なコスプレあるし」
「……何が目的なの?」
「取引しない?」
丸宮さんの警戒が少しだけ緩む。脅迫は一方的に弱みを使って要望のみ押し付けてくるけど、取引はお互いのメリットデメリットを提示できる。
ここで、丸宮さんのメリット次第で、この警戒を友情まで高めることができるはず。思いっきり嫌われることもあるけどね。
私は一冊の本を丸宮さんに差し出す。
「これ読んでみて?」
「?」
最初は受け取ろうとしない丸宮さんだったけど、私はあせらずに本を差し出す。丸宮さんが本の表紙を見たとき、ようやく手にしてくれた。
丸宮さんは本を手に取り、ページをめくる。
めくるめくる……あっ、手が止まった。視線が釘つけで止まっている。
ゆっくりとページをめくり、またゆっくりとページをめくり、めくりめくり……あっ、またページを戻した。
何度も何度も繰り返し見ている。
ふふっ……気に入ってもらえたよう。
私が渡したのはある同人誌。丸宮さんを説得する材料を見つける為、ずっと見張っていた。
明日香達には同性愛に目覚めたのだとか、ストーカーって冷やかされたけど、問題なく任務を遂行した。
警察だって犯罪者を組織ぐるみでストーカーしちゃってるし、問題ないよね?
それで分かったのは、丸宮さんは某ジャニーズ漫画を愛読していたこと。そのジャニーズ漫画の同人誌を見せてあげたってわけ。
ちょっと、ちょっとだけ、過激なシーンがあるけど問題ない。
これは堕ちたね……布教用に一冊買っておいてよかった。
これをきっかけに話を進めて……って何?
私の第六感が告げてくる。何か危険が迫ってくると。
私は某名探偵風に腰を落とし、周りをきょろきょろと見渡す。
げっ! 御堂先輩!
不味い! 御堂先輩にこの本を見られたら有害図書として検閲されちゃう。ライブラリー・タス○フォースとして、守り通さなきゃ!
「丸宮さん! 本を隠して!」
「……」
「丸宮さん!」
丸宮さんの反応がない。あ、あれ~? 刺激強かった? バットステータス(麻痺)しちゃってる!
御堂先輩がこっちにくる! まずい! なんとかしなきゃ!
御堂先輩が私達に近づき……。
「……何やってるんだ、伊藤?」
「……ちょっとハグを」
私は丸宮さんに抱きつき、本ごと隠した。
御堂先輩の視線が痛い。
「ああ、その……悪かったな。人の趣味にケチつけることなんてしねえよ。獅子王先輩にあてられて……目覚めちまったんだな、お前」
「いや! 違いますから!」
私は先輩が好きですから!
よりにもよって恋敵に誤解されて心配されるなんて、屈辱。見られては困るブツがなければすぐにこっちから離れるのに……。
私は腕の中にいる丸宮さんを少し恨めしげに見る。私の腕の中にすっぽりと入っている丸宮さんってホント小さい。それに柔らかいし……って何考えてるの、私!
いけないいけない。浮気は厳禁だよね。しかも、恋敵の前で。
御堂先輩は通り過ぎることなく、何か言いたげにこっちを見ている。
バ、バレた?
冷や汗が背中につたっていくのが分かる。でも、御堂先輩の様子がおかしい。普段なら言いたいことははっきりしゃべる御堂先輩なのに、言いどよんでいるなんて。
不思議に思っていると、御堂先輩が言葉を押し出すように言った。
「……そのすまん」
「……何を謝っているのですか?」
「藤堂の事だ」
息が詰まりそうになる。あの日、獅子王さんと古見君の仲を先輩に認めさせようとしたとき、御堂先輩が先輩の態度に激怒してしまった。そのときに、先輩の気持ちを知ってしまった。
あの日の事は今でも思いだせる。辛い思い出……。
足が震え、動悸が止まらない。それでも、恋敵の前で弱いところを見せたくない。
私は必死になって足に力を込めて、丸宮さんに抱きつき、虚勢を張る。
「……別に気にしてませんから」
「そっか。だったらもうこの話題はなしだ。時間をとらせてわるい」
「……待ってください。御堂先輩は先輩の事……」
今でも好きなんですか?
その言葉がのど元に引っかかって出てこない。
知りたい。御堂先輩の気持ちを。
いつもは御堂先輩の鋭い目つきが怖くて目をそらしちゃうけど、今の私は目をそらすことなく、逆に吸い寄せられるように御堂先輩の瞳を見つめる。
御堂先輩……。
「ねえ、あれってもしかして三角関係ってヤツ?」
「うそ! 女の子同士じゃない!」
「でも、御堂先輩だし、ありじゃない? 御堂先輩なら私、OKかな」
「うそ! そっちのけがあるの? でも、趣味はいい!」
「あのビッチ。今度は女の子を手籠めにする気? サイテー」
「……」
「……」
あ、あれ? 何かどえらい勘違いされてる?
いつの間にか、私達の周りにいろんな生徒が集まっていた。口々に言いたい放題言われている。
うううっ……恥ずかしい。なんていう羞恥プレイ。でも、ここで丸宮さんから離れたら、みんなの前でBLの本が白昼のもとにさらされてしまう。
そんなことになったら、御堂先輩は容赦なく私にげんこつするかもしれない。あの水泳部のように……。
ああっ、どうしたらいいの? 誰か助けて……。
「あれ、伊藤氏? こんなところで何してるの?」
「伊藤さん、この騒ぎは何?」
げえぇ! 長尾先輩と橘先輩!
長尾先輩は私と同じ風紀委員でオタク仲間。熊さんのような大柄な体格と柔和なふっくらとした顔が優しい雰囲気なんだけど、全国都道府県中学生相撲選手権の無差別級で、三年連続の優勝記録を持っている。
力だけなら長尾先輩は獅子王先輩より上。それは腕相撲対決で証明されている。まあ、結局は獅子王さんが偶然勝ったんだけど。
長尾先輩に助けを求めたいところだけど、隣の橘先輩が邪魔で出来ない。もう、御堂先輩に先輩の事を訊きだせる雰囲気じゃないよ!
「伊藤氏、何してるん? 女の子抱いて」
ひぃいい! やっぱりそこ訊いてきた! ど、どうしよう? どんどん悪化している!
ご、誤魔化さないと。
「な、何のことですか?」
「いや、目の前にいるじゃない。ゼロ距離で抱きしめておいてそれはないでしょ?」
おっしゃるとおりで!
どんな言い訳も橘先輩の前ではきっとバレちゃうよ! お説教されちゃうよ! 橘先輩にこれ以上迷惑かけたくないのに……。
「ち、違う、橘! そんなんじゃないからな! べ、別にそこにいる女の子を伊藤と取り合っているわけじゃないからな!」
ちょっと、御堂先輩! それは余計に事態をこじらせるだけですよ? どんどん悪化していくのは気のせい?
気のせいか周りの声の中に、「ああっ、やっぱり」って聞こえたような……。
長尾先輩のにやにやと笑いながらの視線が恨めしい。きっと誤解だって分かってるよね?
どうしたらこの混沌をおさめることができるの?
「分かったよ、御堂。だから、あまり大きな声を出さないでくれる? みんなの迷惑になるよ」
流石は橘先輩。大人の対応をしてくれた。御堂先輩も誤解だと分かってもらえて、落ち着いたみたい。
「……おおっ。分かればいい」
「御堂、潤平。ちょっと話があるんだけどいいかな?」
橘先輩、マジ大人っす。私の事を助けてくれるなんて……。
でも、橘先輩に迷惑をかけているのに、どうして私の事を助けてくれるの?
「橘風紀委員長がほのほのを優遇するのは、ほのほののこと、好きだからじゃない?」
顔が赤くなるのが自覚してしまった。以前、橘先輩が私の事を優遇している件について、るりかが出した推論。
ありえないと思っていても、つい意識しちゃう。
橘先輩は私を助けてくれる理由は何? 同性愛の事で敵対したと思ったら、こうして助けてくれる。意味が分からない。
「ここでもいいんじゃない?」
くっ! 長尾先輩、余計なことを。いやらしい笑みを浮かべているし。
「意地悪言わないの。ほら、いくよ」
橘先輩に背中を押されて、御堂先輩と長尾先輩は去っていった。
助かった……ありがとうございます、橘先輩。
私は橘先輩の去っていった方に向かって頭を下げた。
「……ねえ、いい加減、離してほしいんだけど」
「ご、ごめん!」
私は慌てて丸宮さんから離れた。お互い気まずくて黙ってしまった。ギャラリーは消えたけど、どうしたらいいんだろう?
って、最初の目的を忘れてた!
「ねえ、丸宮さん。その本、一冊目なの。まだまだあるんだけど、見たい?」
「……何をすればいいの?」
「これを見てください」
私はHPを見せて、投票してほしいこと、ネットアイドルくららちゃんのファンに投票してほしいことを説明した。
くららちゃんこと丸宮さんには固定のファンがいる。クララちゃんが呼びかけたら、きっと投票してくれる……と思う。
アイドルが別の男性ユニットを応援するのはあまりよろしくはないと思うけど、そこはやりようがある。
絶対に迷惑をかけないように努力すること、迷惑なら丸宮さんだけでも投票してほしいことをお願いした。
そのことを説明すると、
「……いいわよ。私は投票する。ファンにも呼びかけてあげるわ」
やった! 私は心の中でガッツポーズをとった。
これがうまくいったら、一位になる可能性は高い。目標が見えてきた!
「……本はもらっておくわ。それともう一つ、お願いがあるんだけど」
「えっ?」
「だって、私の投票とファンの投票の二つお願いしたんだから、私のお願いも二つきいてもらってもいいよね?」
た、確かに道理かもしれないけど。何をお願いされるんだろう?
丸宮さんはにやっと笑みを浮かべた。それは大人しい丸宮さんではなく、くららちゃんの笑みだった。
「簡単なことよ。私と写真をとってほしいの。コスプレした姿をね」
「……それってHPにアップするの?」
「もちろん。ああっ、顔は隠すけどね。どう?」
ううん……HPにのるのか……ちょっと嬉しいような気もするけど……くららちゃんのコスプレ、へそがみているし、少し過激だったような……それに……。
「……身元ばれない?」
「絶対にバレない」
「エッチなコスプレはイヤだよ」
「安心して! そんなに露出が高いものにはしないから。その夕張……美貌はきっと男どもを惹きつけるわ」
私は引きつった笑みを浮かべる。
夕張って……どれだけ青島住民はメロンが好きなの? まあ、私のお願いをきいてくれるのだから、仕方ないけど……。
「OK。絶対身バレはしないようにしてくださいね」
「約束するわ。打ち合わせしよ」
はあ……うまくいったけど、疲れた。
危うく百合疑惑をかけられるところだった。正直、冷や汗ものだったよ。
はたから見れば私達のやりとりはただのコメディに見えるのかも。でも、馬淵先輩達が今のやりとりを見たらどう思うのだろう?
テレビとか漫画では、同性愛のやりとりはコメディ風にされている。
本人達は真剣な恋なのに、世間ではおふざけのように扱われてしまうなんて、傷つくよね。
応援すると言っておきながら、これはないよね。反省しないと。
もしかしたら、私もどこかでそんなふうに考えてしまっていたのかもしれない。
そんなつもりはないのに……やっぱり、同性愛って難しい。正しい知識がちゃんと広がらないと、いつまでたっても、誤解されたままのような気がする。
ふとそんな考えが頭によぎった。
「みなさん! おまたせいたしました!」
「おおっ、殿!」
ランキングの結果が出たので、私は馬淵先輩達に報告に来ていた。
「それで、五百は集まったのか?」
「それがですね……」
私は言葉を濁し、うつむく。
それを見て、二上先輩がため息をつく。
「まあ、無理だろうな。別に期待は……」
「いきました! 五百超えです!」
私はスマホをばっと差し出す。
みんながスマホの画面を覗き込む。
ランキング一位は『スターフィッシュ』、投票数は千五十八票。
「おおおっ!」
驚嘆の声をあげているみんなに、私はVサインをしてみせる。第二位に五百以上の差をつけての一位。これで一気に注目度は高まった。
私のクラスでは噂になっている。これでゴールデン青島賞の可能性は出てきたはず。
「さっすがは殿! やってくれるぜ!」
「ふふっ、私のできることはこれくらいです。だから、これから先はみなさん次第ですよ」
「そうだな! ならさっそく作詞作曲するか!」
えっ?
そ、空耳かな? 何かありえない単語が聞こえた気がする。
か、確認しなきゃいけないよね?
私はおずおずと男の子に訊いた。
「あの……まだ決めてなかったのですか?」
「だってオリジナルって難しいじゃん!」
「やっぱり、オリジナルは無理があるよな。すぐにはできねえよ!」
私はどうしようもない不安に押しつぶされそうになる。
これでいいの?
何度も警鐘のようなものが頭の中に響く。それに違和感が強くなる。何に対して?
はっきりと答えが出ないことに一抹の不安を覚え、私は苦笑いを浮かべていた。
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第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
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