異世界で世界樹の精霊と呼ばれてます

空色蜻蛉

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(第二部)第五章 君に贈る花束

06 集う光

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 英司と詩乃は、遠征軍とエターニアの王都ツェンベルンへ戻る途中だった。
 行く先に不穏な黒雲がある。
 誰が見ても嫌な感じだ。
 黒雲は範囲を広げてこちらに近付いている。

「も、もうあんなところに?!」

 兵士達は指を指して騒ぐ。
 遠くに見えた黒雲だが、凄まじいスピードで接近していた。
 黒雲は行軍している兵士達の上に広がる。
 それが何か知らない彼等は危機感なく雲を見上げた。

「いったい何……?!」

 間抜けな顔のまま、兵士達は黒雲から降ってきた魔法陣に飲み込まれる。
 遠征軍の後ろをアルファード王子と共に歩いていた英司は、魔石になっていく兵士達に驚愕した。

「逃げろっ! くそ、間に合わない」

 雲の進行スピードが速すぎる。
 せめて王子と詩乃を逃がそうと思った英司だが、あっという間に頭上に迫った雲に愕然とする。このままでは自分の身を守ることすらできない。
 恐れおののく英司達の上に魔法陣が降り注ぎ……通り過ぎた。

「え?」

 気付くと周囲の兵士達の姿は消え、残っているのは、英司と詩乃とアルファード王子だけだった。
 足元にカラカラと落ちる魔石。

「どうして俺達だけ?」
『……世界樹の精霊の加護です』

 先ほど戦闘体勢に入り掛けた英司は無意識に契約精霊を召喚していた。
 英司の契約精霊、巫女姿の水霊リリスは、六枚の光の翅を広げて肩口に浮かんでいる。

『イツキ様の力で貴方達は守られています』
「樹?! あいつ、生きてるのか?」
『あの方はそう簡単に死んだりしません』

 その言葉に安堵する英司と詩乃。
 魔石になってしまった兵士達を見渡し、アルファードは悲痛な声を上げる。

「皆が……ツェンベルンは無事なのか?! 見に行かないと!」
「待てアルファード王子、あの黒雲はツェンベルンの方向から来た。近付くのは危険かもしれない。お前と詩乃は待って……」

 英司は自分が先行すると宣言しようとした。
 しかしその前に、王子の鞄から白いイタチが飛び出る。
 精霊クレパスだ。

『おいらに乗っていくかい?』

 クレパスはみるみるうちに巨大化して、光の翅を持つ竜の姿になった。
 アルファード王子は竜に駆け寄ってよじ登る。

「王子が行くなら、私も!」

 詩乃は猫を抱え上げると、スカート姿のまま器用に竜に乗り込む。

「あ、詩乃。くそっ、どいつもこいつも」

 勢いで全員行くことになりそうだ。
 英司は嘆くと自分も竜に飛び乗る。
 白い竜は三人を乗せて、黒雲の下を飛び始めた。
 クレパスは高速で空を飛ぶ。
 あっという間にエターニアの王都の上空に到達する。

「……ツェンベルンが見えてきた!」

 アルファード王子は身を乗り出して、眼下に広がる王都の景色に見入っている。
 王都の中央にある建物からは、例の不穏な黒雲が涌き出ていた。
 英司はアルファードの後ろからその光景を確認する。

「あれが発生元か」
「っ! あそこは神殿だ! 最も聖なる場所が、何故?!」

 上空から神殿の中には入れないようだ。
 クレパスは神殿の前に降り立つ。
 英司たちはクレパスの背から地面に飛び降りた。
 街中に降りたにも関わらず、誰も英司たちを呼び止めたりしない。
 普段、日中は人通りが多い往来が、今は色が付いた魔石が散らばるばかりだ。
 周囲に人の気配は無かった。

「……神殿に入ってみよう」

 前はいた門番が今日はいない。
 英司たちは神殿の中に入ろうとした。
 しかしその足は途中で止まる。

「スケルトン?!」

 建物から出てきた複数のスケルトンが立ちはだかる。
 彼らは骨になった手に錆びた剣や盾を持ち、虚ろな眼窩に敵意を光らせて、英司たちに襲い掛かってきた。

「モンスターの警備ってことは、ここに黒幕がいるのか」

 英司は自分の精霊武器である氷の双剣を握りしめ、彼等と対峙する。
 手近なスケルトンを斬り捨てるが、モンスターは奥からぞろぞろ絶え間なく出現してくる。
 キリが無い。

「詩乃、下がれ!」

 前の時は樹がいて後方を守ってくれた。
 しかし今、戦えるのは英司だけだ。
 守りが手薄になっている。
 白い竜の姿をしたクレパスは、アルファード王子と詩乃を守って長い尻尾を振り回していた。
 詩乃は赤い猫を抱えて後退する。
 クレパスの隙を突いて近付き、取り囲んだスケルトンが錆びた剣を詩乃に向かって振り下ろした。

「きゃっ!!」
「詩乃!」

 英司は焦って声を上げた。
 その時、熱風が押し寄せた。
 紅蓮の炎が、詩乃の周囲のスケルトンを薙ぎはらう。

「……何とろくさい事やってんだよ!」
「英司君にしてはスマートじゃないね」

 聞き覚えのある懐かしい声が響いた。

「お前ら! なんでここに?!」

 炎と共に現れたのは、地球で別れたはずの智輝ともき結菜ゆうなだった。

「てやっ!」

 智輝は精霊武器の槍に炎をまとわせ、スケルトンに叩きつける。炎は彼らの弱点らしく、スケルトンは見る間に灰になり崩れ落ちた。

「清き風よ、汚れを祓え! 青嵐せいらん
 
 結菜が羽の付いた白い杖を振る。
 精霊演舞スピリットダンスの上級二種、舞踊。
 風の激流が神殿の入り口に吹き込んでいく。
 這いでようとしていた亡者たちが扉の奥に押し込まれて消えた。

「ふう、これでゆっくり話せそうだね」

 結菜ゆうなが微笑んで言った。
 二人の登場で神殿の前の魔物が一掃された。
 英司は武器を降ろして、額の汗をぬぐう。

「追いかけてきたのか?」
「ええ。帰りがあんまり遅いから」

 詩乃が目を丸くした。

「智輝君に、結菜ちゃん?! あなたたちも異世界の関係者だったの?」

 英司を通じて、詩乃も二人と面識がある。
 しかし勇者の仕事について隠していた英司のせいで、彼らが異世界と関わりがあると知らなかったのだ。
 詩乃に事情を話すと長くなりそうだ。
 結菜は咳払いして、話題を変えた。

「その話はまた今度に……英司君、樹君は? この街の様子は一体?」
「樹は行方不明だ。街の異変は神殿の奥に原因がありそうだが」

 神殿の奥からは重苦しい気配が漂ってくる。
 勇者の四人は険しい顔つきになった。
 今までの経験から、手強い敵が現れそうだと直感する。
 その時、アルファード王子が「あれ?」と空を指した。

「何かが来る!」

 一瞬、空から敵の増援かと思われたが、降り立ったのはコバルトブルーの鳥の姿をした精霊だった。
 詩乃は目を見張った。
 見覚えがある。
 カノン王の秘密の温室で、鳥籠に閉じ込められて泣いていた鳥だ。
 黒雲を裂く流星のように飛んできた青い鳥は、アルファードの前で翼を広げる。

『……私はハナファ王国の王族を守護する精霊、セレンティア。ハナファ王国のあったこの地でずっと人々を見守ってきました』

 青い鳥セレンティアは、アルファードに向かって恭しく話し掛ける。

『アルファード王子、ハナファ王族の血を引く貴方には王城に隠された、閉ざされし扉を開くことができます。……世界樹に繋がるゲートを』
「世界樹だって?!」

 英司達は顔を見合わせた。

「世界樹に行けば、樹君がどこにいるか分かるんじゃない?」

 結菜が提案する。
 樹は世界樹の精霊だ。
 世界樹を通じて話をすることもできるかもしれない。
 少し考えていた英司が、顔を上げて詩乃とアルファードに言った。

「よし! 王子と詩乃は世界樹に行って、樹を呼んで来てくれ」

 世界樹はおそらく、暗雲広がる王都より安全な場所だ。
 非戦闘員の二人を逃がそうと、英司は考えた。
 詩乃は戸惑った顔をする。

「でも英司は……」
「俺達は神殿の中を探索する」
「だーいじょうぶだって! 俺と結菜もいるし!」

 智輝が武器を持ったまま、器用に頭の後ろで腕を組んで気軽な調子で言った。

「……気を付けてね」
 
 少し迷ったようだが、詩乃は英司の頼みに従ってセレンティアに向き直った。
 セレンティアは先導するように空に舞い上がる。
 後を追うため、アルファードと詩乃は竜の姿のクレパスに乗り込んだ。
 白い竜はセレンティアの後ろを付いて上昇していく。
 飛んで行った彼らを見送った後。
 智輝は頭の後ろで組んでいた腕を降ろすと、槍の柄をくるりと回転させ、英司に笑いかけた。

「どっちが多くモンスターを倒せるか、競争しねーか?」
「ちょっと智輝?! 遊びじゃないのよ!」
「そいつはいいな」
「英司君も! 悪乗りしないで!」

 智輝の提案に乗って悪戯小僧のように笑う英司に、結菜は憤慨する。
 空気がほぐれ、程よい緊張感が三人の間に流れた。
 勇者たちは気を引き締め、武器を携えて神殿の中に入って行った。

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