風紀委員 藤堂正道 -最愛の選択-

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九章

九話 後は任せろ その二

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 一回裏、零対二。
 ツーアウト、ランナーなし。
 バッターは……。

「俺だ」

 バッターボックスに入る。このゲームは誰が何番を打つか、事前に申請していない。つまり、誰が何番を打つのかは自由だということだ。
 ただ、一度決めた打順を変更することは出来ない。
 俺は国八馬と睨み合う。

「やっと、てめえを処刑するときが来たな」
「……」

 国八馬、てめえの暴挙を止めてみせる。
 倉永、島田、剛、強……。
 みんなの仇をとる。
 国八馬の第一球目。

 ガン!

「……」
「……デットボール」

 俺の足下にボールが落ちる。メットは二重にしているし、この程度の衝撃、御堂のパンチに比べたらぬるい。ぬるすぎる。
 それにぶつけてくると分かっていれば、痛みもこらえられる。
 呆然としている国八馬に俺は一言告げる。

「この程度か?」

 国八馬は睨みつけてくるが、無視した。

「正道、大丈夫なん?」
「ああっ。順平の張り手に比べたら天と地ほども差がある」

 塁審の順平は苦笑しているが、マジだぞ。
 順平の張り手は一発もらったら脳震盪に襲われるからな。下手したら意識が飛ぶ。

 さて、ここからだ。
 国八馬、俺は強のように優しくない。てめえの土俵で戦ってやる。
 六番打者、三橋がバッターボックスに入る。

「まあ、いい。藤堂。そこで仲間が再起不能になるのを黙って見てろ」

 ああっ……見てろ……。

「お前がな!」

 国八馬が振りかぶったのを見届けてから、俺は二塁へ向かって走った。盗塁だ。

「けっ! 知るかよ! どうせデットボールだ! 盗塁なんて意味がないとしれ!」

 国八馬がボールを投げる瞬間、三橋はその場にしゃがみこんだ。

「くそ!」

 国八馬はコースを変えようとするが、間に合わず、ボールは三橋の頭上を越える。
 チャフはボールをキャッチし、そのまま動かない。
 盗塁しろってことか? なら、遠慮なく……。

「お、おい……止まれ……止まれ!」
「ぉおおおおおおおおおおおお!」
「あんでぶふぅ!」

 俺はセカンドをまもる青島西中の野郎を全速力からの体当たりでぶっ飛ばした。
 相手は二メートルほど吹き飛ばされ、地面に大の字で倒れている。

「おい!」

 国八馬がずがずがと倒れた仲間の元へ歩いてくる。

「完全に守備妨害だろうが!」
「知るか。コイツが俺の進路を邪魔をしたんだ。走者の妨害だろ? それに素人のプレイにいちいち目くじらたてるなや」
「てめえ! 審判!」

 審判である朝乃宮がこっちにやってくる。

「なんですの?」
「あきらかな守備妨害だ! なんとかしろ!」
「……それならアウトで」

 これでスリーアウトだな。

「それだけかよ!」

 国八馬はまだ叫んでいるが、朝乃宮なら適当に受け流すだろう。
 まずは一人。
 俺は国八馬の真正面に立ち、見下しながら睨みつける。

「ああん! ぶっ殺されたいのか!」
「俺達に喧嘩売ったこと、死ぬほど後悔させてやる」

 さあ、反撃開始だ。



 二回表。
 俺は軟球のボールの感触を確かめる。
 強とよく軟球でキャッチボールをしているが、軽いな。少し物足りないくらいだ。

「おい、藤堂!」
「……」

 国八馬がマウンドにやってきた。顔が引きつっていて、今にもキレるのを我慢している顔をしてやがる。
 キレそうなのは、お前だけじゃない。お互い様だ。

「お前にとって、そんな軽い球、物足りないだろ? コイツでやろうぜ」

 国八馬が投げてきたのは硬球だ。

「軟球なんてぬるいだろ? だったら、本格的にやりあおうぜ」
「……」
「怖いのか? それとも、小学生ガキを理由に逃げるか?」
「……いいだろう」

 俺は軟球を国八馬に投げ渡し、硬球を受け取る。
 俺としても、こっちの方がしっくりとくる。

「藤堂……さっきの借りは百倍にして返してやるぜ。ピッチャーだからって、お前を痛めつける方法はいくらでもあるんだぜ? バットを投げたり、ピッチャー返しとかな。お前はガキ達を護ったつもりだろうが、守備こそ、逃げ場のない狩り場だって事をその身に教えてやるぜ」

 国八馬はツバをマウンドに吐きつけて、去って行く。
 今頃、薄ら笑いをしていることだろう。どうやって、俺達を料理するか想像して楽しんでいるのだろう。
 国八馬は大きな勘違いをしている。それを思い知らせてやる。
 俺はかるく投球練習をして、青島西中の攻撃が始まる。

「へへっ……地獄を見せてやるぜ」

 バッターはニヤニヤと残忍な笑みを浮かべながら俺を見つめてくる。
 そのニヤ笑い、どこまで続くのか、見物だぜ。
 俺はワインドアップし、第一球を思いっきり投げた。

 ガァアアアアン!

「ぽぴゅらぁあああああああああ!」
「デットボ~ル」

 ボールはメットに当たって砕け散り、バッターは地面に倒れる。
 朝乃宮はやる気なさそうにデットボールを告げる。

「山東! てめえ、藤堂!」

 いちいち怒鳴りながら目くじら立ててくるなんて、律儀なヤツだ。暇なのか?
 山東はピクリとも動かない。耳にぶつけたんだ。早々、立てないだろう。
 俺はため息をついて、倒れている山東に言葉を吐きつける。

「邪魔だ。どけ」

 国八馬が俺の胸ぐらを掴んできた。

「てめえ……正気か! 硬球で頭狙ってくるとか、キチガイか!」
「素人なんだ。わざとじゃない」

 手が滑っただけだ。勘弁してくれ。

「それなら、仕方あらへんね……」

 朝乃宮はやれやれと言いたげにため息をつく。
 その態度に国八馬はヒステリックに叫ぶ。

「ふざけるな! 仕方ないとかありえないだろ!」
「それなら、審判で多数決するさかい、少し待ってもらえます? けど、結果はデットボールになると思いますけど」

 国八馬は忌々しげに朝乃宮を睨みつけるが、無駄だぞ、国八馬。そこにいる女は睨まれた程度ではひるむわけがない。
 逆に木刀で殴り返されるのがオチだ。
 山東は再起不能で、代走の選手が一塁へ。

 ノーアウト、一塁。
 六番バッターがバッターボックスへ入ってくる。
 目をギラギラとさせ、仇討ちを狙ってやがるな。
 俺は大きく振りかぶり、第一球を投げた。

 ガッ、ガン!

「あんぽんちぃいいいいいいいいいいいい!」
「デットボ~ル」

 俺の球はまず相手の肩に当たり、次にメットに当たった。
 最初に肩に当たったため、威力は削れ、メットは割れなかった。

「猪岡!」

 猪岡は気を失わず、痛みで転げ回っている。

「おい、痛がる振りしてないで、さっさと二塁へ行け。さっさと行かないと……お前の脳天にたたき込むぞ」
「ひぃいいいいいい!」

 猪岡は泣きそうな顔をしてながら、一塁へトボトボと歩いて行く。

 これでノーアウト、一、二塁。
 ヤバい、ピンチかも。笑いがこみ上げてきやがる。

「くそがぁ! 絶対にぶっ殺してやる! おい、片利山! さっさと出ろ!」
「……嫌だ」
「んだと!」

 揉め事か?
 まだだ。まだ処刑したりない。さっさと出てこい。
 俺はマウンドをで足踏みし、さっさと出てこいと催促する。

「……アイツはやべえよ……国八馬。絶対にわざと当ててる。今度は俺が頭に当てられる……だって、俺……藤堂の弟を押さえつけた……絶対に恨まれてる……」
「ああん? シケたこと抜かしているんじゃねえぞ! それでも青島西中の野球部か、お前は!」
「……おい、さっさとバッターを出せ。始末できないだろうが。ああっ、始末ってバッターを打ち取ることな。素人だから、まあ、下手くそなのは勘弁してくれや」
「ふじどぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 さっさとしろ。
 ほら、見てみろ。朝乃宮なんて退屈そうな顔をしているだろうが。

「……」

 キャッチャーの雅が急に立ち上がり、俺のところにやってきた。
 なんだ?
 雅は俺の足の臑に思いっきり蹴りを入れた。俺はその蹴りをなんなく躱す。
 なんのつもりだ、雅?
 雅は烈火の如く、怒った。

「もう、止めてよ! こんなやった、やり返したみたいな報復! こんなの野球じゃない! 強君がやろうとした野球を冒涜してるわ!」
「雅……」

 雅は相手のベンチに向かって叫んだ。

「あんたたちも! 大の男がいつまでも卑怯なことしてるんじゃないわよ! いい加減、正々堂々戦いなさい! 私達は逃げも隠れもしない! 実力で勝ってやるわ!」

 雅の啖呵に触発されたのか。それとも正々堂々の言葉に安堵したのか、次のバッターが出てきた。

「そういうワケだから、もう、あの作戦はなし! ここからは正真正銘、全力勝負よ!」

 雅はコツンと俺の胸にグローブに叩く。
 雅……お前って、男よりも男らしいな。けど、助かった。

「ありがとな、雅」

 俺はお返しに雅の頭を撫でた。

「も、もう! やめてよね!」

 雅は俺に背を向け、大股で帰って行く。耳が真っ赤なのはご愛敬だろう。
 さて、仕切り直しだ。
 雅がくれたチャンス。絶対に無駄に出来ない。
 第一球目を俺は投げた。

 ガァアアアアン!

「あ痛ぁあああああああああああああ!」
「でっとぼ~る」

 ふぅ……終わった。
 アイツは強を押さえつけていたヤツだ。きっちり、借りを返してやらないとな。
 ボールはメットに直撃し、メットの破片が片利山の顔に突き刺さり、頭がねた。その勢いのまま、地面に倒れ込む。

 雅はぽか~んと口を開けたまま、動かない。
 朝乃宮は苦笑していた。
 俺は倒れている片利山に近づき、しゃがみ込んで耳元で囁く。

「これからは夜道を歩くときは気をつけろや……強を取り押さえたこと、死ぬまで後悔させてやる……」
「ひぃいいいいいいいいい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 謝ってすむなら裁判所いらねんだよ。
 片利山は逃げようとするが、脳震盪を起こしている為、ふらふらとしている。
 俺は片利山の肩を後ろから掴んだ。

「おい、お前が進むのはそっちじゃなくて……一塁ベースだろ? これで済んだと思うなや……」
「は……はひぃ……」

 おっ、片利山が気絶した。情けないヤツだ。

 これでノーアウト、満塁。
 大ピンチだな。ヤバイヤバイ。
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