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一章
一話 こんなの家族じゃねぇ! その六
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「さて、今日はどんなおかずを作ろうか……」
ランニングを終え、俺は弁当の準備に入る。
俺と義信さんと上春信吾さん、上春とあの女で五人分だ。
信吾さんは職探し、あの女はアルバイト、義信さんは仕事がある為、昼食が必要となる。
俺と上春はまだ授業は午後もあるので、昼食が必要となる。強は給食があるので、弁当は必要ない。
それぞれの好みに合わせて、ごはんを残さないよう量を調整し、時間内に作れるもの……面倒くさすぎる!
大体、パンの日なんて作るから、ご飯を炊く量も変わるし、食い扶持が増えたから、晩御飯が残らないので、流用できない。作る人数が増えるだけで、ここまで厄介だと思わなかった。
一から作るには時間がかかりすぎるし、さて、残り少ないおかずでどうするか……。
「あっ、正道。私、プチトマト、いらないから」
「……」
この女、我儘ばかり言いやがって……。
すれ違いざまにリクエストしてきた女の意見は無言で却下し、俺は献立を考え直す。
「正道さん、手伝いますよ」
「……お手を煩わせてすみません、楓さん」
楓さんは気にしなくていいですよ、と笑いかけてくれるが、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
俺がもっとしっかりしていれば、楓さんの負担をかけずに済んだのに……。
自分の手に、何か暖かい感触に包まれる。楓さんの小さくて柔らかい手が俺の手を包み込む。
早朝の肌を突き抜ける寒さを和らげてくれるぬくもりに、俺は目を大きく見開く。
「気にしなくていいんですよ、正道さん。私、今がとても楽しいの」
「楽しい?」
「ええっ。澪が帰ってきてくれてから、毎日が賑やかで賑やかで……とても、充実しているわ。いい人達に巡り会えたのね、澪は」
楓さんの笑顔に、俺は言いようのない胸の痛みを覚えた。どうして、そんなに嬉しそうな顔をするんですか、楓さん。俺や義信さんがいるじゃないですか。なのに、どうして……。
この言いようのない、形容しがたい気持ちはなんなんだ。なぜ、ここまでイラつくんだ。
くそっ! あいつらだ……あいつらのせいで……。
自分の無力さと、この原因を作っている上春一家に、俺は強い憤りを感じていた。
「「「いただきます!」」」
「……」
今日も上春家プラス一名と共に朝食をとる。
今日はパンの日なので、トーストと目玉焼きとサラダ、スクランブルエッグ、ハムにウインナーだ。今まで和食だった朝食が、完全に洋食になっている。
それはまるで、今までの俺達の生活に土足で踏みにじられている気がして、不快な気分になる。
苛立ちが積もっていくのを感じる。そんな俺の気も知らず、上春信吾はバクバクとパンを平らげてく。
「美味しいっす! 流石は澪さんの息子さんとお母さん。料理がうまいっすね!」
「ふふっ。ありがとうございます、信吾さん。お世辞でも嬉しいわ」
「いやいや! こんなことで嘘なんてつきませんよ! なあ、咲、強」
上春信吾に同意を求められ、上春は笑顔で同意し、上春強は無表情に頷く。
俺は無言でパンを口にする。パンに塗られた甘ったるいイチゴジャムの味に、顔をしかめてしまう。
「みんなで朝ごはん。まさに家族ドラマって感じがしますね」
上春の嬉しそうな表情に朝乃宮は目を細め、慈しむように上春の頭を撫でている。それを満足げに上春信吾が大笑いしていた。
「そうだな! 仲良し家族。いいな、こういうの。憧れてたんだよね」
……何が家族ドラマだ……何が仲良し家族だ……勝手なこと、言ってんじゃねえよ……。
これが上春の言っていた家族になるということか?
話をして分かり合って、絆を深める。家族であろうとするものだけが、家族になれる空間。否定するものはハブにされる世界。
そんなものが家族なのか? 間違ってるだろうが……。
「ふふっ、楽しいですね、お父さん」
「……騒がしいだけだ」
どうして、義信さんも楓さんもまんざらではない顔をしているんだ?
朝食はいつも、落ち着いた穏やかな時間だったのに、それが壊されても、なんとも思わないのですか?
今までの朝食は楽しくなかったのですか?
俺の日常が壊されていく……上春家に浸食されていく……俺の居場所がなくなっていく……また、一人ぼっちになってしまう……。
そんなこと……そんなこと……。
「……みとめ……ねえ……」
「? どうしたの、正道君? 何か……」
バァアアアアアアアアアアアアアアン!
「認めるかよ! こんなの家族じゃねえ!」
俺は唖然とするみんなを無視して、リビングを飛び出した。一秒でもこの空間にいたくなかった。絶対に認めたくなかった。
「やってしまった……」
死にたいほどの後悔とやりきれない思いが俺の胸の中を占める。俺は怒鳴った後、感情の赴くまま家を飛び出し、今に至る。
寒さも空腹も忘れ、たどり着いた場所はただの道路。どこにもたどり着けないし、どこにもいけない。
俺の居場所はどこにあるのだろうか……家には帰れないし、行く当てもない。寒さだけが身に沁みる。
やはり、鞄を取りに一端家に帰るべきか……そう思っていたら視線の端に、もめている男女が目に入った。
痴話喧嘩か?
嫌がる女性を男があたふたと声をかけている。朝から迷惑なヤツやだと思っていたら、女性の方の顔に見覚えがあった。
あれは……黒井か?
上春と同じ一年の風紀委員で、御堂を慕っている後輩の女の子。
チームの揉め事か?
以前、黒井は御堂が頭をやっていたチームに所属していた。いろいろと理由があって、御堂と黒井はチームを抜けたが、メンバーとは交流があるみたいだ。
さて、この状況……見て見ぬふりはできないよな。
黒井は本気で嫌がっているように見えるし、トラブルなら起こる前に消化するに限る。
俺は黒井達に話しかけることにした。
「おい、黒井。どうかしたのか?」
「藤堂先輩……」
黒井は俺が現れたことに目を大きく見開いていたが、すぐに睨みつけられた。敵に出会ったような目つきだ。
理由は簡単に想像できる。黒井は伊藤と仲が良かった。だから、伊藤を傷つけた俺の事を嫌っているのだろう。
視線がさっさと消えろと言っているのが分かる。
俺は黒井から視線を外し、男を一瞥する。
身長は俺より少し低いが、百八十後半といったところか。服の上からでは分からないが、ガタイのいい体格なのは感じる。
スポーツというよりも喧嘩慣れしている独特の雰囲気がある。やはり、チームの関係者か。
男は笑顔だが、油断なく俺の状態を観察している。
「なあ、兄ちゃん。悪いんだけど、邪魔しないでくれるか? 今、大切な話をしているんだ。なあ、麗子?」
「気安く名前を呼ばないでくださいまし。迷惑ですわ」
「冷たいな。お兄ちゃん、悲しいぞ」
「っ! 私は認めたわけではありませんの! 勝手に兄貴面しないでくださいまし!」
勝手に兄貴面か……そうだよな、普通、そんな反応だよな。
俺は黒井に言い寄る男の腕を掴んだ。黒井は目を丸くし、男は少し眉をひそめている。
そんなことはおかまいなしに、俺はゆっくりと男の腕を引っ張る。
「黒井が嫌がっているのが分からないのか? さっさと消え失せろ」
「……なあ、兄ちゃん。あんた、麗子の何なの? 彼氏?」
「違う。それと兄ちゃんと呼ぶのはよせ。不愉快だ」
俺は力を込めて、男の腕を握る。いい加減、兄と呼ばれることが鬱陶しくて我慢ならない。勝手に人を兄貴呼ばわりするな。
苛立ちが抑えきれない。今度、この男が兄ちゃんと呼んだら、腹いせに殴ってしまうかもしれない。
男は俺に睨まれても、すました顔をしている。そのことに違和感を覚え、少し冷静になれた。そのおかげで……。
「なあ、俺も男に触られるの……鬱陶しいんだけど!」
「!」
ランニングを終え、俺は弁当の準備に入る。
俺と義信さんと上春信吾さん、上春とあの女で五人分だ。
信吾さんは職探し、あの女はアルバイト、義信さんは仕事がある為、昼食が必要となる。
俺と上春はまだ授業は午後もあるので、昼食が必要となる。強は給食があるので、弁当は必要ない。
それぞれの好みに合わせて、ごはんを残さないよう量を調整し、時間内に作れるもの……面倒くさすぎる!
大体、パンの日なんて作るから、ご飯を炊く量も変わるし、食い扶持が増えたから、晩御飯が残らないので、流用できない。作る人数が増えるだけで、ここまで厄介だと思わなかった。
一から作るには時間がかかりすぎるし、さて、残り少ないおかずでどうするか……。
「あっ、正道。私、プチトマト、いらないから」
「……」
この女、我儘ばかり言いやがって……。
すれ違いざまにリクエストしてきた女の意見は無言で却下し、俺は献立を考え直す。
「正道さん、手伝いますよ」
「……お手を煩わせてすみません、楓さん」
楓さんは気にしなくていいですよ、と笑いかけてくれるが、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
俺がもっとしっかりしていれば、楓さんの負担をかけずに済んだのに……。
自分の手に、何か暖かい感触に包まれる。楓さんの小さくて柔らかい手が俺の手を包み込む。
早朝の肌を突き抜ける寒さを和らげてくれるぬくもりに、俺は目を大きく見開く。
「気にしなくていいんですよ、正道さん。私、今がとても楽しいの」
「楽しい?」
「ええっ。澪が帰ってきてくれてから、毎日が賑やかで賑やかで……とても、充実しているわ。いい人達に巡り会えたのね、澪は」
楓さんの笑顔に、俺は言いようのない胸の痛みを覚えた。どうして、そんなに嬉しそうな顔をするんですか、楓さん。俺や義信さんがいるじゃないですか。なのに、どうして……。
この言いようのない、形容しがたい気持ちはなんなんだ。なぜ、ここまでイラつくんだ。
くそっ! あいつらだ……あいつらのせいで……。
自分の無力さと、この原因を作っている上春一家に、俺は強い憤りを感じていた。
「「「いただきます!」」」
「……」
今日も上春家プラス一名と共に朝食をとる。
今日はパンの日なので、トーストと目玉焼きとサラダ、スクランブルエッグ、ハムにウインナーだ。今まで和食だった朝食が、完全に洋食になっている。
それはまるで、今までの俺達の生活に土足で踏みにじられている気がして、不快な気分になる。
苛立ちが積もっていくのを感じる。そんな俺の気も知らず、上春信吾はバクバクとパンを平らげてく。
「美味しいっす! 流石は澪さんの息子さんとお母さん。料理がうまいっすね!」
「ふふっ。ありがとうございます、信吾さん。お世辞でも嬉しいわ」
「いやいや! こんなことで嘘なんてつきませんよ! なあ、咲、強」
上春信吾に同意を求められ、上春は笑顔で同意し、上春強は無表情に頷く。
俺は無言でパンを口にする。パンに塗られた甘ったるいイチゴジャムの味に、顔をしかめてしまう。
「みんなで朝ごはん。まさに家族ドラマって感じがしますね」
上春の嬉しそうな表情に朝乃宮は目を細め、慈しむように上春の頭を撫でている。それを満足げに上春信吾が大笑いしていた。
「そうだな! 仲良し家族。いいな、こういうの。憧れてたんだよね」
……何が家族ドラマだ……何が仲良し家族だ……勝手なこと、言ってんじゃねえよ……。
これが上春の言っていた家族になるということか?
話をして分かり合って、絆を深める。家族であろうとするものだけが、家族になれる空間。否定するものはハブにされる世界。
そんなものが家族なのか? 間違ってるだろうが……。
「ふふっ、楽しいですね、お父さん」
「……騒がしいだけだ」
どうして、義信さんも楓さんもまんざらではない顔をしているんだ?
朝食はいつも、落ち着いた穏やかな時間だったのに、それが壊されても、なんとも思わないのですか?
今までの朝食は楽しくなかったのですか?
俺の日常が壊されていく……上春家に浸食されていく……俺の居場所がなくなっていく……また、一人ぼっちになってしまう……。
そんなこと……そんなこと……。
「……みとめ……ねえ……」
「? どうしたの、正道君? 何か……」
バァアアアアアアアアアアアアアアン!
「認めるかよ! こんなの家族じゃねえ!」
俺は唖然とするみんなを無視して、リビングを飛び出した。一秒でもこの空間にいたくなかった。絶対に認めたくなかった。
「やってしまった……」
死にたいほどの後悔とやりきれない思いが俺の胸の中を占める。俺は怒鳴った後、感情の赴くまま家を飛び出し、今に至る。
寒さも空腹も忘れ、たどり着いた場所はただの道路。どこにもたどり着けないし、どこにもいけない。
俺の居場所はどこにあるのだろうか……家には帰れないし、行く当てもない。寒さだけが身に沁みる。
やはり、鞄を取りに一端家に帰るべきか……そう思っていたら視線の端に、もめている男女が目に入った。
痴話喧嘩か?
嫌がる女性を男があたふたと声をかけている。朝から迷惑なヤツやだと思っていたら、女性の方の顔に見覚えがあった。
あれは……黒井か?
上春と同じ一年の風紀委員で、御堂を慕っている後輩の女の子。
チームの揉め事か?
以前、黒井は御堂が頭をやっていたチームに所属していた。いろいろと理由があって、御堂と黒井はチームを抜けたが、メンバーとは交流があるみたいだ。
さて、この状況……見て見ぬふりはできないよな。
黒井は本気で嫌がっているように見えるし、トラブルなら起こる前に消化するに限る。
俺は黒井達に話しかけることにした。
「おい、黒井。どうかしたのか?」
「藤堂先輩……」
黒井は俺が現れたことに目を大きく見開いていたが、すぐに睨みつけられた。敵に出会ったような目つきだ。
理由は簡単に想像できる。黒井は伊藤と仲が良かった。だから、伊藤を傷つけた俺の事を嫌っているのだろう。
視線がさっさと消えろと言っているのが分かる。
俺は黒井から視線を外し、男を一瞥する。
身長は俺より少し低いが、百八十後半といったところか。服の上からでは分からないが、ガタイのいい体格なのは感じる。
スポーツというよりも喧嘩慣れしている独特の雰囲気がある。やはり、チームの関係者か。
男は笑顔だが、油断なく俺の状態を観察している。
「なあ、兄ちゃん。悪いんだけど、邪魔しないでくれるか? 今、大切な話をしているんだ。なあ、麗子?」
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勝手に兄貴面か……そうだよな、普通、そんな反応だよな。
俺は黒井に言い寄る男の腕を掴んだ。黒井は目を丸くし、男は少し眉をひそめている。
そんなことはおかまいなしに、俺はゆっくりと男の腕を引っ張る。
「黒井が嫌がっているのが分からないのか? さっさと消え失せろ」
「……なあ、兄ちゃん。あんた、麗子の何なの? 彼氏?」
「違う。それと兄ちゃんと呼ぶのはよせ。不愉快だ」
俺は力を込めて、男の腕を握る。いい加減、兄と呼ばれることが鬱陶しくて我慢ならない。勝手に人を兄貴呼ばわりするな。
苛立ちが抑えきれない。今度、この男が兄ちゃんと呼んだら、腹いせに殴ってしまうかもしれない。
男は俺に睨まれても、すました顔をしている。そのことに違和感を覚え、少し冷静になれた。そのおかげで……。
「なあ、俺も男に触られるの……鬱陶しいんだけど!」
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