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(第三部)第二章 星に願いを
01 手をつないで歩こう
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朱里は熟睡してしまって、目を覚まさない。
仕方なく樹は少女を背中に背追い上げた。今の樹は精霊なので、筋力などを気にせずに思うように動ける。地球では重くて持ち上げられない少女の身体も軽々と背負えた。
世話になった家を出ようとすると、老婆が不思議そうにする。
「もう夜だから、泊まっていったらいいんだよ。どうしてそんなに急ぐんだい」
「時間が余り無いので」
地球より時間の進みがゆったりしているとはいえ、着々と時間は経過している。サマーキャンプが終わる前に、朱里を地球に還さなければならなかった。
大人達が朱里が行方不明だと気付くのは時間の問題だ。
ソフィーの両親が向かったという森の外れへ、樹は星空を見上げながら歩き出した。
「君も一緒に」
「……」
兎耳の少女、ソフィーは躊躇いながら、樹に付いてくる。
どうやら非常に人見知りのようだ。
怯えてビクビクしていて、無言になっている。
樹は彼女の緊張をほぐしたいと思った。
『ここはどうでしょう、女子供に受けの良い僕を渡すというのは』
「自分で受けがいいとか言うなよ。だいたい黄色い悪魔とか名乗る変なヒヨコを、こんな純粋な女の子に渡せるもんか」
ヒヨコは熟睡している朱里の頭の上に乗って我が物顔だ。
可愛い黄色い毛玉はソフィーの視界に入っているはずだが、反応を示さないところを見ると、ヒヨコは彼女のお気に召さない可能性が高い。
見ず知らずの女の子に、どんな話をすれば良いのだろう。
同級生ならまだ話題の振り方がある。
けれどソフィーは異世界の女の子だ。
樹は悩んだ。
考えた末に当り障りのないことを話しかけてみる。
「く、暗いけど、足元は見える?」
緊張して思わず声がきょどってしまった。
精霊である樹は夜目が効く。夜中でも、ごつごつした岩の輪郭や、ふしくれだった木の幹がはっきり見えていた。
後ろを付いてくる少女は樹の背中が見えているようだが。
「見えるよ……」
一言だけ返すと少女は口をつぐむ。
そこで話は止まってしまった。
ああ、沈黙が痛い。
ぐるぐる考え込んでいると「あっ」と小さな声が聞こえた。
「大丈夫?!」
振り向くとソフィーは木の根っこに足をひっかけて転んでいた。
樹は慌てて、背中の朱里を適当な地面に放り出すと、少女に駆け寄る。
勢いあまって途中で石につまづいて転びかけた。
「痛っ」
この世界では精霊、すなわち精神体である樹は怪我をしないのだが、そこはいつもの習慣でつい口走ってしまう。
尻もちをついて、目を丸くした少女と顔を見合わせる。
「あはは、恰好悪いなー、僕」
苦笑いしてみせると、少女の頬の強張りが解けた。
空気がふっと緩む。
見つめあう二人の間に、子供の落書きが紙から浮き上がったような、不思議な光の模様が空中を飛んで横切った。
『光虫でしゅ。ほら、昼間は休んでいた精霊たちが、夜になって出てきたんでしゅよ』
ヒヨコがぽんぽん跳ねて、解説した。
森の下の水面に、出たばかりの三日月と星々が映っている。
光の線だけで構成された模様のような生き物の群れが、いつのまにか樹たちの周囲を飛び交っていた。森の枝の上を、精霊たちが動き回っている気配がする。
――あの子、精霊だ。
――本当だ。この暖かい波動は……世界樹の精霊様?
ささやきを交わす精霊たちの声が、樹の耳にも入ってくる。
樹は立ち上がって彼らの助力を乞う。
「ねえ、皆、教えてほしいことがあるんだ。この女の子の両親が、薬草を取りに行くと言って何日も戻ってこないんだって。誰か知らない?」
精霊たちはざわめいた。
彼らは一斉にぺちゃくちゃとお喋りを始める。誰が何を言っているのか聞き取れない。
望んだ情報がすぐに出てこない状態に、樹は困惑した。
様子を見ていると木陰から灰色の毛皮の狼が歩み出る。
『俺が連れていってやろう』
狼は霊獣らしい。
ふさふさの毛皮は月光を受けて銀色に光っている。
剣呑そうな見た目に反して狼は親切に、寝ている朱里を背中に乗せてやろうと提案してくれた。もちろん、願ってもないことだ。
背中が空いた樹は、ソフィーの手をとると一緒に並んで歩き出した。
後ろから、興味本位で大勢の精霊たちがぞろぞろ付いてくる気配がする。
エルフの少女は異世界育ちだけあって、地球育ちの朱里より体力があるようだ。可憐な見た目に反して足取りは軽やかだったし、夜目もきいているらしい。
先ほどはこけてしまったが、それは少女も見知らぬ少年との出会いで緊張していたからだった。
けれど今はもう、緊張も解れている。
つなぎあわせた手を離さずに、木立を抜けて歩いていくと、天井になっていた木の葉が途切れて空き地に出た。
「ソフィー!」
空き地で草むらにしゃがんでいたエルフの男女が、急いで立ち上がって近付いてくる。樹はそっと少女の手を離した。
「パパ、ママ」
「あの家で待っているように言ったのに、どうしたの?」
「帰りが遅いんだもん」
「ああ、幻の薬草を探している内に、約束の日を過ぎてしまってたのか」
どうやらエルフの夫婦は夢中で薬草を探していて、子供との約束を忘れてしまっていたらしい。うっかり者のようだ。
「幻の薬草?」
樹が疑問を口に出すと、彼らはようやくこちらに気付いたようだ。
娘を連れてきてくれたのだと状況を悟ったらしい。
エルフの夫婦は樹と精霊たちを見て納得したように頷いた。
「精霊たちが助力してくれたのか、ありがとう。私たちはこの森に月光が射す時に生えるという、ツキミソウを探しに来たんだ」
仕方なく樹は少女を背中に背追い上げた。今の樹は精霊なので、筋力などを気にせずに思うように動ける。地球では重くて持ち上げられない少女の身体も軽々と背負えた。
世話になった家を出ようとすると、老婆が不思議そうにする。
「もう夜だから、泊まっていったらいいんだよ。どうしてそんなに急ぐんだい」
「時間が余り無いので」
地球より時間の進みがゆったりしているとはいえ、着々と時間は経過している。サマーキャンプが終わる前に、朱里を地球に還さなければならなかった。
大人達が朱里が行方不明だと気付くのは時間の問題だ。
ソフィーの両親が向かったという森の外れへ、樹は星空を見上げながら歩き出した。
「君も一緒に」
「……」
兎耳の少女、ソフィーは躊躇いながら、樹に付いてくる。
どうやら非常に人見知りのようだ。
怯えてビクビクしていて、無言になっている。
樹は彼女の緊張をほぐしたいと思った。
『ここはどうでしょう、女子供に受けの良い僕を渡すというのは』
「自分で受けがいいとか言うなよ。だいたい黄色い悪魔とか名乗る変なヒヨコを、こんな純粋な女の子に渡せるもんか」
ヒヨコは熟睡している朱里の頭の上に乗って我が物顔だ。
可愛い黄色い毛玉はソフィーの視界に入っているはずだが、反応を示さないところを見ると、ヒヨコは彼女のお気に召さない可能性が高い。
見ず知らずの女の子に、どんな話をすれば良いのだろう。
同級生ならまだ話題の振り方がある。
けれどソフィーは異世界の女の子だ。
樹は悩んだ。
考えた末に当り障りのないことを話しかけてみる。
「く、暗いけど、足元は見える?」
緊張して思わず声がきょどってしまった。
精霊である樹は夜目が効く。夜中でも、ごつごつした岩の輪郭や、ふしくれだった木の幹がはっきり見えていた。
後ろを付いてくる少女は樹の背中が見えているようだが。
「見えるよ……」
一言だけ返すと少女は口をつぐむ。
そこで話は止まってしまった。
ああ、沈黙が痛い。
ぐるぐる考え込んでいると「あっ」と小さな声が聞こえた。
「大丈夫?!」
振り向くとソフィーは木の根っこに足をひっかけて転んでいた。
樹は慌てて、背中の朱里を適当な地面に放り出すと、少女に駆け寄る。
勢いあまって途中で石につまづいて転びかけた。
「痛っ」
この世界では精霊、すなわち精神体である樹は怪我をしないのだが、そこはいつもの習慣でつい口走ってしまう。
尻もちをついて、目を丸くした少女と顔を見合わせる。
「あはは、恰好悪いなー、僕」
苦笑いしてみせると、少女の頬の強張りが解けた。
空気がふっと緩む。
見つめあう二人の間に、子供の落書きが紙から浮き上がったような、不思議な光の模様が空中を飛んで横切った。
『光虫でしゅ。ほら、昼間は休んでいた精霊たちが、夜になって出てきたんでしゅよ』
ヒヨコがぽんぽん跳ねて、解説した。
森の下の水面に、出たばかりの三日月と星々が映っている。
光の線だけで構成された模様のような生き物の群れが、いつのまにか樹たちの周囲を飛び交っていた。森の枝の上を、精霊たちが動き回っている気配がする。
――あの子、精霊だ。
――本当だ。この暖かい波動は……世界樹の精霊様?
ささやきを交わす精霊たちの声が、樹の耳にも入ってくる。
樹は立ち上がって彼らの助力を乞う。
「ねえ、皆、教えてほしいことがあるんだ。この女の子の両親が、薬草を取りに行くと言って何日も戻ってこないんだって。誰か知らない?」
精霊たちはざわめいた。
彼らは一斉にぺちゃくちゃとお喋りを始める。誰が何を言っているのか聞き取れない。
望んだ情報がすぐに出てこない状態に、樹は困惑した。
様子を見ていると木陰から灰色の毛皮の狼が歩み出る。
『俺が連れていってやろう』
狼は霊獣らしい。
ふさふさの毛皮は月光を受けて銀色に光っている。
剣呑そうな見た目に反して狼は親切に、寝ている朱里を背中に乗せてやろうと提案してくれた。もちろん、願ってもないことだ。
背中が空いた樹は、ソフィーの手をとると一緒に並んで歩き出した。
後ろから、興味本位で大勢の精霊たちがぞろぞろ付いてくる気配がする。
エルフの少女は異世界育ちだけあって、地球育ちの朱里より体力があるようだ。可憐な見た目に反して足取りは軽やかだったし、夜目もきいているらしい。
先ほどはこけてしまったが、それは少女も見知らぬ少年との出会いで緊張していたからだった。
けれど今はもう、緊張も解れている。
つなぎあわせた手を離さずに、木立を抜けて歩いていくと、天井になっていた木の葉が途切れて空き地に出た。
「ソフィー!」
空き地で草むらにしゃがんでいたエルフの男女が、急いで立ち上がって近付いてくる。樹はそっと少女の手を離した。
「パパ、ママ」
「あの家で待っているように言ったのに、どうしたの?」
「帰りが遅いんだもん」
「ああ、幻の薬草を探している内に、約束の日を過ぎてしまってたのか」
どうやらエルフの夫婦は夢中で薬草を探していて、子供との約束を忘れてしまっていたらしい。うっかり者のようだ。
「幻の薬草?」
樹が疑問を口に出すと、彼らはようやくこちらに気付いたようだ。
娘を連れてきてくれたのだと状況を悟ったらしい。
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本当に、ありがとうございます。
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アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
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アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
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