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第八話
ツクヨミ様の想い人 其の一【一】
しおりを挟む空を見上げる。生憎、今日は曇り空だ。いつ雨が降ってきてもおかしくない。それもそうだ、季節はいつの間にか梅雨入りしてるのだから。
「はぁ……」
大きな溜息が自然に口からついて出た。つい二日ほど前を振り返る。
ランさんは、あの赤黒い大蛇がガラスのように弾けて砕け散ったあと、元の天使の置物の姿に戻っていた。今までの出来事など、最初から何もなかっらかのように椅子の上に鎮座していた。もう、何も話さないようだ。話す必要も、人型に変化する必要もなくなったのだろう。
「よく、頑張りましたね。ゆっくりとお休みください」
粋蓮はそう声をかけると、静かに席を立って天使の置物を両手で掬いあげるようにして天に掲げた。
「あっ!」と声をあげそうになって慌てて呑み込む。天使の置物の内側が柔らかな光ち始めたからだ。それは星の光を思わせ、天使の置物が包み込まれていく。それはやがて、スーッと光のミストのようにして消えていった。天使の置物も後片もなく。
有るべき場所へとかえっていったのだと、粋蓮はいった。それは元の持ち主の場所ではなく、役目を終えて粒子となり、風となって地球の一部となったそうだ。
「……では、元の持ち主には?」
という私の問いに、粋蓮は少し硬質な輝きを秘めたオリーブグリーンの瞳を伏せ、おもむろにこう答えた。
「……私たちに、大きな災いが起こるのを防ぐ為に身代わりになってくれたのだ、と信者たちに告げ、形ばかりの祈りを捧げた後に新たな偶像崇拝の品物を見つけたようです」
との事だった。彼女たちはまた、その品物に依存し、偶像崇拝をしていくのだろう。懲りないというか、他力本願で棚ボタを期待する心情は理解出来るが、勝手にすがられた上思い通りに事は運ばないとなると恨みをぶつけられる。何だか対象となるものがとても理不尽で気の毒に思えた。
けれども何よりもあたしを憂鬱にさせたのは、あの赤黒い大蛇が消え去る寸前に聞こえたある言葉だった。
……ソウヤッテ他人事ノヨウニスマシテイルケド、アナタモソノウチイヤトイウホドオモイシルワ。嫉妬トイウアツカイニクイカンジョウヲネ……
粋蓮や日比谷には聞こえなかったようだ。
嫉妬という感情など、自分は何をやっても姉には叶う筈もないのだ、と悟った中二の頃……それこそ中二病に罹患する前に捨てさってしまった筈だ。だから、気にする必要などない筈だ。そうなのだが、何故かしこりのように耳にこびり付いていた。
何故か、気分が晴れない。天候のせいだろうか。振り切るようにして首を横に振った。そろそろ朝食の準備をする時間だ。
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