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ステン それはただの八つ当たりである

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「いえ、あの、俺もう寝ますね」

 戸惑いが隠せない声でクウガが言った。当然だ。久し振りに会ったオレが一切目を合わせないのだから。最低限の返事ぐらいしか話すことが出来ないのだから。
 クウガは毛布をかぶって寝てしまう。そんなクウガをちらりと見てからオレは頭を抱えた。

 今までクウガとどう話していた。どう接していた。一切思い出せない。
 目を合わせたら顔が赤くなる。声を聞いたら体が固くなる。まともに対面できずにいる。

 だがいつまでもこんな態度でいるわけにはいかない。
 クウガがやろうとしていることをオレが邪魔するわけにはいかない。
 平常心でいられなければ、クウガを指導する資格がない。
 つまりクウガと会う理由がなくなってしまう。


 だがそれより前にオレが感情をコントロールしなければ、姉に殺される。
 オレは遠い目をしながら過去の記憶を思い返していた。


+++


「オレ、クウガのこと・・・・・・好きになっちまった、かもしれない」

 オレがそう自覚して姉に伝えた日。真っ赤になって頭を抱え込みながら座り込んだ。
 今までは女の子が好きだった。短小の問題で関係を持つことはなかったが、初恋だって女だった。なのにクウガが同性愛者と知って、クウガのことを思ったら腹の奥がキュウと苦しく、顔が熱く、尻の穴がひくっとする。
 これが何かなんてわからないわけじゃない。


 オレの言葉に呆然とした声を出した姉だったが、しばらくして立ち上がると


「しゃらくせえええええええええええええ」


 振り上げたかかとをオレの脳天に叩きつけた。オレの顔が勢いよく地面にめり込む。
 姉は怒りを込めながら荒い息を吐くと、大声でティムを呼びつけた。そしてオレの首根っこを掴むと引きずっていく。

「ねえ、さん。首、首しまる。自分で、歩く」
「何が悲しくて、いい年した大人の男が真っ赤になって乙女モード全開になっている姿を見なきゃいけないのよ。しかも恋で仕事に手が着かないとか、バカか。しかもそれが弟ときてる。狩りはしろよ、狩りはよ」
「待って、オレの発言に思うところは」
「確かに驚いたけど、んなのどうだっていいわよ。どうせあんた女と結婚しないんだから。そんなことよりも肉を卸してもらってるお店に謝罪よ謝罪」

「母ちゃん、ステン兄ちゃん、どうしたの!?」
「ティム、荷馬車用意しなさい。ギダンくん家に行くわよ」

 ティムがオレたちの姿を見て目を丸くしていたが、姉の言葉にすぐさま行動を始める。ティムも母親が恐ろしいのだ。
 用意された荷馬車に無理矢理投げ込まれ街へと向かっていく。その間も姉の小言で耳が痛かった。






「あーらら、いいのよ。頭なんか下げなくたって」

 居酒屋の奥さん、ティムの友人ギダンの母親であるギリアは朗らかにそう笑ってくれた。夜明けにオレが仕止めた獲物の大半はここで引き取ってもらっている。本来は前日に仕止めた獲物を翌日肉屋で売るのが普通だが、オレの場合狩りを夜明け前に行っているので少しばかり肉の鮮度がいい。

「むしろいつも新鮮な肉を届けてくれてありがたいんだから」

 ギリアの言葉にオレも姉も頭を下げながらホッとした。
 一方、ティムはきょろきょろと辺りを見回している。ギリアはそれに気づくとティムに声をかけた。

「ギダンならいつもの通り、勇者に着いて行っちまったよ。勇者に近づくなって何遍言っても聞かないんだから、あの子ったら」
「・・・・・・クウガ兄ちゃんは悪いやつじゃないよ?」

 ティムの言葉に姉と共に身を固くする。街の人たちからは勇者の評判は非常に悪い。それはクウガではなく前の勇者の所行のせいだが、未だにその感情は拭えずにいる。
 だがギリアは気を悪くした様子はなさそうだった。

「わかってるよ。ギダンが勇者に着いていって何ヶ月も経ってんだからね。勇者が悪人だったらとっくにギダンもあたしたちも殺されてるよ。最初ギダンが勇者を罵倒したって聞いたときはあたしゃ生きた心地がしなかったね」

 ギリアはオレと姉を見た。

「子供らが毎日生意気なこと言っては着いてってんだ。それだけで勇者がどういうやつかってのはわかってるつもりさ。あんたたちだってそうだろ? 勇者があんたたちの村にお邪魔してるそうじゃないか」

 その言葉にオレたちは曖昧な返事をした。
 クウガは知らないことだが、実は村の全員にクウガが勇者であることを知られている。決してオレたちが口外したわけではない。村から街に向かうのはオレたちだけではないのだ。街の話を人伝で聞き、その内容からクウガが勇者であることを知ってしまっている。オレが想像していた以上に人の伝達は速かった。
 その上であの村は気づかぬ振りしてクウガと接している。あの村では悪意や殺意に敏感だ。そういうのが一切なく、泣く赤子をあやすクウガの姿に、勇者ではなく街から来た少年として通している。

 申し訳なさそうにギリアが顔を歪めた。

「ただあたしの店も客商売だからね。お客の中には前の勇者に身内を殺された、傷つけられたって人も大勢いるもんだから下手なことは言えないのさ。ウチの店だって前の勇者に無銭飲食されるは店の物壊されるわで大変だったんだよ。おかげであたしの旦那も勇者嫌いさ。ギダンとほぼ毎日勇者のことで喧嘩しているよ」

 ギリアの言うことももっともだ。クウガでないにしても前の勇者の憎しみを引きずっている者は多い。オレだってそうだった。変なことをすれば、クウガを殺すつもりでいた。

 ーーそんなオレが、クウガを好きになるとか。虫の良すぎる話じゃないか?

 オレは拳を握りしめた。






 姉はギリアに謝罪を終えると次の場所に移動した。姉の後ろを着いてたどり着いた場所にオレは目を見開いた。
 そこはオレが一度も足を踏み入れたことのない場所。大神殿だった。

『明日大神殿を訪れろ。私が対応してやる』

 昨日サッヴァから言われたことを思い出し慌てて姉を呼び止めるが、オレの声など耳に入っていないように中へと進んでしまう。引き留めようとするが神殿の中は息の詰まるような緊張感があり、声を出すことを躊躇ってしまう。中が怖いのか、ティムは不安そうにオレの服を掴んでいた。
 姉は神官の1人に声をかける。

「もし。こちらにサッヴァという方がいらっしゃると伺ったのですが、よろしければ取り次いでいただけますか? ステンと言えば向こうもわかると思いますので」

 戸惑った表情をする神官だったが、静かにうなずいてオレたちに待つよう言ってから神殿の奥へと向かってしまう。

「姉さん、どういうつもりだよ」

 こそりと姉に耳打ちするも、姉は冷たい視線をオレに向けるも何も言わなかった。
 しばらくして呼ばれたサッヴァが神殿から現れる。しかし姉の姿を見て訝しむ表情に変わる。おそらくオレだけがいると思っていたのだろう。

「サッヴァさん。お仕事中のところ申し訳ありません。少々お話をしたいことがございまして参りました。仕事終わりでも構いませんので、お時間をいただきたいのですが」
「・・・・・・いや、急な仕事はない。一刻だけ待ってもらえるのならば退出しよう。元々呼ばれるとは思っていたからな」

 サッヴァの最後の一言はオレに向けられていた。
 違う。オレはクウガに関わらないつもりはない。そう言ってやりたかったが、この建物の雰囲気にそれはできなかった。
 サッヴァを待っている間。不安が胸の中をぐるぐるする。
 姉の考えがわからない。何を思ってオレをサッヴァと会わせた。

 一刻もかからない内にサッヴァが戻ってきた。

「お待たせした。ここでは話しづらいであろうから、私の家に案内しよう」
「ええ、お願いいたします。できればあの騎士のダグマルという方にもお声かけしたいのですが」

 サッヴァと姉の会話にオレは口を挟めなかった。
 姉が冷たい視線でオレを見ると、サッヴァと共に神殿を出るため歩を進める。
 遅れてからオレも2人の背を追いかけた。



 サッヴァと姉が神殿から出て行き、オレも神殿を出ようとしたとき。
 神殿の隅で神官見習いの少女が急にうずくまりだした。そこに別の神官見習いの少女が慌てて寄り添う。

「サヴェルナさん、一体どうしたというの?」
「ご、ごめんなさい。ゴホゴホ。実は朝から動悸息切れ頭痛腹痛胃のむかつきに生理痛と症状が波状攻撃でやってきて。回復魔法をかけても治らないようなの。ゴホゴホ。これは一度家に帰らないと治まらないみたい。ゴホゴホ」
「まあ、それは大変。サヴェルナさんほどの方がそんな風になるなんて。悪い病気かもしれないわ。安心して。上には私の方から伝えておくわ。だからサヴェルナさんは家に帰ってしっかりとお休みなさい」

 うずくまっている少女の背をさすった後、励ましていた少女は小走りで奥へと向かっていった。残された少女は「やったっ」と小さくガッツポーズをとっていた。
 ・・・・・・あのサヴェルナという少女、どこかで見た気がするのだが思い出せなかった。







 ダグマルと合流し、ティムはクウガやギダンたちのところに預けるとサッヴァの家へと集まった。ここに来たのはオレがクウガを指導することを説明したとき以来だった。あのときと違うのはクウガがいないということ。2人掛けのソファにオレと姉、そしてサッヴァとダグマルが座る。

「突然ですが、クウガくんへの指導。私たちは手を引かせていただきます」

 姉の発言にオレは目を見開いた。

「姉さん!?」
「・・・・・・それは、昨日私が言った内容のためか?」

 サッヴァの言葉に、姉は不審に目を細めた。姉にはクウガがゲイであるということを伝えていない。サッヴァがオレに視線を向けたので、小さく首を横に振ることで返した。それで理解はしてくれたらしい。
 今度はダグマルが口を挟む。

「じゃあ何だって辞退する話になったんだ? クウガに問題があったか、それともそっちの問題か」
「完全にこちらの問題です。クウガくんに何の非もないわ」
「待ってくれ姉さん。そもそもオレはクウガを教えないなんて一度も言ってないだろ」

 勝手に進む話に我慢できずに割り込むと、姉の冷めた目がオレを射抜く。
 その咎めるような視線は朝の発言のせいなのか。オレが、クウガを好きって言ったからか。そこまで責められる話なのか。
 オレの疑問は口にはしなかったが、姉には筒抜けらしい。ため息を吐かれた。

「朝も言ったけど、あんたが誰に対してどんな思いがあっても私は心底どうでもいいわ。それが罪悪感だろうと恋慕だろうと何だろうとね。でもね、そういう問題じゃないのよ」
「姉さん、それはっ!」

 姉の言葉に顔が赤くなる。やめろ。自覚したのだって数時間前だってのに、他人の前で、それもクウガと深く関わりのある2人の前で言うことじゃないだろ。
 しかしオレの眉間を姉が指で押さえる。

「ステン、あんたの腕は確かよ。狩人としても射手としても、あんたの力は抜きん出てる。でもね、あんたは感情で行動しやすいのよ。街中での魔獣のときもそう。あのときはクウガくんがいたから無事だったけど、自分の気持ちだけで勝手なことしそうなのよ。今のあんた、クウガくんと正面から顔合わせられるの?」
「そ、それは」
「んな乙女モード全開で狩りができない、指導が出来ないなんてなったら恥ずかしいったらありゃしないわよ。ってか狩りはしなさいよ。あんたが結婚しないから私は狩りに出ないで身の回りのことやってんのよ。わかってんの、このバカ!」

 しゃべっている内に怒りが湧いたのだろう。姉は立ち上がって魔物のような形相でオレをにらみつけていた。姉の中ではオレが同性を好きになるということよりも、狩りに出なかったことの方が問題だったらしい。
 ・・・・・・・・・・・・はい、全面的にオレが悪かった。

 するとダグマルが呆れたような顔をする。

「つまり、クウガを変に意識して普段通りにできないってわけか。どんだけ童貞拗らせてんだ」
「うるさい」
「ってか気に食わねぇな。自分ばっかクウガを好きって思ってんのか?」

 ダグマルの発言にその場が沈黙する。だがダグマルは気にすることなく続けた。

「こっちはあいつが勇者じゃなくなったら狙うつもり満々だってのに」

 そしてその言葉に絶句した。

「俺はいろいろあって結婚するつもりねぇからな。子供なんて以ての外だ。でも男だったらリスクはねぇだろ。クウガだったら普通にイケる」
「な、おま・・・・・・」
「だからといってクウガを教えるのに甘えも手抜きもしねぇぞ。それとこれとは話は別だ。支障が出るならクウガを村に連れて行くのはやめろ。時間の無駄遣いにしかならねぇ」

 ダグマルの言葉に返す言葉もなく、オレは視線をサッヴァへと向けた。
 サッヴァは思案顔でダグマルを見ている。その表情には驚きも嫌悪もない。
 そしてその視線がオレにも向けられた。思考を読まれるようなその視線に耐えきれず顔をうつむかせる。

「それで、お前はどうしたいのだ。ステン」

 サッヴァの声に息を止めた。

「姉の言葉も、ダグマルの言葉も当然だ。だが、お前自身はどうしたい。ただ言われたことに素直に従うような男には思えなかったが」
「オレは」

 言葉を止めてしまう。
 出来るか? 出来るのか? そう言い切れるのか不安になった。
 オレは感情で動きやすい。自覚してるし、ティムを危険な目に遭わせて懲りている。そんなオレが普通にクウガと対応できるのか?

「クウガに迷惑をかけない自信があるか? クウガの邪魔をしないと言い切れるか?」
「・・・・・・オレは」
「お前自身の気持ちで答えろ。出来ぬならクウガと会わせるわけにはいかない」

『二度とクウガとは顔を合わせないよう熟考する』

 昨日サッヴァに言われたことを思い出した。


「イヤだ」

 気づけばそう口にしていた。クウガと会えなくなるのはイヤだった。
 一度口にしてしまえば、決意するのは速かった。

「オレが、気をつける。指導するのに問題は起こさない」
「言い切れるな?」

 サッヴァの問いかけにオレはうなずいた。
 姉はまだ納得しきっていない顔をしていたが、オレの言葉に諦めたのだろう、深いため息を吐いただけで文句は言わなかった。言っても無駄だとわかったのだろう。

「どうせ私がフォローしなきゃいけないんでしょ。ああ、気が重い」

 ぼそりと姉がつぶやいた言葉は聞かないことにした。
 サッヴァはオレの言葉に納得してくれたようで、目に鋭さはなくなった。
 だがまだサッヴァのまとう空気は重い。

「それで話は変わるが、実はクウガのことでーーーー」

 そう話が展開しようとしたとき。
 突然、部屋の扉が開いた。部屋の向こうから先ほど神官見習い、サヴェルナがいた。そこでやっと少女がサッヴァの娘だと思い出した。

 サッヴァがギョッとした顔でサヴェルナを見る。

「何故お前がここにいる!?」
「私初めて仮病使ってみたの。悪いことしちゃったって心臓がドキドキしてるわ」
「そういうことを聞いてるんじゃない!」
「そんなことよりお父さん。2人がクウガさんへの気持ち伝えたっていうのに」


 サッヴァが慌てて立ち上がり駆け寄るも、娘の言葉の方が速かった。



「何でお父さんもクウガさんのことが好きだって言わないのよ!」



 勢いよく娘の口を閉ざすサッヴァだったが、残念ながら内容は丸聞こえだった。

 おい、おい、おい、おい。
 オレは目の前のテーブルに拳を叩きつけ立ち上がる。

「お前もかよ!!」
「1人だけ涼しい顔して結局同類じゃねぇか、このムッツリ親父が!!」

 オレだけでなくダグマルも立ち上がっていた。

「私は違う! 娘が勝手に言っているだけだ!!」

 娘の口を塞ぐサッヴァだったが、その顔の焦り具合と大量の汗をかく様子に真実がどっちかなど簡単にわかる。
 姉が疲れ切ったように口を開いた。

「・・・・・・もう、どうとでもなれや」


+++


 ・・・・・・・・・・・・あのときのことを思い出すと頭が痛くなる。
 あの後にもしたのだが、混乱極めたあの状況の印象が強すぎた。
 何が悲しくて1人の男に、いい大人が3人も言い寄ってんだ。
 それに自分も混ざってると思うと頭痛が治まらない。

 というよりも、本当にこれは恋に当たるのか。オレは頭を押さえて考える。
 エロい方向に思考が流されているだけなんじゃないか。ただオレの尻にクウガの指を・・・・・・だからその考えがおかしいんだよ。バカかオレは。

 ちらりと荷馬車の方を見る。オレから離れた隅で毛布をかけて眠っている。
 オレは手綱を縛ってクウガのそばへと寄った。意識して気配を消しているわけではないのだが、クウガはオレに気づかず眠っている。だから寝てても気配は察知しろって言ってるだろうが。
 オレはあぐらをかきながらクウガの寝顔を見る。幼いが男の顔だ。ほっぺをつついてみるが起きそうにない。

 起きそうにない。その事実にオレの心臓が強く打つ。
 クウガの顔を見た。警戒心のない顔に、オレの視線が釘付けになる。

 好きかどうか、確かめてもいいんじゃないか。
 キスしたら、自分の勘違いかわかるんじゃないか。

 オレは唾を飲み込んで、クウガの顔にオレの顔を近づける。
 速くすればいいのに、恥ずかしくてどうしても動きが遅くなる。止めた呼吸で、鼓動する心臓で、胸が痛い。
 クウガの唇にあと少しで、触れるというとき。

「ステン、さん?」

 クウガが目を開け、至近距離でオレと目が合った。クウガの呼気がオレの顔に触れる。
 何で、何で、このタイミングで起きてんだよお前は。慌てて聞けば気配を察知して目が覚めたという。もっと早く起きろよ。
 クウガの顔が見れず急いで運転へと戻ろうとすると、クウガに手を掴まれた。

 ぶわっと体温が上がる。全体がぞわぞわっとして、汗が止まらない。
 焦ったオレはクウガを突き飛ばしてしまう。
 しまったと思ったときは遅く、突き飛ばされたクウガは荷馬車から落ちようとしていた。すぐさまクウガの腕を掴み引っ張れば2人して荷馬車の中で倒れ込む。

 ・・・・・・しかもオレの股間にクウガの顔が当たる形で。
 クウガはすぐさま離れ謝罪してくれたが、オレはもう動く気力すらなかった。必死に顔を隠して横たわる。
 顔が当たったときにクウガの息でオレのものが多少反応してしまったのだが、良くも悪くも短小のせいで目立つことはなかった。そんな事実に泣きたくなった。






 不安を覚えながらの指導だったが、思いの外上手くはいった。
 むしろ狩りやナイフや弓を教えているときは、それらに集中できているので指導ができないという問題はなかった。
 だが問題があるとすれば、指導ではなく普段のときだった。

 完全なる無言。クウガと目が合わせられないでいるオレも、これは気まずく思える。そもそもオレのせいで空気が重い。
 いつもと違うと思ったのはティム同じだったらしい。「喧嘩した?」と聞かれたので適当に返していたら、クウガの方から話しかけられた。

「俺が悪かったんですよね。あの、朝のあれとか。昨日は行きの荷馬車でも失礼なことして。あの、変なことしてすいませんでした」

 そして何故かクウガから謝罪の言葉が飛び出した。
 待てよ。何でお前が謝るんだよ。全部オレから仕出かしたことだろ。お前はいつだって巻き込まれてるだけだろうが。
 クウガの口から指導をやめるような発言が飛び出したとき、無意識にオレは否定の言葉を叫んでいた。

 会えなくなるとか、声が聞けなくなるとか、そんなのはイヤだった。

「これからもステンさんに教わっていいですか? 嫌々とかじゃありませんよね?」
「当たり前だ」

 オレの言葉にクウガは安心したようだった。
 むしろお前の方がイヤじゃないのか。最初はお前を憎んでて、オレの悩みに巻き込んで、そして好きになってしまったオレが。お前を振り回しているオレが。

「ステンさん。改めてよろしくお願いします」

 その言葉は以前にも言われたことがある。あのときはクウガのことなどまったく知らなかった。まだ信頼できなかった。こんな気持ちになるなんて思わなかった。


「ク、クウガ。オレは・・・・・・。あのさ、オレ、もしかしたら」

 クウガと目が合って、顔に熱がこもる。上手く話せず、片手で顔を隠す。
 姉にも言われていた。オレは感情で行動しがちだと。
 こんなこと今口にしていいことじゃないのに。問題は起こさないと言われているのに。



「オレ、オレは・・・・・・・・・・・・」

「おっ、ステンいるんじゃねぇか!! 見てみろよ、この大物! オレが1人で仕止めたんだぜ! すっげぇだろ!」



 突如現れた不愉快な声に、オレの思考が停止する。
 ふとディボルトの野郎が獲物を担ぎながらクウガと話している。

 ひくっとオレの口端が動くのを感じた。徐々に怒りが沸き上がっていく。視線はディボルトに定まったままだ。


 こいつがオレを短小でからかい、そのせいでオレは毎日オナニーするようになった。
 そのせいでオレは短小童貞のまま結婚する気をなくした。
 そのせいでクウガに短小であることを気づかれた。
 そのせいでクウガから前立腺の刺激を教わって見事ハマってしまった。
 そのせいでクウガを意識するようになって、普通に話せないでいる。

 全部ディボルト、テメェのせいだボケがああああああああああ。

 殴りかかったオレにディボルトは応戦する。

「ステン、テメェこの野郎。いい加減にしろよ。せめて説明しろよ。オレが一体何したってんだ」
「テメェの存在がすでに罪だ」
「存在から否定かよ。じゃあこっちからも言わせてもらうけどよ。オレだってテメェに不満があんだからな。この前上の娘から『おおきくなったら、ステンおじちゃんと結婚する』って言われたんだぞ。そういうのって普通パパと結婚するって言うのが普通だろうが。ふざけんじゃねぇぞ」
「知るかあああああああ」



 しばらくディボルトとの喧嘩が続く。

 そして互いにボロボロになったとき。オレの拳がディボルトの頬を殴り、その体が吹っ飛んでいく。その吹っ飛んだ先にいる人を見て、オレの怒りがみるみる落ち着いていく。
 その人は吹っ飛んだディボルトを華麗に避けた。ディボルトの体はその人がいた地点に落ちていく。

「何やってんのかしら。あんたら2人は」

 姉はにっこりと笑いつつ、ドスの聞いた声で尋ねた。
 今日は姉が代わりに街へと行く日であった。しかし家庭でやることが大量に残っているため、姉はいつも馬を飛ばして寄り道せずに帰ってくる。

 姉は笑顔のまま、地に転がったディボルトの腹部を容赦なく踏みつけた。「あべしっ」と苦痛の声をあげてディボルトは動かなくなる。姉は早足で駆け寄ると、オレの腹部に拳を入れた。直撃する前にその拳を受け止める。

「ステン、あんた何私の攻撃受け止めてんの?」
「姉さん、暴力はやめよう。暴力は何も生み出さない」
「さっきまで喧嘩してたのは誰だ」

 そして拳を引いたかと思えば、姉の足がオレの顔の真横にあった。姉の足技にオレは意識を失ったのであった。





 オレが意識が戻ったとき、姉から何か言われたのか。

「ステンさんの様子がおかしくても俺大丈夫ですから。むしろ病なのに俺のこと指導してくれてありがとうございます」

 そう言ってクウガはオレを真っ直ぐ見つめた。
 病気ではないと言いたかったが、熱くなった顔では否定することはできなかった。

「・・・・・・指導するときはちゃんとやるので、それ以外は見逃してください」

 その言葉はクウガにではなく、そばにいる姉と監視しているであろうサッヴァに向けたものだ。
 きょとんとするクウガの顔を直視できず、オレはその頭を撫でることで誤魔化すのだった。
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