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案内されたのが普通のテーブル席だったことに心底ホッとした瞳である。個室などではなくて良かった。
けれど、次の問題が控えていた。瞳と円、メニューを見ながら頭を抱える。
決められない。
決めかねているのは、オムレツライスとビーフシチューの壺焼き。ニルバーナの名前を持つチーズケーキは外せない。
「さすがにメインをふたつとか食べ切れる気がしないんだけど……」
「いや、行けるんじゃない? コースにするとそれなりにサラダとかスープとか付いてるし」
「マジか……」
「あ、ほら。セットにするとライスかパンが付いてる」
「おお……」
「それに今めっちゃお腹空いてるし!」
「……行ける気がしてきた」
円に丸め込まれる瞳は、だがそれに気付いていない。今のうちに、と円はウェイターを呼び、オーダーを済ませる。
「あと、チーズケーキふたつと、コーヒー。瞳は?」
「あ、オレもコーヒー」
「以上でお願いします」
ぱたりとメニューを閉じて二人分のメニュー表をウェイターに渡す。
あとは料理が来るのを待つだけである。
「そういえば、律さんたちのお土産何にする?」
「あ、美作からリクエストもらってるから、この後少し移動するけど」
「そうなのか。了解」
「日光といえば湯波らしい」
「なるほど。日光ゆばだな」
「そう。なんかせんべいの工場兼直売所の近くの店が気に入ってるらしくて」
「へぇー」
「そっちも寄ってきたら楽しいと思うって言われた」
「楽しい……?」
瞳がキョトンと聞き返す。
工場で直売所で、楽しいとは?
「工場なんだろ?」
「そうらしいよ」
「ふぅん?」
「まあ、行ってみようよ」
「そうだな。で、どこにあるって?」
「んーと。調べたんだけど、ここからだと徒歩はちょい時間かかる。タクった方がいいかも」
「マジか……」
「マジで。でもめっちゃ気になるんだよね。瞳さえ良ければ」
「まあ、オレも気になるし、円に任せるよ」
「了解ー」
そんな話やら東照宮で見てきたものの話やらをしていると、お待ちかねの料理が運ばれてくる。
テーブルに並べられた料理に思うのは、意外とボリュームがある、の一言ではあるが、そこは食べ盛りの高校生である。しかも、朝のトレーニングの後に朝食抜き。
目の前にあるのは、チキンライスにオムレツを乗せて更にデミグラスソースをかけたオムレツライスと、壺型の器にビーフシチューを盛ってパイ生地で蓋をして焼いたビーフシチューの壺焼き。
しかも老舗の洋食店ときたら、美味しくないはずがなかった。
空腹は最大の調味料とも言うけれど、それを抜きしても文句なしに美味しそうである。
「食べようぜ。瞳は猫舌なんだから注意しろよ?」
「言われなくても」
「よし。いただきまーす」
「いただきます」
ぱくりとひとくち。食べた後の瞳と円の語彙力はどこかへ行った。
「うっま!」
「何コレめちゃ美味しい」
「オムレツにエビ入ってる」
「マジだ、ぷりっぷり!」
「デミソース濃い!」
「パイ生地さくさく」
「肉ごろごろ入ってる!」
「シチューも美味しい」
「うっま!」
とにかく美味いを繰り返しながら食べる高校生二人組は、店員たちからあたたかいまなざしで見られていることに気付かない。
余計な会話を挟まず、美味しい食事を堪能する瞳と円は微笑ましい。素直な賞賛の声は嬉しいものなのである。
最初の不安なんてどこへやら、瞳も円もしっかり食べ切ると、絶妙なタイミングで皿を下げられ、今度はチーズケーキとコーヒーが運ばれてくる。
「これがウワサのチーズケーキ……」
「レアチーズケーキ、かな?」
「……っぽいな」
ケーキフォークでさくりとひとくち分だけ切り分けて口へ運ぶと、なんとも濃厚な味に驚いた。またしても語彙力が飛んでいく。
「うまぁ!」
「……『美味しい』以外の言葉が見つからない」
オムレツライスとビーフシチューでそこそこ満腹になったはずだが、『デザートは別腹』という言葉を実感した瞳と円である。
そんな二人に、ウェイターの一人が微笑みながら声をかけてくる。
「ありがとうございます。当店のチーズケーキはニルバーナという名前ですが、これは仏教用語で『最も優れたもの』という意味でもあるんですよ」
「へぇー!」
「そうなんですか。仏教用語か……」
「輪王寺のお坊様がつけてくださったそうです」
「あー、なるほど!」
「うん、めっちゃ美味しいです」
言葉を交わす間も二人の手は止まらない。瞳は『ニルバーナ』の名前にふさわしいケーキだなぁ、などと思っていた。
「突然のお声かけ失礼しました。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます」
おかげで面白い雑学を入手したのである。失礼だなんてとんでもないというのは心からの言葉だ。
そんなこんなでチーズケーキを綺麗に食べきり、コーヒーを飲んでひと息ついた。
「はー。美味しい物を食べるって幸せだな」
「円の料理も美味しいけどな」
「マジで!」
「最初にそう言っただろ?」
「言われたけど!」
やめて今の仕様で言わないで照れる、などと言われてしまって理不尽な感が否めない瞳である。
けれど、次の問題が控えていた。瞳と円、メニューを見ながら頭を抱える。
決められない。
決めかねているのは、オムレツライスとビーフシチューの壺焼き。ニルバーナの名前を持つチーズケーキは外せない。
「さすがにメインをふたつとか食べ切れる気がしないんだけど……」
「いや、行けるんじゃない? コースにするとそれなりにサラダとかスープとか付いてるし」
「マジか……」
「あ、ほら。セットにするとライスかパンが付いてる」
「おお……」
「それに今めっちゃお腹空いてるし!」
「……行ける気がしてきた」
円に丸め込まれる瞳は、だがそれに気付いていない。今のうちに、と円はウェイターを呼び、オーダーを済ませる。
「あと、チーズケーキふたつと、コーヒー。瞳は?」
「あ、オレもコーヒー」
「以上でお願いします」
ぱたりとメニューを閉じて二人分のメニュー表をウェイターに渡す。
あとは料理が来るのを待つだけである。
「そういえば、律さんたちのお土産何にする?」
「あ、美作からリクエストもらってるから、この後少し移動するけど」
「そうなのか。了解」
「日光といえば湯波らしい」
「なるほど。日光ゆばだな」
「そう。なんかせんべいの工場兼直売所の近くの店が気に入ってるらしくて」
「へぇー」
「そっちも寄ってきたら楽しいと思うって言われた」
「楽しい……?」
瞳がキョトンと聞き返す。
工場で直売所で、楽しいとは?
「工場なんだろ?」
「そうらしいよ」
「ふぅん?」
「まあ、行ってみようよ」
「そうだな。で、どこにあるって?」
「んーと。調べたんだけど、ここからだと徒歩はちょい時間かかる。タクった方がいいかも」
「マジか……」
「マジで。でもめっちゃ気になるんだよね。瞳さえ良ければ」
「まあ、オレも気になるし、円に任せるよ」
「了解ー」
そんな話やら東照宮で見てきたものの話やらをしていると、お待ちかねの料理が運ばれてくる。
テーブルに並べられた料理に思うのは、意外とボリュームがある、の一言ではあるが、そこは食べ盛りの高校生である。しかも、朝のトレーニングの後に朝食抜き。
目の前にあるのは、チキンライスにオムレツを乗せて更にデミグラスソースをかけたオムレツライスと、壺型の器にビーフシチューを盛ってパイ生地で蓋をして焼いたビーフシチューの壺焼き。
しかも老舗の洋食店ときたら、美味しくないはずがなかった。
空腹は最大の調味料とも言うけれど、それを抜きしても文句なしに美味しそうである。
「食べようぜ。瞳は猫舌なんだから注意しろよ?」
「言われなくても」
「よし。いただきまーす」
「いただきます」
ぱくりとひとくち。食べた後の瞳と円の語彙力はどこかへ行った。
「うっま!」
「何コレめちゃ美味しい」
「オムレツにエビ入ってる」
「マジだ、ぷりっぷり!」
「デミソース濃い!」
「パイ生地さくさく」
「肉ごろごろ入ってる!」
「シチューも美味しい」
「うっま!」
とにかく美味いを繰り返しながら食べる高校生二人組は、店員たちからあたたかいまなざしで見られていることに気付かない。
余計な会話を挟まず、美味しい食事を堪能する瞳と円は微笑ましい。素直な賞賛の声は嬉しいものなのである。
最初の不安なんてどこへやら、瞳も円もしっかり食べ切ると、絶妙なタイミングで皿を下げられ、今度はチーズケーキとコーヒーが運ばれてくる。
「これがウワサのチーズケーキ……」
「レアチーズケーキ、かな?」
「……っぽいな」
ケーキフォークでさくりとひとくち分だけ切り分けて口へ運ぶと、なんとも濃厚な味に驚いた。またしても語彙力が飛んでいく。
「うまぁ!」
「……『美味しい』以外の言葉が見つからない」
オムレツライスとビーフシチューでそこそこ満腹になったはずだが、『デザートは別腹』という言葉を実感した瞳と円である。
そんな二人に、ウェイターの一人が微笑みながら声をかけてくる。
「ありがとうございます。当店のチーズケーキはニルバーナという名前ですが、これは仏教用語で『最も優れたもの』という意味でもあるんですよ」
「へぇー!」
「そうなんですか。仏教用語か……」
「輪王寺のお坊様がつけてくださったそうです」
「あー、なるほど!」
「うん、めっちゃ美味しいです」
言葉を交わす間も二人の手は止まらない。瞳は『ニルバーナ』の名前にふさわしいケーキだなぁ、などと思っていた。
「突然のお声かけ失礼しました。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます」
おかげで面白い雑学を入手したのである。失礼だなんてとんでもないというのは心からの言葉だ。
そんなこんなでチーズケーキを綺麗に食べきり、コーヒーを飲んでひと息ついた。
「はー。美味しい物を食べるって幸せだな」
「円の料理も美味しいけどな」
「マジで!」
「最初にそう言っただろ?」
「言われたけど!」
やめて今の仕様で言わないで照れる、などと言われてしまって理不尽な感が否めない瞳である。
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