元婚約者が浮気してできた子どもを手に君との子どもだよと淀んだ瞳で迫ってくる。あなたと浮気相手との子どもです私は無関係ですのでお帰りください

リーシャ

文字の大きさ
1 / 9

01婚約破棄されてしまいましてよ

しおりを挟む
「殿下にも困ったものね」

 婚約者に放置されている、現在最も動向を注目されている少女は紅茶を手にため息を吐いた。

 イレーヌ・ド・ヴァロワは王太子殿下ジルベール様の婚約者。
 お父様が侯爵という、それはそれはお高いお生まれの令嬢ということになっているらしい。

 そうは言われてもお高く止まっているわけじゃないのだけれど?

 高位貴族というのはよくそう思われがちだわねと、高位貴族の令嬢達と話す時もあった。それに彼には最近困ったことがある。

 ジルベール様の周りにはいつもニコニコした庶民上がりの可愛い女の子、名前は確かマリシアとか言ったか、その子と仲睦まじい親密なご様子。殿下はいつもその子ばかり見ていて、真の婚約者なんて眼中にないみたいだった。

「まったく、私をないがしろにするなんていい度胸ね」

 そうは言っても表向きは取り繕って、婚約者としての役目を果たしていたのは一応ヴァロワ家の名誉もあるし、それに婚約破棄なんてこちらから願い出るなんてありえないと思っていたんだけど。

 彼は予想以上に考えなしだった。とは思っていない。全ては予定通り、計画通りだ。彼が自分を好きなわけでも愛しているわけでもないことは知っていた。イレーヌとて、すきでもなんでもない。義務感から付き合っていただけ。

 ある日、ジルベール様がそれはそれは申し訳なさそうな顔で言ってきた。なんだか、簡単に終わるみたいに思っている相手の様子。

「イレーヌ、君には本当に申し訳ないと思っている。だが、僕の心はマリシアにあるんだ。どうか僕たちの婚約を解消か破棄をしてほしい」

 きた、この展開!と待っていたのだけれど心の中で、ニヤリと笑った。実はお父様からこっそり聞かされていたことがあるのだ。

「イレーヌ、もし殿下の方から婚約破棄を申し出てきたらヴァロワ家には莫大な慰謝料が支払われることになるんだ」

 婚約者がマリシア様に夢中になっている間、ちゃっかり美味しい話を聞いていた。

 そんな価値でもないと楽に別れを選択はしないけれどもちろん、表面上は悲しそうな顔をして見せるのはおちゃのこさいさい。他にも婚約していた理由がウチにはあるものの。

「殿下……そんな……わたくしを捨てるというのですか?」

 って、涙目の演技もバッチリで、たっぷりの涙。イレーヌは練習をたくさんしたから完璧でしょうと内心勝ちに酔いしれ、ジルベール様は演技にすっかり騙されてますます申し訳なさそうな顔になった。
 不貞を悲劇のように語るなど落ちたものだ。自分の不始末をストーリーにするとはなさけない。

「本当にすまない。君のことは一生忘れない」

「わかりました。お元気で」

 最後に少しだけ寂しそうな声を出してみた。一捻り、忘れたくても忘れられない気がする。あなたが。

「殿下のご決意が固いのなら、わたくしは身を引きますわ」

 すっぱり縁を切る数日後、王家からヴァロワ家にそれはもうびっくりするくらいの金銀財宝が届けられた!
 慰謝料も契約通り、満足できるほどであったからお父様は満面の笑みで褒める。

「イレーヌ、よくやった!」

 頭を撫でてくれた。慰謝料でずーっと欲しかった豪華な宝石の首飾りをいくつか買う。王子妃になる女には派手だからと買えずにいたのだ。

 それから、広くて日当たりの良い別邸を建てて、そこで優雅な一人暮らしを始めた。ジルベール様とマリシア様はどうなったかって?
 知らない。
 でも、たまに聞こえてくる噂では庶民との結婚は色々大変みたい?
 身分違いの恋ってそんなに甘くないのよねぇ。どうやって妃にするんだろう。

 ゴシップ記事や新聞を読む使用人達にたまに聞いたりするが怒鳴り合いが聞こえてくるとか、攻め合う声があるだとか。王家なのに漏れ出る噂は権威の揺らぎ、こちらは今新しいお屋敷で可愛い猫たちに囲まれて、のんびり過ごしている。

 令嬢のスローライフ。婚約破棄してくれたおかげでこんな素敵な生活が手に入ったんだから、ジルベール様には感謝しないと!って、心の中だけで思っておくわ。
 ふふ、婚約破棄って思ったよりずっと蜜の味がする。

 優雅な別邸での生活は本当に快適で朝はゆっくりと起きて、美味しい朝食をテラスでいただく。午後は庭園で読書をしたりお気に入りの猫と昼寝をしたり。
 夜はキラキラ輝く宝石を眺めながら、美味しいワインを嗜む。ジルベール様との婚約が破棄されて本当に良かった。

 あのままあの方と結婚していたら、きっと退屈な毎日だったでしょうし、きっと浮気性で苦労しただろう。
 そんなある日、別邸に見慣れない男性が訪ねてきた。

 庭の手入れをしている庭師が困った顔でイレーヌを呼びに来る。

「イレーヌ様、お客様がお見えです」

 誰かしらこんな時間に。応接間に通された男性はすらりとした背格好で、落ち着いた雰囲気の素敵な人で深い青色の瞳が知的な光を湛えている。

「突然の訪問、失礼いたします。わたくしは、ドミニク・ラオン・ライナーと申します」

 ライナー?
 確か、隣国の伯爵家の次男の方?

「ライナー様、ようこそいらっしゃいました。何かご用でしょうか?」

 ドミニク様は柔らかな微笑みを浮かべる。

「実は、以前よりイレーヌ様の噂を耳にしておりまして。婚約破棄されたと伺い、もしよろしければお慰めにお伺いしたいと」

 お慰め、ね。まあ、悪い気はしない。
 それにこうして見ると、ドミニク様はなかなか魅力的だしジルベール様とは違って、落ち着いていて大人の余裕を感じさせる。
 それからというもの、ドミニク様は時々この別邸に訪れるようになった。
 様々な国の珍しい話や興味深い書物の話、一緒に庭園を散歩したりお茶をしたりする時間もとても心地よかった。

 最初はただの物珍しさだと思っていたけれど、彼の優しい眼差しや知的な会話に触れるうちに、今まで感じたことのない温かいものが芽生え始めた。

 ある夕暮れ、庭園のベンチで二人で話している時、ドミニク様が真剣な眼差しでイレーヌを見つめてきた。

「イレーヌ様、初めてお会いした時から、あなたの聡明さと美しさに心を奪われておりました。もし、よろしければ……わたくしと、もっと親しくお付き合いいただけませんか?」

 ドキッとした。ジルベール様からの求婚とは全く違う感覚に胸の奥が、ほんのり温かくて、少しだけドキドキする。

「……そのようなお言葉をいただけるとは、思ってもおりませんでした」

 少し照れながらいえばドミニク様は、優しく微笑んだ。

「どうか、ドミニクとお呼びください。あなたの気持ちを教えていただけませんか?」

 彼の青い瞳をじっと見つめたら瞳には、優しさと真剣さがある。

「……ドミニク様」

 婚約破棄は確かに私に莫大な慰謝料をもたらしてくれた。優雅に暮らせる資金も、それ以上に、ドミニク様という素敵な人に出会うことができた。

「はい」

 もしかしたら、あの時の婚約破棄は不幸ではなく新しい幸せへの扉を開くためのものだったのかもしれない。

「よろしくお願いします」

 ジルベール様、マリシア。
 あなたたちのおかげで、私は今、とても幸せ。

「こちらこそ」

 心の中でそう呟きながら、ドミニク様と手を取り合う。ドミニク様との穏やかな日々を送る中で、イレーヌの心には新しい興味が湧き上がる。

 莫大な慰謝料で不自由のない暮らしを送る一方で。

「何か自分の手で、人を喜ばせるようなことがしたい」

 と、感じ始めたので探してみることに。ある日、庭園で育てている美しい花々を眺めている時、ふとそんなことを思う。

「この花びらの色や香りを活かして、何か素敵なものが作れないかしら?」

 イレーヌは以前から美容には興味があったが、自分で何かを作ったり、商売をしたりすることは考えたこともない。
 ドミニク様と出会い、色々な話を聞くうちに新しいことに挑戦する勇気が湧いてきた。

 善は急げ。早速、イレーヌは古い書物を読み漁りハーブや花の効能、香りの調合について熱心に学び始め、別邸の庭には様々な種類の花やハーブが植えられ、小さな植物園のよう。
 色々庭師に注文もし、試行錯誤を繰り返すうちにイレーヌはいくつかの自信作を生み出す。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】順序を守り過ぎる婚約者から、婚約破棄されました。〜幼馴染と先に婚約してたって……五歳のおままごとで誓った婚約も有効なんですか?〜

よどら文鳥
恋愛
「本当に申し訳ないんだが、私はやはり順序は守らなければいけないと思うんだ。婚約破棄してほしい」  いきなり婚約破棄を告げられました。  実は婚約者の幼馴染と昔、私よりも先に婚約をしていたそうです。  ただ、小さい頃に国外へ行ってしまったらしく、婚約も無くなってしまったのだとか。  しかし、最近になって幼馴染さんは婚約の約束を守るために(?)王都へ帰ってきたそうです。  私との婚約は政略的なもので、愛も特に芽生えませんでした。悔しさもなければ後悔もありません。  婚約者をこれで嫌いになったというわけではありませんから、今後の活躍と幸せを期待するとしましょうか。  しかし、後に先に婚約した内容を聞く機会があって、驚いてしまいました。  どうやら私の元婚約者は、五歳のときにおままごとで結婚を誓った約束を、しっかりと守ろうとしているようです。

《完結》悪女と噂されたわたくしのざまぁ

ヴァンドール
恋愛
悪女と噂のわたくしとの結婚なら、どれほど軽んじても問題はないと思っていた旦那様。 ところが……。

婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ

あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」 愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。 理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。 ―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。 そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。 新たな婚約、近づく距離、揺れる心。 だがエリッサは知らない。 かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。 捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。 わたくしが、未来を選び直すの。 勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。

冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─

あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」 没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。 しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。 瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。 「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」 絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。 嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。

【完結】私より優先している相手が仮病だと、いい加減に気がついたらどうですか?〜病弱を訴えている婚約者の義妹は超が付くほど健康ですよ〜

よどら文鳥
恋愛
 ジュリエル=ディラウは、生まれながらに婚約者が決まっていた。  ハーベスト=ドルチャと正式に結婚する前に、一度彼の実家で同居をすることも決まっている。  同居生活が始まり、最初は順調かとジュリエルは思っていたが、ハーベストの義理の妹、シャロン=ドルチャは病弱だった。  ドルチャ家の人間はシャロンのことを溺愛しているため、折角のデートも病気を理由に断られてしまう。それが例え僅かな微熱でもだ。  あることがキッカケでシャロンの病気は実は仮病だとわかり、ジュリエルは真実を訴えようとする。  だが、シャロンを溺愛しているドルチャ家の人間は聞く耳持たず、更にジュリエルを苦しめるようになってしまった。  ハーベストは、ジュリエルが意図的に苦しめられていることを知らなかった。

【完結】夫が愛人と一緒に夜逃げしたので、王子と協力して徹底的に逃げ道を塞ぎます

よどら文鳥
恋愛
 夫のザグレームは、シャーラという女と愛人関係だと知ります。  離婚裁判の末、慰謝料を貰い解決のはずでした。  ですが、予想していたとおりザグレームとシャーラは、私(メアリーナ)のお金と金色の塊を奪って夜逃げしたのです。  私はすぐに友人として仲良くしていただいている第一王子のレオン殿下の元へ向かいました。  強力な助っ人が加わります。  さぁて、ザグレーム達が捕まったら、おそらく処刑になるであろう鬼ごっこの始まりです。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...