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第五話
(仮初)夫婦のコミュニケーションだとかエトセトラ……【五】
しおりを挟む「……そうなのだよ。神の仕事と言っても特に表立ってはやる事も無くてねぇ」
「そうだったんですか! 日本神話とかでも、月読命様の事は夜の神とか月の神……くらいしかなくて。謎の多いミステリアスな神、という説が殆どでした」
「何せ、姉があの天照大神で。弟は須佐之男命《スサノオノミコト》だからもう殆どやる事もなくてな。私に任されていたのは夜や月の管理だったが、昔から姉も弟も大活躍だったからなぁ」
粋蓮はそう言って懐かしそうに天を仰いだ。サングラスをヘア―バンドのように上げ、その瞳は光の加減で、ライトブラウンとオリーブグリーンが混じり合ったような神秘的な色合いに見える。黒髪は本当に艶々で、陽光が当たった部分が虹色に輝いている。深い紫色のパンツに、薄紫色のワイシャツをお召しだ。何を着ても、恐らく185cmはあろうかと思われる身長、手足が長くスタイルが良い事が際立つ。あたしは身長が155cmほどだから、彼と話す時は完全に見上げる形となる。左隣を歩く人が、ここまで浮世離れした美形でかつ身長さがあると、あたしのスタイルとか色々とスルーされるからさほど気にする事もないのだ、と言う事を実感した。
「それって、ほぼ人間の創作した神話の通り、という解釈で大丈夫ですか?」
ツナサンドをしっかりと咀嚼して嚥下してから話しかける。このレタスがシャキシャキとしていて本当に美味しい。
「うーん、それもまた創作と真実が入り混じっていて一言では言えないかな」
彼もまた、ホットチキンサンドを嚥下してから応じる。本当は……どうして人間見習いに地上に来たのか? これが一番聞いてみたいところだ。けれども恐らくは……彼の想い人の事が深く関わって来るような気がする。もし、彼が話したいならとっくに自ら話している筈だ。言わないのはつまり……聞かれたくないか、或いは未だ話す時ではないか……のどちらかだろう。だから、あたしからは聞かない。
「あら! 可愛い兎さんね!」
三歳くらいの男の子を抱いた母親が、木製のテーブルの上でご機嫌でカットした林檎をモグモグと食べている真の姿の日比谷に声をかけた。
「「有難うございます」」
声を揃えてお礼を述べる。ランチが始まって日比谷をテーブルに乗せてから何度も話かけられるので慣れてしまい、こうして同時に礼が返せるようになっていた。天気の良い土曜日のせいか、家族連れやカップル、犬の散歩など。訪れている人は少なくない。得意げに小首を傾げて母子を見つめる日比谷は、どこからどうみても本物の兎にしか見えない。まぁ、彼の真の姿なのだけれど。これで実は人語も操るのだから演技上手だ。
話は少し前に遡る。
車から降りて森林公園を散歩していると、ボックスカーでランチを販売に来ていたり、レストランや土産屋がある事に気付いた。せっかくだからそこでお昼を食べようと、木製の丸テーブルと椅子が四脚並んでいる木陰にやって来たのだ。先ずはあたしが何が売っているのか下見をし、それを元にレストランか買って食べるか普通にボックスカーに並ぶか相談する。
結果、あたしはツナサンドと烏龍茶、彼はホットチキンサンドとジンジャーエール、日比谷は予め持ってきていた林檎をあたしがカットして。そんな感じでただ今ランチ中だ。
ランチを買いに列に並んでいる間、粋蓮の美貌ぶりに目を見開く人、すれ違いながらも振り返って二度見三度見していく人。列の前後の女子たちはコソコソと頬を赤らめて彼をチラチラと見ている。うん、気もちは分かる。そして誰もあたしを意識しない。何だ、別に不安になる事などなかったのか。それはそれとして粋蓮の方だ。サングラスをしてもこの威力、外したら……大変そうだ。女子たちに取り囲まれてしまうのではなかろうか。
という心配は、杞憂で終わった。椅子に座るとサングラスをヘア―バンドのように頭に上げたが、皆降り返って見ていくけれど、積極的に難破してくる強者女子は居なかった。今のところは。
多くの種類の木が茂り、池、花木などがあったが、ゆっくりと見て回るというより終始会話をして歩く。意外にも会話が弾み、そんな感じになっていた。
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