ある日、突然 花嫁に!!

ひろろ

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番外編

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 僕は、特別なお洒落もないまま、この場にいる。


一方で、後藤さんは、いつもの茶色の短髪に、工夫をしていた。


その前髪!短い前髪を、立たせているじゃないか!ずるいぞ!


 後藤さんは、どちらかというと、イケメンではなく、いたって普通の容姿だ。


だが、目の前の2人の女性よりかは、背が高い。


 この達は、けっこう背が高い方だと思う。


 駐車場で初めて会った時、その背丈に息を飲み、今日は、普通のお食事会になるだろうと悟った。


 そう考えれば、気が楽になってくる。


美味しいご飯を食べることに徹しよう。


「へえ、お2人は、葬儀会館に勤めているんですね。じゃあ、友引がお休みですか?」


 気楽になった僕は、職業柄かもしれないが、サラッと言葉が出てきた。


すると、僕の前に座っている花森さんが、応じてくれた。


「はい、全員では無いですが、大抵は休みです。緑川さんの方は、婚礼の仕事をされているから、やはり仏滅休みですか?」


「うちの場合、公休以外の特別休として、同僚達と順番に、休みを取るシステムなんです。
まあ、僕は休みが多くても暇だし、それで丁度いいです。
で、休みは寝て過ごしています」


「えー!緑川さん、もったいないっすね。
俺なんか、花屋巡りをしてますよ!」


 後藤が言うと、前に座る林原という女性が、目を丸くする。


「え?後藤さんが花屋さん巡り?
えー!本当に?そんなに仕事熱心には見えないのに。意外!」


「えー、本当だよー!酷いっすよ、林原さん。
他店にある花の種類、アレンジメントの作り方とか、見るだけで勉強になるんだよ」


 緑川の前にいる花森は22歳で、後藤の前にいる林原は23歳で、共に葬儀会社に勤めている。


彼女達は、派手さの無い普通のビジュアルだが、ハキハキとしてノリのいい感じだ。
 

 まだ分からないけど、2人のうち、どちらかが古風な娘?なのか?


「へえ、後藤さん、見直したよ!人は見かけによらないんだね。あ、ごめん」


「緑川さん、ひどいっす。まっ、いいですけどね。
ところで、花ちゃんとバラちゃんは、あそこで働いていて、怖い体験ないの?」


 誰?花ちゃん?花森さんか、バラちゃん?何で?ああ、林原さんだからか。 
 

にしても、この場で心霊体験を聞くのか?


「怖いこと?私は、特には無いけど。
花森さんも、そんな体験はないでしょ?」


「怖いことって、幽霊とかのことですよね?
はい、私も特には無いです」


「へえー、花ちゃんもバラちゃんも、まだだったんだ……」


「えっ?まだって?何のこと?やだ、何か噂とかあるの?」


 林原がすぐに反応した。


後藤は、彼女達をびびらせる気満々のようだ。


「これは、ベテランさんから聞いたんだけど、お通夜前とかに、よろしくお願いしますって、現れる人がいるんだって。
でも、全然、怖くないって言ってたよ。
律儀な人もいるもんなんすね!」


 この話しを聞いた僕の目が輝く。


「あっ!思い出した!友人の看護師から聞いた話し。
友人が、廊下を歩いていた患者さんとすれ違って、普通に会釈をしたんだって。
でも、その患者さんは、既に亡くなっていた!とか。

そうそう、その友人も、怖くないって言ってました。
慣れちゃうらしいです……あっ、すみません。怖がらせてしまいましたね……」


 彼女達は、身体ごと後ろに引いていた。


しまった!身も心も引かせてしまいました!


後藤さん、微妙な空気にして、悪かったね。


「お待たせ致しました。ひと口かつ定食でございます」


 場の空気を変える料理が、運ばれてきた。


僕は、何と言われようが、かつ煮定食を食べる。


 このあと、後藤が合コンと呼ぶ食事会は、それなりに進行し、次の店に行くことなく、終了となった。


 結局、古風な娘と言われる人が、いたのかどうか、それさえも掴めないままだった。


 だが、そんな事は忘れるくらい、花森さん、いい娘だなぁ。って思う。


 しかし、彼女より背が低いという時点で、発展は無いんだ。


僕は、改めて仕事に生きるしかない!と感じている。

………………………

 それから数日後。


 僕は、スタッフルームで、企画を考えていた。


「緑川さん、直ぐにブライダルサロンへと行って!お客様が、相談をしたいと仰っているそうよ」


「えっ、倉田チーフ、僕が行くんですか?
サロンには、丸山さんと野村さんがいるはずですが?」


「お客様からのご指名よ!早く行きなさい!」


 今日の打ち合わせは、午後のはず……。


 誰だろう?


「お客様、お待たせ致しました……あっ!」


「こんにちは。お呼びたてして、すみません」


 僕は、絶句する。


驚き過ぎて、言葉が出てこない。


 僕の目の前にいるのは、先日、合コンという食事会をした相手だったからだ。


しかも、少し気になっていた花森さんが、1人で来ている。


 仕事中の僕に会いに来たということは、これは、もしかして……。


「こんにちは!先日は、どうも。さあ、あちらの窓際のテーブルへと、どうぞ」


案内をする僕は、彼女に背を向け、覚悟する。


 仕事モードになろう。


「改めまして、いらっしゃいませ。
本日は、どのようなご相談でしょうか?」


 思いっきり、営業スマイルを決めた。


「あ、あの、先日は、林原さんのために食事会に参加したんですけど……。
彼がいることを林原さんにも、皆さんにも、言わないで参加してすみません……。

ご相談したいのは、低予算で結婚式ができたらと……。私たち、1人親家庭で育ってきたので、互いの親に見てもらいたくて……」


がーん!やっぱりなぁ……。


「いえいえ、謝る必要はありません。

では、本題に入りますね。
低予算で、4名様だけの挙式をご希望ということでしょうか?」


「はい。お金をなるべくかけないで、ケジメとして何か出来ないかなって……。

親に結婚衣装姿を見せたくて。
 
しかも、早めに……我がままを言って、すみません。
だから、どんな形でもかまいません」


「かしこまりました。
では、失礼ですが、お急ぎの理由を伺っても、よろしいでしょうか?」


「はい、彼の転勤が決まって、私もついて行くことになったからです」


「大変、失礼を致しました。
では、挙式のみのモデルコースをご覧下さい。
いくつかのコースがございますが、こちらは、いかがでしょうか?」


 緑川は、一番安いコースを提示した。


「あー!高い……ですね。
すみません、ちょっと無理かと。
あの、ドレスとかホント安い物で構いませんので!こだわりませんから!」


「そうですか……。うーん。挙式をご希望ですよね?」


「いえ、花嫁、花婿の姿になって、見せられたらいいです。
挙式はしなくてもいいです」


「それでしたら、どこかの……し?」


 言いかけた僕の視界に、動く人が見えた!


ま、丸山さんだ!首を横に振っている!


僕達の会話を聞いていたのか?


何か、怒ってる?


人差し指をくいくいっと動かして……。


こっちへ来い!って合図?


「花森様、少々、お待ち下さい」


 緑川は、花森の視界に入らない所へと移動した。


他のテーブルに隠れながら、柚花は、小声で緑川を叱責する。


「今、よその写真館に行けと言うつもりだった?あなたを頼っていらしたのに、それでいいの?方法を考えるのよ、いいわね?」


 丸山さん、盗み聞きしていたのですねっ!


「それでは、花森様のご意向を伺いまして、再度、ご提案を致します」


 花森は約束を残し、帰って行った。

…………………

「倉田チーフ!何とか低予算で、フォト婚とかができないでしょうか?
例えば、花嫁の写真を、我がホテルに飾るモデル料として、格安にするとか?


 緑川は、何としても花森の期待に応えようと必死だ。


「えっ!また格安案件?現在、菊乃様からのご依頼を何とかしようと、頑張っている時に?
もう、勘弁してちょうだい!

それに、先日、見本写真を替えたばかりでしょ?
……でも、まあ、はい。
皆んなで案を考えてみましょう」


「はいっ!
倉田チーフ、提案があります!
宿泊レンタルプランというのは、いかがでしょう?」


 柚花が言うと、スタッフルームにいる倉田チーフ、野村、もちろん緑川も頭を捻る。


「え?丸山さん、その宿泊?レンタルプラン?って、何なの?」


「はい、新郎新婦のお2人には、宿泊をして頂き、その特典として、タダ同然で衣装と小物類をレンタルします。

写真はセルフで、スナップ写真を撮って頂いたり、私どもがお撮りします。そんなプランを作ったら、いかがでしょうか?」


 しかし、野村と緑川は、理解が出来ないような顔をしている。


「えっと、丸山さん、宿泊料金は余計じゃないですか?
だったら、その分を他に回した方がいいかなって、思います。
倉田チーフ、どうでしょうか?」


 勇気を振り絞り、野村が言った。


「うーん、丸山さんの言いたいことは、何となくわかります。

丸山案は、レンタルをほぼ無料にして、尚且つ、写真スタジオを使用しない!ということですから。

その為には、何か理由が必要です。

で、うちは、宿泊メインのホテル。

せめて宿泊をしてもらう!ということですね?丸山さん?」


「はい、その通りです」


 倉田チーフは、腕を組み考える。


「ねえ、丸山さん、ヘアメイクはどうするの?衣装をレンタルしたとしても、ヘアメイクは必要よ。

セルフでは、難しいかもしれないわ。

一生の思い出は、最高の状態が良いに決まっています。

あまり節約をし過ぎて、仕上がりが残念だったら、悔いが残ってしまうかもしれませんよ?」


 柚花は、倉田チーフの言葉に、黙り込んだ。


「倉田チーフ、じゃあ、じゃあ、直近の模擬披露宴の時、2人に出演してもらいませんか?そしたら、それでスタジオ写真撮影をしてもらえば、丸く収まりますよね?」


「緑川さん、一般カップル枠のことを言ってるのね?
それって、先日、抽選会をして、当選者に通知してしまったでしょ?

いつ頃をご希望されているのかしら?
次は、来年、後半頃よ。
それなら、なんとかなると思うけど」


「あ、いえ、なるべく早めがいいそうです……。はーぁ」


誰もが、この案もダメだったのかと、がっかりとし、話し合いは続けられた。


 そして熟考の後、ようやく内容が決定したのだった。

…………………

 いよいよ、花森さんが花嫁姿になる日がやって来た。

 
 本日は、他に予定のない平日の朝。


静かなチャペルに、元気な声が響き渡る。


「おはようございまーす!
花を届けに来ましたー!あ?うん?」


 花森が結婚すると聞いて、後藤がアレンジメントの花籠を作ってきてくれたのだ。


「後藤さん、わあ、ピンクの薔薇の花、可愛いし、お陰で祭壇も華やかになりますよ。
プレゼントしてくれて、ありがとう。
終わったら、花森さんに必ず渡します」


「あ、うんうん。そっれにしても、花ちゃんには、びっくりだよ!
まさか、結婚するなんて!
緑川さん、ショックっすね?
何か、紹介してすんません……。ぶっ」


 僕は否定をしながら、会社に戻る後藤を見送った。


後藤はこちらを振り返って、ニヤニヤ笑う。


「その格好、面白いっす!」と言った。


これから何が始まるのか、見たかったと思う後藤に、


「放っといてくれ」と返したのだった。


 今日は、ここで正式な挙式はしない。


 花嫁は、ヘアメイクだけをブライダルサロンでしてもらって、今、チャペルにある小部屋で、着替え中だ。


ブライズルームは、敢えて使わない。


花婿は、ブライダルサロンで、黒のタキシードに着替え、もうすぐやって来るだろう。


「緑川さん、新婦のお支度が整いました。あっ、ふっ、ごめん。頑張って」


 小部屋で、着替えの介助をしていた柚花が伝えた。


 うっ、何か屈辱的だ!


きっと、童顔が七三分けをしているから、違和感があるのだろう。


僕は今、神父用の白い服を着ている。


 愛の誓いをする2人の証人になる為だ。
………………………

ザッ! 


外崎とのさき、新郎、母、外スタンバイOKです」


インカムに連絡が入った。


 チャペルの側面、祭壇脇側にあるドアの外にいる外崎たち。


新郎と新郎母には、手を繋いで祭壇まで、歩いてもらうことになっている。
 

「丸山、新婦、母、中スタンバイOKです」


 祭壇の反対側には、小部屋に通じるドアがあって、内にいる柚花たち。


 新婦は、白いふわっとしたレースいっぱいドレスを着て、


髪は、ゆるくまとめて片側サイドに飾りをつけている。


新婦と新婦母にも、手を繋いでもらう。


 ほんの数メートル間を親子で触れ合ってもらい、そして、親離れをする。


「緑川、スタンバイOK」


「オールOK。音、スタート」


 野村がスイッチを入れると、チャペルに、しっとりとした音が流れる。


 それぞれの親子は、互いの温もりを感じ、ゆっくりと歩く。


母親たちは、黒の礼服を着て、華やかなコサージュをつけている。


 祭壇前で待つ緑川に促され、両者が向かい合い、母親たちは、繋いでいる手を離し、息子と娘を繋がせた。


 子どもの手を離す瞬間、肩の荷が下りたのか、寂しさからか、互いの母親は涙しながら着席する。


娘も、息子も「ありがとう」と呟いた。


 カシャ、カシャ!


 外崎は、大切なシーンを丁寧に写してゆく。


「これより、新郎新婦の誓詞交換を行います」


 緑川は、神父役になりきっている。


新郎新婦に直筆誓詞を読み上げてもらい、それぞれにサインをしてもらう。


両家母親にもサインをしてもらった。


 次に、外崎が家族写真を撮影後、新郎にカメラを貸した。


少しの時間なのだが、チャペル内で自由に撮影をしてもらうためだ。


 本日の写真データを丸ごと購入して頂き、ヘアメイク代も頂戴する、という条件で、チャペル使用料や衣装レンタル料金は、ほとんどサービスにしている。


 そのため、通常はチャペルの扉から入場し、レッドカーペットを歩いてもらうのだが、それもカットし、特別の演出をしたのだった。


 チャペル内の部屋で、花嫁が着替えるのも初めての事だった。


ホテルの中から、歩いてくると、外にカーペットを敷かなければならず、料金面に関係してしまうからだ。


 何から何まで、通常とは違うけれど、新郎新婦は、こんなフォト婚を楽しんでくれているようだった。


 家族のリラックスした良い笑顔の写真を、思いっきり撮っている。

 
花森さん、嬉しそうだな。


企画を考えるのに苦戦したけど、こんな笑顔が見られたら、苦労なんか吹っ飛びます!


 僕が、そんな事を思っていたら、花森さんが近づいて来た。


あっ、もう花森さんじゃないか。


「緑川さん、素敵な結婚式をありがとうございました。
こんな私たちの為に、頑張ってくれて、本当に嬉しいです。
スタッフの皆さんにも、凄く凄く感謝をしています。ありがとうございます」


 新婦は、泣き笑いの顔で言った。


「おめでとうございます。

皆様が笑って過ごしていらっしゃるから、こちらも嬉しいです。

新しい場所でも、笑顔いっぱいでお過ごし下さいね」


 そう言って、僕も胸が熱くなった。


自分が少しでも、役に立てたのかな?と思える瞬間が幸せなんだ。


「あっ、そうだ、祭壇の花籠は、後藤さんからのプレゼントですから、お持ち帰り下さい」


 こうして、花森さんの婚礼は、無事に終えることができた。
…………………

「緑川さん、お疲れ様でした。
大成功で良かったね!

次は、菊乃様の格安婚の方、ヘルプを頼みます!」


「はい、丸山さん!お任せ下さい、何でも手伝います」


「じゃあ、天使になってね。
ふふ、楽しみ!」


「そ、それは、ちょっと……」


 僕は、丸山さんが意味深に笑って去って行ったものだから、菊乃様婚礼式の前夜、足の無駄毛処理を密かにやったのだった。


               
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