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6話

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◆◇◆◇◆◇


「それ、で」

 案内された部屋の中。
 ハクも入れて二人と一匹となった空間で私は足を踏み入れて早々、ヴァンに今回の件について訊ねようとして。

「さっきのアレはどういう事か説明────ぁいたっ!?」

 おでこにデコピンを食らって悶絶する羽目になった。額をおさえる。
 軽くの一撃だけど、痛い。
 ちょっとヒリヒリする。

「……なん、で、デコピン」
「アレを説明する前に、まず俺の質問からだ。なんで、あんな無茶をしようとした」
「む、無茶……?」

 珍しくヴァンが怒ってた。
 でも、私には怒られる事に心当たりがなかった。目を丸くする私の反応を見て、内心を見抜いたのだろう。
 ヴァンはあからさまに溜息を吐いた。

「……家を出るつもりだったんだろ」

 不機嫌な心境を隠す事すらせず、低くなった声でヴァンは答えを口にした。

 だけどやはり、怒られる事に覚えがない。
 ヴァンには迷惑を掛けないように、自力で何とかすると伝えたし、そもそも家を出る事についてヴァンは賛成してくれていた筈だ。

「……ヴァンも賛成してくれてたじゃん」
「ああ、そうだな。これまでは賛成してた。でも、今とこれまでとじゃ状況が違うだろ」
「一年早いか、そうじゃないか?」

 そこで、ヴァンが怒ってる理由を察した。
 だからあえて、私はとぼけた。

「……縁談についてだ」

 一年早いか、遅いかなど、誤差の範疇。
 問題は、ヴァンの言うように憂さ晴らしでとはいえ、進められてしまった縁談の件について。
 明らかに当てつけのような相手かつ、何人目かも分からない側室。
 次女とはいえ、侯爵家の令嬢に対する扱いではないだろう。

 そこに対する嫌悪を責められている訳ではなかった。
 責められているのはそれに対する解決方法。

「あのまま家を出て、どうなるかが分からないお前じゃないだろ。あのまま出ていたら、実家は勿論、辺境伯にまで恨まれてたぞ」

 分かってる。
 そうなった時、実家と辺境伯が私に対してどういう対応をする可能性があったかについても、勿論。
 でも、私にそれを断る方法はなかったし、抗議しても無駄という事はよく分かってる。
 だったら、何もかも割り切ってハクと一緒に人里離れた場所でひっそり暮らすのも悪くない気がした。だから、家を出ようと決めた。

「なぁ、ノア」
 
 名前を呼ばれる。

 ……厳密には、家を出る以外にどうにかする方法はある事にはあった。
 既に進められた縁談をどうにかする方法。
 それは、

「どうして、俺を頼らなかった?」

 エスターク公爵家の人間であるヴァンに助けてと泣きつく事。
 でも、私はそれをしなかった。
 どころか、必要ないと手紙で送った。

「……だって、私の事情でヴァンに迷惑を掛ける訳には」
「俺達は、友達だろうが」

 ────いかないから。
 私が言い終わるより先に、ヴァンが言葉をかぶせた。

「困った時は、俺を頼ればいいだろうが。俺は、友に頼られる事を面倒とは思わない。寧ろ、心を許せる友人との時間を、こんな下らない事で失う事の方が問題だ」

 決して冗談を言っている訳ではなく、そう口にするヴァンの表情は真剣そのものだった。

「……流石に、やりすぎじゃ無い?」

 姉からの嫌がらせで決まった縁談を実質的に白紙にさせる為とはいえ、これまでヴァンが執拗に拒んできた縁談というカードを切るのはやり過ぎのように思えた。

「元より、親父殿が婚約者を決めろと五月蝿かったんだ。ノアが俺の婚約者になればその件で口煩く言われる事もなくなる。だから、俺にとっても都合が良かった」

 もしかして、私が気に病まないようにって気遣ってくれてるのだろうか。

「そっ、か」

 本音を言うと、私としてもヴァンに迷惑を掛ける事は忍びなかったけど、実家と辺境伯から恨まれる人生は勘弁願いたかったのも事実だった。
 だから。

「……ごめん。それと、ありがとうね。ヴァン」
「気にするな」

 友達なのに、本音を打ち明けずに遠慮してしまった事に対する謝罪。
 加えて、多少強引だった気もするけど、今回の件についての感謝を素直にしておく事にした。

「……で、なんだけど」
「うん?」

 恐らく、ヴァンからの質問についてはこれで終わりな筈だ。
 ついでに、今回の婚約の件も私の事を思っての行動という事も分かった。

 ただひとつ、大事な疑問が残っている。

「この縁談に、ヴァンのお父さんも賛成してたって言ってたよね」
「ああ、言ったな。言っておくが、出まかせじゃないぞ。正真正銘、親父殿はノアとの婚約に賛同してた。というか、そうでもないとこうして強行は出来なかっただろうからな」

 もっとも、その時はその時でまた別の手段を考えただろうがな。

 そう口にしてくれるヴァンは、頼り甲斐しかなかったが、彼はおかしい部分に気付いていないのだろうか。

 私は、ヴァンのお父様と会話した事は一度もない。どころか、こうしてヴァンの将来を案じてパーティーを開催していたお父様の前で、抜け出していたヴァンの助力をしていた張本人である。
 勿論、ヴァンも体裁を考えて最低限出席はしていたが、私の存在は御当主からすれば目の上のたんこぶだろう。

 どう考えても歓迎されるとは思い難い。
 それこそ、姉と勘違いしているのでは無いだろうか。

「……私、殺されたりしないよね?」
「殺、される……? く、くくっ、なんでそんな話になったよ」

 飛躍に飛躍を重ね、そんな言葉が出てきた。
 そして、ヴァンに笑われた。

「あぁ、それと黙ってたが、一緒にパーティーから抜け出していた件は二年前からバレてるぞ」
「いやそりゃ、ヴァンが抜け出していたのがバレてるのは当たり前……で?」

 あれ。今なんか聞き逃しちゃいけない言葉が聞こえた気がする。

 一緒にとか、なんとか言ってた気がする。

「そもそも、俺の力量で親父殿から逃げ切るなんて不可能だからな。俺が一人で抜け出してる訳じゃない事はすぐにバレた。で、その相手がノアって事もバレた。一応、親父殿も精霊術師だった曾祖母の血を引いてるからな」

 ハクの存在にヴァンが気付けるのだ。
 確かに、それで御当主が気付けない道理はない。

「……あれ。じゃあなんで私は五体満足なんだろう?」

 ヴァンのお父様の予定を滅茶苦茶に狂わせてた張本人なのに、怒られた記憶は一つもない。

「これは俺の勘違いだったんだが、このパーティーは俺が同世代の人間と誰一人として打ち解けてない事を心配しての行動だったらしい。要するに、交友関係を広げる為のものだったようだ」

 思えば、パーティーには公子公女の参加が求められていた。
 婚約者を探すだけなら、公女と限定すべきだ。そうでないという事は……あぁ、そういう事か。

「だから、褒められた行為ではなかったが、ノアと共に抜け出していたのを一応、黙認していたらしい」
「……いやでも、結構私達追いかけ回されてなかった?」
「精霊術師とはいえ、曾祖母以外に遅れを取るのは親父殿のプライドが許さなかったのと、今後の事を考えても、次期当主ともあろう人間が毎度抜け出すのは看過できない。パーティーに出席して交友関係を広げろ。という親父殿なりの訴えだったらしい」

 前者はともかく、後者はもっともな意見だった。

「まあ、そういう訳で親父殿としては家格的にも問題はないし、曾祖母と同じ精霊術師であるし、と反対する理由もないから賛成するって感じだったな」

 なんか色々と軽い気がするけれど、その部分にこうして助けられた私が文句を言うべきではないだろう。

「だから、親父殿にそうビクビクする必要は何処にもないぞ」

 そう言われて私は安心した。

「ただ問題があるとすれば……この後、だな」
「この後……?」

 不穏な言葉に眉を顰める。

「今回のパーティーに招いた貴族達の前で、縁談の件を周知させる必要がある。だから、ノアにも前に立って貰う事になる」

 ヴァン以上に貴族を苦手……というより、避けたがっている私にとってそれは、確かにかなりの大問題であった。
 殆ど、仮のような婚約だけれど、それでも相手は公爵家の後継ぎであるヴァンだ。

 なんでこんな奴が。

 などと言われる未来は透けて見える。
 というか、私自身でさえも、なんでこんな奴がって思ってるし。

「……確かに、それは大問題だね」

 どうやって逃げるか────いや、今回は逃げられないんだ。ヴァンの面子を潰す訳には絶対にいかないし、考えるならどう耐え抜くかだ。

 頭を悩ませながら考えていたからだろう。
 私もヴァンも、先程から終始静かだったハクが部屋の外────会場がある方角を険しい表情で見詰めては、忙しなく視線を動かしていた事にまだ気付けていなかった。
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