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第五話
(仮初)夫婦のコミュニケーションだとかエトセトラ……【四】
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車内は暑くもなく寒くもなく快適な温度だ。すれ違う車やバイクの音が聞こえるくらいで、実に静かである。先程までゴソゴソとバスケットの中で動き回っていた日比谷は、眠ってしまったようだ。
……さて、この場をどう持たせよう……
「緊張、していますか?」
不意に話しかけられる。あたしを気遣うような声で。何だか申し訳なく思った。もう、開き直ろう。急にコミュニティ上手になどなれる筈ないのだから。右隣の彼を見つめた。ちょうど信号が赤になって車はゆっくりと停まる。同時に彼はあたしを見つめた。光線の加減でサングラスはクリアブラックに見え、『アンダリュサイト』を思わせる変色性の瞳は、透き通るようなオリーブグリーンだった。限り無く慈愛に満ちた眼差しに、嘘や誤魔化しは浅慮だ。
「……はい。すみません、なんかその。上手く話せなくて。話せないならば聞き上手、だったら良かったのですが……」
「謝る必要など一切ありませんよ」
彼の唇が穏やかな弧を描いた。きっと、聖母マリアの笑みとはこのようなものを言うのだろう。信号が青に変わる、車は滑るように走り出した。再び前を向いて運転に集中する彼の、言葉を待った。
「本当に、自然体で良いのです。上手くやろうとか、楽しませてあげなくては失礼なのではないか? とか。そのような事は一切気にしないで下さい」
穏やかに切り出す。さながら、小川のせせらぎのように優しく、歌うように言の葉が流れていく。
「無理を言ってお願いしたのはこちらですし、何よりも私は普通の人間というものがどんなものなのか知りたい。普通と言うのは別に、秀でたものがないとか特徴がないという負の意味ではありません。むしろあなたは非常に個性的な方だ。誤解を恐れないで言えば、全うな人間を知りたい、という事です」
あたしは本当に凡人代表みたいなものだから、個性的だなんて言われたのは初めてで。でも嫌味な感じはしなくてむしろ照れてしまう。
「ですから、どうかそのままで。もし、話したくないのであれば話す必要もありません。怒りや苛立ち、悲しみをぶつけて下さっても全く問題ないので。むしろ、もっと沢山のあなたを知りたい」
彼の言葉は、焦って消耗していたあたしの心に、まるで経口保水液のように静かに自然に、そして確実に浸透していった。
確かに、私は私にしかなれない。路傍の石はダイヤモンドにもアレキサンドライトにもなれないものだ。だからと言って、路傍の石が駄目だなんて事は人間が勝手に価値を決めた事であって、石からしたら余計なお世話というところだろう。それなのに精一杯背伸びして少しでも良く見られようとあたふたしていた。何と滑稽だったのだろう。
「ふふふっ」
自然と笑みが零れた。肩の力が抜け、楽になった。
「やっと笑ってくれた」
彼はちらりとあたしを見て、嬉しそうに笑う。朝咲の薔薇が綻ぶようだ。すぐに正面を向いた彼は、
「笑っているあなたはとても可愛らしいし、人をホッとさせる力がある。きっと、多くのクライアントが癒される事でしょう」
と言葉を続けた。ボッと顔から火が出そうだ。褒め上手なのだ、彼は。けれどもそこに悪意は感じない。高度な話術の持ち主なのだろう。
「有難うございます。私はあなたの事をもっと知りたいです」
気付けば自然に言葉が口からまろび出ていた。彼は驚いたように一瞬私を見る。すぐに前を向くと、
「ええ、なんなりと」
と声を弾ませた。
……さて、この場をどう持たせよう……
「緊張、していますか?」
不意に話しかけられる。あたしを気遣うような声で。何だか申し訳なく思った。もう、開き直ろう。急にコミュニティ上手になどなれる筈ないのだから。右隣の彼を見つめた。ちょうど信号が赤になって車はゆっくりと停まる。同時に彼はあたしを見つめた。光線の加減でサングラスはクリアブラックに見え、『アンダリュサイト』を思わせる変色性の瞳は、透き通るようなオリーブグリーンだった。限り無く慈愛に満ちた眼差しに、嘘や誤魔化しは浅慮だ。
「……はい。すみません、なんかその。上手く話せなくて。話せないならば聞き上手、だったら良かったのですが……」
「謝る必要など一切ありませんよ」
彼の唇が穏やかな弧を描いた。きっと、聖母マリアの笑みとはこのようなものを言うのだろう。信号が青に変わる、車は滑るように走り出した。再び前を向いて運転に集中する彼の、言葉を待った。
「本当に、自然体で良いのです。上手くやろうとか、楽しませてあげなくては失礼なのではないか? とか。そのような事は一切気にしないで下さい」
穏やかに切り出す。さながら、小川のせせらぎのように優しく、歌うように言の葉が流れていく。
「無理を言ってお願いしたのはこちらですし、何よりも私は普通の人間というものがどんなものなのか知りたい。普通と言うのは別に、秀でたものがないとか特徴がないという負の意味ではありません。むしろあなたは非常に個性的な方だ。誤解を恐れないで言えば、全うな人間を知りたい、という事です」
あたしは本当に凡人代表みたいなものだから、個性的だなんて言われたのは初めてで。でも嫌味な感じはしなくてむしろ照れてしまう。
「ですから、どうかそのままで。もし、話したくないのであれば話す必要もありません。怒りや苛立ち、悲しみをぶつけて下さっても全く問題ないので。むしろ、もっと沢山のあなたを知りたい」
彼の言葉は、焦って消耗していたあたしの心に、まるで経口保水液のように静かに自然に、そして確実に浸透していった。
確かに、私は私にしかなれない。路傍の石はダイヤモンドにもアレキサンドライトにもなれないものだ。だからと言って、路傍の石が駄目だなんて事は人間が勝手に価値を決めた事であって、石からしたら余計なお世話というところだろう。それなのに精一杯背伸びして少しでも良く見られようとあたふたしていた。何と滑稽だったのだろう。
「ふふふっ」
自然と笑みが零れた。肩の力が抜け、楽になった。
「やっと笑ってくれた」
彼はちらりとあたしを見て、嬉しそうに笑う。朝咲の薔薇が綻ぶようだ。すぐに正面を向いた彼は、
「笑っているあなたはとても可愛らしいし、人をホッとさせる力がある。きっと、多くのクライアントが癒される事でしょう」
と言葉を続けた。ボッと顔から火が出そうだ。褒め上手なのだ、彼は。けれどもそこに悪意は感じない。高度な話術の持ち主なのだろう。
「有難うございます。私はあなたの事をもっと知りたいです」
気付けば自然に言葉が口からまろび出ていた。彼は驚いたように一瞬私を見る。すぐに前を向くと、
「ええ、なんなりと」
と声を弾ませた。
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