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第八話
ツクヨミ様の想い人 其の一【二】
しおりを挟む湿気が体中にまとわりつく。何となく気分が晴れないのはそのせいもあると思う。
どんよりした鉛色の空から、程なくして雨が降り出した。どことなく灰色がかったように見える雨粒は、この時期独特の感覚だろうか。
朝食を済ませた後、あたしは再びリビングの窓辺から空を見上げていた。今日は鑑定がお休みの日なのだ。ここ、「Destiny point」は年末年始や夏季、秋季などを除いて基本的には月、火、水がお休みだ。つまり週四日勤務だ。時間帯は朝はゆっくりで11時から始まり、20時までとなる。このご時世、しかも業界的にも非常にゆとりのある優雅な拘束時間なのではないかと思う。大した仕事もしていないのに破格の待遇。頂いたお給料の殆どは貯金に回している。出来れば最低でも三年は勤めたいところだ。
まだ、見習いが終わって務めはじめてから二カ月経っていないのに、もうそんな事を思ってしまう。そういえば、もうすぐ誕生日を迎える。誕生日を迎える十日ほど前から、気持が落ち込んだりして不安定になり易いのは毎年の事だ、きっとそういう事もあって、気持ちが前を向かないのだろう。今もってその理由は分からない。
考えてみても分からない事は、無理にこじつけて理由を見つけなくても良いと思う。だから、そういうメンタルの時期なのだな、とぼんやり思う事にしている。
休みの日は、読書をしたり、パソコンで可愛い動物の動画や綺麗な鉱物の動画をみたりして自由にのんびり過ごしつつ、占いの研究も欠かさない。これはもう趣味の一環だろう。粋蓮は、オフの日たいてい朝早くから外出し、午前0時近くに帰宅する事が多い。日比谷は殆ど彼に帯同しているようだ。だから、ご飯の用意もあたし一人。気ままに用意して食べれば良い。
詳しい事は分からないが、粋蓮の想い人を探しているようだ。どっと疲れ切って帰宅するところを見ると、思うような成果が得られないのだろうと推測出来る。彼から直接聞いた訳ではなく、日比谷がぼそっと漏らした事から知っただけなのだ。飲み物を出したりして気遣ってやりたいが、恐らくその気遣いは無用だ。余計に彼を疲れさせてしまうだろう。だから、彼が帰宅しても気づかないように自室に籠っているようにしている。これが、私なりの気遣いだ。もし、会話を求めているのなら、直接想い人の事について話してくれる筈だと思うから。
思えば、彼が人間見習いをするようになった経緯も何も知らないのだ。あたしはただ、彼が望むように契約に基づいて仮初夫婦を演じていれば良い。それでいて手厚い福利厚生、これ以上コミュニケーションを望んだら罰が当たるレベルだ。
「……雨ですね」
背後から、穏やかなバリトンが響いた。聞きなれたその声に驚いて振り返る。
「あ……」
粋蓮だ。もう名を呼ぶ事には慣れた。物憂げなアンダリュサイトの瞳に、暗い影が覗く。出かけていなかったようだ。彼はゆっくりとあたしの左隣にやってきた。物憂げな眼差しで窓の外を眺める。
「……あなたには、まだお話していませんでしたね。私の愛する人の事を」
どこか独り言のように言う彼に、ドクリと鼓動が一つ乱れた。
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