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二十二章
二十二話 キブシ -嘘- その七
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「ちょりーす……って伊藤氏、何してるん? そんなフリップぶら下げて」
「……反省中だ」
床がちゅめたい……。
放課後、私は風紀委員室で正座をさせられていた。首に『猛省中』のフリップをぶらさげて……書いてあることがレベルアップしている。前は『反省中』だったのに……。
部屋には風紀委員のみんなが青島祭のことで動き回っていた。そんな中、私は一人部屋の真ん中で正座させられている。
みんなの視線が痛い。とんでもない羞恥プレイだ。
先輩はこっちを見ようともしない。橘先輩と長尾先輩はニヤニヤとしている。サッキーは心配げに私を見つめているけど、朝乃宮先輩がやんわりと視線を遮る。
逆に黒井さんは私と視線を合わせようとしない。私に背を向け、何か作業をしている。気のせいか、肩が震えていた。
黒井さんに笑われるよりも、気になることがあった。
トントントントン……。
机を指で叩く音が聞こえる。はっきりいって、もう一度視線を向ける勇気はない。だって、一度だけ見ちゃった。
そこには機嫌の悪い御堂先輩がこっちを睨みながら、トントントンと机をたたいていたのを。
こ、殺される……誰か助けて……。
「今日も……絶好調ですわね……伊藤さんは……ぷぷっ!」
「期待に必ずこたえる女、流石は伊藤氏だぜ!」
「絶対にねらってやってると思うんやけど、咲はどう思います?」
「いや、そこまで体を張るとは思えないんですけど……御堂先輩は……いや、いいです。ごめんなさい」
「……言いたいことがあるんならはっきり言え!」
「御堂はん、咲にあたるんはやめ。嫉妬はかあいいけど度が過ぎると醜いだけです」
「誰があんなアホに嫉妬するか!」
あ、アホって……御堂先輩、デレのないツン百パーセントのコメント。怖すぎる。
「みんな、そこまでにしてあげてよ。伊藤さんに悪気はなかったんだから。ねえ、正道」
「……頼むから反省してくれ」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああん!」
今回は全く悪気はなかったのに! ただ先輩と仲直りしたかっただけなのに! ひどい! この仕打ちはひどい!
泣き崩れる私に御堂先輩の容赦のない一言。
「……色ボケしてっからこうなるんだろ?」
その一言に私はキレた。
「色ボケなんてしていません! 私のどこが……」
「伊藤、正座を崩すな」
「はい……」
先輩に睨まれ、私は黙って正座を続けた。
先輩、容赦ないっす。でも、何か納得いかないっす。
私は先輩を睨みつけ、冷たい床で正座する。黙って抗議する。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何か言いたいのか?」
「……できれば色ボケしていないことを弁明したいのですが、よろしいでしょうか?」
「しなきゃダメか?」
「できれば」
「……」
お願いしますと視線を送ると、先輩は苦々しい顔をしている。沈黙が続く中、長尾先輩がフォローしてくれた。
「やらしてあげたらいいんじゃない、正道? 御堂も言いたいことあるでしょ?」
「……はあ、好きにしろ」
何か呆れられた気はするけど、誤解は解いておきたい。こうして御堂先輩との場外乱闘第二ラウンドが始まろうとしていた。
御堂先輩とは一度対戦をしたことがある。あの時は私が勝ったけど、理由は御堂先輩の弱点を知っていたから。
今度は舌戦だけど、負ける気はしない……んだけど、そんなに睨まないで、御堂先輩。怖い……。
「ねえ、左近。何かすごい現場に居合わせちゃったね、僕達。先が読めなくてどきどきしてきたよ」
「いや、僕にはこの先の展開がリアルに予測できちゃうんだけど」
何かいらんことが聞こえたけど、今は無視。先輩にこれ以上情けない姿を見せたくない。
なんとしても名誉挽回しないと。
「御堂先輩。撤回してください。色ボケしていないと」
「授業中にあんなことしておいてか?」
私は堂々と胸を張って答える。
「先輩と仲直りしたいことが色ボケですか? 橘先輩に仲直りしてほしいと言われましたので、仲直りにいきました。授業中に言ってしまった事は申し訳ありません。私の凡ミスです。うっかりしていただけです。色ボケではありません。それに私、風紀委員になってから男の子と遊びにいくのはひかえています。ちなみに男の子と遊びにいったのは、先輩と古見君の二人だけです。同性愛についての調査を兼ねていましたので、厳密に言えば遊びではありません。これでも色ボケですか?」
「ちっ! それだけじゃねえ! なあ、麗子!」
御堂先輩に話を振られ、黒井さんは目を白黒させている。
「えっ? はやっ! しかもここで私ですの、お姉さま? お姉さまが喧嘩を売ったのですから、自分で証明してくださいまし」
黒井さんに自分でなんとかしろと言われ、御堂先輩はうつむいている。気のせいか耳が真っ赤。御堂先輩ってウブだよね。ちょっとからかいたくなる。
「ここまでですか、御堂先輩?」
「いや! まだある! 伊藤には……その……なんだ……お、男……男同士の……その……B……B……BD?」
BDって……ブルーレイ? まるでおばちゃんみたい。
でも、顔を真っ赤にさせ、息を切らしながら必死に伝えようとする御堂先輩に心をうたれ、私は正しい単語を伝えた。
「BLですか?」
「そうだ! それだ!」
御堂先輩は一瞬顔を明るくしたが、すぐに仏頂面になる。みんなに苦笑されつつ、私達の対決は続く。
「その……男同士の……なんだ……その……色ボケだろ?」
御堂先輩って、下ネタ苦手なんだ。全然歯ごたえがない。でも、手を抜いちゃダメだよね。
ふふっ……笑いをかみしめ、真っ赤になっている御堂先輩に戦いを挑む。
「いやいや、BLは万国共通でみんなに愛されているじゃないですか? 御堂先輩も水泳部でBLを見て大はしゃぎしてたじゃないですか~」
「するか!」
御堂先輩が拳を壁に叩きつけ、部屋が震える。
こわっ!
御堂先輩をからかうのは命がけだよね。でも、面白いからやめられない。
「男同士の恋愛がみんな好きだと? んなわけねえ。もし、そうなら長尾達もBLが好きってことになるだろ?」
「そうですが、何か?」
「いや、待って。好きじゃないから。なんで言い切っちゃうの?」
なんと! 長尾先輩、BL好きじゃないの? オタク仲間としてはちょっと裏切られた気分だよ。
「えっ? 違うんですか? 前に男の美学を語り合ったじゃないですか? 会話も弾みましたよね?」
御堂先輩が白い目で長尾先輩を見つめている。矛先が急に向けられたことに長尾先輩は嫌そうな顔をしつつ、参戦してきた。
「違うから。納得してないから」
「仕方ないですね。それでは証明してあげましょうか。男の子がBL好きだってことを。長尾先輩、女体化って知っていますか?」
私は人差し指を長尾先輩につきつける。
説明しよう。女体化とは、男の子が女の子に変化してしまうこと。類語でTSFがある。
女体化と聞いて水を想像したアナタ、世代がバレちゃうから気を付けてね!
「基本だね、伊藤氏。三国志や戦国もののアニメ、漫画、ゲームなんかで定番じゃない。でも、これってBLじゃないよね?」
「違いますよ、長尾先輩。女体化はBLの入門書みたいなものだったんです!」
「な、なんだって!」
流石は長尾先輩。意味が分かっていなくても定番のオーバーリアクションをしてくれるなんて。ちなみに御堂先輩は全くついてきていない。
御堂先輩ってアニメやゲームはしなくても、漫画を読んでいそうな気がしたんだけどな。ちょっと意外。
「考えてもみてください。三国志や戦国時代で出てくる女体化した人物は元はといえば男の子。つまり、男の子と男の子との恋愛だったってことですよ。男の子との恋愛は恥ずかしいと思うシャイボーイの救済処置として、女体化が開発されたんです!」
なぜ、歴史上に出てきた英傑をわざわざ女の子にしたのか? それはBLが恥ずかしくて踏み切れない迷える男子達に、神が与えた救いの手だったのだ。
衝撃の事実に長尾先輩は……。
「んなアホな。元ネタは男だったとしても、物語では女の子だから問題ないっしょ」
「分かりませんよ。パンツを脱いだらはえてるかもしれないじゃないですか? うっかり取り忘れたとかあるかもしれませんし」
「嫌な想像させないでよ。うっかりって何? キャラの見る目が変わっちゃうじゃない。トラウマになっちゃうよ」
そうかな? ロマンと混沌があると思うんだけど。きっと炎上するし、いい宣伝になると思うんだけどな。
けど、放送されたとしても、デジタル処理されてる気はするけどね。
「おい、伊藤! 破廉恥なことを言うな! お前、女だろ! その……はえ……いや、つつしめ! それにアニメや漫画が好きな男がBLが好きってことだろ? みんなじゃねえよ」
「いやいや、そんなことはないから。伊藤氏の屁理屈を納得しないでね」
「近寄るな、変態!」
「ええっ! 僕なの? 伊藤氏じゃなくて?」
御堂先輩が真っ赤になって怒鳴り散らしている。まあ、ウブな御堂先輩にはちょっと刺激が強かったかな?
さて、お次は御堂先輩が言っていた、アニメや漫画が好きな男の子だけがBL好きでないことを証明してあげよう。
「御堂先輩。BLは昔から多くの文豪達が作品を通して伝えているんです。BLは文化です」
「それって前に言ってたヤツ?」
引きつった顔をしている長尾先輩に、私は満面の笑みでうなずく。
以前、長尾先輩とBLについて熱く語ったことがある。そのなかで『走れメロス』がBLの傑作だと話したことがあった。
長尾先輩はそのことを言っているのだろう。
走れメロスはあまり納得いただけなかったので、今回は別のお話にしよう。ネタは星の数ほどある。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるよね。
「それもありますけど、せっかくですから新しい名作でいきましょう。その名作の名前は、『吾輩はホモである』!」
「出たよ! 伊藤氏の中学生エロセンスが!」
「? な、なあ麗子。吾輩は猫である……だったよな?」
「正解ですわ、お姉さま」
「それに『ホモっちゃん』! これは鉄板です!」
「? 何それ?」
もう、長尾先輩! オタク仲間なんだから気づいてよ! 超名作なのに!
「流れから言って夏目漱石だから、『坊っちゃん』だね」
「正解です! 橘先輩!」
私はぱちんと指を鳴らす。橘先輩を巻き込み、更にBL講義を続ける。まさか、風紀委員を巻き込んでBLの話ができるなんて……感無量だよね。
「どこがBLかというと……」
「さて、青島祭の準備の事で話し合いをしようか」
「ちょっと、橘先輩! ここでスルーはないでしょ! 赤シャツと野だいこのラブロマンスがまだ話せていません! 気になりますよね!」
ここで話を聞かないなんて人として間違っている! いろいろとネタがあるのに!
私と橘先輩のやりとりを見て、御堂先輩がため息をつく。
「……ならねえよ。ったく、男ってヤツは男でも女でもエッチなことばかり考えてやがるな」
「いやいや、御堂先輩。女の子も大概ですよ? 男の子がいないところだと下ネタ連発してますし。それに少女漫画だって、男の子のラッキースケベにまけてません。主人公はぶちゅーぶちゅーとキスしてますし、舌を入れてますし、複数の男の子にしてますし、イケメン男子の上半身裸のシーン多いし、やっちゃうことずぼずぼやっちゃってるし。しかも、少女漫画は十八禁にならないですからね」
御堂先輩はドン引きしているけど、ぶっちゃけ全てが本当の事。女の子だって下ネタが好きな子はいる。
もちろん、男の子の前では絶対に話さないけど。それに男の子の下ネタと女の子の下ネタでは、内容が違うので注意してね。
この意見に御堂先輩は、また真っ赤になって抗議してきた。
「お前な! 少しは慎みをもて! 男がいるのにその……ち……ちゅーとか……その……言うな」
ちゅーって……御堂先輩、本当に下ネタダメなんだ。珍しい。天然記念物。御堂先輩があまりにもウブなので、私は悪ぶってみせる。
「かー! ぺっ! 何カマトトぶってるんですか、御堂先輩。私可愛いアピールは同性に通じませんよ。もっと現実見ましょうよ。『娘十八、番茶も出がらし』って言葉知らないんですか? 江戸時代では十二歳でも女性は結婚してましたし、前田利家の嫁、芳春院は十一歳で結婚して、十二歳で子供を産んでいます。つまり、十一歳でやっちゃってますから」
「だ、黙れぇええええええええええええ!」
あっ、御堂先輩、壊れた。
御堂先輩は本当に純情だよね。昔は今と違うんだから、結婚する時期も変わってくるのに。
芳春院の出てくる戦国時代は、まさに死ぬか生きるかの時代。世継ぎの問題は深刻で、すぐにでも子孫が欲しかった。
それと、お家のつながりを強くしたかった等、結婚は愛し合う者がするだけでなく、政略結婚を目的とする事も多かった。それが低年齢で結婚する理由の一つ。
さて、御堂先輩にとどめを刺すべきか、武士の情けとしてそっとしておくべきか……。
どうしようかと考えていたら、思わぬ援護射撃が飛んできた。
「落ちつてくださいまし、お姉さま。伊藤さんに慎みなど求めても意味がありませんわ」
「伊藤氏だしね」
「伊藤さんだから」
な、なんで私が集中砲火されなきゃいけないの? 私、嘘言ってないのに……先輩は分かってくれるよね?
先輩の方を見ると……頭を抱えていた。
「伊藤……頼むから黙っていてくれ」
先輩にも見捨てられた! ショック! ほのかショック!
女の子ってみんなが思っているような慎み深い生き物ではないのに。私一人、色ボケしているわけでないのに!
許せない!
「ちょ、ちょっと! 私は色ボケしてませんから! 大体、女は結構、グロいですから! みんなスイッ○ガールですから! 男の子が浮気したからってお○○○○をちょんぎったり、噛みきったりしている人いますから! 同人誌なんかでは男を裸で首輪プレイしてますから! 男の子同士、お尻の穴で超合体戦士サン○ッドVしてますから! おまけに合体パターンは縦列組み合わせにより変幻自在! 白井○三もびっくり、難易度Cからの……」
突然ですが、伊藤ほのかの発言にはR15を超えた卑猥な表現が多々あった為、カット致しました。申し訳ありません。
きゅきゅきゅ……。
静かな風紀委員室を、私は黙々と掃除をしていた。風紀委員室の端には、先輩が椅子に座って私を監視している。
御堂先輩達と何か言い争っていたけど、げんこつのせいで記憶がない。
窓の外から、沈みかけた夕日の光がさしこんでいる。最終下校時刻に流れるメロディ、『遠き山に日は落ちて』が風に乗って聞こえてきた。
ああっ……今日一日無駄にしちゃったな……ほんと、何やってるんだろう、私。
きゅきゅきゅ……。
「……」
「……」
きゅきゅきゅきゅ……。
「……」
「……」
きゅきゅきゅきゅきゅ……。
「伊藤……」
「はい……」
「仲直り……しないか」
「そですね」
もう何も言うまい。疲れちゃった。余計なやりとりはしないで流れにまかせて仲直りしてしまおう……。
先輩と顔があう。お互い苦笑してしまった。全然いい雰囲気じゃないんだけど、久しぶりに先輩と笑いあえたことが嬉しかった。
しみじみと感じる。やっぱり、先輩とは笑い合える関係でいたい。嫌われちゃったかもしれないけど、ここからやり直そう。そう思ったの。
「ようやく仲直りできたみたいだね」
「……すまなかったな、左近」
「申し訳ありませんでした、橘先輩」
橘先輩は呆れながらも笑ってくれた。私も先輩もお互い顔を合わせて、また笑ってしまう。
はははっ……こんなに簡単に仲直りできるなら、最初から素直になっていればよかった。ずいぶん遠回りしたような気がする。
でも、これで……。
「コンビ再結成だね」
「……反省中だ」
床がちゅめたい……。
放課後、私は風紀委員室で正座をさせられていた。首に『猛省中』のフリップをぶらさげて……書いてあることがレベルアップしている。前は『反省中』だったのに……。
部屋には風紀委員のみんなが青島祭のことで動き回っていた。そんな中、私は一人部屋の真ん中で正座させられている。
みんなの視線が痛い。とんでもない羞恥プレイだ。
先輩はこっちを見ようともしない。橘先輩と長尾先輩はニヤニヤとしている。サッキーは心配げに私を見つめているけど、朝乃宮先輩がやんわりと視線を遮る。
逆に黒井さんは私と視線を合わせようとしない。私に背を向け、何か作業をしている。気のせいか、肩が震えていた。
黒井さんに笑われるよりも、気になることがあった。
トントントントン……。
机を指で叩く音が聞こえる。はっきりいって、もう一度視線を向ける勇気はない。だって、一度だけ見ちゃった。
そこには機嫌の悪い御堂先輩がこっちを睨みながら、トントントンと机をたたいていたのを。
こ、殺される……誰か助けて……。
「今日も……絶好調ですわね……伊藤さんは……ぷぷっ!」
「期待に必ずこたえる女、流石は伊藤氏だぜ!」
「絶対にねらってやってると思うんやけど、咲はどう思います?」
「いや、そこまで体を張るとは思えないんですけど……御堂先輩は……いや、いいです。ごめんなさい」
「……言いたいことがあるんならはっきり言え!」
「御堂はん、咲にあたるんはやめ。嫉妬はかあいいけど度が過ぎると醜いだけです」
「誰があんなアホに嫉妬するか!」
あ、アホって……御堂先輩、デレのないツン百パーセントのコメント。怖すぎる。
「みんな、そこまでにしてあげてよ。伊藤さんに悪気はなかったんだから。ねえ、正道」
「……頼むから反省してくれ」
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああん!」
今回は全く悪気はなかったのに! ただ先輩と仲直りしたかっただけなのに! ひどい! この仕打ちはひどい!
泣き崩れる私に御堂先輩の容赦のない一言。
「……色ボケしてっからこうなるんだろ?」
その一言に私はキレた。
「色ボケなんてしていません! 私のどこが……」
「伊藤、正座を崩すな」
「はい……」
先輩に睨まれ、私は黙って正座を続けた。
先輩、容赦ないっす。でも、何か納得いかないっす。
私は先輩を睨みつけ、冷たい床で正座する。黙って抗議する。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……何か言いたいのか?」
「……できれば色ボケしていないことを弁明したいのですが、よろしいでしょうか?」
「しなきゃダメか?」
「できれば」
「……」
お願いしますと視線を送ると、先輩は苦々しい顔をしている。沈黙が続く中、長尾先輩がフォローしてくれた。
「やらしてあげたらいいんじゃない、正道? 御堂も言いたいことあるでしょ?」
「……はあ、好きにしろ」
何か呆れられた気はするけど、誤解は解いておきたい。こうして御堂先輩との場外乱闘第二ラウンドが始まろうとしていた。
御堂先輩とは一度対戦をしたことがある。あの時は私が勝ったけど、理由は御堂先輩の弱点を知っていたから。
今度は舌戦だけど、負ける気はしない……んだけど、そんなに睨まないで、御堂先輩。怖い……。
「ねえ、左近。何かすごい現場に居合わせちゃったね、僕達。先が読めなくてどきどきしてきたよ」
「いや、僕にはこの先の展開がリアルに予測できちゃうんだけど」
何かいらんことが聞こえたけど、今は無視。先輩にこれ以上情けない姿を見せたくない。
なんとしても名誉挽回しないと。
「御堂先輩。撤回してください。色ボケしていないと」
「授業中にあんなことしておいてか?」
私は堂々と胸を張って答える。
「先輩と仲直りしたいことが色ボケですか? 橘先輩に仲直りしてほしいと言われましたので、仲直りにいきました。授業中に言ってしまった事は申し訳ありません。私の凡ミスです。うっかりしていただけです。色ボケではありません。それに私、風紀委員になってから男の子と遊びにいくのはひかえています。ちなみに男の子と遊びにいったのは、先輩と古見君の二人だけです。同性愛についての調査を兼ねていましたので、厳密に言えば遊びではありません。これでも色ボケですか?」
「ちっ! それだけじゃねえ! なあ、麗子!」
御堂先輩に話を振られ、黒井さんは目を白黒させている。
「えっ? はやっ! しかもここで私ですの、お姉さま? お姉さまが喧嘩を売ったのですから、自分で証明してくださいまし」
黒井さんに自分でなんとかしろと言われ、御堂先輩はうつむいている。気のせいか耳が真っ赤。御堂先輩ってウブだよね。ちょっとからかいたくなる。
「ここまでですか、御堂先輩?」
「いや! まだある! 伊藤には……その……なんだ……お、男……男同士の……その……B……B……BD?」
BDって……ブルーレイ? まるでおばちゃんみたい。
でも、顔を真っ赤にさせ、息を切らしながら必死に伝えようとする御堂先輩に心をうたれ、私は正しい単語を伝えた。
「BLですか?」
「そうだ! それだ!」
御堂先輩は一瞬顔を明るくしたが、すぐに仏頂面になる。みんなに苦笑されつつ、私達の対決は続く。
「その……男同士の……なんだ……その……色ボケだろ?」
御堂先輩って、下ネタ苦手なんだ。全然歯ごたえがない。でも、手を抜いちゃダメだよね。
ふふっ……笑いをかみしめ、真っ赤になっている御堂先輩に戦いを挑む。
「いやいや、BLは万国共通でみんなに愛されているじゃないですか? 御堂先輩も水泳部でBLを見て大はしゃぎしてたじゃないですか~」
「するか!」
御堂先輩が拳を壁に叩きつけ、部屋が震える。
こわっ!
御堂先輩をからかうのは命がけだよね。でも、面白いからやめられない。
「男同士の恋愛がみんな好きだと? んなわけねえ。もし、そうなら長尾達もBLが好きってことになるだろ?」
「そうですが、何か?」
「いや、待って。好きじゃないから。なんで言い切っちゃうの?」
なんと! 長尾先輩、BL好きじゃないの? オタク仲間としてはちょっと裏切られた気分だよ。
「えっ? 違うんですか? 前に男の美学を語り合ったじゃないですか? 会話も弾みましたよね?」
御堂先輩が白い目で長尾先輩を見つめている。矛先が急に向けられたことに長尾先輩は嫌そうな顔をしつつ、参戦してきた。
「違うから。納得してないから」
「仕方ないですね。それでは証明してあげましょうか。男の子がBL好きだってことを。長尾先輩、女体化って知っていますか?」
私は人差し指を長尾先輩につきつける。
説明しよう。女体化とは、男の子が女の子に変化してしまうこと。類語でTSFがある。
女体化と聞いて水を想像したアナタ、世代がバレちゃうから気を付けてね!
「基本だね、伊藤氏。三国志や戦国もののアニメ、漫画、ゲームなんかで定番じゃない。でも、これってBLじゃないよね?」
「違いますよ、長尾先輩。女体化はBLの入門書みたいなものだったんです!」
「な、なんだって!」
流石は長尾先輩。意味が分かっていなくても定番のオーバーリアクションをしてくれるなんて。ちなみに御堂先輩は全くついてきていない。
御堂先輩ってアニメやゲームはしなくても、漫画を読んでいそうな気がしたんだけどな。ちょっと意外。
「考えてもみてください。三国志や戦国時代で出てくる女体化した人物は元はといえば男の子。つまり、男の子と男の子との恋愛だったってことですよ。男の子との恋愛は恥ずかしいと思うシャイボーイの救済処置として、女体化が開発されたんです!」
なぜ、歴史上に出てきた英傑をわざわざ女の子にしたのか? それはBLが恥ずかしくて踏み切れない迷える男子達に、神が与えた救いの手だったのだ。
衝撃の事実に長尾先輩は……。
「んなアホな。元ネタは男だったとしても、物語では女の子だから問題ないっしょ」
「分かりませんよ。パンツを脱いだらはえてるかもしれないじゃないですか? うっかり取り忘れたとかあるかもしれませんし」
「嫌な想像させないでよ。うっかりって何? キャラの見る目が変わっちゃうじゃない。トラウマになっちゃうよ」
そうかな? ロマンと混沌があると思うんだけど。きっと炎上するし、いい宣伝になると思うんだけどな。
けど、放送されたとしても、デジタル処理されてる気はするけどね。
「おい、伊藤! 破廉恥なことを言うな! お前、女だろ! その……はえ……いや、つつしめ! それにアニメや漫画が好きな男がBLが好きってことだろ? みんなじゃねえよ」
「いやいや、そんなことはないから。伊藤氏の屁理屈を納得しないでね」
「近寄るな、変態!」
「ええっ! 僕なの? 伊藤氏じゃなくて?」
御堂先輩が真っ赤になって怒鳴り散らしている。まあ、ウブな御堂先輩にはちょっと刺激が強かったかな?
さて、お次は御堂先輩が言っていた、アニメや漫画が好きな男の子だけがBL好きでないことを証明してあげよう。
「御堂先輩。BLは昔から多くの文豪達が作品を通して伝えているんです。BLは文化です」
「それって前に言ってたヤツ?」
引きつった顔をしている長尾先輩に、私は満面の笑みでうなずく。
以前、長尾先輩とBLについて熱く語ったことがある。そのなかで『走れメロス』がBLの傑作だと話したことがあった。
長尾先輩はそのことを言っているのだろう。
走れメロスはあまり納得いただけなかったので、今回は別のお話にしよう。ネタは星の数ほどある。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるよね。
「それもありますけど、せっかくですから新しい名作でいきましょう。その名作の名前は、『吾輩はホモである』!」
「出たよ! 伊藤氏の中学生エロセンスが!」
「? な、なあ麗子。吾輩は猫である……だったよな?」
「正解ですわ、お姉さま」
「それに『ホモっちゃん』! これは鉄板です!」
「? 何それ?」
もう、長尾先輩! オタク仲間なんだから気づいてよ! 超名作なのに!
「流れから言って夏目漱石だから、『坊っちゃん』だね」
「正解です! 橘先輩!」
私はぱちんと指を鳴らす。橘先輩を巻き込み、更にBL講義を続ける。まさか、風紀委員を巻き込んでBLの話ができるなんて……感無量だよね。
「どこがBLかというと……」
「さて、青島祭の準備の事で話し合いをしようか」
「ちょっと、橘先輩! ここでスルーはないでしょ! 赤シャツと野だいこのラブロマンスがまだ話せていません! 気になりますよね!」
ここで話を聞かないなんて人として間違っている! いろいろとネタがあるのに!
私と橘先輩のやりとりを見て、御堂先輩がため息をつく。
「……ならねえよ。ったく、男ってヤツは男でも女でもエッチなことばかり考えてやがるな」
「いやいや、御堂先輩。女の子も大概ですよ? 男の子がいないところだと下ネタ連発してますし。それに少女漫画だって、男の子のラッキースケベにまけてません。主人公はぶちゅーぶちゅーとキスしてますし、舌を入れてますし、複数の男の子にしてますし、イケメン男子の上半身裸のシーン多いし、やっちゃうことずぼずぼやっちゃってるし。しかも、少女漫画は十八禁にならないですからね」
御堂先輩はドン引きしているけど、ぶっちゃけ全てが本当の事。女の子だって下ネタが好きな子はいる。
もちろん、男の子の前では絶対に話さないけど。それに男の子の下ネタと女の子の下ネタでは、内容が違うので注意してね。
この意見に御堂先輩は、また真っ赤になって抗議してきた。
「お前な! 少しは慎みをもて! 男がいるのにその……ち……ちゅーとか……その……言うな」
ちゅーって……御堂先輩、本当に下ネタダメなんだ。珍しい。天然記念物。御堂先輩があまりにもウブなので、私は悪ぶってみせる。
「かー! ぺっ! 何カマトトぶってるんですか、御堂先輩。私可愛いアピールは同性に通じませんよ。もっと現実見ましょうよ。『娘十八、番茶も出がらし』って言葉知らないんですか? 江戸時代では十二歳でも女性は結婚してましたし、前田利家の嫁、芳春院は十一歳で結婚して、十二歳で子供を産んでいます。つまり、十一歳でやっちゃってますから」
「だ、黙れぇええええええええええええ!」
あっ、御堂先輩、壊れた。
御堂先輩は本当に純情だよね。昔は今と違うんだから、結婚する時期も変わってくるのに。
芳春院の出てくる戦国時代は、まさに死ぬか生きるかの時代。世継ぎの問題は深刻で、すぐにでも子孫が欲しかった。
それと、お家のつながりを強くしたかった等、結婚は愛し合う者がするだけでなく、政略結婚を目的とする事も多かった。それが低年齢で結婚する理由の一つ。
さて、御堂先輩にとどめを刺すべきか、武士の情けとしてそっとしておくべきか……。
どうしようかと考えていたら、思わぬ援護射撃が飛んできた。
「落ちつてくださいまし、お姉さま。伊藤さんに慎みなど求めても意味がありませんわ」
「伊藤氏だしね」
「伊藤さんだから」
な、なんで私が集中砲火されなきゃいけないの? 私、嘘言ってないのに……先輩は分かってくれるよね?
先輩の方を見ると……頭を抱えていた。
「伊藤……頼むから黙っていてくれ」
先輩にも見捨てられた! ショック! ほのかショック!
女の子ってみんなが思っているような慎み深い生き物ではないのに。私一人、色ボケしているわけでないのに!
許せない!
「ちょ、ちょっと! 私は色ボケしてませんから! 大体、女は結構、グロいですから! みんなスイッ○ガールですから! 男の子が浮気したからってお○○○○をちょんぎったり、噛みきったりしている人いますから! 同人誌なんかでは男を裸で首輪プレイしてますから! 男の子同士、お尻の穴で超合体戦士サン○ッドVしてますから! おまけに合体パターンは縦列組み合わせにより変幻自在! 白井○三もびっくり、難易度Cからの……」
突然ですが、伊藤ほのかの発言にはR15を超えた卑猥な表現が多々あった為、カット致しました。申し訳ありません。
きゅきゅきゅ……。
静かな風紀委員室を、私は黙々と掃除をしていた。風紀委員室の端には、先輩が椅子に座って私を監視している。
御堂先輩達と何か言い争っていたけど、げんこつのせいで記憶がない。
窓の外から、沈みかけた夕日の光がさしこんでいる。最終下校時刻に流れるメロディ、『遠き山に日は落ちて』が風に乗って聞こえてきた。
ああっ……今日一日無駄にしちゃったな……ほんと、何やってるんだろう、私。
きゅきゅきゅ……。
「……」
「……」
きゅきゅきゅきゅ……。
「……」
「……」
きゅきゅきゅきゅきゅ……。
「伊藤……」
「はい……」
「仲直り……しないか」
「そですね」
もう何も言うまい。疲れちゃった。余計なやりとりはしないで流れにまかせて仲直りしてしまおう……。
先輩と顔があう。お互い苦笑してしまった。全然いい雰囲気じゃないんだけど、久しぶりに先輩と笑いあえたことが嬉しかった。
しみじみと感じる。やっぱり、先輩とは笑い合える関係でいたい。嫌われちゃったかもしれないけど、ここからやり直そう。そう思ったの。
「ようやく仲直りできたみたいだね」
「……すまなかったな、左近」
「申し訳ありませんでした、橘先輩」
橘先輩は呆れながらも笑ってくれた。私も先輩もお互い顔を合わせて、また笑ってしまう。
はははっ……こんなに簡単に仲直りできるなら、最初から素直になっていればよかった。ずいぶん遠回りしたような気がする。
でも、これで……。
「コンビ再結成だね」
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