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クウガ 耐えて耐えて耐え抜いた

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 駆け抜ける馬。蹄の音は止まることはない。
 ロッドの体に腕を回して振り落とされないように必死だった。そして。

「ケツが痛い!」
「うるっせぇよ!」

 俺の叫びにロッドが怒鳴り声をあげた。
 だけど本気で痛いんだよ。こちとら初めての乗馬なんだぞ。俺は武豊じゃねぇんだよ、ボケ。

「ああああ、ケツが、ケツが死ぬ。明日からもうウンコできない」
「ううるせぇつってんだろ!! 心配しないでも着いたら痛みくらいは取ってやるわ! だから黙ってろ、俺の近くで叫ぶな、ウンコって言うな!」

 ロッドの方がうるせぇよ。だが、それは言わないでおいた。
 ふとロッドが思い出したかのように話しかける。

「つーかよ、何でお前は動けたんだ? 体が小さくても男だろお前」

 その内容に俺は言葉を詰まらせる。
 だが、既にもうサヴェルナたちの前で理由は話してしまった。しかも暴露したときには騎士団の副隊長であるエマや他の女騎士たちもいた。ここで話さなくたって、いずれはバレるんだろう。

「実は、俺・・・・・・男が好きでさ」
「・・・・・・は?」

 みんなそういう反応するよね! そうだよね、同性愛者なんていないもんね! 知ってた!!

「魔物の能力がどうやら女が好きなやつ限定みたいでさ。俺、男が好きだから効かなかったみたいんだよ」

 俺の発言を黙って効いていたロッドは、ガシッと腰を掴む俺の手を掴む。

「言っとくが、俺は普通に女が好きだからな!」
「言われなくても誰がお前に欲情するか。こっちにだって好みぐらいある。ロッドよりもさらに年上が好みなんだよ。若くても20代半ばじゃなきゃ好みの範囲にならないから」

 だから頼むから振り落とすなよ。馬から落とされたらガチで死ぬから。ステンが使ってる似馬車のスピードなんて比べものにならないくらい速いから。
 俺の発言か、それとも現状からか、ロッドは舌打ちすると俺の手を離して手綱を握り直した。

「本当に俺は対象外なんだな。あと親友はお前と同い年だけど、そっちも大丈夫なんだな?」
「しつこいな。少なくとも俺より5以上は年上じゃないと無理だっての」
「じゃあダグマル隊長は好みなわけか?」

 ロッドの言葉に俺は黙ってしまった。その通りだよ。
 俺の沈黙を是ととったロッドはため息をついた。

「まあ、ダグマル隊長ならいいけどよ」
「いいのかよ。隊長だろ」
「ぶっちゃけ俺や親友にそういう目を向けられなきゃ別にいいや。むしろダグマル隊長なら喜ぶんじゃね? お前、可愛いって言われてるし」

 ダグマルが言う可愛いっていうのは、絶対動物的な可愛さだからな。さっきのデコチューだって飼ってる犬猫にするようなやつなんだろ。複雑だよ本当に。
 ってか、別にいいやってお前。

「気持ち悪いとか、ないのかよ」
「いや、気持ち悪ぃけどさ」

 キッパリと言われた。いや、わかってたけど。こうはっきり言われると、傷つくような、でも逆に清々しいような。
 ロッドは顔と体をひねってこっちを向いた。

「そもそも俺は勇者が嫌いだって言ってただろ。だからそれに男が好きって要素がプラスされようが俺としては変わんねぇんだよ。元々お前に対していい印象はねぇからな一切」
「ギダンといいお前といい、俺のこと酷く言い過ぎじゃないか!?」
「俺に対してそういう目で見ないんだろ。ならお前が男が好きとか、クソがつくほどどうでもいいんだよ。どうせお前だって何も変わらねぇんだろ。小さくて頼りない、努力しか能のない何考えているかわからない、勇者の称号だけ持ってる普通の人間だろうが」

 呆れながらロッドが口にした言葉。
 それに俺は驚きと同時に安堵してしまった。こいつ、ある意味凄いわ。

「これだけは言っとくぞ。俺や親友に変な目を向けたらぶっ殺すからな」
「安心しろよ。それだけは絶対にあり得ないから」

 わき腹を軽く殴ってやった。ロッドからは文句を言われたが、聞こえない振りをした。俺と似たような年齢のやつで、兄ちゃん以外に安心したのは初めてだよ。バーカ。






 門へと差し掛かる。すると門には女騎士たちが立っていた。近づく俺たちに槍を向ける。
 ロッドは馬を止めて声を出す。

「第3部隊のロッドと申します! 緊急のため開門をお願いします!」
「ならぬ! 後ろにいるのは勇者ではないか! そのような者を断じて王都に入れてなるものか! そもそも何故動ける!? 今男は動けぬはずであろう!」

 女騎士は声を荒げる。当然だ、騒ぎに乗じて王都に進入しようとしているようなものなのだから。
 そこでロッドは腰に掲げている剣を外すと女騎士に見せる。普段ダグマルが腰に掲げているときには見えない位置。そこに刻まれている紋章を見て女騎士はギョッとする。

「リッスン公爵家の紋章!?」
「入れていただけますか?」
「し、しかし、上の承諾がなければ」
「このような状況でそんな悠長なこと言ってられますか!? それと公爵家に逆らえる人間など、陛下以外にはあり得ません! 陛下と話を通すとでも言うのですか!?」

 女騎士たちは互いに顔を見合わせ、しかし悔しそうに動き出した。そして門が開き出すとロッドが再度馬を走り抜けた。
 だが、それよりも俺は確認したいことがあった。

「・・・・・・公爵家?」

 先ほどのやりとりであがったキーワードに、俺は耳を疑った。
 しかしロッドは特に気にすることなく口にする。

「ああ、ダグマル隊長は元々公爵家の出だぞ」
「いいえええっ!? え、こ、公爵!?」

 思わず声を荒げてしまった。名字があって、貴族ということは知っていた。だが待って、公爵家って貴族の階級で1番偉くなかったでしたっけ!? えっ、今俺知ったんですけど!?

「確か隊長の高祖父が当時の陛下だったはず」
「しかも血筋!?」

 あ、だからダグマルはロッドと剣を交換したのか。
 貴族の最高位である公爵家、それも王家との親類である家だから、勇者の俺が王都に入るのも無理矢理許可させちゃうわけか。今が緊急事態だから強引に動かしたってのもあるかもしれないが。

「おい、勇者。一応言っておくけどな。ダグマル隊長が貴族であることを利用したことなんて一度もねぇからな。貴族だってひけらかすことも威張ることもなく、実力だけで隊長になったんだからな。勘違いすんじゃねぇぞ」

 ロッドの声が若干低くなった。怒鳴るようなものではなく、心に怒りを留めているようなそんな感じだ。
 俺は「わかった」と深くうなずいた。それ以外の言葉は不要なんだと感じた。





「あそこだ」

 ロッドの言葉通り神殿が見えた。俺が召還されたときもあの建物から城へと向かった記憶がある。
 もう少し、そう思ったときに俺は息をのんだ。

 神殿の出入り口付近には既に大量の魔物が押し寄せていた。しかしどうやら魔法壁のようなもので中への進入は出来ないようである。ほっとした俺に対して、何故かロッドは舌打ちをした。
 どうしたのかと問えばロッドは苛立ちながら答える。

「魔法壁は魔物に対してはあまり有効じゃねぇんだよ。人間相手ならよっぽどの魔力の持ち主でない限り入れねぇが、魔物なら進入する際に力は激減するが入ろうと思えば入れるんだよ。魔物の数が少ないならともかく、今みたいに無尽蔵に現れる状態じゃ最悪だ」
「え、じゃあ何でやってるのさ」
「一応弱い魔物は入ろうとすれば消滅して、強い魔物も一気に弱体化する。防戦一方ならありっちゃありだよ。ったく逃げ腰の軟弱者集団が。これだから神官は嫌いなんだよ」

 ロッドが苛立った声で口にした。・・・・・・うん、ここにも騎士と神官の確執があったよ。サヴェルナも騎士嫌い発言してたよな。
 魔法壁で阻まれた魔物は、そばにいる魔物を食い出した。そして力を蓄え、ロッドの言う通り、魔法壁を抜ける魔物がちらほらいる。神殿の壁は至るところに穴が開いている。

 魔物から多少離れた場所でロッドが馬を止めた。

「おい、詠唱魔法教えろ。炎のやつだ」
「え、どうして」
「この状況じゃ魔力はできるだけ節約したいんだよ。でも詠唱魔法なんてガキの頃に覚えた程度で、とっくに忘れちまってんだ」

 ロッドの言葉に俺は納得し、説明する。
 そしてロッドはその言葉を覚えると、右手を前方の魔物たちに向けた。

「我は清廉なる赤き魂に問う。この地に光と熱をもたらした偉大なる精霊よ。古代より閉ざされた門を今ここに開き、その栄誉を受け歩を進めよう。出よ、炎を生みし者フレイアースト

 そして炎の詠唱が終わる。
 すると神殿前にたむろっていた魔物が湧き出る炎によって燃え散った。
 ・・・・・・お、俺だってサッヴァの魔力さえあれば、あれぐらいできるもん。

 そして魔物がいなくなった隙に馬で神殿前まで駆け寄った。だがここで先ほど話題にあがった魔法壁が問題となる。俺とロッドが馬から下りて近づくが行く手を阻まれる。ロッドが拳を壁にドンと叩きつけた。

「だあああ、面倒なことしやがってよ! 俺らも入れなくしてどうすんだよ!」
「ロッド、これ解けるか?」
「バカ言うんじゃねぇよ。そもそも騎士に高度な魔法を求めんな」

 ロッドが試しに剣で斬りつけようとするが当然のごとく弾かれる。

 ここに来て行き止まりかよ。
 ここまで来るのに、いろんな人の手を借りたのに。いろんな人が死んだのに。
 いろんな人に託されたのに。

 俺は怒りのままに拳を魔法壁に叩きつける。いや、


 スカッ

「え・・・・・・っ?」

 弾かれると思っていた拳は、そのまま壁の向こうへとすり抜けていく。そしてその勢いに思わず体も壁をすり抜けた。
 体が壁をすり抜ける瞬間、心臓がキュッと縮む感覚がした。そしてみぞおちからの激痛が走り、肩や首や腕に詰まったような痛みを感じた。発作のような痛みに俺は壁の向こうで倒れ込んだ。胸を押さえ込み、ヒューッヒューッという小さな呼吸しかできない。

「お、い・・・・・・おい、大丈夫かよ!?」

 ロッドがドンドンと壁を叩きつけるがビクともしない。
 俺は痛む体に鞭を打って立ち上がる。

「だ、だいじょうぶ」
「なわけねぇだろうが。に、しても何で中に・・・・・・」

 何故中に入れたのか。ロッドはそう尋ねようとしたのだろう。だが、俺もよくわかっていないので答えようがない。ロッドは途中で口を閉ざし首を横に振った。尋ねても意味がないと思ったのか、それともそんな暇はないと思ったのか。どちらかはわからなかったが、真剣な顔で俺を見た。

「んなこと聞いてもしょうがねぇよな。おい、俺が着いてやれるのはここまでだ。後はお前に任せるしかねぇ。マジで頼んだぞ」

 そしてロッドは俺に背を向けた。

「中に魔物がいたら、お前がどうにかしろ。その代わり神殿にはもう魔物は入らせねぇ。だけど死ぬなよ。俺はまだお前に約束を果たしてねぇんだからよ」
「やく、そく?」
「言っただろ。俺の親友と、そいつがやってるパン屋紹介するってよ。俺を約束を破る男にするんじゃねぇぞ」

「ーーロッドも、死ぬなよ」

 俺の言葉にロッドは軽く笑い声をあげた。

「だから言ってんだろ。俺を約束を破る男にするんじゃねぇよ。大体ダグマル隊長に剣を借りたままなんだ。返さなかったら、そっちの方が殺されるっての」

 ロッドの言葉に俺は深くうなずいて、ロッドに背を向け神殿の中へと進んでいった。



+++

 神殿の中は妙な静けさがあった。そして奇妙なことに人も魔物の姿も見えない。そして人の死体も。だけど血生臭さは漂っている。

「とりあえず、奥に。ってか、心臓、いてぇ」

 全力疾走とは違う息苦しさ。胸が痛い。あの魔法壁を抜けてから立って歩くのがやっとだ。壁に手を当てながら進んでいる。
 部屋の奥の方に扉がある。扉といっても全壊してしまっているので、扉とは言い切れないが。あの向こうがスタッフルームだろうか。まずはあそこに向かおう。
 扉の向こうへ出るとずっと先まで続く廊下と階段が見える。サッヴァはどこにいる。虱潰しで探すしかないのか。そう思っていたら階段の陰から突如何かが飛び出した。俺はとっさに剣に手をかける。
 しかし飛び出したのは魔物ではなく、神官の服に身を包んだ女性だった。サヴェルナが着ているものと少しデザインが違うため、見習いではなく本職の神官なのだろう。

「な、何で勇者がここにいるのよ!?」

 右手を俺に向けた女性は、半ばパニックになりながら怒鳴った。俺は息苦しさと痛みにちゃんとした返事ができそうになかったので、両手をあげて抵抗しないことを表現する。

「魔物が現れて、今度は勇者!? なんなのよ!? 殺させないわ、私の旦那は絶対に殺させないわよ!」

 女性の言葉を聞いて、俺は女性の奥にいる、物陰でうずくまっている男性の姿を発見した。やはりこの騒動で動けずにいるようだ。顔を歪めながら俺を見ている。
 俺は深く呼吸をする。脳に酸素が上手く渡らずクラッとする。しかしそれでも俺は叫んだ。

「うご、け」

 叫んだつもりだったが、声は小さく途切れてしまった。しかしそれでも届いたのだろう。男性は急に軽くなった体に目を見張って俺を見返す。女性も違和感に気づいたのだろう、男性の方を振り返った。
 俺は続けざまに声を出す。

「しゃべれ」

 それだけで息が苦しくなって膝をついてしまった。胸を押さえて体を前に倒してしまう。床に額をぶつける。痛い。痛くて、気持ち悪い。

 しかしその痛みも気持ち悪さも、急に消え去っていく。そして同時に感じるのは温かさ。この感覚を俺は知っている。回復魔法だ。

「大丈夫かい?」

 俺が顔を上げれば先ほどの男性が、俺に魔法をかけてくれていた。そばには女性もいて、男性が動けて話せるようになったことで落ち着きを取り戻したようだ。

「ありがとう、ございます」
「お礼を言うのはこちらの方だよ。それよりさっきの力は?」

 男性の言葉に、俺はここに来た目的を思い出した。

「あの、サッヴァさんは!? サッヴァさんさえ動けるようになれば、この事態を覆せるかもしれないんです!」

 俺の言葉に、2人もハッとした顔で互いの顔を見合わせた。きっと、この男性のことがなければ俺の言葉は信じられなかっただろう。だが今なら、俺の言葉が本当だとわかってくれるはずだ。
 女性が立ち上がり、階段を見た。

「サッヴァさんなら21階の部屋にいると思うわ」

 ・・・・・・エレベーターないですよね。徒歩で21階はキツいんですが。
 でも回復してもらったんだ。やらないと。
 俺は立ち上がろうとして、しかし急に生じためまいにまた座りこんでしまう。
 女性が慌てて男性を見た。

「ちょっとあなた。回復魔法かけたんじゃないの?」
「もちろんかけたさ。ただこれは、ただの体力低下じゃない。おそらく魔力を一気に消耗したことによる疲れだ。回復魔法だけじゃ、この疲れはとれない」

 あれ? 俺、魔法は使ってないはずなんだけど。
 男性の言葉に疑問が浮かぶが、それを口にする前に俺の視界が急に高くなる。
 女性が俺をおんぶし始めたのだ。

「仕方ない。私がこの子運ぶわ。あなたは魔力まだまだ使えるでしょ。神殿内のどこに魔物が潜んでいるのかわからないのだから、サポート頼むわよ」
「ああ、わかってるよ。むしろ今の今まで君に無理させてしまって申し訳ないね」
「それにしても僕、ちゃんとご飯食べてるの? 軽すぎて心配なんだけど」

 女性の質問に俺は苦笑で返した。
 すいませんね! 体つきも体力も軟弱で!!




 おんぶ状態で階段上りました。楽だけど、これでいいのか俺は。楽だけど。
 階段を上っている途中で魔物や、魔物を待ち構えていた神官と遭遇した。俺1人だったら魔物に遭って殺されたか、待ち構えた神官に殺されたかもしれない。
 上がっていくときに、俺は何故魔法壁を張っているのか尋ねた。そしたら速攻で女性が「生き残るためよ」と答えた。

「魔法壁が魔物にとって有効じゃないのなんて、みんなわかってるわ。それでも神官長は魔法壁を張った。できる限り生きる時間を稼ぐために、もしかしたら何かが変わるかもしれないって思ってね。現に僕のような救世主が現れたんだし」

 その救世主、おんぶされてるんだけど。それはいいのか。
 そのままおとなしく、20階まで運んでもらったとき。その階に2足歩行の魔物がいて、別の女性神官を襲っていた。男性がその方へ魔法をかけようとしたとき、何かが階段を駆け上がる音が響いてきた。女性が後ろを振り返る。飛びかからんと走り込んだのは四足歩行の獣型魔物だ。女性は俺をおんぶしたまま、その魔物の体を風魔法で切断する。魔物の姿が消えたと同時に女性がその場で座り込んでしまう。
 よく見れば女性の息は荒く、汗も凄い。確かに今の今まで隠れながらとはいえ魔物を倒し、そして俺を背負ってここまで上がっていたんだ。疲れない方がおかしい。
 男性も女性のことを気遣って、膝をついて目線を合わせる。
 俺は女性の背から降りた。

「1人で、行きます」

 俺の言葉に男性は、女性と俺を交互に見ながらどうすべきか思案していた。
 女性は旦那と言っていた。おそらく夫婦なんだろう。俺をサッヴァのもとへと連れて行かなければならないとわかっていて、それでも奥さんのことが心配なんだろう。

「あと、1階。だいじょうぶ、です」
「ーーすまない」

 男性は深くうなだれて俺に謝罪する。
 俺は階段へと足を進めた。



 持っている体力すべてを使い切るように、階段を上がっていく。たった1階がそびえ立った坂道のように感じられる。登り切れば、荒い息とめまいと息苦しさが襲う。吐き出すような声が出たが、吐瀉物はなく唾液だけが口から垂れただけだった。

 何で、ここまでがんばってるんだろう。
 数歩歩き出したところで壁に体をぶつけ、腰を下ろしてしまった。


『もうやめてしまったらどうだい、勇者なんて』

 あの男の言葉が浮かんだ。

『蔑まれて疎まれて傷ついてまで、しがみつく必要ないじゃないか。もっと自由に、責任なんて感じずに、やりたいことだけをやればいいじゃないか。せっかく異世界に来たんだ。好き勝手に生きて何が悪い。この世界の人間が傷つこうが犯されようが死のうが君の知った話ではないし、むしろ君の境遇を考えれば当然のことだと僕は思うよ。だって君はとっても可哀想だからね』

 力が、入らない。
 俺あのとき何て返していたっけ。そうだ、何も言い返せなかったんだ。
 そうだよな、って思ってしまったんだ。
 何で俺がこんなこと、って思ってしまったんだ。





『ーーありがとな』

 ついさっき言われたお礼と共に、ダグマルの顔が浮かんだ。

『死ぬなよ。ほんと、頼むから』

 真っ赤な、でも悲痛な顔したステンが浮かぶ。
 サヴェルナやロッドや、ギダンや他の子供たちの顔が浮かぶ。

「俺は、いてもいい存在ですか」

 俺は思わず口に出していた。

『当然だ』

 サッヴァの言葉と顔が思い浮かんだ。



 ガスッ

 俺はエマから借りた剣を取り出し、その場に刺した。剣と壁を使って体を起こす。
 苦しいし痛いし、体は休めと警告を出している。でもそれを全部吹っ切った。

「やるべきことをやる。・・・・・・そう思ってたけど、そうじゃない」

 四足歩行の魔物が現れる。俺の姿を見て、牙を剥き出しにして駆け寄った。

 俺は呼吸を整える。負の感情はすべて排除する。ステンに教わった。
 魔法のイメージは目の前のことに集中させる。サッヴァに教わった。
 そして剣の使い方は、ダグマルに教わった。

「俺がって、そう思ったからやってんだよ」

 俺は床に刺した剣の柄を握る。
 そして向かってくる魔物を、斬り捨てた。
 霧散していく魔物を最後まで見ずに俺は足を進めていく。本当は走りたいんだけど、足に力が入らなくて頑張っても速歩きだ。
 サッヴァの部屋を探さないと。そう思ったとき、近くで扉が破壊されていくような音が耳に入る。イヤな予感がして、そっちに進行方向を変えた。



 魔物がいた。2足歩行の凶暴化しているやつ。ちょうど俺が見たのは、とある一室の扉を破壊し終えたタイミングだった。魔物が部屋に足を踏み入れようとする。
 俺は剣を握り、それを魔物に向かって投げつけた。
 俺に気づいた魔物がこっちを向いたため、剣は魔物の胸に刺さり、体は吹っ飛んでいく。
 俺は自分の足に力を込めて、その部屋へと駆け寄った。そしてその中にいる人物を見て、俺は息を止めた。

 サッヴァだ。
 部屋にある高級そうな机にもたれ、俺を見て瞠目していた。
 良かった。生きてた。間に、合った。

 俺は部屋の中を進みながら口を開く。「動け」と一言でいいんだ。




 殺気がした。



 俺が振り返ると、そこには魔物の姿。その胸にはエマの剣が突き刺さっている。
 逃げる力などなかった。魔法も出てきそうにない。
 魔物の長い爪が、俺の腹部を貫いた。痛みと、熱さに、気づけば俺は吐血していた。

 ああ、もう、剣が胸に刺さってんだから死ねよ。

 俺は魔物の胸に刺さっている剣の柄を掴んだ。そして力を込め、その剣を上げて魔物の上半身と顔を縦に切断した。今度こそ魔物が霧散していく。
 爪が刺さっていた腹部から出血する。血が止まらない。剣が俺の手を離れて、地面に転がった。ただでさえふらついていた体が、血を失って意識が遠のきそうになる。

 まだだ。まだ耐えろ。

 俺は両手で腹を押さえて、サッヴァの方を見る。
 口を出そうとしても、口の中の血液がそれを邪魔する。
 サッヴァの方へと近づこうとして、足がもつれて倒れてこんだ。俺は這いずりながらサッヴァへと近づく。

 カッコ悪い。カッコ悪い。何で、こうなんだよ俺は。
 強くないし、魔力は弱いし、能力にだって気づかなかった。
 ごめん。ごめん。情けなくって、ごめん。
 でも、その代わり、やりきってみせるから。

 やっとサッヴァのそばへと近づけた。
 俺は上体を起こすと、唾液と共に血を吐き出す。
 そして、サッヴァを見た。



「うごけっ、はなせっ」

 声をあげた瞬間、俺の体から力が抜ける。全部のパワー出し切った。もう声を出す気力すら起きない。まぶたも、もう開かない。
 ふと、俺の体が軽くなる。あ、死んだ、と思ったがどうやら違うようだ。

「よくやった、クウガ」

 サッヴァの回復魔法だ。腹部の痛みが消えていく。
 どうやら抱えられたようだ。だけど目を開く力すらないから、状況がわからない。
 でもサッヴァが話せて、動けるのは確かだ。

「サッヴァ・・・・・・さ、ん。俺」
「大丈夫だ。後は任せればいい。ゆっくり休め」

 優しげなサッヴァの声が耳をくすぐる。
 ふと、俺の鼻にカサツいた何かが触れた気がした。サッヴァの唇のような気がしたが、さすがにそれは俺の都合のいい方に考えすぎだろう。



「かっこよかったぞ。思わず惚れ直した」



 そういうこと言われると、勘違いしちゃうんですけど。
 もちろん、そんなこと言える余裕などなく俺はとうとう意識を失ったのだった。
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