風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

Keitetsu003

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プロローグ

プロローグ 勝手な事、ぬかすなっ! その一

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「兄さん? どういうことだ……上春」

 俺は目の前にいる少女、上春咲に問いただす。

 上春咲。
 伊藤と同じ一年の風紀委員。
 伊藤より一回り小さい体格で、フェアリーボブに大きめのぱっちりとした目は実際の年より幼く感じる。猛者ぞろいの風紀委員で上春の存在は異彩いさいを放っていた。
 ただの女の子ともいえる上春がなぜ、風紀委員にいるのか? 理由は今、語るまい。そんなことより、問題は別にある。

 なぜ、俺と血の繋がっていない上春が俺を兄と呼ぶのか? 意味が分からない。
 俺には妹はもちろん、弟も兄も姉もいない。それに父親も母親も俺の元から去っていった。
 今、俺の傍にいてくれるのは祖父と祖母だけ。その二人が俺の家族だ。上春咲が俺の家族なわけがない。

「あれ? 聞いていませんか?」
「何をだ?」

 俺の問いに、上春は目を大きく見開くが、すぐに笑顔になって説明をしてくれた。

「私の父と兄さんの母が再婚することになったんです。なので、これからは私達は家族です。一つ屋根の下、みんなで仲良く暮らすんですよ!」

 再婚……だと? 家族になるだと? みんなで暮らすだと?
 俺は上春が何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。俺の母親は俺を捨てておきながら、再婚してまた一緒に暮らすつもりなのか?
 俺が離婚しないでくれと懇願こんがんしたときは無視しておいて、俺のことを置き去りにして出て行っておいて、今更、何様のつもりなんだ、あの女は……。
 ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな!

「ざけてるんじゃねえぞ、あの女!」
「に、兄さん!」

 上春の呼び止める声が聞こえたが、それを振り切り、俺は急いで家に向かって走る。
 あの女のことだ。再婚となると、きっと、自分の父親と母親のところに顔を出すはず。ならば、家に戻れば会える可能性が高い。
 再婚なんて断固阻止だ! 一緒に暮らすなんて以ての外だ! 絶対に認めないからな!
 くそっ! 俺はもう、あの女に会いたくなかったのに……忘れたかったのに……どうして今なんだ。

 俺の中でいろんな想いが胸の中で渦巻く。
 両親と一緒に暮らしていたときのこと、少年Aの事件で全てが変わってしまったときのこと、捨てられたときのこと……。
 親に捨てられる前までは、必死になって一緒にいたいと願っていたのに、今は会いたくない気持ちしかない。もう、アイツを母親だと認めていない。赤の他人だ。
 当たり前だろ? 俺を捨てたんだぞ? 家族の縁なんてとっくにきれている。なのに、どの面して戻ってきやがったんだ、あの女は。

 もし、あの女が俺の祖父と祖母に再婚の事を話した場合、どうなってしまうのだろうか?
 あの女が俺を引き取りたいと言ったとき、二人は俺の事をどうするつもりなのか?

 まさか、まさか……また俺は捨てられるのか? 家族なのに、また離れ離れになってしまうのか?
 捨てられるかもしれない未来を想像してしまったせいで、足が動かなくなった。体中の震えが止まらない。
 それは体を突き抜ける冷風のせいではない。頭痛が、吐き気が止まらない。

 なんで、なんでなんだよ……。
 これは罰なのだろうか? 伊藤の想いに応えられなかった、悲しませてしまったことへの報いなのか?
 だったら、どうしたらよかったんだ! 伊藤と付き合えばよかったのか?

 違う、そうじゃない。今の俺が誰かを好きになんてなれない。それはきっと、愛じゃない。
 嫌われないよう、顔色ばかりうかがって相手のご機嫌をとる。そんなものが恋愛だとは到底思えない。
 きっと、嘘の気持ちは相手を傷つけるだけだ。

 俺はただ御堂を、伊藤を傷つけたくなんてなかったんだ。傷つけたくないからこそ、遠ざけた。
 いや、違う。俺が二人に嫌われるのが怖くて、逃げてしまったんだ。
 そんな俺にも、大切な人がいる。俺のことを大切にしてくれる人達がいる。
 俺の家族である、祖父と祖母、この二人は絶対に失いたくない。見捨てられたくない。
 万が一、祖父と祖母に見捨てられたら……だから、俺は……一人ぼっちになってしまう。そんなのは嫌だ。考えるだけで恐ろしい。

 何があっても、護るんだ。今の生活を俺が護るんだ。もう、ひとりぼっちは嫌だ。
 捨てられるのも、意味のない希望にすがって、親の帰りを待ち続けるのもこりごりだ。

 震える足を叱咤しったし、無理やり足を動かす。一歩一歩、力を込めて。
 家に近づくにつれて体は重くなるが、それでも、帰るところはそこしかない。
 重い体を引きずり、家にたどり着くと、玄関に一人の女性のシルエットが見えた。

 あれは……。
 俺はあの女を知っている。見間違えるはずがない。
 母さん……だった人だ。

「久しぶりね、正道」
「……なにしに来た」

 俺は憎しみを込めて言葉を吐き出す。胸の中に湧き上がってくるのは、嫌悪感だけ。それ以外に何もわいてこない。
 それは安堵すべきなのか、おかしいと思うべきか分からなかった。

「そう邪険にしないでよ。私達、家族でしょ?」
「寝言は寝ていえ。さっさと失せろ」

 俺の突き放した言葉に、女は唖然としていた。コイツ、まさか歓迎されるとでも思っていたのか?
 だとしたら、頭がお花畑でできているに違いない。
 俺は女の横を通り過ぎようとしたとき、女に腕を強く捕まれた。

「母親に向かってその口のきき方は何! 言いなおしなさい!」

 うるさい……そのキンキンとした声には苛立ちしか感じない。怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。
 激情にかられそうになるのを必死に抑え、俺は事実を伝える。

「俺の母親はもういない。そうだろ?」
「私が正道の母親でしょうが!」

 目の前にいる女はヒステリックに叫んでいるが、耳障りなだけだ。
 叫ぶことしか能がないのか、この女は。ぎゃーぎゃーやかましい口を閉ざすことが出来れば、どれだけ気分がすっきりする事か。

 ヒネリツブシテヤリタイ。

「いちいち騒ぐな、うっとうしい。近所迷惑だろうが。すぐにここから出ていけ。二度と俺の前に現れるな」
「正道! いい加減にしなさい! 正道!」

 何かわめいてる女を振り切り、俺は玄関のドアを開け、すぐに鍵を閉める。
 ガンガンとドアを叩く音がするが、俺は完全に無視した。本当にうるさい女だ。騒音をまき散らしていることが分からないのか。ぶん殴ってやりたい。
 ぎりぎりと歯を食いしばり、拳が痛むくらい握り締める。
 うっとうしい、気に入らない、叩きのめしたい……。

「正道さん、おかえりなさい。外が騒がしいようですけど……」
「……なんでもありません」

 俺の祖母、楓さんが心配げに玄関を見つめている。俺は自分の体で玄関の外にいる女の姿を隠した。

「開けなさい、正道! 正道!」
「!? 正道さん、外にいるのは……まさか……」
「……」

 ちっ! 本当にやかましい女だ。気づかれてしまったではないか。
 楓さんは懇願こんがんするように、俺に頼んできた。

「正道さん、お願いだからあの子を家に入れてあげておくれ。あんな子でも、私にとっては大切な娘なの。お願いだから」

 なぜ、楓さんはあんなヤツをかばうんだ? あの女が俺を捨てたことを、楓さんだって知っているはずだ。なのに、どうして……。
 やっぱり、俺は誰にも必要とされていないのか? 楓さんは俺よりも、娘である女の方が大切なのか?
 どす黒い何かが俺の胸の中で形作る。全てを壊してしまいたい気持ちに身をゆだねたくなる。

 俺は……俺は……誰にも愛されないのか……必要とされていないのか……。

「……楓さんも俺を捨てるんですか? 俺の事なんて、どうでもいいんですか?」
「ま、正道さん? 何を言って……」
「……俺よりも……あの女が大切だって言うんですか? そうなんですか……」
「ち、違います! 正道さん、話を……」

 俺はか細い楓さんの胸ぐらを掴もうとして……。

「正道、いい加減にしなさい」

 手が止まる。
 この声は……。
 低く重い声に、頭の中がクリアになる。苛立ちや憎しみがすっと引っ込んでいく。声の主は……。

義信よしのぶさん」
「正道、鍵を開けてやれ。私が話をする」

 俺は祖父の義信さんに言われるがまま、玄関の鍵を開ける。開けた瞬間、女が飛び込むように家の中に入ってきた。

「正道! あんたって子は!」
みお、静かにしろ」
「うるさいわね! 私は今、正道と……」

 ゴン!

 俺は義信さんの行動に呆然としてしまう。
 義信さんは拳骨で女の頭を殴った。容赦なく、思いっきり。女は頭を抑え、涙目で殴った相手を睨む。

「痛い! なにするの……って、お、お父さん!」
「二度は言わん。いいな」
「……はい」

 さ、流石は義信さん。あのやかましい女を一瞬で黙らせた。義信さんは目でこっちにこいと女に語る。女は渋々義信さんについていく。女をいたわるように楓さんが寄り添っている。
 俺は少し複雑な気持ちで三人の後を追った。
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