異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

文字の大きさ
53 / 97
(第二部)第四章 光と闇

08 果たすべき役割

しおりを挟む
 オレイリアの森はエターニア王国から南下した場所にある。
 この森の北の方に岩が円形に並んだ場所があり、そこが魔界への出入り口になっていることは、魔法や歴史に詳しい者は知っていることだった。なぜなら、そこから現れた魔族達がロステン王国とセイファート帝国を滅ぼしたのだから。
 夜になると森の周囲にアンデットモンスターが現れるのも、その名残である。

 魔界に遠征して魔王を討ち取ろうとするエターニアの者達も、まさにその場所を目指して進軍していたのだ。

 王都と瞬時に行き来できるテレポートの魔道具を使って、カノン王は遠征軍と共に進んでいた。食料などの物資もテレポートの魔道具を応用して運搬すれば良い。彼らは樹達の想像以上に早くオレイリアの近くに来ていた。

「おお、あれがオレイリアの森か! 精霊がたくさんいるらしいな」
「カノン王、エルフが内部から結界を張っているので、中には入れませんよ」
「結界? そんなもの……壊せばいいじゃないか」

 精霊魔法に詳しい部下の進言を、カノン王は無邪気に遮って言う。

「あの森は宝の宝庫だ。精霊がたくさんいる! 見逃さない手はない。魔界に行く前に、魔晶石を集めてレベリングしようじゃないか」

 この世界の者には分からない言葉を織り交ぜて、カノン王は笑った。
 部下が怪訝そうにするも、カノン王は気付いていない。
 
 彼は地球では普通のサラリーマンだった。
 うだつの上がらない、管理職未満の仕事をしていた。上に立ったことはない。ゆえに、下のものが何を考えているか、本当の管理職が何をするか知らない。
 異世界は、彼が趣味で遊んでいたゲームの延長線上にある。
 選ばれし勇者のカノンは人々に崇拝され、王として祭り上げられ、すっかりこの世界を「何もかもが上手くいくゲームの世界」と錯覚してしまっていた。
 
 けして馬鹿ではないエターニア王国の兵士たちが、王の挙動に不信感を持っていたとしても……それ自体、カノンもとい加納清春カノウキヨハルには想像の及ばぬことであった。




 森を覆う結界の揺らぎに、エルフ達はざわめいた。
 ちょうど樹とソフィーは旅立つ前だった。昼に出て、夜にオレイリアの北にある奇石群に行ってそこから魔界へ渡るつもりだったのだ。

「……セリエラ様! 人間の一団が結界を破ろうとしています!」
「乱暴な奴らだねえ」
「これだから人間どもは!」

 真昼から夕方に移る前の刻限。
 まだ青い空に火花が走る。鳥たちが異変を感じて羽ばたいた。
 空を見上げるセリエラの表情は険しい。
 里の中央で里長ソレイユとエルフ達が騒いでいる。

「人間の一団……まさか」
『そのまさかじゃよ』

 様子を見ている樹のもとに、フクロウが舞い降りる。
 上空から状況を観察してきたらしい。

『エターニアの遠征軍じゃ。近くに来ておる』
 
 樹達は顔を見合わせた。
 このままではエルフ達とエターニアの人間達の全面戦争になりかねない。

「……俺が出る。あんた達エルフの代わりに、エターニアの奴らと話をする」

 進み出たのは、英司だった。
 彼は里の往来で騒いでいるエルフ達をかき分け、ソレイユの前に出る。
 里長ソレイユは目を見張った。

「人間が何を……」
「人間だからだよ。それにこちらにはアルファード王子もいる。誤解されるかもしれないが話す価値はある」
「ぼ、僕?!」
「王子様なんだろ! だったら、お前の役割を果たせ!」

 英司の叱咤に、アルファードはびくりと硬直する。
 少し唐突に厳しいことを言い過ぎているかもしれない、と樹は感じた。
 
「アルファード王子。このままではエルフと人間が争うことになる。君は、ソフィーやセリエラさんが嫌いかい?」

 樹が腰をかがめて、戸惑う少年の顔を覗き込んだ。
 優しい声で語り掛ける。

「精霊はどうだった? 君が触った精霊は魔物だったかな。もし君が、精霊が魔物ではないと、エルフが敵ではないと思うのなら、皆が争わないために力を貸して欲しい」
「イツキ……」
「君がやりたくなかったら、別にいいけど」

 湖面のように凪いだ樹の声と視線に、アルファードは混乱していた気持ちが落ち着くのを感じる。
 少年は自分を見るエルフ達と樹達の視線を受け止める。
 そして、ゆっくり頷いた。

「し、仕方ないな」

 それは少年の精一杯の強がりだった。
 まだ変声していない少年の声は揺れている。
 樹は少年の勇気を好ましく思った。

「ありがとう」

 感謝の気持ちを伝えて、立ち上がる。
 ことの成り行きに困惑しているエルフ達、その代表である里長ソレイユが問いかけてくる。

「お前達は、いったい何者だ?」

 その問に、樹と英司は顔を見合わせて頷きかわす。
 まだ樹が表に出る必要はない。
 樹は一歩下がり、英司が前に出て名乗る。

「俺は、かつてセイファート帝国で召喚された勇者だ。彼はエターニアの王子。俺達が外の人間達と話す。だから、頼むから、人間を嫌いにならないでくれ」

 エルフ達がどよめいた。
 人間より寿命が長い彼等は、勇者についてもよく知っている。オレイリアの森は過去に勇者によって助けられたことが何度かある。
 英司の名乗りと嘆願の言葉は、エルフ達の心に響いた。

「……そうか。エイジという名前に聞き覚えがあったと思ったら、セイファート帝国の、氷剣の勇者か」

 なんだ「氷剣の勇者」って。樹はこっそり英司の横顔を見る。英司の頬が引きつっていた。きっと内心では恥ずかしい二つ名で呼ぶなと絶叫していることだろう。

「分かった。君達に、すべてを託そう」

 里長ソレイユが言い、エルフ達が頷く。
 こうして英司はアルファード王子と一緒に、森に押し入ろうとしているエターニアの遠征軍の前に出ることになった。


しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。