追放された王子は魔物の王になった〜魔剣が導く覇道〜

ソコニ

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第15話:試練の決着

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黒の湖から戻ったアーサーは、魔知の谷に帰還していた。彼の新たな姿は魔物たちの間に驚きと畏怖を生み出していた。黒炎の魔王ゼイファーの力を継承した彼は、より魔王に近い外見となっていたからだ。

黒い外皮は微かに青い光を放ち、額の角はより鋭く、そして何より、彼の両手から自在に黒い炎を操ることができるようになっていた。

「この力を完全に制御するためには、さらなる試練が必要だ」

アーサーは魔知の谷の訓練場で、新たな力を試していた。彼の指先から伸びる黒炎は通常の火とは異なり、触れるものの生命力そのものを焼き尽くす恐ろしい力を持っていた。

「見事な力です」

セルピアが感嘆の声を上げた。彼女はアーサーの不在中、魔知の谷の統治を担っていた。彼の帰還を最も喜んだ一人だ。

「だが、まだ完全な制御はできていない」

アーサーは黒炎を消し、息を整えた。力は得たものの、それを自在に扱うには訓練が必要だった。

「王」

突然、フェンリルが急いで近づいてきた。その表情には緊張が走っている。

「ネクロスから使者が来ました」

アーサーの表情が引き締まった。死霊王ネクロス——四天王最後の一人であり、最も謎めいた存在だ。彼はこれまで沈黙を守り、アーサーの動向を傍観していた。

「何と?」

「あなたに会いたいと」フェンリルは静かに言った。「死者の森で、一人で」

ヴァルガスとオウガも近づいてきた。彼らの表情にも懸念が見てとれる。

「罠の可能性が高い」炎竜が低い声で言った。

「ネクロスは...特殊だ」オウガが付け加えた。「彼は生と死の境界に立つ者。通常の戦いでは太刀打ちできぬかもしれぬ」

アーサーは沈思した。四天王最後の一人との対面は避けられない。彼が魔境の真の王となるためには、ネクロスの承認も必要だった。

「行く」彼は決断した。「だが、万が一に備え、死者の森の周囲に待機してほしい」

四天王の三人が頷いた。彼らはアーサーの決断を尊重しつつも、王の身を案じていた。

---

死者の森は、魔境の西部に広がる不気味な場所だった。

常に灰色の霧に覆われ、木々は葉を落とし、枯れ枝だけが空に向かって伸びている。地面からは薄い霧が立ち上り、時折、幽かな呻き声のようなものが聞こえてくる。

アーサーは単身、森の入口に立っていた。彼は深く息を吸い、覚悟を決めて一歩を踏み出した。

森の中は予想以上に静かだった。鳥の声も虫の音も聞こえない。ただ彼の足音だけが、不気味に響く。

「ようこそ、魔境の王」

突然、霧の中から声が聞こえた。アーサーは警戒して立ち止まり、周囲を見回した。

「ネクロス?」

「然り」

霧が渦を巻き、一つの形を作り始めた。それは徐々に人型へと変化し、やがて一人の存在が姿を現した。

黒いローブを纏い、顔は白い骨の仮面で覆われている。その姿は人間にも魔物にも見えず、むしろ死そのものを体現したかのようだった。

「死霊王ネクロス...」アーサーは警戒しながらも、敬意を込めて言った。

「黒炎を手に入れたか」ネクロスの声は不思議と温かみがあり、そのギャップがより奇妙に感じられた。「ゼイファーの意志を継いだというわけだ」

アーサーは驚いた。「ゼイファーを知っていたのか?」

「我らはかつての同志だ」ネクロスは静かに答えた。「千年前、彼が封印される前、共に戦った仲間だった」

この情報は衝撃的だった。ネクロスは千年生きているというのか?

「あなたも...同じ時代の人間だったのか」

「人間だった時期もある」死霊王は曖昧に答えた。「だが今は...死と生の間を漂う存在だ」

彼はアーサーを見つめ、骨の仮面の下からでもその視線の鋭さが感じられた。

「お前を試す」

突然、ネクロスの姿が消え、代わりに森全体が変化し始めた。霧が晴れ、周囲の景色が一変する。アーサーが立っていたのは、王国の宮殿の玉座の間だった。

「なに...?」

彼が混乱している間に、玉座の間に人々が現れ始めた。それは彼が知る顔——父王、第一王子ルシウス、そして王国の貴族たちだ。

「アーサー」

父王の声が彼を呼んだ。その表情には慈愛が満ちている。

「私の息子よ。戻ってきたのか」

アーサーは動揺した。これは幻影だと分かっていても、実在感は圧倒的だった。彼が追放される前の記憶が鮮明に蘇る。

「父上...」

「弟よ」ルシウスも近づいてきた。その表情には、かつてないほどの親愛の情が見える。「誤解だったのだ。お前の追放は。戻ってくれ」

アーサーは心が揺らぐのを感じた。これが幻だと分かっていても、心の奥底ではずっと求めていたもの——家族からの認知と愛情の回復だった。

「これは試練だ」彼は自分に言い聞かせた。「幻影に過ぎない」

「幻影ではない」父王が言った。「お前の心が生み出した可能性だ。今なら、まだ戻れる」

父王が腕を広げ、アーサーを抱擁しようとする。その瞬間、彼の胸に強い痛みが走った。失われた家族への思いが、彼の心を締め付ける。

「私は...」

アーサーの目に涙が浮かんだ。彼は王位でも権力でもなく、ただ家族の一員として認められることを望んでいた。それは彼の心の奥底に眠る、最も素直な願いだった。

しかし、同時に彼は変わったことも自覚していた。もう以前の王子ではない。彼は魔境の王となり、多くの魔物たちの希望となっていた。

「私の道はもう決まっている」

アーサーは深く息を吸い、幻影に背を向けた。

「私は魔境の王だ。戻ることはできない」

「本当にそれでいいのか?」父王の声が悲しげに響く。「お前はこの世界の人間だったのに」

「もはや純粋な人間でも、純粋な魔物でもない」アーサーは静かに答えた。「だからこそ、両者の架け橋になれる」

幻影が揺らぎ、消えていく。代わりに新たな光景が現れた。

今度は魔境の風景だ。だが、彼の知る魔境とは異なり、燃え盛る炎に包まれ、魔物たちが苦しむ姿があった。そして、その惨状を引き起こしているのは——アーサー自身の姿だった。

黒炎に全身を包まれ、眼には狂気の色が宿っている。それは彼が暴走した姿、ゼイファーと同じ道を辿った結末だった。

「これが...私の未来か」

『力に溺れれば、必然の結末』

ネクロスの声が彼の心に響いた。

『黒炎は両刃の剣。使う者の心次第で、創造にも破壊にもなる』

アーサーは自分の暴走した姿を見つめ、恐怖と決意が入り混じる感情を抱いた。これは彼が最も恐れる結末——力に飲まれ、守るべきものを自ら破壊してしまう未来だ。

「私は...ゼイファーの過ちを繰り返さない」

彼は拳を握り締めた。

「力は目的ではなく、手段だ。私はこの力で魔境を守り、いつか人間界との和平も実現させる」

『美しい言葉だ』ネクロスの声が冷ややかに応じた。『だが、言葉と行動は別物』

幻影が再び変化する。今度は戦場の真っ只中だ。人間の兵士たちが魔物たちを襲い、虐殺している。その中には、アーサーがかつて知っていた顔もあった。

「第一王子...」

ルシウスが戦場の中央で指揮を執り、魔物たちを次々と倒していく。その手には聖なる剣が握られ、その力は魔物にとって致命的だった。

『この光景を見て、何を感じる?』

アーサーの心に怒りが沸き起こった。無辜の魔物が殺される姿に、彼の内側から黒炎が漏れ始める。力が暴走しかけていた。

「制御せよ」彼は自分に命じた。「感情に流されるな」

アーサーは静かに前進し、幻影の戦場の中央に立った。彼は両手を広げ、黒炎を解放した。だが今回の炎は破壊ではなく、障壁となって広がり、戦う両者の間に壁を作った。

「戦いを止める。それが私の道だ」

彼は断固とした声で宣言した。単なる報復や怒りに身を任せるのではなく、より高い目標のために力を使う選択をしたのだ。

幻影が消え、再び死者の森の風景に戻った。ネクロスがアーサーの前に立っていた。

「見事だ」死霊王が静かに言った。「お前は自分の心と向き合い、乗り越えた」

「これが試練だったのか」

「然り」ネクロスは頷いた。「黒炎の力は使い手の心を映す鏡。怒りや憎しみに支配されれば、破壊の炎となる。だが、強い意志と清らかな目的があれば、創造の力ともなる」

アーサーは自分の手から黒炎を呼び出した。今、その炎は以前より安定し、彼の意思に従っているように感じた。

「まだ完全な試練ではない」ネクロスは続けた。「本当の試練は、これからだ」

「どういう意味だ?」

死霊王は手を伸ばし、霧の中から一枚の骨の仮面を取り出した。それは彼自身が被っているものと似ているが、より小さく、異なる形をしていた。

「これを受け取れ」

アーサーは警戒しながらも、仮面を手に取った。

「これは?」

「"冥府の仮面"」ネクロスが説明した。「死者の世界を覗く力を持つ。お前の最後の試練のために必要だ」

「最後の試練...?」

「死霊王の称号を得るためには、死の領域へ踏み込まなければならない」ネクロスは厳かに言った。「この仮面を被り、三日間、死者の森の中心にある"冥府の門"で瞑想せよ」

アーサーは仮面を見つめた。それは他の魔知種に与えられた試練とは全く異なるものだった。肉体的な強さや知略ではなく、精神的な試練だ。

「死者の言葉を聞き、死の本質を理解する」ネクロスは続けた。「それが私の力を認める条件だ」

アーサーは覚悟を決め、頷いた。

「受け入れる。いつ始めればいい?」

「次の満月の夜」死霊王は答えた。「魔境と死の世界の境界が最も薄くなる時だ」

彼は霧の中に溶けるように消えかけ、最後にこう付け加えた。

「警告しておく。死者の言葉は時に残酷だ。過去の亡霊と向き合う覚悟を持て」

アーサーはネクロスが完全に消えた後も、しばらく立ち尽くしていた。手の中の仮面が重く感じられた。

---

魔知の谷に戻ったアーサーを、四天王の三人とドラコ、セルピアが待っていた。

「どうだった?」ヴァルガスが尋ねた。

アーサーは「冥府の仮面」を彼らに見せた。

「最後の試練が課された」彼は静かに言った。「死者の森の中心で、三日間の瞑想だ」

「冥府の仮面...」フェンリルがぞっとしたように身震いした。「噂には聞いていたが...」

「危険なものなのか?」アーサーが尋ねた。

オウガが重々しく答えた。「死の領域に足を踏み入れることになる。肉体は無事でも、精神が戻らぬ可能性もある」

アーサーは仮面をじっと見つめた。黒炎の力を制御し、最後の四天王の承認を得るためには、この試練を乗り越えなければならない。

「準備はある」セルピアが言った。「私たちにできることがあれば」

「ありがとう」アーサーは感謝の意を示した。「満月までの時間で、黒炎の制御をさらに高めておく必要がある」

彼は手のひらに黒炎を宿した。それはかつてのゼイファーの力であり、今は彼のものとなった力だ。

「魔境に居ながら、死の世界を覗く...」

ドラコが懸念を示したが、アーサーは決意を固めていた。

「これも王となるための試練だ。必ず乗り越えてみせる」

---

王国の城下町では、奇妙な儀式が行われていた。

聖教会の司祭たちが集まり、大きな魔法陣の中央で祈りを捧げている。魔法陣の中には、黒い布で覆われた何かが置かれていた。

「準備は整いましたか?」

声の主は老齢の司祭、アルフレッドだった。彼は表面上は聖教会の長老の一人だが、実際には"影の枢機卿"と呼ばれる秘密組織の指導者だった。

「はい」若い司祭が答えた。「"冥府の鏡"は活性化しています。魔境の死霊王の動きを感知できるでしょう」

「魔境に変化があった」アルフレッドは黒い布を引き剥がした。

そこには鏡があった。しかし、それは通常の鏡ではなく、表面が常に霧のように揺らめき、時折、異界の光景が映し出される不思議な代物だった。

「死霊王ネクロスが動いた...そして、"彼"も」

鏡の中には、アーサーの姿が映っていた。彼が黒炎を操る姿に、司祭たちは顔を歪めた。

「黒炎の魔王の力を継承したか...」アルフレッドの顔に焦りの色が浮かんだ。「計画を早める必要がある」

「あの男は...本当に元王子なのでしょうか?」若い司祭が尋ねた。

「かつては」老司祭は冷たく答えた。「今は魔物と化した存在だ。我々の最大の敵となりつつある」

彼は鏡に手を置いた。

「死の試練が始まる前に、我らの計画を実行せねば。死霊王の力まで手に入れれば、彼を止めることは更に困難になる」

司祭たちは互いに頷き合った。

「"聖なる槍"の完成を急げ」アルフレッドは命じた。「魔境に侵入し、黒の王冠を破壊する時が近づいている」

鏡の中のアーサーの姿が揺らぎ、やがて消えていった。二つの世界の対立は、新たな局面を迎えようとしていた。

黒炎の試練を乗り越えたアーサーだが、真の試練はこれからだった。死者の言葉を聞き、過去の亡霊と向き合い、そして迫り来る王国の脅威に立ち向かうために、彼はさらなる強さを求めなければならない。

満月の夜が、刻一刻と近づいていた。
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