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強化蘇生【リバイバル】

天神地祇のディスグレイス

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ーーー時はタツトが【花畑】で目覚めるより少し前まで遡る。


████████████████████████

「はぁ......」

 ある女が適当に紙を放り投げると、それを受け止めるように美しいホワイトホールが生じて、その紙を吸い込んだ。

「次は......えぇと、あぁこの子ね。くぼたつと?くん」

 豪奢な座椅子にもたれ掛かるように座り、横一列にずらーっと並んで空中に浮遊している大量の紙面の内の一枚を、不貞不貞しく見つめている。

「まったく、いきなり異世界から連れてきた人間の現世転送に飽き足らず、すぐに死なないようにスキル付与までしろだなんて上も人遣い、いいえ、が荒いわね」

 四方全てがどこまでも真っ白なため、前後不覚に陥りそうな曖昧な空間の中で一人の女が、淡い紫色のしなやかな髪を振り分けながら気怠そうに愚痴を垂れている。

 また、髪と同時に、この世の美女や美少女の良いところだけを詰め込んだような比類なき美貌を振りまいていた。

 全身、陶器のように白くきめ細かい肌を惜しげもなく晒していて、瞳は宝石をはめ込んだかのように青く輝いている。
 また、その腕は豊満な胸を強調するかのように組まれていた。
 整いすぎた顔立ちをしているにも関わらず、この世を舐めきった表情をしているので台無しになっている。例えるなら、夜寝る前に明日行うための壮大な計画を考えて、朝起きたら何もかも面倒くさくなっていた表情、といったところが妥当か。

 この女は、何を隠そう。先ほど自称していたように、まさしく神である。


【輪廻と転生を司る女神】イリス。

 その美貌や能力とは裏腹に基本的に面倒くさいことを嫌いで、何事にも労力を惜しみがち。それゆえ堕落的な生活を好む。
  
 空中にあるタツトの情報が書かれた紙面を手に取り、しばらくの間にらめっこしていたがそれを、煌びやかな机に叩きつけ、

「はぁ~~~っ、もうこんな雑用ばっかり、やってらんないわよ!」

 今までタツトのクラスの生徒を一人一人転送していたのだが、やれスキル付与やら、やれステータスの補正やらで、細かい仕事の苦手なイリスは途中で投げ出してしまった。

 イリスが贅沢な座椅子から重い腰を上げ、何もない真っ白な方向に歩き出す。驚くべきことに、不可視の扉がそこにはあり、何もないはずの取っ手を握り押し開けた。傍から見ればパントマイムでもしているようだ。そして、その内側へと彼女は姿を消した。


 女神が白い空間から去ったと同時、今まで空中に拘束されていた紙面が解放され、ドサドサッ!と白い床に落ちた。

 そして、アンティーク調の洒落た木目を台無しにするかのように宝石が散りばめられた豪奢な机の上に置かれたタツトの紙だけが放置されておりーーーーーー


ーーーって、なんか、机の下から禍々しい暗黒のブラックホール的な物体が発生してるんですけど。ちょっと、え?女神様?あ、タツトの紙が机と一緒に吸い込まれていく。ぐるぐると放射状に広がって、机を飲み込んでいく。

 あーあ、もう知らないよ?ねえ。



 あ。

 ついにタツトの紙を全て吸い込み、ブラックホールはその役割を終えたかのように閉じて見えなくなった。後ほど、そのことに気づいたイリスは上位の神からこっぴどく叱られるのだが、タツトの紙が落ちた場所は神ですら干渉できない人外魔境であったことに気が付いたため、どうしても回収の措置をとることができなかった。

 過去に一度だけ、神々がその人外魔境に挑んだことがある。

 遥か昔の話ではあるが、イリスが神として生を受けて間もない頃、世界の均衡を破壊する異形の怪物供をこの世から抹消せんと、神々の中でも取り分け強大な力を持った8名が入念な準備の末に下界に降り立ち、理不尽の塊のような化け物と戦ったことがあった。


 【思考と挫折を司る神】のマゴス

 【光と希望を司る女神】のルー

 【時間と怨恨を司る神】のクロノス

 【星霜と感動を司る女神】のソプデト

 【経験と嫉妬を司る神】のハーレー
 
 【夢幻と勇気を司る女神】のネラ

 【爆炎と情熱を司る神】のアグニ
 
 【破滅と憎悪を司る神】のシヴァ


   の八名である。

 どの神も【神領ゴッドサイド】と呼ばれる神々が棲む世界で最強クラスの戦闘能力を持っており、その実力を称えて“八神”と呼ばれていた。










ーーー結果は惨敗。それも、殆ど成果を上げず全滅。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 先ず、その地に足を踏み入れた瞬間、タイミングを計っていたかのように【距離】の概念に干渉する魔物によって8名それぞれが見事にバラバラの場所へと飛ばされた。


 マゴスは【氷河】に飛ばされ、氷雪系の能力や魔法を持つ魔物に囲まれるも、それらの【思考】に干渉して意識を乱そうとした。

 しかし、各個体が圧倒的な知能と身体能力を併せ持っているため、思うように思考を誘導できずに苦戦している間に、【水】に干渉する魔物が現れ、マゴスの体内の血液を刃物のようにし、体の内側からバラバラに切り刻んで即死だった。

 マゴスのもう一つの能力、【挫折】に干渉すると、対象の失敗を一度だけ無かったことに出来る。それを行使し、ついさっき死んだ経験を無かったことにし、【氷河】に再び舞い戻った。だが、それを嘲笑うかのように再度【水】の魔物に血液を刃物状にされて、あっけなく死んだ。まるで、人が惨殺される映像を二度繰り返したかのようだった。

 下界のあらゆる情報を瞬きの間に処理できる神の知能すら上回る【水】の化け物の知性は、マゴスが能力を使う寸前にそれを察知し、マゴスが【氷河】へと戻る頃には既にもう一度【水】に干渉する準備を終えていた。


 ルーは【砂漠】に転送され、スフィンクスのような化け物と対峙していた。すぐさま“希望”に干渉して、目の前の化け物に打ち勝つ希望を達成できる未来を予知するも、能力に絶望的な差がありすぎて全ての未来が、化け物に惨殺される様子を描いていた。

 その事実に顔を歪めて歯がみしながらも、干渉する対象を【光】に切り替え、世界に存在する太陽光の全てを一カ所に集約し、冗談のような熱量を持ってスフィンクスにぶつけたのだが、物質という存在を超越したような防御力でその全てを防がれ更に、【砂】に干渉する力で膨大な量の砂粒で出来た大規模の津波を引き起こされ、その衝撃と体内に大量の土砂が入り込んだことによる窒息で死んだ。


 クロノスは【宮殿】に飛ばされ、【速度】に干渉する、細い腕に対して拳が異常に大きいボクサーのような魔物と、【認識】に干渉する大きな象ぐらい体積のある、腹部が不自然に膨張した胎児のような魔物と二対一の状況にあった。

 だが、【認識】に干渉する胎児の魔物はクロノスの“認識”に干渉して自らの存在を完全に抹消していたので、クロノスは一対一で戦闘をしていると思い込んでいた。

 クロノスは自分の代名詞である【時間】を操りることで、「対象に攻撃が当たるまでの時間」を飛ばして魔法で波状攻撃を試みるが、その攻撃の一撃目が当たるほんの0コンマ何秒手前といったタイミングで【速さ】に干渉されて打った魔法を破壊されながらボクサーの魔物にボディに強烈な右ストレートを決められた。 視認できるとかできないとか、そんな次元の問題ではなかった。【時間と怨恨を司る神】である自分が、逆に時間を操られたのかと思うほどぶっ壊れた速度と攻撃力で、殴られた腹にはドでかい風穴が空いていた。

 クロノスは苦痛を堪えて時間を戻して傷を回復すると、更に【時間】に干渉して“時止め”を発動しようとする。神といえども世界の時間を止めるためには数瞬の詠唱が必要になり、それを行おうとするが、何か大技を繰り出そうとしていることを敏感に感じとったボクサーの魔物に尋常でない速度で顔面を打ち抜かれて首から上を失ってしまった。 
 トマトを握り潰すようにぐしゃぐしゃに潰された脳の思考が完全に遮断される一歩手前で時間を巻き戻して傷を再生する。更にもう一つの能力【怨恨】を発動し、受けた傷に応じて全ステータスを飛躍的に向上させる。

 そこまでしても、彼我の戦力差は欠片も埋まらず、体の一部を壊死させられては時間を巻き戻して再生し、【怨恨】の力でパワーアップしまくった。

 その努力を些事だとせせら笑うかのように額を砕かれ、四肢を欠損させられ、内蔵を破裂させられ、骨を粉々にされ、連続の殴打により身体をハチの巣にされ、子供がおもちゃで乱暴に遊ぶように、超常的な力で頭と足をそれぞれ逆の方向に引っ張られて剥きエビのように割かれた。

 その度に再生し、悔恨を怒りに変え、発狂しそうな苦痛を怨みに変え、眼前の生物を殺す、ただそれだけのために力を蓄え続け、なんと実に100年以上その流れを繰り返した。

 その間に感じた苦痛は、およそこの世に生を受けた一つの命が感られる量ではなく、常軌を逸した体験によってクロノスの眼は既にあらぬ方向を見ており、精神は最初の二年で跡形もなく擦り切れていた。だが、培い続けた怨恨が、その屈服を許さなかった。百余年、一撃が身体が消し飛ぶような暴力を振るい続けられ、激痛により膨れ上がった身の毛が弥立つような怨嗟の念のみでクロノスは眼前の化け物に挑み続けていた。

 そしてついに【速さ】に干渉する魔物の攻撃に追いつく力を得たところで、百年間ずっと佇んでいた【認識】に干渉する胎児の魔物に、「ボクサーの魔物はたった今、その速さを更に百倍にした」と認識をすり替えられると、今までの苦痛の意味合いが完全に消し飛び、気の遠くなるような凄まじい努力がが水泡に帰したことに絶望し、気力も怨恨もボロボロにされて失い、無念の果てに死んだ。



 ソプデトは【岩場】に飛ばされ、黄土色の洞窟の中で眼の無い“メナシ”、口の無い“クチナシ”、そして耳の無い“ミミナシ”と出会った。それぞれ【視覚】、【味覚】、【聴覚】に干渉する化け物であった。

 三体とも圧倒的な身体能力を誇っていたが、メナシはスピードが無く、クチナシはパワーもスピードもあったものの動きが直線的で技が無く、ミミナシはパワーが無かった。

    だが厄介なのは、それぞれ不得意な分野以外は神に匹敵する能力を持つ三体が連携を取って戦うところだ。更に、所々に感覚への干渉を織り交ぜて攻撃してくるため対処が非常に難しく、【星霜】に干渉して三体の寿命や老化を早めても、メナシ、クチナシ、ミミナシは基本的に不老不死であるため意味を成さず、ソプデトとは最高に相性が悪かった。

 また、【感動】への干渉は戦闘用ではないため、普通に嬲られて死んだ。


 ハーレーは【密林】に飛ばされ、一匹一匹が固有の能力を持ち、更にそのスペックも既に生物の手の届く領域から大きくはみ出ている昆虫達が数千、数万という単位で襲いかかられた。

 【経験と嫉妬を司る神】であるハーレーは、戦闘に関しては“八神”の中でも一際強大な能力を持っていた。それは、【神領ゴッドサイド】の中でも比肩する者のいない圧倒的な魔法の才と、【経験】に干渉する能力だ。“経験”に干渉すると、対象がこれまで培ってきた力、技量、知識など、経験そのものを盗み見ることができる。

 これにより、ハーレーは相手の戦い方や切り札、更には相手の弱点である魔法の系統を的確に見抜き、他の追随を許さない精度と練度の攻撃魔法、防御魔法を駆使して敵を確実に屠ることができた。

 今回もその例外ではなく、【経験】に干渉することで何百種類といる昆虫型の魔物達のそれぞれの弱点を一瞬で看破し、誰にも真似の出来ない曲芸じみた魔法の行使で一匹一匹の最も弱い部分に、最も効果のある魔法を放ち、何万匹といた昆虫の群れを一瞬にして地に落とした。流石にあのレベルの魔法の行使は臨界までの集中を必要とするのか、戦いが終わると肩で息をしながら、フラフラと危なっかしい千鳥足状態だ。

 その時、鼓膜が張り裂けそうな大音量の羽音が響き、【密林】の木々の間から徐々にそれは姿を現した。

 恐らく、この辺りのヌシであろう巨大な体躯をしたいた。頭部にカブトムシの角、尾部にはハチの針、触覚はゴキブリのもので、足はクモのそれ。チョウの羽にトンボの複眼。

 様々な節足動物の長所を雑にくっつけた、「お前本当に昆虫やる気あるのか」と小一時間問い詰めたくなるような、小学生の発想のような容貌をしている“蟲王”が姿を現した。その背後には先ほどの戦闘で倒した群れの数十倍の規模の大軍が待ち構えている。

「はっ、はは......コレは確かに、理不尽そのものだな」

  他の昆虫に比べて圧倒的な体積を持つ“蟲王”に【表と裏】に干渉されて為す術なく身体を死んだ。



 アグニは【花畑】に飛ばされ、タツトと同じように“カオ”の化け物に出会い、攻撃が届きそうにない遥か上空から吐瀉物を撒き散らされた。

 だが、あくまでも“八神”であるアグニにただの質量弾のごり押しが通用するはずもなく、【情熱】に干渉して自身のステータスを爆発的に高めた後、【爆炎】に干渉して無から有へと、大気すら焼き焦がす馬鹿みたいな火力を持った業火を生み出し、超高速で降ってくる頭上の吐瀉物に向けて解き放った。
 
 辺りに轟音が響き渡り、大規模の灼熱の業火が大質量の吐瀉物を呑み込み、燃え盛り、焼き尽くす。

 見事、“カオ”の化け物が、放った吐瀉物を燃やし尽くし、安堵と共に第二波の火炎を放とうとしたとき、



ーーーアグニの炎が、どこまでも広がる【花畑】の花に引火した。

 その瞬間、大気が赤黒く染まり、同時にアグニは全ての行動を止めてしまった。“カオ”の化け物が【焦燥】に干渉してアグニにどうしようもない心配と焦りを植えつけたのだ。実は、タツトが【花畑】の花を摘んでしまった時にも同じことをしていたのだ。

 呆然と立ちつくすアグニに、“カオ”の化け物はその表情を変えること無く遥か高みから徐々にその高度を下げ、地表まで2,30メートルのところで速度を最大限まで上げて地面と、アグニを挟んで衝突した。

 そうしてアグニは死んだ。


 ちなみに、【夢幻と勇気を司る女神】のネラと、【破滅と憎悪を司る神】のシヴァは実はイリスの生みの親であり、その詳細をイリスは聞かされていなかった。ただ、他の神々の最期を見ると、無残な死を遂げた可能性が高い。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 そんな悪夢を体現したような絶望的環境に送り込んでしまったタツトにせめてもの救いとして、死んでも死んでも超強化を施されて蘇ることができるスキル【強化蘇生リバイバル】の能力を与えることでイリスは自分の責任を補填することにした。

「あーあ、このスキルはもっと有望な転生者に与えて、魔王討伐して欲しかったのに」

 神が人間に与えられる中で最上級のスキルの一つである【強化蘇生リバイバル】を手放してしまい、薄い桃色の唇を尖らせて半ば拗ねてしまう。

「まあ、失ってしまったものをいつまでもグチグチ言っても仕方ないわね。あたしの虎の子のスキルをあげたんだから、せいぜいうまくやりなよ、ニンゲン」

 女神は微笑みながら言う。微笑のなかに、敗者嘲りや弱者への哀れみの類が混じっているように見えるのは気のせいか。



████████████████████████



「この洞窟、何かあると思ったけどハズレだったのかなぁ......」

 タツトは黄土色の壁と黄土色の床、黄土色の天井で統一された洞窟の小道をとぼとぼと眠たそうに進んでいた。同じような光景ばかりが続き、いい加減飽きてきている。

 かれこれ二時間は歩き続けているのだが、パワーアップしたステータスのおかげでほとんど疲労を感じずにここまで来ている。何度か引き返そうとも思ったが、戻ったとしてもまたあの崖と岩以外何もない場所に戻るだけだし、収穫がないまま帰るのも何なので、変化を求めて彷徨い歩いていた。

 まるで引き際を見失ったギャンブラーがズブズブと沼に嵌まっていくよう。その悪傾向には気づかず、ジャリ、ジャリという足音をBGMにひたすら歩みを進めている。

(もう少しだけ歩いて、何もなかったら引き返そう。ここまでだいぶ歩いたんだから、もうちょっとしたら何かあるはずだ。)

 雨の所為か天井から水が滴って、地面に水溜まりができている箇所がぽつぽつ見られた。それらを何度か踏んでしまったため、靴下にまで浸水してきた水が、歩く度にぐじゅぐじゅと濡れて気持ち悪い。

 禍福は糾える縄のごとしとはよく言ったものだが、そのいずれにせよタツトの直感は的中することになる。あれからもう少しだけ、もう少しだけを三回か四回ほど続けて歩いていると不意に、本当に不意に、深淵の瞳を持った二足歩行の化け物に出会すことになった。

「ーーーーーーっっ!??!?」

 人間の慣れとは怖いもので、2時間半ほど同じ光景を見続けているとそれが当たり前になってしまい、突然別の景色を見せられると激しく動揺してしまう。
 
 分かりやすい例を挙げるなら、目をつぶった際に見える真っ黒の景色の中に、突然得体の知れない異物が入り込んだときの精神的ショックの大きさを想像してもらえれば伝わるだろうか。

 とにかく、急激な情報の変化に脳の処理が追いつかず、数秒間【メナシ】に対して無防備を晒してしまった。

 その間に【メナシ】はタツトへと近づき、口内から牛の腸のような筒状の器官を取り出し、タツトの顔側からタツトの全身を包みこんだ。グロテスクなピンク色をした器官に入りきらなかったタツトと靴が覗いている。

 我に返ったタツトが抜け出そうと藻掻くが、ピンクの器官の内部にあったヒダが絡みつき全身に絡みつき、それを許さない。



 直後、【メナシ】はタツトを



「ん゛ん゛ん゛っー!?!??」

 今まで感じたことの無い熾烈な痛みがタツトに襲いかかる。


(痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、熱い、痛い、痛い、痛い、痛い、熱い、痛い、熱い、痛い、熱い、熱い、痛い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い、熱い!!)



 既に【メナシ】の口から出てきた器官のヒダが口内を蹂躙しており声らしい声が出せなくなっていた。

「別の生き物に、自分の脳や血肉を吸われる」この体験による激痛は想像を絶する。自分ではない生物に、自分が取り込まれていく恐怖も相俟って尋常でない苦痛を相手に与えることになる。

 熱さと勘違いするほどの痛みが人間の耐えうる臨界点をついに通り越し、タツトを気絶させるが、すぐに苦痛で無理やり起こされる。するとまた痛みで気絶し、再度無理やり引き起こされる。


気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。気絶する。起こされる。


 意識を手放したり呼び戻したりするだけでも絶賛吸われ中の脳に耐え難い負荷が掛かっているのに、それら全てに形容し難い苦痛が伴う。一体過去の歴史上でこれほどの苦痛をいっぺんに味わったのはタツトの他にいるのだろうか。【時間と怨恨を司る神】であるクロノスですらも、経験した苦痛の総量では勝っても、一度に体験した激痛ではタツトの方が上ではないか。

 これまで地球の、それも比較的安全な日本で育ってきたタツトの心を砕くのに、「体を固定された状態で体液を吸われる」という激痛は十分すぎた。

 三十分ほど、いたぶるように時間を掛けてタツトの脳髄から血液に至るまで全てを吸い尽くした【メナシ】は、空洞の眼を器用に細めて、美食家が美食に巡り会ったような恍惚の表情を作り、タツトの酷たらしい亡骸を洞窟内に乱雑に捨ててどこかへ姿を眩ました。
 
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