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番外編
お任せ下さい! 3
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僕は、特別なお洒落もないまま、この場にいる。
一方で、後藤さんは、いつもの茶色の短髪に、工夫をしていた。
その前髪!短い前髪を、立たせているじゃないか!ずるいぞ!
後藤さんは、どちらかというと、イケメンではなく、いたって普通の容姿だ。
だが、目の前の2人の女性よりかは、背が高い。
この娘達は、けっこう背が高い方だと思う。
駐車場で初めて会った時、その背丈に息を飲み、今日は、普通のお食事会になるだろうと悟った。
そう考えれば、気が楽になってくる。
美味しいご飯を食べることに徹しよう。
「へえ、お2人は、葬儀会館に勤めているんですね。じゃあ、友引がお休みですか?」
気楽になった僕は、職業柄かもしれないが、サラッと言葉が出てきた。
すると、僕の前に座っている花森さんが、応じてくれた。
「はい、全員では無いですが、大抵は休みです。緑川さんの方は、婚礼の仕事をされているから、やはり仏滅休みですか?」
「うちの場合、公休以外の特別休として、同僚達と順番に、休みを取るシステムなんです。
まあ、僕は休みが多くても暇だし、それで丁度いいです。
で、休みは寝て過ごしています」
「えー!緑川さん、もったいないっすね。
俺なんか、花屋巡りをしてますよ!」
後藤が言うと、前に座る林原という女性が、目を丸くする。
「え?後藤さんが花屋さん巡り?
えー!本当に?そんなに仕事熱心には見えないのに。意外!」
「えー、本当だよー!酷いっすよ、林原さん。
他店にある花の種類、アレンジメントの作り方とか、見るだけで勉強になるんだよ」
緑川の前にいる花森は22歳で、後藤の前にいる林原は23歳で、共に葬儀会社に勤めている。
彼女達は、派手さの無い普通のビジュアルだが、ハキハキとしてノリのいい感じだ。
まだ分からないけど、2人のうち、どちらかが古風な娘?なのか?
「へえ、後藤さん、見直したよ!人は見かけによらないんだね。あ、ごめん」
「緑川さん、ひどいっす。まっ、いいですけどね。
ところで、花ちゃんとバラちゃんは、あそこで働いていて、怖い体験ないの?」
誰?花ちゃん?花森さんか、バラちゃん?何で?ああ、林原さんだからか。
にしても、この場で心霊体験を聞くのか?
「怖いこと?私は、特には無いけど。
花森さんも、そんな体験はないでしょ?」
「怖いことって、幽霊とかのことですよね?
はい、私も特には無いです」
「へえー、花ちゃんもバラちゃんも、まだだったんだ……」
「えっ?まだって?何のこと?やだ、何か噂とかあるの?」
林原がすぐに反応した。
後藤は、彼女達をびびらせる気満々のようだ。
「これは、ベテランさんから聞いたんだけど、お通夜前とかに、よろしくお願いしますって、現れる人がいるんだって。
でも、全然、怖くないって言ってたよ。
律儀な人もいるもんなんすね!」
この話しを聞いた僕の目が輝く。
「あっ!思い出した!友人の看護師から聞いた話し。
友人が、廊下を歩いていた患者さんとすれ違って、普通に会釈をしたんだって。
でも、その患者さんは、既に亡くなっていた!とか。
そうそう、その友人も、怖くないって言ってました。
慣れちゃうらしいです……あっ、すみません。怖がらせてしまいましたね……」
彼女達は、身体ごと後ろに引いていた。
しまった!身も心も引かせてしまいました!
後藤さん、微妙な空気にして、悪かったね。
「お待たせ致しました。ひと口かつ定食でございます」
場の空気を変える料理が、運ばれてきた。
僕は、何と言われようが、かつ煮定食を食べる。
このあと、後藤が合コンと呼ぶ食事会は、それなりに進行し、次の店に行くことなく、終了となった。
結局、古風な娘と言われる人が、いたのかどうか、それさえも掴めないままだった。
だが、そんな事は忘れるくらい、花森さん、いい娘だなぁ。って思う。
しかし、彼女より背が低いという時点で、発展は無いんだ。
僕は、改めて仕事に生きるしかない!と感じている。
………………………
それから数日後。
僕は、スタッフルームで、企画を考えていた。
「緑川さん、直ぐにブライダルサロンへと行って!お客様が、相談をしたいと仰っているそうよ」
「えっ、倉田チーフ、僕が行くんですか?
サロンには、丸山さんと野村さんがいるはずですが?」
「お客様からのご指名よ!早く行きなさい!」
今日の打ち合わせは、午後のはず……。
誰だろう?
「お客様、お待たせ致しました……あっ!」
「こんにちは。お呼びたてして、すみません」
僕は、絶句する。
驚き過ぎて、言葉が出てこない。
僕の目の前にいるのは、先日、合コンという食事会をした相手だったからだ。
しかも、少し気になっていた花森さんが、1人で来ている。
仕事中の僕に会いに来たということは、これは、もしかして……。
「こんにちは!先日は、どうも。さあ、あちらの窓際のテーブルへと、どうぞ」
案内をする僕は、彼女に背を向け、覚悟する。
仕事モードになろう。
「改めまして、いらっしゃいませ。
本日は、どのようなご相談でしょうか?」
思いっきり、営業スマイルを決めた。
「あ、あの、先日は、林原さんのために食事会に参加したんですけど……。
彼がいることを林原さんにも、皆さんにも、言わないで参加してすみません……。
ご相談したいのは、低予算で結婚式ができたらと……。私たち、1人親家庭で育ってきたので、互いの親に見てもらいたくて……」
がーん!やっぱりなぁ……。
「いえいえ、謝る必要はありません。
では、本題に入りますね。
低予算で、4名様だけの挙式をご希望ということでしょうか?」
「はい。お金をなるべくかけないで、ケジメとして何か出来ないかなって……。
親に結婚衣装姿を見せたくて。
しかも、早めに……我がままを言って、すみません。
だから、どんな形でもかまいません」
「かしこまりました。
では、失礼ですが、お急ぎの理由を伺っても、よろしいでしょうか?」
「はい、彼の転勤が決まって、私もついて行くことになったからです」
「大変、失礼を致しました。
では、挙式のみのモデルコースをご覧下さい。
いくつかのコースがございますが、こちらは、いかがでしょうか?」
緑川は、一番安いコースを提示した。
「あー!高い……ですね。
すみません、ちょっと無理かと。
あの、ドレスとかホント安い物で構いませんので!こだわりませんから!」
「そうですか……。うーん。挙式をご希望ですよね?」
「いえ、花嫁、花婿の姿になって、見せられたらいいです。
挙式はしなくてもいいです」
「それでしたら、どこかの……し?」
言いかけた僕の視界に、動く人が見えた!
ま、丸山さんだ!首を横に振っている!
僕達の会話を聞いていたのか?
何か、怒ってる?
人差し指をくいくいっと動かして……。
こっちへ来い!って合図?
「花森様、少々、お待ち下さい」
緑川は、花森の視界に入らない所へと移動した。
他のテーブルに隠れながら、柚花は、小声で緑川を叱責する。
「今、よその写真館に行けと言うつもりだった?あなたを頼っていらしたのに、それでいいの?方法を考えるのよ、いいわね?」
丸山さん、盗み聞きしていたのですねっ!
「それでは、花森様のご意向を伺いまして、再度、ご提案を致します」
花森は約束を残し、帰って行った。
…………………
「倉田チーフ!何とか低予算で、フォト婚とかができないでしょうか?
例えば、花嫁の写真を、我がホテルに飾るモデル料として、格安にするとか?
緑川は、何としても花森の期待に応えようと必死だ。
「えっ!また格安案件?現在、菊乃様からのご依頼を何とかしようと、頑張っている時に?
もう、勘弁してちょうだい!
それに、先日、見本写真を替えたばかりでしょ?
……でも、まあ、はい。
皆んなで案を考えてみましょう」
「はいっ!
倉田チーフ、提案があります!
宿泊レンタルプランというのは、いかがでしょう?」
柚花が言うと、スタッフルームにいる倉田チーフ、野村、もちろん緑川も頭を捻る。
「え?丸山さん、その宿泊?レンタルプラン?って、何なの?」
「はい、新郎新婦のお2人には、宿泊をして頂き、その特典として、タダ同然で衣装と小物類をレンタルします。
写真はセルフで、スナップ写真を撮って頂いたり、私どもがお撮りします。そんなプランを作ったら、いかがでしょうか?」
しかし、野村と緑川は、理解が出来ないような顔をしている。
「えっと、丸山さん、宿泊料金は余計じゃないですか?
だったら、その分を他に回した方がいいかなって、思います。
倉田チーフ、どうでしょうか?」
勇気を振り絞り、野村が言った。
「うーん、丸山さんの言いたいことは、何となくわかります。
丸山案は、レンタルをほぼ無料にして、尚且つ、写真スタジオを使用しない!ということですから。
その為には、何か理由が必要です。
で、うちは、宿泊メインのホテル。
せめて宿泊をしてもらう!ということですね?丸山さん?」
「はい、その通りです」
倉田チーフは、腕を組み考える。
「ねえ、丸山さん、ヘアメイクはどうするの?衣装をレンタルしたとしても、ヘアメイクは必要よ。
セルフでは、難しいかもしれないわ。
一生の思い出は、最高の状態が良いに決まっています。
あまり節約をし過ぎて、仕上がりが残念だったら、悔いが残ってしまうかもしれませんよ?」
柚花は、倉田チーフの言葉に、黙り込んだ。
「倉田チーフ、じゃあ、じゃあ、直近の模擬披露宴の時、2人に出演してもらいませんか?そしたら、それでスタジオ写真撮影をしてもらえば、丸く収まりますよね?」
「緑川さん、一般カップル枠のことを言ってるのね?
それって、先日、抽選会をして、当選者に通知してしまったでしょ?
いつ頃をご希望されているのかしら?
次は、来年、後半頃よ。
それなら、なんとかなると思うけど」
「あ、いえ、なるべく早めがいいそうです……。はーぁ」
誰もが、この案もダメだったのかと、がっかりとし、話し合いは続けられた。
そして熟考の後、ようやく内容が決定したのだった。
…………………
いよいよ、花森さんが花嫁姿になる日がやって来た。
本日は、他に予定のない平日の朝。
静かなチャペルに、元気な声が響き渡る。
「おはようございまーす!
花を届けに来ましたー!あ?うん?」
花森が結婚すると聞いて、後藤がアレンジメントの花籠を作ってきてくれたのだ。
「後藤さん、わあ、ピンクの薔薇の花、可愛いし、お陰で祭壇も華やかになりますよ。
プレゼントしてくれて、ありがとう。
終わったら、花森さんに必ず渡します」
「あ、うんうん。そっれにしても、花ちゃんには、びっくりだよ!
まさか、結婚するなんて!
緑川さん、ショックっすね?
何か、紹介してすんません……。ぶっ」
僕は否定をしながら、会社に戻る後藤を見送った。
後藤はこちらを振り返って、ニヤニヤ笑う。
「その格好、面白いっす!」と言った。
これから何が始まるのか、見たかったと思う後藤に、
「放っといてくれ」と返したのだった。
今日は、ここで正式な挙式はしない。
花嫁は、ヘアメイクだけをブライダルサロンでしてもらって、今、チャペルにある小部屋で、着替え中だ。
ブライズルームは、敢えて使わない。
花婿は、ブライダルサロンで、黒のタキシードに着替え、もうすぐやって来るだろう。
「緑川さん、新婦のお支度が整いました。あっ、ふっ、ごめん。頑張って」
小部屋で、着替えの介助をしていた柚花が伝えた。
うっ、何か屈辱的だ!
きっと、童顔が七三分けをしているから、違和感があるのだろう。
僕は今、神父用の白い服を着ている。
愛の誓いをする2人の証人になる為だ。
………………………
ザッ!
「外崎、新郎、母、外スタンバイOKです」
インカムに連絡が入った。
チャペルの側面、祭壇脇側にあるドアの外にいる外崎たち。
新郎と新郎母には、手を繋いで祭壇まで、歩いてもらうことになっている。
「丸山、新婦、母、中スタンバイOKです」
祭壇の反対側には、小部屋に通じるドアがあって、内にいる柚花たち。
新婦は、白いふわっとしたレースいっぱいドレスを着て、
髪は、ゆるくまとめて片側サイドに飾りをつけている。
新婦と新婦母にも、手を繋いでもらう。
ほんの数メートル間を親子で触れ合ってもらい、そして、親離れをする。
「緑川、スタンバイOK」
「オールOK。音、スタート」
野村がスイッチを入れると、チャペルに、しっとりとした音が流れる。
それぞれの親子は、互いの温もりを感じ、ゆっくりと歩く。
母親たちは、黒の礼服を着て、華やかなコサージュをつけている。
祭壇前で待つ緑川に促され、両者が向かい合い、母親たちは、繋いでいる手を離し、息子と娘を繋がせた。
子どもの手を離す瞬間、肩の荷が下りたのか、寂しさからか、互いの母親は涙しながら着席する。
娘も、息子も「ありがとう」と呟いた。
カシャ、カシャ!
外崎は、大切なシーンを丁寧に写してゆく。
「これより、新郎新婦の誓詞交換を行います」
緑川は、神父役になりきっている。
新郎新婦に直筆誓詞を読み上げてもらい、それぞれにサインをしてもらう。
両家母親にもサインをしてもらった。
次に、外崎が家族写真を撮影後、新郎にカメラを貸した。
少しの時間なのだが、チャペル内で自由に撮影をしてもらうためだ。
本日の写真データを丸ごと購入して頂き、ヘアメイク代も頂戴する、という条件で、チャペル使用料や衣装レンタル料金は、ほとんどサービスにしている。
そのため、通常はチャペルの扉から入場し、レッドカーペットを歩いてもらうのだが、それもカットし、特別の演出をしたのだった。
チャペル内の部屋で、花嫁が着替えるのも初めての事だった。
ホテルの中から、歩いてくると、外にカーペットを敷かなければならず、料金面に関係してしまうからだ。
何から何まで、通常とは違うけれど、新郎新婦は、こんなフォト婚を楽しんでくれているようだった。
家族のリラックスした良い笑顔の写真を、思いっきり撮っている。
花森さん、嬉しそうだな。
企画を考えるのに苦戦したけど、こんな笑顔が見られたら、苦労なんか吹っ飛びます!
僕が、そんな事を思っていたら、花森さんが近づいて来た。
あっ、もう花森さんじゃないか。
「緑川さん、素敵な結婚式をありがとうございました。
こんな私たちの為に、頑張ってくれて、本当に嬉しいです。
スタッフの皆さんにも、凄く凄く感謝をしています。ありがとうございます」
新婦は、泣き笑いの顔で言った。
「おめでとうございます。
皆様が笑って過ごしていらっしゃるから、こちらも嬉しいです。
新しい場所でも、笑顔いっぱいでお過ごし下さいね」
そう言って、僕も胸が熱くなった。
自分が少しでも、役に立てたのかな?と思える瞬間が幸せなんだ。
「あっ、そうだ、祭壇の花籠は、後藤さんからのプレゼントですから、お持ち帰り下さい」
こうして、花森さんの婚礼は、無事に終えることができた。
…………………
「緑川さん、お疲れ様でした。
大成功で良かったね!
次は、菊乃様の格安婚の方、ヘルプを頼みます!」
「はい、丸山さん!お任せ下さい、何でも手伝います」
「じゃあ、天使になってね。
ふふ、楽しみ!」
「そ、それは、ちょっと……」
僕は、丸山さんが意味深に笑って去って行ったものだから、菊乃様婚礼式の前夜、足の無駄毛処理を密かにやったのだった。
一方で、後藤さんは、いつもの茶色の短髪に、工夫をしていた。
その前髪!短い前髪を、立たせているじゃないか!ずるいぞ!
後藤さんは、どちらかというと、イケメンではなく、いたって普通の容姿だ。
だが、目の前の2人の女性よりかは、背が高い。
この娘達は、けっこう背が高い方だと思う。
駐車場で初めて会った時、その背丈に息を飲み、今日は、普通のお食事会になるだろうと悟った。
そう考えれば、気が楽になってくる。
美味しいご飯を食べることに徹しよう。
「へえ、お2人は、葬儀会館に勤めているんですね。じゃあ、友引がお休みですか?」
気楽になった僕は、職業柄かもしれないが、サラッと言葉が出てきた。
すると、僕の前に座っている花森さんが、応じてくれた。
「はい、全員では無いですが、大抵は休みです。緑川さんの方は、婚礼の仕事をされているから、やはり仏滅休みですか?」
「うちの場合、公休以外の特別休として、同僚達と順番に、休みを取るシステムなんです。
まあ、僕は休みが多くても暇だし、それで丁度いいです。
で、休みは寝て過ごしています」
「えー!緑川さん、もったいないっすね。
俺なんか、花屋巡りをしてますよ!」
後藤が言うと、前に座る林原という女性が、目を丸くする。
「え?後藤さんが花屋さん巡り?
えー!本当に?そんなに仕事熱心には見えないのに。意外!」
「えー、本当だよー!酷いっすよ、林原さん。
他店にある花の種類、アレンジメントの作り方とか、見るだけで勉強になるんだよ」
緑川の前にいる花森は22歳で、後藤の前にいる林原は23歳で、共に葬儀会社に勤めている。
彼女達は、派手さの無い普通のビジュアルだが、ハキハキとしてノリのいい感じだ。
まだ分からないけど、2人のうち、どちらかが古風な娘?なのか?
「へえ、後藤さん、見直したよ!人は見かけによらないんだね。あ、ごめん」
「緑川さん、ひどいっす。まっ、いいですけどね。
ところで、花ちゃんとバラちゃんは、あそこで働いていて、怖い体験ないの?」
誰?花ちゃん?花森さんか、バラちゃん?何で?ああ、林原さんだからか。
にしても、この場で心霊体験を聞くのか?
「怖いこと?私は、特には無いけど。
花森さんも、そんな体験はないでしょ?」
「怖いことって、幽霊とかのことですよね?
はい、私も特には無いです」
「へえー、花ちゃんもバラちゃんも、まだだったんだ……」
「えっ?まだって?何のこと?やだ、何か噂とかあるの?」
林原がすぐに反応した。
後藤は、彼女達をびびらせる気満々のようだ。
「これは、ベテランさんから聞いたんだけど、お通夜前とかに、よろしくお願いしますって、現れる人がいるんだって。
でも、全然、怖くないって言ってたよ。
律儀な人もいるもんなんすね!」
この話しを聞いた僕の目が輝く。
「あっ!思い出した!友人の看護師から聞いた話し。
友人が、廊下を歩いていた患者さんとすれ違って、普通に会釈をしたんだって。
でも、その患者さんは、既に亡くなっていた!とか。
そうそう、その友人も、怖くないって言ってました。
慣れちゃうらしいです……あっ、すみません。怖がらせてしまいましたね……」
彼女達は、身体ごと後ろに引いていた。
しまった!身も心も引かせてしまいました!
後藤さん、微妙な空気にして、悪かったね。
「お待たせ致しました。ひと口かつ定食でございます」
場の空気を変える料理が、運ばれてきた。
僕は、何と言われようが、かつ煮定食を食べる。
このあと、後藤が合コンと呼ぶ食事会は、それなりに進行し、次の店に行くことなく、終了となった。
結局、古風な娘と言われる人が、いたのかどうか、それさえも掴めないままだった。
だが、そんな事は忘れるくらい、花森さん、いい娘だなぁ。って思う。
しかし、彼女より背が低いという時点で、発展は無いんだ。
僕は、改めて仕事に生きるしかない!と感じている。
………………………
それから数日後。
僕は、スタッフルームで、企画を考えていた。
「緑川さん、直ぐにブライダルサロンへと行って!お客様が、相談をしたいと仰っているそうよ」
「えっ、倉田チーフ、僕が行くんですか?
サロンには、丸山さんと野村さんがいるはずですが?」
「お客様からのご指名よ!早く行きなさい!」
今日の打ち合わせは、午後のはず……。
誰だろう?
「お客様、お待たせ致しました……あっ!」
「こんにちは。お呼びたてして、すみません」
僕は、絶句する。
驚き過ぎて、言葉が出てこない。
僕の目の前にいるのは、先日、合コンという食事会をした相手だったからだ。
しかも、少し気になっていた花森さんが、1人で来ている。
仕事中の僕に会いに来たということは、これは、もしかして……。
「こんにちは!先日は、どうも。さあ、あちらの窓際のテーブルへと、どうぞ」
案内をする僕は、彼女に背を向け、覚悟する。
仕事モードになろう。
「改めまして、いらっしゃいませ。
本日は、どのようなご相談でしょうか?」
思いっきり、営業スマイルを決めた。
「あ、あの、先日は、林原さんのために食事会に参加したんですけど……。
彼がいることを林原さんにも、皆さんにも、言わないで参加してすみません……。
ご相談したいのは、低予算で結婚式ができたらと……。私たち、1人親家庭で育ってきたので、互いの親に見てもらいたくて……」
がーん!やっぱりなぁ……。
「いえいえ、謝る必要はありません。
では、本題に入りますね。
低予算で、4名様だけの挙式をご希望ということでしょうか?」
「はい。お金をなるべくかけないで、ケジメとして何か出来ないかなって……。
親に結婚衣装姿を見せたくて。
しかも、早めに……我がままを言って、すみません。
だから、どんな形でもかまいません」
「かしこまりました。
では、失礼ですが、お急ぎの理由を伺っても、よろしいでしょうか?」
「はい、彼の転勤が決まって、私もついて行くことになったからです」
「大変、失礼を致しました。
では、挙式のみのモデルコースをご覧下さい。
いくつかのコースがございますが、こちらは、いかがでしょうか?」
緑川は、一番安いコースを提示した。
「あー!高い……ですね。
すみません、ちょっと無理かと。
あの、ドレスとかホント安い物で構いませんので!こだわりませんから!」
「そうですか……。うーん。挙式をご希望ですよね?」
「いえ、花嫁、花婿の姿になって、見せられたらいいです。
挙式はしなくてもいいです」
「それでしたら、どこかの……し?」
言いかけた僕の視界に、動く人が見えた!
ま、丸山さんだ!首を横に振っている!
僕達の会話を聞いていたのか?
何か、怒ってる?
人差し指をくいくいっと動かして……。
こっちへ来い!って合図?
「花森様、少々、お待ち下さい」
緑川は、花森の視界に入らない所へと移動した。
他のテーブルに隠れながら、柚花は、小声で緑川を叱責する。
「今、よその写真館に行けと言うつもりだった?あなたを頼っていらしたのに、それでいいの?方法を考えるのよ、いいわね?」
丸山さん、盗み聞きしていたのですねっ!
「それでは、花森様のご意向を伺いまして、再度、ご提案を致します」
花森は約束を残し、帰って行った。
…………………
「倉田チーフ!何とか低予算で、フォト婚とかができないでしょうか?
例えば、花嫁の写真を、我がホテルに飾るモデル料として、格安にするとか?
緑川は、何としても花森の期待に応えようと必死だ。
「えっ!また格安案件?現在、菊乃様からのご依頼を何とかしようと、頑張っている時に?
もう、勘弁してちょうだい!
それに、先日、見本写真を替えたばかりでしょ?
……でも、まあ、はい。
皆んなで案を考えてみましょう」
「はいっ!
倉田チーフ、提案があります!
宿泊レンタルプランというのは、いかがでしょう?」
柚花が言うと、スタッフルームにいる倉田チーフ、野村、もちろん緑川も頭を捻る。
「え?丸山さん、その宿泊?レンタルプラン?って、何なの?」
「はい、新郎新婦のお2人には、宿泊をして頂き、その特典として、タダ同然で衣装と小物類をレンタルします。
写真はセルフで、スナップ写真を撮って頂いたり、私どもがお撮りします。そんなプランを作ったら、いかがでしょうか?」
しかし、野村と緑川は、理解が出来ないような顔をしている。
「えっと、丸山さん、宿泊料金は余計じゃないですか?
だったら、その分を他に回した方がいいかなって、思います。
倉田チーフ、どうでしょうか?」
勇気を振り絞り、野村が言った。
「うーん、丸山さんの言いたいことは、何となくわかります。
丸山案は、レンタルをほぼ無料にして、尚且つ、写真スタジオを使用しない!ということですから。
その為には、何か理由が必要です。
で、うちは、宿泊メインのホテル。
せめて宿泊をしてもらう!ということですね?丸山さん?」
「はい、その通りです」
倉田チーフは、腕を組み考える。
「ねえ、丸山さん、ヘアメイクはどうするの?衣装をレンタルしたとしても、ヘアメイクは必要よ。
セルフでは、難しいかもしれないわ。
一生の思い出は、最高の状態が良いに決まっています。
あまり節約をし過ぎて、仕上がりが残念だったら、悔いが残ってしまうかもしれませんよ?」
柚花は、倉田チーフの言葉に、黙り込んだ。
「倉田チーフ、じゃあ、じゃあ、直近の模擬披露宴の時、2人に出演してもらいませんか?そしたら、それでスタジオ写真撮影をしてもらえば、丸く収まりますよね?」
「緑川さん、一般カップル枠のことを言ってるのね?
それって、先日、抽選会をして、当選者に通知してしまったでしょ?
いつ頃をご希望されているのかしら?
次は、来年、後半頃よ。
それなら、なんとかなると思うけど」
「あ、いえ、なるべく早めがいいそうです……。はーぁ」
誰もが、この案もダメだったのかと、がっかりとし、話し合いは続けられた。
そして熟考の後、ようやく内容が決定したのだった。
…………………
いよいよ、花森さんが花嫁姿になる日がやって来た。
本日は、他に予定のない平日の朝。
静かなチャペルに、元気な声が響き渡る。
「おはようございまーす!
花を届けに来ましたー!あ?うん?」
花森が結婚すると聞いて、後藤がアレンジメントの花籠を作ってきてくれたのだ。
「後藤さん、わあ、ピンクの薔薇の花、可愛いし、お陰で祭壇も華やかになりますよ。
プレゼントしてくれて、ありがとう。
終わったら、花森さんに必ず渡します」
「あ、うんうん。そっれにしても、花ちゃんには、びっくりだよ!
まさか、結婚するなんて!
緑川さん、ショックっすね?
何か、紹介してすんません……。ぶっ」
僕は否定をしながら、会社に戻る後藤を見送った。
後藤はこちらを振り返って、ニヤニヤ笑う。
「その格好、面白いっす!」と言った。
これから何が始まるのか、見たかったと思う後藤に、
「放っといてくれ」と返したのだった。
今日は、ここで正式な挙式はしない。
花嫁は、ヘアメイクだけをブライダルサロンでしてもらって、今、チャペルにある小部屋で、着替え中だ。
ブライズルームは、敢えて使わない。
花婿は、ブライダルサロンで、黒のタキシードに着替え、もうすぐやって来るだろう。
「緑川さん、新婦のお支度が整いました。あっ、ふっ、ごめん。頑張って」
小部屋で、着替えの介助をしていた柚花が伝えた。
うっ、何か屈辱的だ!
きっと、童顔が七三分けをしているから、違和感があるのだろう。
僕は今、神父用の白い服を着ている。
愛の誓いをする2人の証人になる為だ。
………………………
ザッ!
「外崎、新郎、母、外スタンバイOKです」
インカムに連絡が入った。
チャペルの側面、祭壇脇側にあるドアの外にいる外崎たち。
新郎と新郎母には、手を繋いで祭壇まで、歩いてもらうことになっている。
「丸山、新婦、母、中スタンバイOKです」
祭壇の反対側には、小部屋に通じるドアがあって、内にいる柚花たち。
新婦は、白いふわっとしたレースいっぱいドレスを着て、
髪は、ゆるくまとめて片側サイドに飾りをつけている。
新婦と新婦母にも、手を繋いでもらう。
ほんの数メートル間を親子で触れ合ってもらい、そして、親離れをする。
「緑川、スタンバイOK」
「オールOK。音、スタート」
野村がスイッチを入れると、チャペルに、しっとりとした音が流れる。
それぞれの親子は、互いの温もりを感じ、ゆっくりと歩く。
母親たちは、黒の礼服を着て、華やかなコサージュをつけている。
祭壇前で待つ緑川に促され、両者が向かい合い、母親たちは、繋いでいる手を離し、息子と娘を繋がせた。
子どもの手を離す瞬間、肩の荷が下りたのか、寂しさからか、互いの母親は涙しながら着席する。
娘も、息子も「ありがとう」と呟いた。
カシャ、カシャ!
外崎は、大切なシーンを丁寧に写してゆく。
「これより、新郎新婦の誓詞交換を行います」
緑川は、神父役になりきっている。
新郎新婦に直筆誓詞を読み上げてもらい、それぞれにサインをしてもらう。
両家母親にもサインをしてもらった。
次に、外崎が家族写真を撮影後、新郎にカメラを貸した。
少しの時間なのだが、チャペル内で自由に撮影をしてもらうためだ。
本日の写真データを丸ごと購入して頂き、ヘアメイク代も頂戴する、という条件で、チャペル使用料や衣装レンタル料金は、ほとんどサービスにしている。
そのため、通常はチャペルの扉から入場し、レッドカーペットを歩いてもらうのだが、それもカットし、特別の演出をしたのだった。
チャペル内の部屋で、花嫁が着替えるのも初めての事だった。
ホテルの中から、歩いてくると、外にカーペットを敷かなければならず、料金面に関係してしまうからだ。
何から何まで、通常とは違うけれど、新郎新婦は、こんなフォト婚を楽しんでくれているようだった。
家族のリラックスした良い笑顔の写真を、思いっきり撮っている。
花森さん、嬉しそうだな。
企画を考えるのに苦戦したけど、こんな笑顔が見られたら、苦労なんか吹っ飛びます!
僕が、そんな事を思っていたら、花森さんが近づいて来た。
あっ、もう花森さんじゃないか。
「緑川さん、素敵な結婚式をありがとうございました。
こんな私たちの為に、頑張ってくれて、本当に嬉しいです。
スタッフの皆さんにも、凄く凄く感謝をしています。ありがとうございます」
新婦は、泣き笑いの顔で言った。
「おめでとうございます。
皆様が笑って過ごしていらっしゃるから、こちらも嬉しいです。
新しい場所でも、笑顔いっぱいでお過ごし下さいね」
そう言って、僕も胸が熱くなった。
自分が少しでも、役に立てたのかな?と思える瞬間が幸せなんだ。
「あっ、そうだ、祭壇の花籠は、後藤さんからのプレゼントですから、お持ち帰り下さい」
こうして、花森さんの婚礼は、無事に終えることができた。
…………………
「緑川さん、お疲れ様でした。
大成功で良かったね!
次は、菊乃様の格安婚の方、ヘルプを頼みます!」
「はい、丸山さん!お任せ下さい、何でも手伝います」
「じゃあ、天使になってね。
ふふ、楽しみ!」
「そ、それは、ちょっと……」
僕は、丸山さんが意味深に笑って去って行ったものだから、菊乃様婚礼式の前夜、足の無駄毛処理を密かにやったのだった。
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