異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第三章 ここからもう一度

05 流れ星

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 雑貨店を営む老婆の家の庭で、枯れているように見えたシロモコウの木を復活させた樹は、そのまま老婆の庭を借りて植物の栽培を始めた。
 数週間経った今では、シロモコウには満開の白い花が咲き、庭には薬草が生い茂っている。
 道行く人が足を止めて花を愛でるので、老婆は椅子を設置して茶を出した。
 にわかに雑貨店は茶屋に様変わりした。
 
 樹は庭で育てた薬草を老婆の人脈を頼りに売りさばいた。
 雑貨店の店番と庭の管理はソフィーに任せている。
 老婆はのんびり茶を飲みながら、まるでそこだけ春になったような庭を眺めていた。

「……イツキ。あんたは精霊の神様かなにかなのかい」

 一度だけ、老婆がぽつりと聞いたことがある。
 樹は笑って答えなかった。
 しかし老婆にはそれで充分だったようだ。長い人生経験のある彼女には、樹が普通の人間と違うことが分かっても、むやみと騒ぎ立てたりしなかった。
 
 穏やかで平和な日々が過ぎ去っていく。
 しかし、トラブルというのは、忘れた頃に起きるものだ。

 樹が王城で英司と会った日から、数日後の夕方。

「お帰りなさいですぅ!」

 全身で喜びをあらわすエルフの少女の頭を、店に帰ってきた樹はよしよしと撫でる。
 ウサギ耳がへにょりと垂れた。
 ソフィーは樹が持っている鞄の中身に気付いて声を上げる。

「魔晶石ですか?」
「ああ。ソフィー、頼めるか」
「勿論です。来て! 金火狐フォクシー、ココン!」

 店じまいして庭に入ると、樹は地面の上に十数個の魔晶石を積み上げた。
 魔晶石の前でソフィーは精霊を召喚する。
 彼女の契約精霊、金の炎をまとう狐の下位精霊のココンが現れた。

『お喚びでしょうか、イツキ様』
「ちょっとココン、召喚したのは私だよ!」
『そうでしたか。私はてっきり世界樹の精霊様に喚んで頂いたものとばかり』

 狐はつんと鼻先をあげてそっぽを向く。
 相変わらず、ソフィーとこの契約精霊は仲が良いのか悪いのか分からない。

「ココン。中に封じ込められている精霊を傷つけないように、軽く炎を使ってくれ」

 樹が頼むと、狐は金色の炎を起こして、魔晶石を包み込む。
 火に炙られた栗が弾けるように、ココンの炎に包まれた魔晶石が次々とパチンパチンと割れた。中から小さな精霊が現れて、風に乗って去っていく。解放されて元の場所に帰っていったのだ。
 精霊が空に昇る様子を見上げていたソフィーが声を上げる。

「お星さまになったみたい!」
「なる訳ないだろ。この世界の星はどうだか知らないけど、星は燃えるガスか石の塊だ」
「あ、流れ星!」
「僕の言うことを聞いてないな……」

 夕闇に沈んだ空を見上げてはしゃぐソフィーに、樹は溜息をついた。
 彼女が指す方向の空を見る。

「ソフィー。あれは流れ星じゃない」
「流れ星じゃないなら、なんなんですか?」
「あれは流れ星じゃなくて、魔族の襲撃だな」

 ものすごく普通の調子で言った樹に、ソフィーは意味を理解するのが遅れた。

「え?!」
「こっちに向かっているみたいだな」
「それって大変なことじゃ」
「まあ、大変だな。ソフィー、僕から離れるなよ」

 流れ星は数を増して、ツェンベルンに向かって来ている。
 見たことのない光景にソフィーは息を呑んだ。
 樹は平静な面持ちでそれらの光を眺めて、一言ぽつりと「戦いの始まりだな」と呟いた。




 英司は王都騎士団の第二部隊と一緒に、イェーサーという貴族の屋敷に来ていた。
 上位精霊が封じられているらしい希少な魔晶石の警護のためだ。
 しかし、数回来ているが当の魔晶石を拝んだことはない。
 下っ端の英司では魔晶石を直接見ることができないのだった。

「まあ、そんな残念そうな顔をするなよ。そもそも、仕事に付いてこられるってこと自体、評価されてるってことなんだから」

 一緒に来ている騎士が笑って英司の肩を叩く。
 第二部隊の騎士達は大らかな者が多く、異世界出身の英司を快く迎え入れてくれた気の良い連中だ。

「ルベール隊長は中にいるんですよね」
「隊長だからな」

 部隊は屋敷の外と中で二つに分かれて、警護の任に付いていた。
 英司は外に振り分けられている。
 もしかすると自分の契約精霊が封じられているかもしれない魔晶石が近くにあると思うと、英司は気がはやる思いがしたが、ここで突っ走って問題が起きてはことだと踏みとどまっていた。

「ん? ありゃあなんだ」

 騎士が空を見上げて不思議そうにする。
 流星か隕石か。
 夜空を流れる赤い光。
 それらの一つは屋敷の門前に落ちた。
 ダンッと言う衝撃音と共に、屋敷の門前に現れたのは、大人数人分の図体を持った悪魔だった。筋肉がむき出しになったような四肢で大地を踏みしめ、頭はヤギ、尻尾は蛇、コウモリ型の翼を持っている。
 悪魔は腕を振り上げて鋭いかぎ爪の付いた手を一閃させた。
 茫然としていた騎士の数名がふっとんで壁に叩きつけられる。

「魔物の襲撃だと?!」

 うろたえる騎士達を嘲笑うかのように、悪魔は口を開いて炎を吐きだした。
 屋敷の門が焼け落ちる。
 悪魔は右往左往する騎士達を踏み越えて、屋敷の中心部に向かった。

「まさか……くそっ!」

 目の前の惨劇に唖然としていた英司だったが、屋敷の中にある魔晶石のことを思い出して我に返る。
 彼は戸惑う騎士達の中、ただひとり悪魔を追って走り出した。



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