風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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八章

八話 俺達は絶対に負けない その三

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 次のバッターはキャッチャーの剛だ。
 剛は強に何か話している。何か策があるのか? この状況を打破し、勝つための……。
 それにしても、遅い。
 何分作戦会議をしているんだ? 国八馬も苛立っているぞ。

「やあやあ、待たせたね、諸君! 真打ち、登場!」

 剛は両手を振って、バッターボックスに入ってくる。その顔に恐怖はなく、ただ、だらしない笑みを浮かべている。

「千春! 見ていてください! 我がバットをアナタに捧げ……フォオオオオオオオオオ!」
「「……」」

 俺も国八馬も呆然としていた。
 あのアホ、バットを股間に当て、腰を振っている。まさか、野球のバットとイチモツをかけているのか?
 下品すぎて笑えねえ。

 それでも、朝乃宮は御堂の手をキメながら、ニッコリと微笑んでいる。
 気のせいか、朝乃宮も黒井も長尾も、武蔵野も髪が乱れ、疲れた顔をしている。
 御堂を押さえるのが大変なのだろう。気持ちは分かる。

「けっ! ふざけた野郎だぜ」

 全くだ。
 ただ、気になったのが、佐原が頷いていたことだ。
 佐原が二塁にいたのでたまたま、視界に入ったのだが、何を頷いていたんだ?
 まさか、剛に同調したわけではないだろう。その行動に違和感を覚える。
 それに、いつもは真っ先に顔を赤くして剛の行動を非難する雅だが、それがない。なぜだ?
 剛は国八馬に向けて、バットをかざす。

「おい、そこのお前! よくも好き勝手にやってくれたな! 俺の必殺打法、『伊藤流唐竹割り殺法』をお見舞いしてやる!」

 剛はバットを正眼に構え、バットの先を国八馬に向けている。
 あ、あのアホ、何やってるんだ? 剣道の試合じゃねえんだぞ!
 完全に国八馬に対峙しているあの構え方、反則なのか? 一応バッターボックスにいるから、セーフなのか?

「……上等だ! ぶっ殺してやる!」

 国八馬は中指を立て、剛の勝負に受けて立った。
 なんだ? 何が始まろうとしているんだ?
 不安と期待が入り交じる中、国八馬は本気で剛にぶつけるため、ワインドアップし、第一球を投げようとして……。

「!」

 盗塁だと!
 目の端に動くものを見つけ、確認すると、佐原とが盗塁を仕掛けていた。
 まさか……最初から盗塁が目的だったのか? だから、剛はあんなふざけた態度をとり、国八馬を挑発していたのか?
 だが、剛のあの構え、まだ何かあるような……。
 国八馬はピッチャーの本能からか、フォームを変え、すぐにボールを投げた。
 ボールはチャフのミットに真っ直ぐ届き、チャフは三塁へ送球しようとした。

「きぇええええええええええええええええええええええええ!」

 うおっ!
 剛がいきなり、その場で面打ちを何度も繰り返す。その奇怪な行動に、俺はぽかんと口を開けていた。
 その間にも佐原は三塁に、雅は二塁に足を進める。
 盗塁、成功だ。

「「「……」」」
「よっしゃ!」

 俺もチャフも、国八馬も唖然としていた。
 これは明らかに妨害だ。
 そりゃあ、盗塁が成功するわな。あんな妨害されるなんて、俺もチャフも予想すらできない。
 チャフが三塁へ送球しようとしたとき、剛は素振りをした。三塁側、つまり右打席に立っている剛が邪魔で投げることが出来なかったのだ。
 馬鹿らしすぎて、今までの怒りがどこか置き去りになった。
 これ、反則だよな?

「ぷっあははははははははは!」

 淋代はご満悦そうに大笑いしている。
 俺は苦々しい気持ちで剛を睨みつける。

「剛、お前、何やっているのか、分かっているよな?」
「いやいや! 俺はアイツが俺の顔面に向かって投げてくると思って、ああいう構えをしていただけです~。アイツが俺の顔面にボールを投げていたら打ててました~。そんなことも分からないんですか~。審判やめちまえ!」

 は、腹立つわ~。
 別の意味でムカっとしてきた。このウザさ、伊藤とよく似ている。
 懐かしいが、目茶苦茶イラッとくる!

「おい、チャフ! さっさとボールをよこせ! そのガキ! ぶっ殺してやる!」
「ま、待て。今のは流石に……」
「うっせえ! 素人に毛が生えた野郎のプレイなんかにいちいち目くじらを立てるな! さっさとしろ!」

 青筋を立てて言うことか? ブチ切れているだろうが。
 ピッチャーだから特大ブーメランを投げているつもりか?
 今日一日で、一ヶ月分キレたような気がする。ちなみに、菜乃花の時は一年分だ。
 この試合が終わったら、ゲーセンに直行してパンチングマシーンに千円分つぎ込もう。もうなんでもいいから殴りたくて仕方ない。
 チャフがボールを国八馬に投げる。

「次、盗塁は使えねえぞ。チャフはお前達みたいなガキなぞ、軽く叩き潰すからな」
「HEY! HEY! HEY! カモンカモ~ン! イ○ポ野郎の縮こまった球なんぞ月まで打ち上げてやるからよ~」
「……殺す!」

 剛の下品でグレートにムカつく行動には、残念ながら合理性がある。
 剛が朝乃宮に向かって下品な腰の振りをしたのも、剛に視線を集めるためだ。
 その間に、強は一塁の雅と二塁の佐原に盗塁のサインを送っていた。
 そう推測したのは、剛がバッターボックスに入る前に、強と打ち合わせをしていたことだ。
 わざと時間をかけて国八馬を怒らせ、剛に視線を誘導していたしな。

 それに、あの正眼の構え。あれもうまくできている。
 今回は何度も素振りすることでチャフの送球を妨害したが、もし、国八馬が剛の顔面に向かってボールを投げていても、チャフの送球を妨害できていた。
 剛はバッターボックスのギリギリ後ろまでいた。
 きっと、剛に向かってボールを投げた場合、剛はバットをスイカ割りの要領で後ろの腰の辺りから、頭上、つま先と弧を描くようにバットを振っただろう。

 その場合、バットは剛の背中を通るので、後ろに構えていてチャフはバットが当たらないよう、後ろに下がるしかない。
 そうなると、ボールをキャッチするまでの時間がわずかに遅れるので、塁にボールを投げるのがそれだけ遅れる。
 しかも、剛は三塁側にいるので、チャフがボールを投げようとすると、剛が邪魔になる。

 ふざけた態度をとっているが、よくいって策士だ。悪くいえばこすい。
 国八馬の言う通り、盗塁はできないが、それでも、ノーアウト、二、三塁だ。得点のチャンスには変わりない。
 次に剛はどんな作戦を用意しているのか? 今度はバットをフツウに構え、ケツを振りながら国八馬を挑発している。
 見物だな。

 百三十の頭を狙ったボールをヒットする方法。ヒットが出れば、確実に三塁の佐原は帰ってこれる。
 まずは一点。
 国八馬は大きく振りかぶって……投げた。
 球は……。

 ガン!

「痛ぇてええええええええ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いよぉおおおおお!」

 また当てやがったのか、アイツ! もう、手が滑ったとかありえないだろうが! 剛は……。

「痛ててててててぇ! 痛ってええええよぉおお! これ、骨にヒビ入ったヤツ! マジで痛てぇよおおおおおお! ひぃいいい! 痛たたたたたたたた!」

 剛にボールが当たっ……たのか?
 それにしては音が低かったような……それにメットは無事だ。
 剛は痛い痛いと手をブンブンふりながら一塁へ歩いて行く。
 手? 手だと?

「おい! このクソガキ! 今のはバットに当たったんだろうが!」

 ば、バットだと?
 国八馬が叫んでいるが、剛は手に当たったアピールをして、一塁へ走っていった。
 ど、どっちだ?

「ほら、ここ! 赤くなってるだろ! よく見てよ! ここだよ! ここ! ここだってば!」

 剛は腕を指さすが、赤く……なっているか?
 微妙すぎて分からん。これ、さすって赤くなっただけじゃあ……。

「これは酷いね。デットボールだよ」

 左近?
 いきなり左近が現れ、剛の腕を見て唸る。ただ、この二人が言うと雲散臭い。
 とくに剛。お前の審判アピールは達川○男かと言いたくなる。

「主審、判定を。私からでは当たったかどうか、見えなかったので」

 淋代はきっと見えていたはずだ。だが、俺はマジで見えなかった。
 国八馬が投げたボールは完全に頭にぶつけると先入観があったため、見逃してしまったのだ。

 どっちだ? デットボールか? ファールか?

 大げさにわめいているので演技かもしれないが、球は確実に剛に飛んでいった。当たったことは確かだ。
 この痛がりよう、当たったのか? それとも、演技か?
 けど、狙ってバットに当てることなんて出来るのか?

「剛、さっさと一塁へ行って。俺がアイツを倒すから」

 強が俺と左近、剛の間に割って入ってきた。強は国八馬に向かってガンを飛ばしている。
 ちょっと待て、強。まだ、デットボールと決まったわけでは……。

「上等だ……いいぜ、さっさとやろうぜ、ガキ!」

 おい、勝手に決めるな!
 くそ! どいつもこいつも勝手にしやがって!
 なし崩しで剛はデットボールで一塁へ向かった。

 俺はため息をついた。
 国八馬は明らかにルール違反をしている。退場してもおかしくないプレイばかりしている。
 だからこそ、審判は公平にしておきたかったのだが……。

「バカ正直は美徳だけど、時と場合を考えなよ」

 左近、だから、俺の心を読むな。そのツッコミをするってことはやっぱり、フェイクか?
 ああっ、分かってる。ブルーリトルを勝たせるには多少の贔屓ひいきが必要だって。
 けど、それでも……。

「あんちゃん。審判」
「……おう」

 俺はスロットポジション(バッターとキャッチャーの間)に戻ることにした。
 結局、俺がさっさと判断しなかったのが悪い。これから、迅速にジャッジすればいい。
 そして、ついにエース対決の時が来た。
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