風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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一章

一話 こんなの家族じゃねぇ! その五

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 テスト期間に入り、今日もテスト勉強なのだが、夜遅くまで明かりをつけていたら強の睡眠を邪魔するかもしれない。
 俺は勉強道具を持って、部屋を出た。リビングでテスト勉強をするつもりだ。リビングにはコタツがあるので、寒い思いをしなくて済む。
 リビングにつくと、部屋には誰もいなかった。時計を見ると、午後十一時を示していた。

 最近、上春家が来たせいでずっとリビングは騒がしかった。そのせいか、誰もいないリビングの静けさは、逆に耳鳴りがするような錯覚におちいってしまう。
 義信さんも楓さんも基本、早寝早起きなので、もう寝ていることだろう。うるさくならないよう、ラジオにイヤホンをさして、勉強を始めた。
 一人で何かを集中していると、嫌なことを、家族の事を考えずにすむ。
 俺に、新しい家族なんて必要ないんだ……。

「兄さん」
「……」

 遠慮がちに声をかけてきたのは、上春だった。
 上春はパジャマにどてら姿でリビングの入り口に立っていた。部屋に入らないのは、俺に気を使っての事なのか。上目遣いで俺の機嫌をうかがうような態度をしていれば、嫌でも分かる。
 俺はつい顔をしかめてしまう。別に上春が嫌いというわけではなく、ただ、自分の家に年頃の女の子がパジャマ姿でいることに、多少のテレと違和感を覚えてしまうのだ。
 上春は可愛いと思う。それに女の子のパジャマ姿はあまり見慣れないものだから、意識してしまうのはしょうがないことだろ?
 誰に言い訳しているのだろうな……。

 つくづく思うのだが、男所帯のこの家に、年下の女子はやはり似合わない。それに俺なんかに、かわいい女子が近づいてくるはずがない……。
 いや、違う。可愛い子なら、魅力のある女子なら、俺のそばにいてくれたじゃないか。そんな女子に、俺は意識するどころか、遠ざけてしまったではないか?
 伊藤の顔が俺の頭をよぎる。
 すまない、伊藤……。

「兄さん、ご迷惑でしたか?」
「……今は上春の家でもあるんだ。俺に気を遣うことはない」

 そう言いつつも、顔がこわばっているので説得力がないだろうな。いかつい顔はうまれつきだし、大体、俺が笑顔を浮かべていたら、そっちのほうが気持ち悪いだろうが……いや、すまん、上春。
 上春は苦笑しつつ、俺の右側のコタツに座る。

「私も期末の勉強をしてもいいですか?」
「……好きにしてくれ」
「ありがとうございます」

 上春は人懐っこい笑顔でコタツに入ってくる。ぞんざいな態度だというのに、どうして俺に笑顔を向けてくれるのか?
 その笑顔が伊藤と重なってしまい、何かに耐えられなくなった俺は、自分の気持ちを誤魔化すために上春に話しかけた。

「何かいいことがあったのか?」

 俺が話しかけてきたことが意外だったのか、上春は目を丸くしている。その視線に、俺はつい目をそらしてしまった。
 上春はくすりと笑いながら、俺に話しかけてきた。

「私、憧れていたんです。私には姉と弟がいますが、兄はいませんでした。だから、頼れる兄さんに勉強を教えてもらう機会ができて、嬉しいんです」
「……俺は上春の兄じゃない」
「……ごめんなさい」

 上春には悪いが、俺は上春の兄にはなれない。たとえ、上春信吾とあの女が結婚してもだ。

「……やっぱり、ほのかさんの言っていたとおりです。兄さんは強情です。女の子への優しさが足りません」

 上春のいじけたようなつぶやきに、俺は聞こえないふりをした。伊藤がこの場にいたら、確かに言われそうなセリフだな。俺の悪口のはずなのに、つい微笑ましい気分になる。

「……だが、勉強なら分かる範囲で教えることが出来るぞ」
「……ほのかさんの言うとおりです。ときどき、どきっとするくらい優しいですね。本当にあまのじゃくです」

 やかましい……。
 自分でもらしくないと思っている。それでも、誰かの力になれるのなら、手を貸したい。
 上春の機嫌がいいうちに、確認してみるか。この結婚の事をどう思っているのかを。

「上春、確認しておきたいのだが……」
「年下の女の子イジメるなんて、大人げないどすな」
「……なぜ、ここにいる朝乃宮」

 いつの間にか、上春の隣に朝乃宮が当然のように座っていた。
 コイツ、朝、晩御飯だけでなく、当然のようにこの家に居やがるな。家族でもないくせに夜遅くまでこの家にいるなんて、何様のつもりか? 
 上春は仕方ないとして……いやいや、上春も俺の家族ではないのだが……。
 朝乃宮を睨んだが、何の反応も示さない。俺はため息をついた後、弁解する。

「人聞きの悪い事を言うな。俺は事実を言ったまでだ。ある日突然、妹や弟、父親が出来たなんて納得いくか。朝乃宮や上春は納得いくのか?」
「ウチは咲が家族になるのなら、文句ありません」
「私は兄さんならいいかなって思いますけど」

 軽いな、おい。
 朝乃宮はともかく、上春も簡単に言ってくれる。俺は呆れたように上春を見るが、上春はニコニコと無垢な笑顔を向けてくる。
 その笑顔に、俺は上春の視線から目をそらしてしまった。上春の無垢な瞳が、笑みが、伊藤とタブって見えてしまったからだ。それが耐えられなくて……目をそらしてしまった。
 情けない……俺は今もまだ、伊藤の事を引きずっている。これは罰なのだろうか? 伊藤を傷つけた事への……。

「兄さん?」
「……すまない。考え事をしていた」
「どうせいやらしい目で咲の事、見てはったんやな。汚らわしい」
「朝乃宮、どうしても俺の事を悪者にしたいようだな」

 俺の文句に朝乃宮はそっぽを向き、聞いていませんって態度をとる。上春は苦笑しつつ、朝乃宮に注意してくれた。
 この騒がしいやりとりが、なぜか懐かしく思えた。伊藤と俺も同じように、バカやってはしゃいでいたよな。
 苛立った気持ちは和らぎ、気が楽になるのを感じていた。
 お互い黙ったまま、ペンを動かす音だけが響き渡る。黙々と勉強を続けていると、何か視線を感じた。上春だ。何か言いたげに俺を見つめている。

「どうした? 何か分からないことがあるのか?」
「……兄さんはどうして、反対なんですか?」

 何を反対なのか、聞かなくても分かる。ちょうどいい、俺の考えを、上春の考えを交換する絶好の機会だ。

「上春は俺の事、どこまで知っている? あの女との関係は?」
「……どこまでの範囲は分かりませんけど、兄さんが澪さんに捨てられたと思っている事は知っています」
「事実だ。俺の両親は俺を捨てた。まあ、俺のせいなんだがな」

 自嘲した笑みが自然と出てきてしまう。
 俺は自分を、他人を虐め続けた相手を病院送りにした。文字通り半殺しにしてやったのだ。
 そのことで俺の両親は責任のなすりつけあいを始め、最終的には怒りの矛先は俺に向けられ、捨てられたというわけだ。

「自業自得だとしても、俺の両親は俺を捨てた。懇願こんがんしても、許してくれなかった。なのに、またやり直したいなんて、都合がよすぎるとは思わないか? しかも、よその男を連れてだ。俺はもうこれ以上、アイツに振り回されるのはごめんだ。だから、認めない。上春、お前はこの結婚、いきどおりを感じないのか? 信吾さんは生みの親以外の女と結婚しようとしているのだぞ? それを許せるのか? 上春、お前は自分を産んでくれた母親になんとも思わないのか?」
「思いません」

 俺はごくりと息をのむ。上春は即答で母親を否定した。少しの悩みも躊躇もない。生みの親を何とも思っていないのか?
 このとき、俺は上春も母親を憎んでいるような気がした。
 なぜ、上春が自分の母親を憎んでいるのか? 再婚を否定している俺には上春にそのことを聞いてはいけない気がして、黙り込む。

「私はただ、生きていくには家族が必要だと思っているだけです。兄さんは親はなくとも子は育つと思っていますか?」
「……無理だな」

 ことわざの一つにある言葉だが、俺は無理だと思っている。
 生みの親がいなくなれば、別の誰かが、他人が結局親となり、子は育つからだ。子供が一人、生きていけるほど世間はあまくない。子供がお金を稼ぐ方法などないからだ。
 子役のタレントはお金を稼いではいるが、それも親がいるから仕事の契約ができる。初めから親がいない場合、子供一人でオーディションにすら受けられないだろう。
 現代社会は子供に保護者を求めるシステムが存在する。子供には責任能力がないからだ。
 そのシステムがある限り、子供一人で生きていくことは、精神的にも肉体的にも不可能だ。

「ですよね。私は人が生きていくには助け合いが必要だと思っています。でも、都合よく助けあえる人と出会うことなんて無理だと思います。だから、家族を求めるんです。だって、家族は他人とは違う強い絆がありますから」
「……そうだな」

 上春の言いたいことは分かる。人は一人では生きていけない。助け合いが必要だ。だが、助け合いは綺麗事ではない。
 人とのつながり、付き合いは妥協と打算と見返りの上に成り立っているものだって知っている。なぜなら、自分の理想と相手の理想は違うからだ。
 だから、お互いの主張、叶えたい願いはぶつかり、譲れない想いが助け合いを阻害してしまう。
 では、どうしたらいいのか? どうしたら、助け合いが成り立つのか?
 それは、互いに優劣をつけて、上が下を従わせたり、相手を助ける代わりに見返りを求めたり、お互い我慢して妥協しあうことで自分を納得させたりして、他人と助け合っていくことになる。
 もし、ここに例外があるとしたら、それは家族だろう。
 親は子を育てる。その過程で、対等な助け合いはない。
 親は子に、衣食住を用意できるが、子供は親に経済的に支援することはできない。それどころか、親の足を引っ張りかねないだろう。
 生まれたばかりの子供は食事すら一人で出来ないし、服を着ることだってできない。それを親が献身的に世話をしてくれる。
 子供が育ったとしても、引きこもりになる可能性だってある。暴力をふるってくることもある。
 これが他人だったら、縁を切られたり、見限られるが、親はそうでない。自分に害があろうとも、子供を世話し続けるだろう。

 そう考えると、親とは偉大だと思う。
 結婚して、家庭を持って一人前という言葉を聞いたことがあるが、まさにその通りだと思わされる。
 上春はきっと、強いつながりを求めている。見返りや打算のない、純粋な助け合いができる相手を求めているのだろう。上春の理想をかなえる相手、まさに家族はうってつけだ。

 親子の絆は強い。たが、強いからこそ、影響力が強い。他人に捨てられた痛みと、親に捨てられた痛みは比較にならない。それは身をもって味わってきた。
 それゆえ、上春の考えに、俺は危ういものを感じていた。そして、上春の考えに賛同できない理由となっている。

「上春の考えは分かった。だが、その考えは最初から破綻はたんしている。なぜなら、俺と上春には血のつながりはない、赤の他人だからだ。たとえ、再婚がうまくいっても、それだけで強い絆がうまれるのか? そんな都合のいい展開になる保証がどこにある? 俺は絶対にうまくいかないと確信している」
「なぜですか?」

 上春の問いに、俺は絶対にうまくいかない理由を話す。

「俺はあの女に不信感しかないからだ。信頼できる要素は皆無だ。そんな状態でうまくいくと思うか? 場の雰囲気が悪くなるだけだろ? きっと、お互い気を遣って、顔色をうかがって生きていく事になる。それが家族の絆なのか? そんなもの、まがい物だ。本物じゃない。うまくいくはずがない」
「そんなことありません! 話せば、お互い同じ時間を過ごせば、分かり合えます! きっと、やり直せます!」

 上春の言葉はただの希望的観測でしかない。何の根拠も合理性もない。だから、信じられない。
 上春はヒートアップしているが、俺は逆に冷めていた。

「なら、いつ分かり合える? 明日か? それとも、明後日か?」
「そ、それはゆっくり時間をかけて……」
「ふざけるな。俺は我慢の限界なんだ。あの女と一緒にいるだけ苦痛しか感じないんだ。その苦痛を後どれだけあじわえばいいんだ? 俺に嫌なことを押し付けて、お前たちは家族ごっこでご満悦か? 大した家族だな」

 胸の中にどす黒い何かが渦巻いていく。すべてを破壊したい衝動が湧き上がってくる。
 目の前にいる上春が憎くて、壊してやりたい気分にかられる。

「そ、そんなこと……で、でも、すぐには家族になるなんて無理……」
「なら、時間の無駄だ。うまくいく根拠もない事に時間をかけるのは無意味だ。諦めろ」

 家族は生まれた瞬間から家族なのだ。時間をかけてなるものじゃない。
 上春は涙目でまだ訴えたそうな目つきをしているが、これ以上は何を話しても無駄だ。話をして、上春の気持ちは分かった。
 なるほど、上春の言う通りだ。話せば、分かる。だが、分かるだけだ。賛同したいとは一ミリも思えないし、理解もできない。
 居心地の悪い沈黙が続く。時計の針の音が鳴り響く。これ以上はお互い、勉強できる雰囲気ではないな。
 俺は席を立とうとしてたとき、

「ちょいまち。二人とも頭を冷やし。咲、嫌がる相手に自分の意見を押し付けても、それは迷惑なだけです。相手の事も考え。藤堂はん、咲に憎しみをぶつけても意味がないことくらい分かりはるやろ? 咲は澪さんと違いますから」

 朝乃宮の問いかけに、俺は押し黙る。全く、朝乃宮の言うとおりだ。
 俺は上春の考えを知りたかっただけなのに……傷つけるつもりはなかったのに……。
 くそっ! あの女の事を考えてしまい、苛立ってしまった。やはり、ダメだ。あの女と和解することは不可能だ。
 このままだと、無関係な人達まで傷つけてしまう。上春は何も悪くないのに……なんて情けないんだ、俺は。
 朝乃宮の言葉で我に返ることができた。冷静になれた俺に襲ってきたのは、上春に言い過ぎた事への罪悪感だった。

「すまん、上春。俺は上春が何を考えて再婚に賛同しているのか、知りたかっただけなんだ。つい、意地を張ってしまった。許してくれ」
「……私こそごめんなさいです」

 俺も上春もばつの悪い顔をしている。その顔が情けないというか、格好悪くて、つい笑ってしまった。上春も頬をかきながら、テレくさそうに笑みを浮かべている。
 俺はふと、これが兄妹喧嘩なのかと思ってしまった。
 重苦しい雰囲気は消え、別の意味で居心地の悪い雰囲気になってしまうが、不思議と嫌ではなかった。

「藤堂はん、おなかすいたわ。何か作って」

 こ、コイツ……なんでこんなときに、余計な事を言うのか……。
 脱力してしまい、俺は盛大にため息をつく。

「……なぜ、俺がお前の小腹を満たすために何か作れなければならない。そんなにおなかがすいたのなら、さっさと帰れ」
「嫌」

 ぶっとばされたいのか、このアマ。

「だって、咲と遊びたかったのに、咲は勉強するって言いますし、退屈なんやもん。それにウチの事、相手にしてくれへんし、何か食べんとやってられません」
「ち、ちーちゃん!」

 上春が顔を真っ赤にして、朝乃宮を怒っているが、朝乃宮は悪気なんか全くなく、上春をからかっている。
 はあ……疲れた。
 先ほどの怒りは発散し、消えているのが分かる。これも、朝乃宮のおかげだろうか? まさかな。
 脱力感を感じながらも、俺は立ち上がり、台所へ向かう。

「に、兄さん。ちーちゃんの言うこと、無視していいですから」
「うどんでいいか?」
「えっ?」

 俺の提案が意外なのか、上春は目を丸くしている。俺はかまわず、上春に問いかける。

「俺も腹がすいた。上春も食べるか?」
「……はい! お願いします!」
「なんや、咲も結局おなかすいてたんやない」
「ちーちゃん!」

 じゃれあう二人を後にして、俺は三人分のうどんを作ることにした。
 お湯を沸かしている最中、俺は上春とのやりとりを思い浮かべる。
 上春は家族に強い絆を求めていた。そこに、なぜか違和感を覚える。
 俺が伊藤とコンビを組んでいたとき、一度だけ、伊藤に俺の両親の事を話した。そのとき、強い絆が欲しいと弱音を吐いたことがある。

 人と人とのつながりはもろい。何年も一緒に過ごした親友や親でさえ、壊れるときは、別れるときは一瞬だった。
 親友や親でも離れ離れになってしまうのなら、どうすれば、ずっと一緒にいられるのか?
 どんなときでも一緒にいられる、別れることのない、どんな困難も助け合える、そんな絆を手にするにはどうすればいいのか?
 何度も何度も考えてきた。それを他人に求め、ひどいしっぺ返しをくらったこともある。それでも、俺は求めている。

 俺とは全然似ていないのに、上春の家族を求める姿が俺と被って見えるのは気のせいか? もし、気のせいではないとしたら、上春は俺と同じで……。
 答えの出ない回答を、俺は何度も何度も考えていた。時間の無駄と知りながら……。
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