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七章
七話 よろしくお願いします! その五
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午後六時。
俺と上春は駅のホームで朝乃宮を待っていた。朝乃宮が乗ってくる電車は午後六時五分着の青島行。
駅には誰もいない。日は地平線の彼方へ沈もうとしている。
駅の電灯が光り、俺と上春を照らしている。
上春は興奮気味に今日の草野球のことを話している。よほど心に残ったのか、手振りで伝えてくる。
俺もあのときは興奮していたが、人に褒められるとなんだな、恥ずかしくて気まずい。
朝乃宮が来るまで、我慢していよう。
そう思っていたら、駅のアナウンスが流れる。待つ間でもなかったな。
電車から降りてくるのは二、三人ほどだろう。すぐに見つかるはずだ。
「千春、帰ってきますね」
「ああっ」
上春は待ち遠しそうにしているが、たった三日だぞ?
けれど、菜乃花が藤堂家に居座っている以上、ボディーガードが必要になるので、気持ちは分かるぞ、上春。
「あの……兄さん。私は千春を便利な道具だなんて考えていませんので」
「……」
コイツ、エスパーか? 驚きすぎて声が出ねえよ。マジこええ。
俺は黙っていることにした。
「沈黙は肯定ととりますよ、兄さん?」
やり方がえぐい。俺を追い詰めて楽しいか? その一言必要かと言いたくなる。
くだらないやりとりをしていると、電車がようやく到着した。
ドアが開き、出てきたのは……朝乃宮だ。
白のコートに、タートルニット、パンツ。ロングブーツ、マフラーに手袋と防寒対策ばっちりの服に身を包み、両手にはスーツケース、紙袋を握っている。
たった三日ぶりなのに、なんでだろうな。確かに懐かしい気持ちが一瞬だけした。
そう思えたのは、朝乃宮のたたずまいがどこか儚くて悲しげにみえて……でも、それこそ一瞬だ。
朝乃宮が俺達の方へ振り返る。いつもと変わらない朝乃宮だ。
背筋を真っ直ぐにして、微笑を浮かべている。
これで勢揃いだな。
「ちーちゃん!」
上春が朝乃宮の元へと走り出し、抱きついた。
朝乃宮は慈しむように上春を優しく抱きしめる。二人の姿は一枚の絵になるな。
そんなどうでもいいことを思っていた。
朝乃宮と目が合う。俺は自然と言葉が出てきた。
「おかえり、朝乃宮」
「……ただいま、藤堂はん」
俺達は一度、朝乃宮が借りているマンションへ戻ることにした。これから俺が朝乃宮を案内したいところには、スーツケースは邪魔になるからな。
俺は朝乃宮の荷物を持ち、朝乃宮と上春は二人仲良く話をしている。その後ろを俺が歩いているわけだ。
にしても、重いな、この紙袋。三つもあるが、何が入っているんだ?
「あっ、兄さん! その紙袋には大切な物が入ってるので、慎重にお願いしますね」
「大切な物?」
「お土産です。生八つ橋もありますさかい、みんなで食べてください」
な、生八つ橋だと? それって……。
「お店……空いてるのか? 正月なのに?」
「フツウに空いてます。田舎と違いますから」
おい、今青島をデスっただろ? 京都だからっていい気になるなよ。
上春もニコニコしてるんじゃねえ。青島がバカにされたのに……。
いや、待て。まさか……。
「上春、お前……機嫌がいいのは、お土産目当てか?」
「……そんなわけないですよ?」
こ、コイツ……マジか……。
朝乃宮の顔を見ると、笑顔が凍っている。朝乃宮の気持ちが痛いほど分かる。
父親の帰りよりも、お土産が大事と言われたときのアレに似ているな。
俺はある未来のビジョンが脳内に浮かんだ。とんでもない未来を……。
「……藤堂はん。何か言いたいことが?」
朝乃宮は笑っているが、きっと涙を押し殺しているのだろう。見るに堪えない。
だから、何も言うまい。
「いや……いい。なんでもない」
「そう言われると、余計に知りたいんやけど」
「後悔するぞ?」
「……なら、やめときます」
そうだ。世の中、知らない方がいいこともある。
伝えなくていい事は俺だって言いたくない。そう、これでいいんだ。
「ちょっと待ってください! これじゃあ、私が悪者みたいじゃないですか! 私は千春を大事に思っていますから!」
上春が猛抗議してくる。
だがな、上春。真実は残酷なんだぞ。
仕方ない。言ってやるか。上春の為にも。
「すまんな、上春。ちょっと、未来が見えたんだ」
「み、未来ですか? に、兄さんはもしかして……」
「朝乃宮が無職の上春を養っている姿をな」
上春はきょとんとしている。俺は厳かに未来の映像を伝えた。
「上春は無事大学を卒業して、就職するんだ。でも、会社が倒産してな……そのとき上春は三十を過ぎていて、特別な資格もないからずっと職につけずにいて、最後は朝乃宮が面倒をみるんだ。衣食住を全て用意して、家事も朝乃宮に任せて、上春はモバゲーをしてその日その日を過ごす。そして、仕事と家事で疲れ切った朝乃宮に上春は言うんだ……プリン買って来てって……」
「……」
朝乃宮は真っ青な顔で震えていた。目を大きく見開き、開いた口がふさがらない。
朝乃宮も想像してしまったのだろうか? 自分の過酷な運命に……。
「いやいやいや! そんなことありませんから! ちょっと、兄さん! 現実っぽく言わないでください! どこにそんな根拠があるんですか!」
「いや、あるだろ? 人生ゲームで二度連続開拓地に行くようなヤツを信じられるか。借金まみれにしなかっただけ、感謝しろ」
俺の指摘に、上春が涙目で俺を指さす。
「ゲームですから! ええっ、あれはゲームですから! 私の人生じゃあありませんから!」
「開拓地? 借金まみれ? 藤堂はんが言ってることは、元旦の夜にしてはった人生ゲームの話やの? ゲームの結果は咲の圧勝だって聞いてますけど」
俺は上春を睨みつける。
上春はぴゅーぴゅーと口笛を吹いて俺と顔を合わせない。
お前は信吾さんの血をしっかりと受け継いでるよ。そう言ってやりたかった。
俺と朝乃宮は足を止めた。朝乃宮は上春の肩を掴み、後ろに引っ張る。
「な、なんですか、二人揃って。脅かそうとしたって……」
「咲、ウチの後ろに下がり」
朝乃宮の一声に、上春は悟ったように朝乃宮の背中に隠れる。
暗闇から一人の男が現れた。
それだけなら、俺も朝乃宮も警戒はしない。ただの通行人としか思わなかっただろう。
手にしたナイフがなければな……。
男の表情は追い詰められた顔をしている。
なぜだ? それに何かを恐れているように見えるのは気のせいか?
ナイフを握っているヤツは俺の知っている顔だ。
「何か用ですか? あなた、『青島ブルーオーシャン』のキャッチャーやってた人ですよね?」
そうだ。目の前にいる男は今日、散々苦しめられた『青島ブルーオーシャン』のキャッチャーだ。
だが、分からない。どうして、ナイフを持っているのか?
しかも、俺達を威嚇するように、ナイフを向けている。手も足も震えているが。
「お前のせいだ……」
「俺のせい?」
「そうだ! お前のせいで『青島ブルーオーシャン』は負けた! 俺は会社を左遷させられることになった! 全部、お前のせいだ! どうせ、卑怯な手を使ったんだろ? 早く言えよ!」
俺のせいで負けただと? 卑怯な手を使っただと? ふざけるな!
俺は目の前の男を睨みつける。それだけで、男は二歩後ろに下がる。
こっちは必死にやってきたんだ。この短いわずかな時間でやれることをやったんだ!
プレッシャーに何度押しつぶされそうになったか。
卑怯なのはてめえらだろうが! プロの助っ人を呼んで来やがって!
「おい、てめえ。分かってるんだろうな? そのナイフを一度でも俺達に使ってみろ。覚悟できてるんだろうな、お前」
相手は完全にビビっていた。
ここで手にしている荷物を相手にぶつけ、その隙にナイフを取り上げるのが理想だが、朝乃宮の荷物を投げれば、俺がボコボコにされる。
なにか相手の注意をそらすことができるもの、もしくは投げられる物があればいいのだが。
とりあえず、荷物はゆっくりと道路のすみに置いて、上春達から距離をとるか。
これは俺の問題だ。上春を巻き込みたくない。
行動を起こそうとしたとき、男は予期せぬ動きに出た。男が朝乃宮達に突っこんでいったのだ。
もしかして、人質を取るつもりか?
「バカ、やめろ!」
そっちは鬼門だぞ! そう言い終わる前に決着はついていた。
「はがっ!」
男はぶっ飛ばされていた。鼻を折られ、鼻血が出ている。
「あきませんえ。女の子にそないなもん、向けるなんて」
いや、お前だろ。人様に木刀を振るうな。
朝乃宮は例の如く、どこから取り出したのか分からない木刀を片手で振るっていた。
危ないヤツ……とは思うものの、そのおかげで男を撃退できたから文句を言うまい。
俺は地面に転がっているナイフを拾い上げ、男の手の届かないところに置いた。
このナイフは義信さんに渡した方がよさそうだ。
「おい、アンタ。とっとと去れ。これ以上は俺も朝乃宮も手加減できないぞ」
脅しをかけておいたが、男は震えているだけで、逃げようとしない。格闘経験もない、虎の子のナイフもないのに逃げないのは、足がすくんだのか?
だとしたら、俺達がここから離れた方がいい。上春がいるんだ。彼女を巻き込みたくない。
俺は荷物を回収しようとしたが。
「ま、待て!」
男が俺を呼び止めた。まだやる気なのか? 何がしたいんだ、コイツは?
俺は無視しようとするが……。
「待ってくれ! 頼む! 教えてくれ! ブラフだったのか! それとも、本当にあるのか! ミルレッドの致命的な弱点が!」
それかよ。いちいち聞くか? 試合も終わったのに。
このままだと家までついてきそうな気がするので、俺はため息をつき、事実を告げる。
「そうだ、ブラフだ。もしかして、騙されたことを怒っているのか? これも戦術だろうが」
騙したことに逆ギレされると思ったのだが……。
「……嘘だ……嘘をつくんじゃねえ! 絶対にあるはずだ! でなきゃ、素人がメジャーリーガーからホームランが打てるわけがない!」
コイツ、俺の言うこと、信じてないのか?
これは何を言っても無駄だな。俺は無視して去ろうとしたとき。
「いや~、そうでしたか。咄嗟の判断としてはかなり機転の利いた案ですね。見事です。マヌケなのはそこにいるでくの坊です。子供に騙され、しかも、責任を転換するとはどこまで恥知らずなのか」
よ、夜子沢?
男と話していたら、いきなり夜子沢が現れた。
彼の登場に、俺は息が止まるかと思った。なんなんだ、これは。
夜子沢に対して、自然と身構えてしまう。もし、夜子沢が男に命令して、俺に危害を与えるよう命令したのなら……。
いや、違うな。夜子沢はそんなことをしない。
夜子沢は狡猾な男だ。ブルーオーシャンのキャッチャーの行動は陳腐すぎる。
考えられるとしたら……。
「そこにいる男が言ったんですか? 今日の試合、負けた理由はミルレッドの致命的な弱点が原因だと」
「そうです。監督の私としましては、負けた理由を知っておきたかったのです。あの七回の裏、そこにいるでくの坊の指示があまりにも迂闊でしたので問い詰めたんです。そしたら、ミルレッドには致命的な弱点があり、それで負けたのだと。運が悪いことに、ミルレッドが私達の会話を聞いてしまいましてね、激怒されたのです。致命的な弱点などないと。私としても、コネを使って、無理矢理彼を呼んだわけですし、ちゃんと白黒をつけておきたかったわけです。さて、問題は解決しましたし、後は身内の問題ですので。ご迷惑をおかけいたしました。失礼します」
夜子沢は男の襟を片手で掴み、引きずっていく。
男は抵抗していたが、難なく夜子沢は引きずっていく。
正直、驚きだ。
成人男性を片手で引っ張るなど、かなりの力が必要となる。それを軽々とやってみせた夜子沢は何者なのか?
「藤堂はんも大変やね。正月早々」
「……全くだ。すまなかったな、朝乃宮。巻き込んで。上春、大丈夫か?」
「え、ええっ、私は大丈夫ですけど、兄さんは?」
「問題ない」
俺は朝乃宮の荷物を回収する。
恨まれるのは慣れている。だが、俺のせいで身近な人が巻き添えになるのは納得いかない。
ジレンマだな。
俺は今日、家族に支えられた。だから、俺も家族に恩返しをしたい。だが、現実はこれだ。
予測もできない事が起こり、上春が危険にさらされる。次は強かもしれない。
なんとかしなければ……。
「に、兄さん……あの……」
「咲、何も言わんほうがええ。これは藤堂はんの問題です」
すまんな、朝乃宮。なるべく迷惑を掛けないようにするから。
俺は朝乃宮のマンションに向かって歩き出した。
吐く息は白く、すぐに消えさってしまう。けれども、俺の悩みは消えそうにない。
俺は一息つき、朝乃宮に尋ねた。
「なあ、朝乃宮。今日の晩ご飯、予定はあるか?」
朝乃宮は俺の質問が意外だったのか、呆然としている。
いきなり話題が変わったんだ。不審に思われているかもな。
案の定、朝乃宮は戸惑ったように俺から視線をそらした。
「ええっと……その……ありませんけど……」
「だったら、今日は外食しましょう!」
あっ、こら、上春! コイツはいいとこどりしやがって!
俺は上春を睨みつけるが、上春はすぐさま朝乃宮の背中に隠れる。上春を睨みつけようとするが、朝乃宮が邪魔で不可能だ。
朝乃宮はキョトンとしている。
俺はごほんっと咳をして、話を続ける。
「昨日もLINEで伝えたが、野球の試合が今日あってだな……それで……その……なんだ」
「ああっ……咲から結果は聞いてます。祝勝会のお誘いやね」
「あ、ああっそうなんだ。家に帰っても、食材はないだろ? それなら、一緒に食べないかと思って……」
誘っておいてなんだが、本当に誘ってよかったのかと思っている。
朝乃宮にとっては『青島ブルーフェザー』のみんなは赤の他人だし、居心地が悪いような気がしてならないのだ。
信吾さんは人懐っこい性格から、メンバーのみんなと仲良くなり、今日の祝勝会でお互い飲むのを楽しみにしている。
菜乃花もみんなの子供と仲良く(?)していたので、窮屈な想いはしないだろう。
だが、朝乃宮は初対面だから、気まずいだろうな。
朝乃宮の返事は……。
「ええよ。咲のお願いやし、お邪魔させていただきます」
「流石はちーちゃん! ちーちゃんは私が相手をしますので!」
コイツ……きっと自分が居づらいから朝乃宮を巻き込みやがったな。朝乃宮もそのことに気づいているのか、苦笑している。
まあ、楽しんだ者勝ちだし、上春もそこんところよく分かっている。
もう、祝勝会は始まっているし、さっさと行こう。料理がなくなるまえに。
俺と朝乃宮、上春は朝乃宮のマンションに向かって歩き出す。
上春は朝乃宮と手をつなぎ、嬉しそうに正月に起きた出来事を話し、朝乃宮は微笑みながら、上春の話しに耳を傾けている。
時折、上春と朝乃宮が俺に話をふり、適当にあわせる。
他人が見たら、今の俺達はどのように見えるのか? 友達同士だろうか? それとも、家族だろうか?
俺はどのように見られたいのかを考えつつ、空を見上げた。
雲一つない夜空には星が綺麗に見える。明日もいい天気になりそうだと感じながら、菜乃花と朝乃宮、喧嘩しませんようにと星に願うことにした。
……ついでに俺の被害が少なくなるよう、つけたしておくか。
被害にあいたくない、なんて贅沢は言わないだけマシだろ?
俺と上春は駅のホームで朝乃宮を待っていた。朝乃宮が乗ってくる電車は午後六時五分着の青島行。
駅には誰もいない。日は地平線の彼方へ沈もうとしている。
駅の電灯が光り、俺と上春を照らしている。
上春は興奮気味に今日の草野球のことを話している。よほど心に残ったのか、手振りで伝えてくる。
俺もあのときは興奮していたが、人に褒められるとなんだな、恥ずかしくて気まずい。
朝乃宮が来るまで、我慢していよう。
そう思っていたら、駅のアナウンスが流れる。待つ間でもなかったな。
電車から降りてくるのは二、三人ほどだろう。すぐに見つかるはずだ。
「千春、帰ってきますね」
「ああっ」
上春は待ち遠しそうにしているが、たった三日だぞ?
けれど、菜乃花が藤堂家に居座っている以上、ボディーガードが必要になるので、気持ちは分かるぞ、上春。
「あの……兄さん。私は千春を便利な道具だなんて考えていませんので」
「……」
コイツ、エスパーか? 驚きすぎて声が出ねえよ。マジこええ。
俺は黙っていることにした。
「沈黙は肯定ととりますよ、兄さん?」
やり方がえぐい。俺を追い詰めて楽しいか? その一言必要かと言いたくなる。
くだらないやりとりをしていると、電車がようやく到着した。
ドアが開き、出てきたのは……朝乃宮だ。
白のコートに、タートルニット、パンツ。ロングブーツ、マフラーに手袋と防寒対策ばっちりの服に身を包み、両手にはスーツケース、紙袋を握っている。
たった三日ぶりなのに、なんでだろうな。確かに懐かしい気持ちが一瞬だけした。
そう思えたのは、朝乃宮のたたずまいがどこか儚くて悲しげにみえて……でも、それこそ一瞬だ。
朝乃宮が俺達の方へ振り返る。いつもと変わらない朝乃宮だ。
背筋を真っ直ぐにして、微笑を浮かべている。
これで勢揃いだな。
「ちーちゃん!」
上春が朝乃宮の元へと走り出し、抱きついた。
朝乃宮は慈しむように上春を優しく抱きしめる。二人の姿は一枚の絵になるな。
そんなどうでもいいことを思っていた。
朝乃宮と目が合う。俺は自然と言葉が出てきた。
「おかえり、朝乃宮」
「……ただいま、藤堂はん」
俺達は一度、朝乃宮が借りているマンションへ戻ることにした。これから俺が朝乃宮を案内したいところには、スーツケースは邪魔になるからな。
俺は朝乃宮の荷物を持ち、朝乃宮と上春は二人仲良く話をしている。その後ろを俺が歩いているわけだ。
にしても、重いな、この紙袋。三つもあるが、何が入っているんだ?
「あっ、兄さん! その紙袋には大切な物が入ってるので、慎重にお願いしますね」
「大切な物?」
「お土産です。生八つ橋もありますさかい、みんなで食べてください」
な、生八つ橋だと? それって……。
「お店……空いてるのか? 正月なのに?」
「フツウに空いてます。田舎と違いますから」
おい、今青島をデスっただろ? 京都だからっていい気になるなよ。
上春もニコニコしてるんじゃねえ。青島がバカにされたのに……。
いや、待て。まさか……。
「上春、お前……機嫌がいいのは、お土産目当てか?」
「……そんなわけないですよ?」
こ、コイツ……マジか……。
朝乃宮の顔を見ると、笑顔が凍っている。朝乃宮の気持ちが痛いほど分かる。
父親の帰りよりも、お土産が大事と言われたときのアレに似ているな。
俺はある未来のビジョンが脳内に浮かんだ。とんでもない未来を……。
「……藤堂はん。何か言いたいことが?」
朝乃宮は笑っているが、きっと涙を押し殺しているのだろう。見るに堪えない。
だから、何も言うまい。
「いや……いい。なんでもない」
「そう言われると、余計に知りたいんやけど」
「後悔するぞ?」
「……なら、やめときます」
そうだ。世の中、知らない方がいいこともある。
伝えなくていい事は俺だって言いたくない。そう、これでいいんだ。
「ちょっと待ってください! これじゃあ、私が悪者みたいじゃないですか! 私は千春を大事に思っていますから!」
上春が猛抗議してくる。
だがな、上春。真実は残酷なんだぞ。
仕方ない。言ってやるか。上春の為にも。
「すまんな、上春。ちょっと、未来が見えたんだ」
「み、未来ですか? に、兄さんはもしかして……」
「朝乃宮が無職の上春を養っている姿をな」
上春はきょとんとしている。俺は厳かに未来の映像を伝えた。
「上春は無事大学を卒業して、就職するんだ。でも、会社が倒産してな……そのとき上春は三十を過ぎていて、特別な資格もないからずっと職につけずにいて、最後は朝乃宮が面倒をみるんだ。衣食住を全て用意して、家事も朝乃宮に任せて、上春はモバゲーをしてその日その日を過ごす。そして、仕事と家事で疲れ切った朝乃宮に上春は言うんだ……プリン買って来てって……」
「……」
朝乃宮は真っ青な顔で震えていた。目を大きく見開き、開いた口がふさがらない。
朝乃宮も想像してしまったのだろうか? 自分の過酷な運命に……。
「いやいやいや! そんなことありませんから! ちょっと、兄さん! 現実っぽく言わないでください! どこにそんな根拠があるんですか!」
「いや、あるだろ? 人生ゲームで二度連続開拓地に行くようなヤツを信じられるか。借金まみれにしなかっただけ、感謝しろ」
俺の指摘に、上春が涙目で俺を指さす。
「ゲームですから! ええっ、あれはゲームですから! 私の人生じゃあありませんから!」
「開拓地? 借金まみれ? 藤堂はんが言ってることは、元旦の夜にしてはった人生ゲームの話やの? ゲームの結果は咲の圧勝だって聞いてますけど」
俺は上春を睨みつける。
上春はぴゅーぴゅーと口笛を吹いて俺と顔を合わせない。
お前は信吾さんの血をしっかりと受け継いでるよ。そう言ってやりたかった。
俺と朝乃宮は足を止めた。朝乃宮は上春の肩を掴み、後ろに引っ張る。
「な、なんですか、二人揃って。脅かそうとしたって……」
「咲、ウチの後ろに下がり」
朝乃宮の一声に、上春は悟ったように朝乃宮の背中に隠れる。
暗闇から一人の男が現れた。
それだけなら、俺も朝乃宮も警戒はしない。ただの通行人としか思わなかっただろう。
手にしたナイフがなければな……。
男の表情は追い詰められた顔をしている。
なぜだ? それに何かを恐れているように見えるのは気のせいか?
ナイフを握っているヤツは俺の知っている顔だ。
「何か用ですか? あなた、『青島ブルーオーシャン』のキャッチャーやってた人ですよね?」
そうだ。目の前にいる男は今日、散々苦しめられた『青島ブルーオーシャン』のキャッチャーだ。
だが、分からない。どうして、ナイフを持っているのか?
しかも、俺達を威嚇するように、ナイフを向けている。手も足も震えているが。
「お前のせいだ……」
「俺のせい?」
「そうだ! お前のせいで『青島ブルーオーシャン』は負けた! 俺は会社を左遷させられることになった! 全部、お前のせいだ! どうせ、卑怯な手を使ったんだろ? 早く言えよ!」
俺のせいで負けただと? 卑怯な手を使っただと? ふざけるな!
俺は目の前の男を睨みつける。それだけで、男は二歩後ろに下がる。
こっちは必死にやってきたんだ。この短いわずかな時間でやれることをやったんだ!
プレッシャーに何度押しつぶされそうになったか。
卑怯なのはてめえらだろうが! プロの助っ人を呼んで来やがって!
「おい、てめえ。分かってるんだろうな? そのナイフを一度でも俺達に使ってみろ。覚悟できてるんだろうな、お前」
相手は完全にビビっていた。
ここで手にしている荷物を相手にぶつけ、その隙にナイフを取り上げるのが理想だが、朝乃宮の荷物を投げれば、俺がボコボコにされる。
なにか相手の注意をそらすことができるもの、もしくは投げられる物があればいいのだが。
とりあえず、荷物はゆっくりと道路のすみに置いて、上春達から距離をとるか。
これは俺の問題だ。上春を巻き込みたくない。
行動を起こそうとしたとき、男は予期せぬ動きに出た。男が朝乃宮達に突っこんでいったのだ。
もしかして、人質を取るつもりか?
「バカ、やめろ!」
そっちは鬼門だぞ! そう言い終わる前に決着はついていた。
「はがっ!」
男はぶっ飛ばされていた。鼻を折られ、鼻血が出ている。
「あきませんえ。女の子にそないなもん、向けるなんて」
いや、お前だろ。人様に木刀を振るうな。
朝乃宮は例の如く、どこから取り出したのか分からない木刀を片手で振るっていた。
危ないヤツ……とは思うものの、そのおかげで男を撃退できたから文句を言うまい。
俺は地面に転がっているナイフを拾い上げ、男の手の届かないところに置いた。
このナイフは義信さんに渡した方がよさそうだ。
「おい、アンタ。とっとと去れ。これ以上は俺も朝乃宮も手加減できないぞ」
脅しをかけておいたが、男は震えているだけで、逃げようとしない。格闘経験もない、虎の子のナイフもないのに逃げないのは、足がすくんだのか?
だとしたら、俺達がここから離れた方がいい。上春がいるんだ。彼女を巻き込みたくない。
俺は荷物を回収しようとしたが。
「ま、待て!」
男が俺を呼び止めた。まだやる気なのか? 何がしたいんだ、コイツは?
俺は無視しようとするが……。
「待ってくれ! 頼む! 教えてくれ! ブラフだったのか! それとも、本当にあるのか! ミルレッドの致命的な弱点が!」
それかよ。いちいち聞くか? 試合も終わったのに。
このままだと家までついてきそうな気がするので、俺はため息をつき、事実を告げる。
「そうだ、ブラフだ。もしかして、騙されたことを怒っているのか? これも戦術だろうが」
騙したことに逆ギレされると思ったのだが……。
「……嘘だ……嘘をつくんじゃねえ! 絶対にあるはずだ! でなきゃ、素人がメジャーリーガーからホームランが打てるわけがない!」
コイツ、俺の言うこと、信じてないのか?
これは何を言っても無駄だな。俺は無視して去ろうとしたとき。
「いや~、そうでしたか。咄嗟の判断としてはかなり機転の利いた案ですね。見事です。マヌケなのはそこにいるでくの坊です。子供に騙され、しかも、責任を転換するとはどこまで恥知らずなのか」
よ、夜子沢?
男と話していたら、いきなり夜子沢が現れた。
彼の登場に、俺は息が止まるかと思った。なんなんだ、これは。
夜子沢に対して、自然と身構えてしまう。もし、夜子沢が男に命令して、俺に危害を与えるよう命令したのなら……。
いや、違うな。夜子沢はそんなことをしない。
夜子沢は狡猾な男だ。ブルーオーシャンのキャッチャーの行動は陳腐すぎる。
考えられるとしたら……。
「そこにいる男が言ったんですか? 今日の試合、負けた理由はミルレッドの致命的な弱点が原因だと」
「そうです。監督の私としましては、負けた理由を知っておきたかったのです。あの七回の裏、そこにいるでくの坊の指示があまりにも迂闊でしたので問い詰めたんです。そしたら、ミルレッドには致命的な弱点があり、それで負けたのだと。運が悪いことに、ミルレッドが私達の会話を聞いてしまいましてね、激怒されたのです。致命的な弱点などないと。私としても、コネを使って、無理矢理彼を呼んだわけですし、ちゃんと白黒をつけておきたかったわけです。さて、問題は解決しましたし、後は身内の問題ですので。ご迷惑をおかけいたしました。失礼します」
夜子沢は男の襟を片手で掴み、引きずっていく。
男は抵抗していたが、難なく夜子沢は引きずっていく。
正直、驚きだ。
成人男性を片手で引っ張るなど、かなりの力が必要となる。それを軽々とやってみせた夜子沢は何者なのか?
「藤堂はんも大変やね。正月早々」
「……全くだ。すまなかったな、朝乃宮。巻き込んで。上春、大丈夫か?」
「え、ええっ、私は大丈夫ですけど、兄さんは?」
「問題ない」
俺は朝乃宮の荷物を回収する。
恨まれるのは慣れている。だが、俺のせいで身近な人が巻き添えになるのは納得いかない。
ジレンマだな。
俺は今日、家族に支えられた。だから、俺も家族に恩返しをしたい。だが、現実はこれだ。
予測もできない事が起こり、上春が危険にさらされる。次は強かもしれない。
なんとかしなければ……。
「に、兄さん……あの……」
「咲、何も言わんほうがええ。これは藤堂はんの問題です」
すまんな、朝乃宮。なるべく迷惑を掛けないようにするから。
俺は朝乃宮のマンションに向かって歩き出した。
吐く息は白く、すぐに消えさってしまう。けれども、俺の悩みは消えそうにない。
俺は一息つき、朝乃宮に尋ねた。
「なあ、朝乃宮。今日の晩ご飯、予定はあるか?」
朝乃宮は俺の質問が意外だったのか、呆然としている。
いきなり話題が変わったんだ。不審に思われているかもな。
案の定、朝乃宮は戸惑ったように俺から視線をそらした。
「ええっと……その……ありませんけど……」
「だったら、今日は外食しましょう!」
あっ、こら、上春! コイツはいいとこどりしやがって!
俺は上春を睨みつけるが、上春はすぐさま朝乃宮の背中に隠れる。上春を睨みつけようとするが、朝乃宮が邪魔で不可能だ。
朝乃宮はキョトンとしている。
俺はごほんっと咳をして、話を続ける。
「昨日もLINEで伝えたが、野球の試合が今日あってだな……それで……その……なんだ」
「ああっ……咲から結果は聞いてます。祝勝会のお誘いやね」
「あ、ああっそうなんだ。家に帰っても、食材はないだろ? それなら、一緒に食べないかと思って……」
誘っておいてなんだが、本当に誘ってよかったのかと思っている。
朝乃宮にとっては『青島ブルーフェザー』のみんなは赤の他人だし、居心地が悪いような気がしてならないのだ。
信吾さんは人懐っこい性格から、メンバーのみんなと仲良くなり、今日の祝勝会でお互い飲むのを楽しみにしている。
菜乃花もみんなの子供と仲良く(?)していたので、窮屈な想いはしないだろう。
だが、朝乃宮は初対面だから、気まずいだろうな。
朝乃宮の返事は……。
「ええよ。咲のお願いやし、お邪魔させていただきます」
「流石はちーちゃん! ちーちゃんは私が相手をしますので!」
コイツ……きっと自分が居づらいから朝乃宮を巻き込みやがったな。朝乃宮もそのことに気づいているのか、苦笑している。
まあ、楽しんだ者勝ちだし、上春もそこんところよく分かっている。
もう、祝勝会は始まっているし、さっさと行こう。料理がなくなるまえに。
俺と朝乃宮、上春は朝乃宮のマンションに向かって歩き出す。
上春は朝乃宮と手をつなぎ、嬉しそうに正月に起きた出来事を話し、朝乃宮は微笑みながら、上春の話しに耳を傾けている。
時折、上春と朝乃宮が俺に話をふり、適当にあわせる。
他人が見たら、今の俺達はどのように見えるのか? 友達同士だろうか? それとも、家族だろうか?
俺はどのように見られたいのかを考えつつ、空を見上げた。
雲一つない夜空には星が綺麗に見える。明日もいい天気になりそうだと感じながら、菜乃花と朝乃宮、喧嘩しませんようにと星に願うことにした。
……ついでに俺の被害が少なくなるよう、つけたしておくか。
被害にあいたくない、なんて贅沢は言わないだけマシだろ?
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